ブラッド×グリーン
「・・・大変・・・」
それは山の麓に着いた時。
通りかかった娘は、確かに「人間」が倒れてるのを認めた。
一見は小柄で、少年にも思えるが、その胸元の筋肉やくっきりとした顔の骨格は青年のものであった。
青年は全体的に黒に纏われており、その色の外套〈ロングコート〉は酷く切り裂かれ、正にボロボロといった状態だった。
それから覗ける皮膚は、見るに堪えず、娘は瞼を下ろした。
〈なんてひどい・・・〉
このまま放っていくなど、薄情なことは出来無い。
娘は山菜の採取のために背負っていカゴを前で負い、空いた背中に青年を負った。
「うう、」
自分の家へと足元に注意を払いながらも、ゆっくり、ゆっくりと下っていった。
生臭い臭いにも堪えながら、やがて
レンガの赤い街並みが見えた頃、周囲を伺って更に足早に進んだ。
娘は背中が熱くて仕方がなかった。
おそらく、青年がそうさせていたのだろう。
前のカゴと後ろの人間は、視界と体力をつけ奪う上、扉を開けるには随分困るものだった。
「んしょ、」
がちゃっ。
そのまま奥のベッドの上に寝かせ、娘はようやく辛い格好から解放された。
青年の息使いは、ずっと普通ではなかった。
意識は辛うじて、ほんの僅か存在していた。
全身はというと、まるで茹でられているような熱を帯びている。
娘は、口元の布をはいでやった。
次に、傷跡の具合を見るために、服を布切りバサミで切り剥がす。
「・・・・・」
息を失う。
今からこれを処置すると思うと、この世界からいっそ、身を置きたくもなる。
娘は固唾を呑んだ。
〈急がないと〉
ドンッ。
やがて、ベッドの傍らでバケツの水が溢れた。
タオルを浸しては身体を拭き。
その度に青年は白息を拭き上げながら、時折身体を硬直させて唸った。
「頑張るのよ・・・あなたは、まだ生きるのよ・・・」娘
バケツの中は、赤く濁っていた。
カコカコカコカコ。
カコカコカコカコ。
器の中ですり潰した薬草を傷口に練り込んだ。
緑と赤が混ざり合って、目に余る毒々しさを描く。
「ちょっと上げるわね・・・・よっと・・・?」
頭部を上げ、首裏を拭いている拍子。
襟髪からクモを見たのだった。
娘はむつかしい表情をして、そっと髪を元に戻した。
暫く、額のタオルを変えると同時に、青年の様子を伺った。
滝の様に湧き出た汗が滴り落ちる行先、湿っぽさを帯びた部分が少しずつ拡がる様子を見せた。
「頑張りなさい、あと一息よ」
やがて青年の指先がピク、ピク、と痙つり、瞼に隙間が生まれた。
「・・・!」
娘はなんと、精神力のある青年だろうと感じた。
更に、青年は朦朧とした状態にも関わらず、ベッドから上半身を離した。
〈ここは、どこだ・・・〉
腹元を見下ろせば、自身の身体がグルグルと白帯に包まれている。
それも「血緑色」で。
気色が悪い。
と、青年は思う。
「まだ起きちゃダメよ、寝てないと」娘
「・・・お前・・・だれね?」青年
「誰って、名前はメイよ」娘
「ここ、どこね」青年
「ルージュという村よ」娘
あなた、名前は・・・?
