そんなの意識しちゃうじゃん
 時は遡り神無月。まぁ肌寒くなってブレザーを着始めたから、その時期くらいのはずだ。唯一の週の休みである日曜日を、中学の友達と会うことに費やした私は、用事がこの後あるという友達と別れて帰路についていた。
 久しぶりに中学の友達に会って話せたのも楽しかったし、何よりもお茶したカフェのフォンダンショコラがすごく美味しかった。ハート型のケーキにスプーンを入れた時、溢れ出てくる生チョコがなんともたまらない。口に入れた時の外身のサクサクさと中身の蕩ける舌触りの滑らかさは、これぞまさにハーモニーってやつだろう。絶対いつかまた食べに行こうと、そう決めた時だ。
「あれ、轟?」
 視界に見覚えのある紅白頭が入った為に、声をかけてしまった。私の呼びかけが届いたのか、彼はこちらを振り返る。少し驚いた顔をしていたのがちょっと面白かった。
「なんだ。ミョウジか」
「なんだとはなんだ。轟ここら辺の人なの?」
「いや、見舞い帰り。電車乗るから駅向かってるとこ」
「へぇ。私も駅向かってるとこ。一緒だね」
 少し駆け足で彼の隣に並ぶ。轟はそんな私を見てか、少し歩くペースを落としてくれた。これがモテる男ってやつか。なんか納得した。
 横の轟は私服だった。休みの日なのだし、それが普通だろうが、彼の私服を見たことがなかった私には新鮮だった。轟ってこんな服着るんだ、ふぅん。普通に似合っていてカッコよかった。というか彼ならなんでも着こなすことができそうだけどな、ほらイケメンだし。
 胸の内でそんなことを考えていると、隣から苗字を呼ばれる。視線をあげれば、こちらを見ていた轟と目が合った。
「ん? なに?」
「ミョウジは何でここにいんだ?」
「あーそれね。中学の友達と会っててさ、さっきまでカフェでお茶してたの」
「へぇ」
 自分から聞いてきたのに、あんまり興味なさそうだ。あぁでも、もしかしたら話を繋ぐ為に話題を振ってくれたのかも知れない。体育祭前まではあんなツンケンとしていた轟が、こんな風に話を振ってくれるだなんて、なんかちょっと感無量である。
 そんな彼の努力を無に帰するわけにもいかず、適当に話を広げることにした。話題は何が良いだろう、話の流れ的にカフェについてとかが良いかもしれない。何かあるだろうか。
「あ」
「ん?」
「あのねー、お茶したカフェのフォンダンショコラがすごく美味しかったんだよ。ハート型してて見た目も可愛いし、味も超美味しいし」
「フォンダンショコラ?」
「ん、轟知らない?」
「知らないし食べたこともない」
 ぶっきらぼうにそう述べた轟。その時私の脳内には雷が落ちた。ピシャリと。あれを食べたことないなんて、人生七割は損してると言えよう。
「ま、まじか……普通に美味しいから食べた方が絶対良いよ。人生損してるよ」
「そこまでか」
「うん。家でも作れるし、なんなら私が作ってこようか?」
 待った、私は今なんて言った。慌てて口を片手で塞ぐ。上から目線にも程があるだろうと、そう突っ込める提案をしてしまった。やってしまった。たいしてお菓子作りが上手くない女の手作りより、先程のカフェのフォンダンショコラを食べて貰う方が絶対良いのに。アホなことした。ちらりと轟を見上げると、彼は素っ頓狂な表情をしていた。こんな顔もするのか。
「ご、ごめ……これぽろっと出たものだから」
「ミョウジ、作れんの?」
「ん? まぁ、材料とレシピあれば作れると思うけど」
「すげぇな。じゃあ作ってくれよ。食べてみたい」
「本当に言ってる? てかさ、絶対お店で食べた方が美味しいよ」
「お前が作ろうかって聞いてきたんだろ」
