腐っても幸福論




 わたしが今まで出逢った男の中で、最も過激で、最も危険で、最も冷酷で、ケモノの様な男。動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。高杉晋助にわたしは拾われた。


 あちらこちらで行われていた攘夷戦争の中で、関係ある者も関係のない者も大勢が傷ついていた。なまえの仕事はそんな人達の傷を手当てし、癒し介抱することだ。ついこの間もここからほど近い場所ででチャンバラやっていて、また沢山の人が運び込まれた。

 幕府 対 鬼兵隊、鬼兵隊壊滅の日。
 正直なまえにとっては、天人が来ようが日本が変わろうがどうでもいい。ただ、争いでむやみに傷ついてほしくないと思っていた。

「……左目が死んだ」

 元々勤めてた診療所が、攘夷戦争のとばっちりを受けて吹き飛ばされた後、身寄りも仕事も失ったなまえは高杉に拾われた。「命は助けてやる。その代わりしっかり奉仕しろ」と、吐き捨てるように言われここにいる。
 鬼兵隊は反幕府・反天人の攘夷思想者の集まりの義勇軍。対幕府との戦争で怪我人が絶えない。だからその手当ての為に拾われた。

「……俺の鬼兵隊も死んだ」

 高杉の顔は、左半分が血で染まっていて表情がつかめない。その声すら無感情で無愛想だ。椅子に深く腰を掛け、なまえに看護を催促した。
 多分、ここにある様な物資では左目の失明はおろか、痛みを止める事すら難しいだろう。とりあえず止血をし、気休めにもならないであろう傷薬を塗りたくった。滅菌されたガーゼを眼球があった場所に丁寧に当てる。その上から包帯を巻なまえの手は、少し震えた。

 なまえは悲しかった。自分が率いた鬼兵隊の仲間がみんな死んだ、という高杉の心を思って。
 なまえは苦しかった。一人になる最後まで立ち向かったであろう高杉の行動を思って。
 なまえは辛かった。こんな状況になってまで決して弱音を吐かない高杉の信念を思って。
 なまえは寂しかった。今、目の前で
包帯を巻かれている高杉が何を思っているか分からないことに。
 なまえは切なかった。拾われてから随分立たない間に、高杉を想っている自分の気持ちに。こんなときに何も言葉が出てこない自分の頭に、情けないと思った。

「何故、お前がそんな顔をする」

 失われていない右目で、しっかりとなまえを捕らえて言う。なまえは自分がどんな表情をしていたのか分からない。戸惑い、包帯を巻く手が少し止まった。
 そんな様子に薄く笑うと、煙管を持ち火皿に煙草の葉を詰め、火をつける。火付けの為小刻みに吸い、もう一度火をつける。その流れで葉を慣らすと、ゆっくり呼吸するようにふかし始めた。この男は見かけはこんなくせに、どうも煙管を扱う時は丁寧だ。優しくゆっくりと煙管から一筋の煙が出る。そして三口程で最後の葉まで綺麗に吸う。本性はこういう扱い方に出ているんじゃないかとなまえは思う。

「喜べ、なまえ。コレでお前は自由だ。鬼兵隊は壊滅。高杉晋助も幕府の尋ね人だ。お前がここに居る理由は何も無い。好き勝手生きて行きゃあいい」
「……晋助は、どうするの?」
「俺は、そうだな……気にいらねぇこの世の全てを壊しにでも行くかな」

 自分のふかした煙をぼんやりと見ている。

 それは、亡くなった仲間の敵のため? それとも自分のため? そんな疑問が浮かんでは口に出来ずに消える。きっと彼の中には、敗れて死んでいった仲間達の恨みとか、悲しみとか苦しみとか嘆きとかそういう感情がたくさんつまってるのではないか、と思うと何か簡単に聞いてはいけないような気がした。

 なまえは羨ましかった。「俺に護るモンなんぞ無い」と言っていたこの男に、仇を取ってもらえる同志達が。
 なまえは思った。自分もその中に入りたいと切に思った。

「晋助」
「なんだ? 終わったのか?」

 傷が痛むのか先程から目を閉じている。そのままで火皿の中の焼けた葉っぱを捨てていた。慣れているから見えなくても出来るのであろう。


「晋助、わたしに惚れてよ」


 高杉はうっすらと目を開くと、切れ長の右目でゆっくりとなまえを見据える。葉っぱの焼けたにおいがちりっとした。

「わたしに、惚れて惚れて惚れまくればさ、今日あった出来事とか、亡くなった仲間とか記憶とか、みんないつか少しずつ薄れていくよ、きっと」

 再度小さく小さく呟く。自分にも言い聞かせているような声色。
 言った後でなんて馬鹿なことを言ったのだろう、と後悔した。自己中心的で、高慢なことを言ってしまった。身体と心のケアを仕事の看護者にあるまじき発言。取り繕うしまもない。

 次の釈明の言葉を考えている間、ひどく長い時間が経ったように思えた。目の前の高杉は巻き終わった包帯を押さえ、また薄く笑った。

「くくっ……なまえ、なんだぁそりゃ? この俺に惚れろってぇのか」

 喉を鳴らすようにひとしきり笑うと、光の残っている右目でなまえを見据える。

「……一緒に腐った世の中を見て回るか? なまえ。きっとお前の想像を絶する旅になるぞ」


 これから高杉は幕府に追われ、人を斬るのもやめないだろう。そしてその度に彼の中には消える事のない思いが張り付いて取れなくなるんだ。


 わたしはこれ以上晋助が傷つかぬよう、左に立ってついていく。火の中、水の中、例え地獄でも、どこへだってついていく。そしていつか、危険で、過激で、冷酷なケモノの様なこの男に、愛されることが出来たなら幸せだと思う。





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初高杉。手探り感が全面に出ている雰囲気シリアス。

ALICE+