問いかけるも、何も答えず。
青年は「ふー、ふー」と腹式呼吸をし、白息を吹き出していた。
やがて、顔を正面に戻し、血混じりにぐっしょりと濡れているベッドに寝倒れたのだった。
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「きっと食事を取れば良くなるから、安静にしてるのよ・・・すぐに戻ってくるわ」
メイはそう言って、額に冷たいタオルを乗せた。
青年は、一向に腹式呼吸とそれに伴って白息を吹き上げるだけだった。
「じゃあね」
パタン。
扉が閉まる。
青年は目をうすらと開いた。
朧げな視界。
視界を左へ傾けると、メイという女の姿は無かった。
青年はあっという間に熱篭ったタオルを、弱々と取り外し、息を整えていた。
“あの女、きっと毒を盛るつもりだ・・・”
そう思ってつかの間。
ドテ。
青年は腹元のタオルと共にベッドから木床に滑り落ちた。
この家から抜け出し、逃亡しようとしたのだ。
ズズ。ズズ。
自身の身体が木床を這う。
前腕だけが上半身の支えを果たした。
・・・はぁはぁ、
くっ、・・・
指先の全ては渾身の力を込めて、ようやくのずりばい。
・・・くっ、
はぁは、・・・
やっとの思いで膝をつけば、四つん這い。
立ち上がらなければ。
足裏をついて、よろりふらりと歩いた。
そして、扉横の窓際にすがりつくと・・・あるものが見えた。
メイと男が会話している。
やがて、メイが頭を下げ。
男を後にしていった。
青年は壁に身を翻し、息を鎮めた。
もう一度、正方形の四つ切りになった、右下の枠から覗く。
青年はそれらの姿が見えなくなったことを認めると、外に出て人目につかないところへと忍ばせた。それは界隈の森の中。
ハァ・・・・ハァ・・・・。
道なき道を進んで、さらに進んであてどもなく、1時間。
振り返らずとも分かる。
赤い足跡をつけて来ていると。
青年はしばし休んでいた。
背中を支える木はそこら中に生えていた。
迷い込んだ森は、自分の姿を他者から隠したように、自分自身の居場所も全く「不明」である。
この身体では、マトモに歩いていけない。
もしも敵にこのスキ晒しの姿で見つかったらと思うと、生存本能が身体に脅しかける。
〈今頃・・・あの女は・・・。戻っているのか。
憶うと、何か気がかりだ。異様だったのは男の表情。眉間に皺を寄せていたのはなぜ?いや、もう考える必要はない。〉
朧げな意識が、手からすり抜けていきそうだ。
葉の隙間から煌めく光が、か細い。
この痛みから解放されるのならば。
どうか俺を光の矢で突き刺してくれ。
ああ。自然の匂いの中、深い眠りに落ちるのは、この上ない幸せだろう。
青々とした葉のベッドに、時折ある枯葉のカリカリと割れる音を鮮明に聞きながら。
まるで自分の最後の音ようだが、鬱陶しい声よりは相応しい。
そう、出来ることなら人知れずに消えることを願いたい。
無様な姿など、誰の目にも・・・。
それだけはどうしても嫌だ・・・。
・・・・くそ、どうして。
どうしてだ。
一体こんな時に、何の因縁なあって、あの女のことを思い出させるのか・・・。
青年は木にすがって立ち上がった。
ちょっと足を踏み込むと、脇腹が血を吐きだした。
気休めに添えた手の平は生暖かく、漂うのはミドリの匂い。
時折まばゆい光が神経に堪える。
そんな時は、ぶち当たるように木に肩を借りる。
ポタリポタリ。
止まらない。
これなら血溜まりでも作れる勢いだな。
貧弱な肉体に焦燥した青年は、己が最も無様と思える格好で歩いた。
帰り道は記したのは自身の血痕は
不本意にも、この時のために流してきたかのようだ。
やがて、赤レンガの家々が見えた。
メイの家はきっとここだ。
青年は、窓から中を覗いた。
ギイィ。
往復した時間はとても短いわけではなかった。
しかし、メイは帰っていなかった。
まさか自分を探しに出たのか。
しかし、背負カゴがない。
やはりまだ帰っていないのだろう。
青年は、ベッド横で腰を下ろし片膝を立て、扉を穴が開くほどに見つめた。
やがて、夕焼けが青年を染めた。
赤く変色した空は心を宥めるどころか、寧ろ不安を駆り立てる。
金色に照らされたウッド・テーブルに、ウッド・チェアが2つ。
メイはここに1人で暮らしているのだろうか。
チェアは客用?
でも、内装は古いな。
あのくすんだミトンも、鍋も、タンスも、前掛けも、彼女にしては老け込んでいる・・・・。
部屋の隅から見眺めているうちに、あっという間に真っ暗になった。
傷口は、気持ち塞がったようだ。
かと言って動くのは、安易な動作をするのは動物的だな。
・・・・。
いても立ってもいられず、青年は立ち上がった。
上半身に真っ赤な包帯のみを身につけて、村の中を歩いた。
人の気配はなかった。
青年は真っ先に、「山」に向かった。
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ゲホッ、。
口の両端からは血が滴る。
〈おいおい。肺に亀裂でも入ったのか?
まあ今更どこの管でも構やしないが。〉
闇に慣れた目を活用し、山の麓を隈無く視界へ映す。
青年は時折、木々に助けられる。
風が仄かに冷気を持っているよう。
視線を振り回していると。
何かを感じた。
・・・・・・?
