「甘い物が食べたい」
「………………」
「甘い物が食べたい!」
「…お前は一体いつになったら帰るんだ?」

ごろごろとソファーに寝転びながら窓から見える夜景(さすがはコガネ有数の高層マンション、絶景だ)に感嘆していたがそれも飽きてくる。空腹を感じ欲望のままに声を出すも、呆れた声が降ってくるだけだ。手元の資料に目線を落としたままのミカゲにじとりと見上げるも全く意に介していない。

「グレイシア」
「シア?」
「ミカゲが遊んでくれるって。行っておいで」
「シア!」
「ばっ、つっめてえ!」

俺の言葉にグレイシアは尻尾を振りながら向かっていき、可愛らしくちょこんとミカゲの膝に手をのせている。冷たいと言いながらも邪険にしない辺り、まあ、根はいい奴だと思わないこともない。

「ほら、ツバキのとこ行けって」

そうグレイシアを促すも遊んでほしそうにミカゲを見つめている。珍しく困惑したように眉を下げ、どうしたものかと切れ長の桔梗色の目が揺らいでいる。

ミカゲは、自分の手持ちの子逹以外に触れたがらない。

それはかつてカントーとジョウトに名を轟かせた裏社会の組織に身を置いていた過去が関係しているのだろう。

そこでミカゲが何をしていたのかは知らないし聞くつもりはない。けれど、色々と非道な行いをしてきた組織だ。幹部の立場にいたのならある程度の想像はつく。

罪悪感からだろう、その手が自分から小さな温もりに触れることはない。

「撫でてあげてよ。すっごい不本意だけどその子お前のこと気に入ってるから」

俺の言葉にミカゲはおずおずと手を伸ばそうとするも、やっぱり自分から触れようとはしない。

「シアッ!」

小さな頭をミカゲの手のひらに押し付け、元気よく鳴いたグレイシアに切れ長の桔梗色の目が僅かに見開かれ、ぎこちなく触れる。

「…やっぱ冷てえな」
「当たり前でしょ、氷タイプなんだから」

言葉とは裏腹に表情は柔らかい。満足したであろうグレイシアにおいでと呼べばミカゲから俺に向かい、そのまま抱き上げて頭を撫でる。

「あんな目つきの悪い奴より俺のほうがいいでしょ?」
「一言余計なんだよ女顔。つうかお前はいつ帰るんだよ」
「ねえ、お腹すいたんだけど何かないの?」
「お前はなんでそう人の話を聞かねえんだ?」

グレイシアもお腹すいたよね?と問えば可愛い元気な返事が返ってくる。食欲旺盛なところは俺に似たらしい。

さっきまでミカゲに気持ち良さそうに頭を撫でられていたブラッキーが空腹なのかねだるように紅い瞳でじ、と見つめている。

「ほら、早くしてよ。いつまで俺達を待たせる気?」
「お前はそろそろ遠慮という言葉を覚えろ」
「あ、冷蔵庫開けていい?」
「(話に脈絡がねえ…)」

漁るなよ、とミカゲの忠告を背に聞きながら冷蔵庫を開ければ驚くほど何もない。いや、最低限の食品はあるけどいってしまえばそれだけだ。

「ええ……何もない……」
「これで分かっただろ。自分の診療所に帰ったほうが腹は満たされるぞ」
「むう………」

口を尖らせている俺の横でミカゲはブラッキーにご飯の準備をしている。その様子を見ながらどうするか思案していると、ふいに白衣を引っ張られる感触。見ればグレイシアが「ご飯は?」という目で俺を見ている。

「そうだね、グレイシアもご飯食べようか。そういうわけでミカゲ、グレイシアにも用意してよ」
「いや帰れよ」
「はあ?こんな可愛い子を空腹にさせたまま帰れるわけないでしょ」
「ここからそんな距離遠くねえだろ。…はあ、仕方ねえな。、ツバキ」

名前を呼ばれると同時にぽん、と俺の手のひらに何かが落ちる。今しがた投げ渡されたのは袋に書かれてある名称を見るにどうやら健康食品のようで。グレイシアのご飯を準備しているミカゲに「今はそれで我慢しとけ」と言われる。 

「俺がこれだけで足りるとでも?」
「文句言ってるわりには早速食べてるんじゃねえか」
「お腹の足しにもならなかったけど。でもまあ、ありがとう」
「おー」

俺の我が儘(自覚はある)に応えてくれるミカゲにはなんだかんだいって感謝は…してやらないこともない。

遠慮なんていらない気兼ねない仲。
正しい友人関係ではない、いわゆる悪友といわれるのが俺達の関係。

(でも、それがいいんだよなあ)

煩わしくない関係は俺達に合っている。

きっとそれはこの先変わらないだろうと、確信にも似た自信が俺の中にあるのだ。


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