エンジュの町を特に目的地もなくふらふらと歩く。シラヌイの店にお邪魔しようかと思ったがたまにはこうやって気ままに町を歩くのもいい。すっかり冬景色な町並みを見ていると新作の和菓子の構想が浮かんでくる。 「松に降り積もる雪を表した棹菓子…ええなあ…」 一人うんうんと頷きながらイメージを膨らませる。今日は店が定休日だから何をしようかと考えていたが、外に出掛けて正解だった。 「さて、どないするかなあ〜」 帰って試作するか、散歩を継続して新作の和菓子の構想をこのまま練り続けるか。 「キュウコンはどっちがええ?」 傍らにいる、贔屓目なしでも美しい青みがかった白い毛並みを持つ相棒へと問い掛ければどちらでもいいと言うように尻尾を揺らす。 「つれへんなあ〜。あ、今流行りのツンデレってやつやんな?そうやんな?あっ痛、痛いでキュウコン〜!」 九本の尻尾の内一本を器用に使い俺を叩くキュウコンに抗議の声をあげれば、ふんと鼻を鳴らし澄ました表情をしている。ポケモンはトレーナーに似るというけど、この子は一体誰に似たんやろうなあ…。 相棒はどちらでもよさそうやし、せっかくだからこのまま散歩を続けることにしよう。 「あっ、待って!プラスル、マイナン!」 「…うん?お、おお〜?」 後ろから女の人の声が聞こえたと同時に俺の足元にじゃれつくポケモン達は今しがた女の人が呼んだプラスルとマイナンだ。 「なんやあんさんら、かわええなあ〜」 目線を合わせるように屈み、その小さな頭を撫でれば人懐っこくて可愛い二匹に顔が綻ぶ。キュウコンがロコンだった頃はこの子らみたいに無邪気だった気が……いや、今とあんまり変わらへんかったな…。 「もう、勝手に行動しているとボールに戻してしまうわよ?」 女の人が咎めるような声色で二匹に忠告し、俺にじゃれていたプラスルとマイナンは女の人へと向かっていく。 「この子達が迷惑かけてごめんなさいね。ほら、謝って」 「プラー……」 「マイ……」 「ふふ、気にしてへんよ。あんさんらは元気でええなあ」 「元気がよすぎるのも困りものだけれど…」 ふう、と女の人はため息をつく。主人の気苦労を知らずに二匹は首を傾げるだけだ。 (それにしても、大層な美人はんやな〜) 年齢は俺より下やろうか。白磁のような白い肌に人形のように整った顔立ちに、腰辺りまでの長さの艶やかな濡れ羽色の髪。長い睫毛に縁取られるは深海を思わせるような瑠璃色の瞳。冷たさを感じさせる寒色系の色の瞳につり上がった目尻だが、優しげに下がった眉が穏やかな印象をもたらしている。 「貴方のキュウコン、色違いなのね。とっても綺麗だわ」 「ふふ、おおきに」 花が綻ぶようにふわりと女の人が微笑し、褒められたキュウコンはゆっくり尻尾を揺らしてお礼の意を示す。なんや、美人はんにはえらい素直やなあ…。キュウコンも雄やしなあ、 と少しにやにやしていればまたもや無言で叩かれた。 「私のキュウコンは色違いとは違うけれど…ううん、言葉で言うより実際に目にしてもらったほうが早いわね」 「?」 女の人がボールの開閉スイッチを押すと同時、眩い光の中から現れたのは通常のキュウコンとは異なる色彩と形状のキュウコン。 ふわふわとした毛並みに氷を思わすような透き通った水色のしなやかな体躯。本来なら炎タイプであるはずなのに、氷タイプ特有のひんやりとした空気を纏っているそのキュウコンは。 「アローラのキュウコンや〜!! ぐえっ」 興奮のあまり駆け寄ろうとしたところを寸でのところで相棒に首根っこを掴まれ、思わず喉に詰まったような声が出てしまう。俺の声に驚いたアローラのキュウコンは警戒するように女の人の背に隠れてしまった。ああ……。 「堪忍なあ、キュウコン…。珍しゅうてついはしゃいでもうたわ…」 「大丈夫、少し驚いただけよね?」 女の人が問い掛ければキュウコンは警戒を解いて(それでもまだしているが)、おずおずと俺に、というより俺のキュウコンに近付く。 キュウコンは珍しく驚きに紅い瞳を見開いて目の前のキュウコンを見つめる。じ、とお互いを見つめていたが次第に挨拶を交わすように鳴き声をあげる。 「仲良うなってくれるやろうか〜?」 「ええ、きっと」 二人で二匹のキュウコンを見守る。ポケモン同士の交流は見ていて微笑ましい。 「ほんま美しいキュウコンやなあ〜。きっと美人な主人に似たんやろうなあ」 「ふふ、お上手ね。こんなおばさん褒めても何も出ないわよ?」 「……うん?」 くすくすと鈴を転がしたような控えめな笑い声の後に続いた単語に思わず首を傾げ、思わず女の人を凝視してしまう。 「私、もう40過ぎてるのよ?」 「へえ〜、そうなんかあ……って、え〜〜〜!?」 「子供もいるのよ」 「ええ〜〜〜〜!?」 俺の反応に可笑しそうに品よく笑う目の前の女の人はどうみても40過ぎにはみえず、20代にしかみえない。 「いやあ、てっきり俺より年下かと…失礼しましたわあ」 年下だと勝手に思い込み今まで敬語を使わず話していたことを詫びればお世辞でも若く見られて嬉しいわ、と上品に笑う。ううん、お世辞ではあらへんやけどなあ…。 「…ええと、私が貴方より年下にみえていたと言っていたけれど、貴方は…?」 「ふふ、俺は27どす」 「えっ!?」 女の人が驚いたように瑠璃色の双貌を見開く。一体幾つやと思われていたんやろうなあと考えるけど、殆ど年相応にみられることはないからあまり気にならない。 「お互い実年齢より年下だと思っていたのね。ふふ、なんだか面白いわ」 「そうどすなあ」 足元にいるプラスルとマイナンが不思議そうに主人を見上げ、女の人は二匹の頭を撫でながらよければお名前伺っても?と俺に問い掛ける。 「カグヤいいます。よろしゅうお頼申します」 「私はシオンよ。よろしくね、カグヤ君」 濡れ羽色の艶やかな髪がさらりと揺れる。やはり世辞でもなんでもなく、ほんまに美しい人やなあと思う。 「そうや、シオンさん。甘いものはお好きどすか?」 「?ええ」 「実は俺、和菓子屋を営んでいるんどすよ。もし時間があるなら立ち寄っていかれませんか?」 「本当?私、甘い物に目がないの。ぜひお邪魔させてもらうわ」 嬉しそうに瞳を輝かせるのはシオンさんだけでなく、プラスルとマイナン、そしてキュウコンもだ。 やはり散歩を続けて正解だったと、目の前の美人を見ながらそっと笑みを溢した。 |