紅葉と銀杏に彩られた石畳の道を歩いていれば、目的のお店がみえてくる。

戸の近くに静かに佇むのは美しい青みがかった銀色の毛並みを持つ色違いのキュウコン。私の隣を歩いていたキュウコンはゆっくりと尻尾を揺らし、紅い瞳に嬉しさの色を滲ませながら小走りで駆け寄っていく。

冷静な性格であまりはしゃいだりしない子だけれど、このときばかりはいつもと違う表情をみせている。

仲つむまじく寄り添う二匹のキュウコンの微笑ましさに私は小さく笑みを浮かべ戸を開ける。

芳しい甘い香りが鼻を擽り、店内の奥にいるのは先ほどの色違いのキュウコンと同じ綺麗な青みがかった白色の髪を持つ一人の男性。

「カグヤさん、こんにちは」
「おお〜、ユリちゃんやないの。いらっしゃい」

人好きのする柔らかな笑みを浮かべ私を歓迎してくれるカグヤさんに小さく会釈をし、店内に整然されている和菓子をどれにしようかと見やる。

「うーん、カグヤさんの作る和菓子はどれも美味しいので何を買うか迷ってしまいますわ」
「ふふ、おおきになあユリちゃん。そういえばスイはもう帰ってもうたん?」
「ええ。翌日からは撮影だそうで…。日帰りでお帰りになりましたわ」
「さすがはイッシュの人気役者はんやな〜。忙しくて大変やね」

スイさんはというと昨日でイッシュに帰り、きっと今頃は撮影に励んでいるのだろう。イッシュからジョウトに日帰りで旅行に来て、それから翌日にはもうお仕事だなんて体を壊さないか心配になる。

「カグヤさん、みたらし団子といちご大福、あとお客様用にお饅頭を一箱いただきたいですわ」
「おおきに〜。包むからちょっと待っといてな〜」

月白色の髪を楽しそうに揺らし、カグヤさんは丁寧に商品を包む。

「…………?」

ふいに聞こえたのはがさり、という小さな物音。音の発信源はどうやら店の奥らしい。

「カグヤさん、奥から何か物音が聞こえますけど誰かいらしていますの?」
「いや、誰もいないはずやけど…」

思わず無言になり二人で視線を交わす。脳裏に思い描くのはきっと同じ文字だろう。

足を忍ばせそっと奥を窺う。そこにいたのは物品を漁っている人影ーーーではなく。

ベージュ色の長い体躯に尻尾、茶色のしましま模様。

「オオタチ〜?」
「チィッ!?」

カグヤさんは音の正体にゆっくり呼び掛け、いつもの優しげに下がった眉とは反対に少しだけつり上がっている。

「も〜、ほんまにあんさんは…。あれほどつまみ食いはあかんって言うたやろ〜?」
「チィー…」
「…体重は少し増えてる気がするし…。和菓子は一日三個までやで!それ以上はあかん」
「チー…」
「そんな顔してもあかんものはあかんで」

カグヤさんとオオタチの会話についくすりと笑ってしまう。何はともあれ、泥棒じゃなくて本当によかった。

「でも、オオタチがつまみ食いしてしまう気持ちとてもわかりますわ。カグヤさんの作る和菓子はとても美味しいですもの。おかげで私も体重が…」

カグヤさんの作る和菓子はそれこそエンジュで有名なお店に負けないほど美味しく、お値段も良心的だ。

だからこそいつも食べすぎて最近袴がきつくなったことを思い出して憂鬱になり、思わずため息をついてしまう。

「全然そんなふうには見えへんから大丈夫やよ?それに、女の子は少しふくよかな方がかわええで〜?」
「いいえ!カグヤさんがそう言ってくださっても、こんなたるんだ体ではマツバお兄様と一緒に歩くときに恥ずかしいですわ!」
「そうやろか?マツバも気にせんと思うで〜?」
「で、でも体重が増えたのは事実ですもの…。今日からダイエットですわ!」

ぐっと決意を形にした握りこぶしを作れば、カグヤさんはにこにこしながら「頑張ってな〜」と包み終わった和菓子を私に手渡す。

「私はこれでおいとまさせていただきますわ。カグヤさん、ありがとうございます」
「ふふ、お礼言うのはこっちやで〜。あ、オオタチ。ユリちゃんを送って行くんや」
「そんな、荷物も少ないですし距離も近いですから私は大丈夫ですわ」
「さっきのつまみ食いの罰や。それに、オオタチも体重が増えたからダイエットせなあかんしな〜」
「ふふ、それではお言葉に甘えますわ。オオタチ、よろしくお願いしますわ」
「チィッ!」

短い小さな手をあげて元気な返事をするオオタチに頼もしさを感じ、笑みが零れる。

「ユリちゃん、気をつけてな〜。あ、和菓子おまけしといたで〜」
「あ、ありがとうございますわ…」

ああ、カグヤさん。普段ならとても嬉しいですがダイエットをすると決意をしたときにそんな…!

「いえ、私が食べなければいい話ですわ!」
「チ?」

再度握りこぶしを付くって決意を固める。

マツバお兄様とミナキお兄様にもお裾分けしよう。

少し肌寒いから熱いお茶を用意してカグヤさん特製の和菓子をいただこう。

「ふふ、そうと決まったら早く帰らなくてはいけないですわね」

いつの間にかキュウコンが私の隣に佇み、帰りましょうかと一撫ですれば気持ち良さそうに鳴く。

二人のお兄様を浮かべながら帰路につく足取りは、風にさらわれる紅葉のように軽やかだった。


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