それは山腹に着いた時。
木の背後側に、確かに「人間」が倒れてるのを認めた。
夕陽色の髪。
背中にはカゴを背負っており、娘の容姿している。
小さな顔や身体は土まみれで、眠っているようだ。
〈メイ・・・・。〉
青年は確信すると、歩き寄った。
額から血が出ている。
ついた両膝、僅かに沈黙。
娘を背に担いだ。
ゲホッ、。
これ程、辛く感じる下り坂はなかった。
既に傷口も開き直った。
空気が冷え込んできている。
青年には春の夜は寒かった。
何より、辛かった。
山の麓に着くと、若い男の影が見えた。
「お前、見かけねぇ奴だな。一体どこのもんだ?」
男たちは、行く手を憚った。
「・・・・どくね」
「答えねえか、この野郎!」
「答える必要、ないね」
「おい、こいつ死にかけてるんだぜ、女共に殺っちまえ!」
「おお!」
闇夜で歪な光を放ったそれらは、青年を襲い掛かる。
その時、足元に落ちていた「木の棒」が目についた。
メイを下ろし、代わりにそれを手にとった。
途端、月影に2つの血飛沫と、胴体と頭部に隙間が開く。
斬首体に悲鳴する背を止めるべく、剣は太ももを貫いた。
なんとも、汚い声を上げて倒れ込む男は、横ばいで青年を仰ぎ見る。
青年が持つのは木の棒ではなく、「剣」であった。
「ゆ、許してくれ、頼む。オレは言われただけなんだ!」
「誰になに言われた?」
「お前を匿(かくま)うメイを殺せって・・・そんでお前はてっきりここから消えたと思ってたのに、帰ってきたから、!それで!」
青年はそれを聞いて、再びメイを負ぶさり、男を置き去る。
怯える男がすれ違う折に見たのは。
月光で青ざめた青年の、生気のない顔であった。
足元には恐ろしい血跡を残し、やがて青年の姿は沈んでいった・・・。
青年はメイの家に着いた。
まず、背負っていたカゴを取り、それからベッドに横たわらせ、メイの首元を二本指で押さえた。(どこか熱い)
トクトクと脈を打っていた。
青年は安堵した。そして、メイを小さく揺さぶった。
おい。起きるね。
パシン。軽く頬、叩く。
おい!
・・・ゲホ、ゲホ、
またく、わたし大した技もてないね・・・。
・・・・ああ。くそ。
・・・視界が・・・・
く・・・・・
・・・・・。
・・・・青年はやがて朦朧となるにつれ、眠りに落ちました。
闇はとても、とても、永いものに思えました。
目が醒めると、世界は絶えずまばゆく。
そう、神々しい輝きに恵まれていました。
・・・・
・・・・ねぇ
・・・・起きなさい!
バシンッ・・・・!!!
メイは渾身の力で平手打ちをした。
“・・・・・っ!”
悲嘆。
青年の身体は、それと同時に僅か丸んだ。
感極まったメイは、泣きながら青年の手をとった。
目の前の、いや、“上”から覗き下ろすメイが、自分を確かめて安堵している。
これがよくある、生死の境から蘇った者との再会といった、微笑ましい光景なのか。
だが1つだけ残念なのは、メイという女が自身の何も知らないということだ。
だから、その涙は美しいままで終わりにしよう。
包帯のように優しい仕草で、手を包む。
「ありがとう」
メイは言う。
メイは毒を盛るつもりもなかった。
その往復は徒労だったかもしれない。
生かされたのはこの為だったのだろうか。
ならば、戻った事は間違えではなかっただろう。
まどろんでいた青年はゆっくりと、メイの手をほどいた。
そして、立ち上がる青年をメイは見届けることにした。
青年は小さなレンガの家を後にした。
具合は悪くない。
このまま在るべき場所へ行こう。
青年は山の麓、一度だけ振り返り、赤レンガの家並みを眺めた。
上半身は、包帯のみ。
新たに巻かれていることに気付く。
傷口部分は仄かに血緑色だった。
〈おわり〉
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あとがき
お疲れ様でした。随筆なので骨組みに内臓つけたぐらいで完了させて、後に加筆、推敲しなければと思っています。
救われた人間が救い返すのは、すこぶる陳腐なパターンかもしれません。
しかし〈猜疑心旺盛なフェイタンという男〉が条件を考えると、まあさあかあそんなあ〜。って、思います。
命に代えても救うのは、失うもののない彼だから出来ると思うと、切ない。
因みに、バッドエンドかでめっちゃ迷い、ハッピーエンドということで。
メイ側のサイドストーリーというか、後々バッドエンド版を追加するかもしれません。
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