コガネからエンジュの街に行く途中の道のりでファンであるという女の子に囲まれ、随分時間が経ったように思う。コガネの女の子はなんというか、積極的だ。逃げ場を塞がれぐいぐい迫ってきた彼女達に少しだけ恐怖を感じたのはここだけの秘密だ。

イッシュではまず見慣れない、というか目にすることはない和の趣があるお店に足を踏み入れれば、真朱色の瞳が俺を視界に捉えた途端嬉しそうに見開かれる。

「!おや、珍しいお客はんやな〜。ふふ、いらっしゃい、スイ」
「こんにちは、カグヤさん。ご無沙汰しています」
「そんな堅苦しい挨拶はええんやで〜。ゆっくりしていき」

にこにこと笑うカグヤさんに礼を言って椅子に座る。ジョウトの人達にとっては和菓子は見慣れた存在でも、イッシュで生まれた俺にとっては珍しい食べ物だ。落ち着いた色合いの和菓子は見ているだけで顔が綻ぶ。…イッシュのお菓子はビビッドな色合いが多いからなあ。いやまあ、あれはあれで悪くないんだけど、見ているだけで食欲が満たされるというかなんというか。

「カグヤさん、お団子を二本頂けますか」
「ええよ〜。ちょいと待っててな〜」

いそいそと店の奥に入ったカグヤさんを見送る。俺の膝に座るエルフーンは待ちきれないのか辺りを見ながらそわそわしていて、苦笑しながら撫でてやる。

穏やかな雰囲気にゆったり流れる時間が心地好い。撮影が一段落した気の緩みから思わず小さな欠伸が出てしまう。景色に目を移せば昼下がりの青々とした澄んだ空が広がっている。

そういえば、昨夜会ったあの人はまるで夜の闇を写したような髪色をしていた。容姿や連れているポケモン達も相俟り、太陽の眩い光よりも夜空に孤高に浮かぶ月が似合う人だったと脳裏に思い浮かべる。

俺が三年前にもジョウトに来たことがあると話した時、彼の切れ長の桔梗色の目が僅かに複雑な色を滲ませながら伏せられたことに“何か”が俺の中で引っ掛かりを覚えている。

三年前。あの色鮮やかな桔梗色の目。

キーワードとなる単語を頭の中で思い浮かべる。三年前といえば、ロケット団という強大な組織が復活したという噂が囁かれていた頃だ。噂といっても俺自身も下っ端とはいえ対峙した記憶があるし、後に再びたった一人の子供によって解散させられたと耳に入ったから噂ではなかったのだろう。

(…あの桔梗色、どこかで…)

そうそう見掛けることのない珍しい色だ。だからこそ、僅かだが記憶に残っている。

俺が三年前と言った時の彼の表情からして、三年前に何かがあったのは明白だ。

(ロケット団という組織が復活…そしてたった一人の子供によって敗北し、解散…)

三年前、黒を基調とした集団の中に俺はあの色彩を──…、

(……いや、まさかな)

ふう、と息を吐く。俺が彼と四年前に会っていたかもしれない事実はどうでもいい。それに、あの人がロケット団という組織の一員だっかもしれない事も。

あの人がどういう人であろうと俺は何も関係がないし、詮索するつもりも毛頭ない。

ただ昨夜偶々出会って少し話をした間柄の人だ。短い時間であったが彼が世間一般的にいわれる悪人と呼べる種類の人ではないことは断言できる。役者、というより芸能界というのは端から見れば一見華やかな世界だが、裏には様々な悪意、と呼ぶには大袈裟だがそれに近い感情が潜む場所だ。そんな世界に身を置いていれば自ずと人を見る目は肥えてくる。

「なんやスイ、難しい顔してはるな〜?せっかくの綺麗な顔が台無しやで〜?」

今日の気候のように穏やかな声色が上から降ってくる。カグヤさんはくすくすと楽しそうに微笑し、机の上にことりとお皿を置く。

「カグヤさん、ありがとうございます」
「エルッ!」
「ふふ、どういたしまして。エルフーンもお礼が言えてええ子やな〜」

相変わらず短こうてかわええ手やな〜、とカグヤさんがエルフーンを撫でれば嬉しそうに目を細めているエルフーンに俺も顔が緩む。

「撮影はもう終わったん?」
「ええ、昨日の昼間に。明日にはイッシュに帰りますが」
「そうかあ〜。俺としてはもう少しゆっくりしていってほしいんやけど、イッシュの人気役者はんはそうはいかへんな」
「はは、でも役者としての俺を必要としてくださる気がして嬉しいですけどね。勿論、時間に追われずジョウトの地を気ままに見て回りたい気持ちはありますが」
「ふふ、いつか心ゆくまで観光してや」
「ええ、そうします」

話が一段落したところで団子を前に待ちきれない様子のエルフーンに差し出し、俺もカグヤさんに作っていただいた団子を口に運べはもっちりと柔らかい食感が広がりとても美味しい。

「ああ、エルフーン。口に餡がついてるよ」
「ふふ、気に入ってくれたやろうか〜?」

カグヤさんがエルフーンに問い掛ければ手を上げて元気よく返事をする。

イッシュでは殆ど口にする機会がないこの美味しい和菓子を幼馴染みにも食べさせたいと、ここから遠く離れた俺の生まれ育った地へと続いている空を窓越しから目を向けた。



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