「まぁそうなんだけど」
 なんかトントン拍子に話が進んでしまった。まぁ轟が良いならいっか。適当に振った話がこんなことになるとは思わなんだ。だが作ってくると言っても、いつ渡せば良いのだろうか。私は砂藤みたいにお菓子作りが趣味ではないし、私と轟はなんでもない日に手作りケーキを渡すような関係でもない。しばらくの間悩んだが、ふと名案を閃いた。
「あ、そうだ。バレンタインにでも渡すよ。義理チョコとして」
「は? バレンタイン?」
「ダメかな」
「今何月だと思ってんだ。どんだけ待たせんだよ」
「十月だけど……ほら、轟だけ特別仕様〜って感じで」
「……まぁくれんなら」
 渋々納得したような轟に、少し申し訳なく思う。だってバレンタインなら何の問題もなしに渡せるし、良いと思ったんだ。言い訳だけど。四ヶ月後の私がこのことを覚えているか定かだが、言ったからには頑張って作ろうと心の中で決めたのだった。まぁ覚えていたらなんだけれどね。
 ――と、このことがフラッシュバックしたのは、後数日に迫っていたバレンタインで、何を作ろうかとレシピを調べていた時だった。ちょうど目に入った『フォンダンショコラ』という文字に、まるで走馬灯のようにその記憶が蘇ってきたのだ。
「そういえばそんな約束してたなぁ」
 すっかり忘れていた。色んなことがあったせいで。思い出したから良かったものの、思い出さずに当日を迎えていたら轟に申し訳なかった。
 いや、待てよ。一つの考えが私の脳裏をよぎった。轟、このこと忘れてそうだな――という考えが。この数ヶ月色んなことがあったし、それにあの何ともない会話内の口約束だ。しっかり者に見えて彼は意外と抜けているし、なんか覚えてなさそう。というか興味なさそう。偏見だが。
「んーまぁいっか。作ろう」
 別に轟が覚えていてもいなくても変わりはしない。渡せれば良いのだから。とりあえず轟にはフォンダンショコラで、他の人にはトリュフを作ろう。一番良いと思ったレシピをスクショし、材料欄に目を通す。何が必要かをピックアップしてから、お茶子達と一緒に買い物に出かけたのであった。
 さぁこれから義理チョコ、友チョコの生産をしなくては。

*

「ほら男子供義理チョコだよー」
「義理でも良い! くれ!」
「はいよー」
「センキュー!」
 バレンタイン当日。見る限り男子達は浮かれ気味だ。そわそわと落ち着きのない人や、普通にいつも通りの人やと様々だ。無理もない、だって今日はバレンタインなのだから。私も普通に楽しみだった。だってチョコって美味しいし、友チョコでも貰えるのは嬉しい。
 差し出された手にぽんとチョコを乗せれば、お礼の言葉を返される。それを何回も繰り返せば、義理チョコはほとんど渡し終えた状態だった。ちなみに友チョコは、後で女子会の時に交換をする予定である。
「あれ、轟は?」
 一つ間違わないように別の包装をしていた物が残っているのを見て、近くにいた上鳴に聞いた。教室を見回してみても、あのおめでたい色した頭は見当たらない。他の人は大体いるというのに、どこへいったのだろうか。
「ん? あー、なんか呼び出しっぽいぜ」
「まじ?」
「まじまじ。サポート科、いや普通科……経営科かな。まぁ女子に呼び出されていたのは見たな!」
「全然絞れてないじゃんウケる」
「うるせー。まぁあれじゃね、バレンタインだし。そういうことじゃね?」
 本命チョコってやつか。轟モテてそうだしな。多分今頃告白でもされてるのだろう。まぁそうだよなぁ、彼、カッコ良いしね。そりゃ普通だよね、あるあるだよね。
