ボートオの遊戯





男らしくも、また盗賊らしくも彼は肉欲を愛していた。
意なるまま、本能に随って、まごうことない欲望に我を失わせた。
ホモ・サピエンスは時に、こうして休息を摂らねば壊れてしまうものだ。
だから私は時に、彼のマリオネットとしてこの虚ろな光射す空間に、置かれるように、自らの意思で彼を愛していると表現した。
あの日のマリオネットのように、四股を一つ一つ斬り落とされるのは、一体いつになるだろう。

人形とは「人の形」と書く。
人の形だからつまり人。
人はつまり人の形をしている。
彼はその区別が未だどうして付かない。
拡がる鮮血の、窪みの血溜まりの、やがて赤い海の、首から先のないマリオネットは捨てられる。眼孔が開いたまま。虚ろな眼をする彼女はどこを見ているだろう?

私と彼の間では苦痛(赤)と快楽(白)の2色がどうしても欠かせない。
彼の甘え、そのものは赤子のように可愛いものだけれど、彼は赤子と比較するには桁が違うと言えるほどに、手は獲物を一足で鷲掴むタカを思わせ、眼孔は言葉が飛んでくるかのように容易に考えを分からせる。
えもいわさぬ、邪悪な念を醸し出して、彼の漆黒の割合と相俟って、微笑みすら悪魔のソレを思わせる。
ならば、これはスケープゴート・、…。
悪魔の為に、彼を愛する故に生贄になることを私は甘んじよう。偉大なるマリアのような懐をもってして。

漆喰の下。くすんだ窓の傍ら。無機質に囲まれた。
影が喰らいつくように覆いかぶさって、あっという間に一糸も纏わぬ裸になって。
肌着はいずこへ拐われて。
仲良しこよしの万歳とは程遠い圧が、血管の行く手を阻む。
やがてピンと張った、空気を吹き込まれた風船のような長モノを私の腰をドーナツに見立てて、挿しては抜き。
白いシーツが背中越しでゆさゆさと摩擦する。
モヤリとした淡い吐息、ラ♯の喘ぎと、水溜りで遊ぶ音が共鳴する。
ピンクの蛇が穴からちらり顔を出して、谷間から、鎖骨中央、喉笛、顎先にかけて静かに這い歩いてきて、体表粘液の渇きから、もう一つ穴をこじあけ忍び込む。
ねばりとしなだれた糸は、彼が姿勢を戻すと同時に呆気もなく切れて、彼の唇から顎もとにだらし無く、だらりと垂れついた。
反射で浮く、水筋模様が身体のあちこちの温感を鈍らせる。
あまつさえ、汗がその上に不時着し、腹皿は濁っていく感覚を覚える。

「もう少し優しく、」
そういうと、彼の目は悦んで言う。
『分かった』。
途端、背中が焼けるように熱くなる。
けれど、嗜虐に疼く彼はもっと燃えていた。
腰元をぐいと執られると、仰臥した彼の上にいる。
曰く、“人は簡単に死なない”
指圧にぐぐっと押し込まれ、腸がわなないても。筋という筋、繊維という繊維が、破壊を繰り返しても、私は死なない。死なないはずだ。
血だるまのようにも見えるけれど、私はきっとマリオネットではなかった。
そう、今はただ。
まるで剣先の上の赤玉のように。
白糸に繋がれたまま、優雅に弾んでいる。

私はまだ、生きている。


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