 峰田筆頭で羨ましいと騒ぎ出す男子達を面白く思いながら見ていると、教室の扉が開いた。そちらを向けば、あの紅白色が視界に入る。彼が手に持っている可愛く包装された物を見つけて、なんだか少しどきりとした。
「何でドキってしたんだ今……」
 思わず胸に手を当てた。手に感じる心臓の振動はたいして速くない。いつも通りだ。なんだ、ただの思い違いか。お目当ての人物を見つけたから私も嬉しかったのだろう。うん、そういうことだ。ちょっと安心して、ふぅとため息を吐く。
「帰ってきたな轟!」
「お前手に持っているものは何だ!」
「なんか貰った」
「羨ましい!!」
 詰め寄る峰田と上鳴に何ともない表情で答える轟。なんか貰ったって、あんた鈍過ぎないか。無意識で言ってそうだから余計にタチが悪い。勇気を振り絞り呼び出し、それを渡しただろう女の子が少し可哀想だ。騒ぐ二人を物ともせずに、轟は普通にそのまま席に着いていた。
 もう少しあの峰田達みたいに盛り上がっても良いんじゃないか、男子高校生なんだし。まぁ私がそんなことを考えても彼は彼なんだし、変わることもないのだろう。私の意見も押し付けるのもアレだし。とりあえずこれ渡してしまうかと、轟仕様の義理チョコを手に持って彼の席に近づいた。
「轟モッテモテだね」
「そうか?」
「紙袋の中身見ればわかるよそりゃ」
「……」
 轟の席に掛かる紙袋を見てそういえば、彼は少し不機嫌な顔をした。どうしてそんな表情をするのか疑問に思い、小首を傾げる。事実を言っただけなのに、なんでやねん。彼の不機嫌スイッチがわからない。大量のチョコは嬉しくないのだろうか。
「で、何しにきたんだよミョウジは」
「これを渡そうと思って。はい義理チョコ」
「そういうことか。ありがとうな」
「うん。あ、忘れてるかもだけど、それちゃんとフォンダンショコラだよ」
 受け取ってくれた轟にそう伝えると、彼の動きが止まった。どうしたのだろう。やっぱり忘れていたのかな。まぁ別に良いけど。今記憶の中でも探っているのだろうか。
 数十秒待って見たが状況は変わらない。そのまま状態から動かない轟に、流石に少し心配になって目の前で手を振ると、いきなり手首を掴まれた。
「え、ちょ」
「忘れてねぇよ」
 ぐいと手首を引っ張られ、私と轟の距離が幾分か近くなる。近距離で目が合った轟は、少し怒ってるようで理解が追いつかない。なんで私こんなことされてるんだろう。忘れてない、って、轟ちゃんと覚えてたんだ。すごい記憶力。私は思い出したとはいえ、忘れていたというのに。
 それにしても、彼の顔と私の顔の距離が結構近い。それも顔の良い轟にこんなことされてるわけで、ぶわりと顔が熱くなるのは必然だろう。普通に恥ずかしい。一刻にも離れたいのは本心だった。
「ま、待って、轟、近い……!」
「欲しかったから、忘れるわけねェだろ」
「ちょ、待って轟離して、私今理解追いついてない」
 焦ってそう言えば、ぱっと手首は離されて距離も開いた。熱い顔を手で扇ぎながら、轟を見る。彼は何ともない様子で私のチョコを紙袋にしまっていた。なんてやつだ。
 欲しかったから忘れなかったって、どういうことだ。普通に考えてフォンダンショコラが欲しかったから覚えてたのか、それとも私の作ったやつが欲しかったから覚えてたのか。いや、後者はないだろう自意識過剰すぎる。ありえない。
 それもこれも轟のこの意味不明な行動のせいだ。どうして顔を近づけてきたのか。ほんとわかんない。あれは何か意味があったのか。自分がイケメンだということを、あいつは理解してるのだろうか。近くのイケメンフェイスは目の毒だ。
 色々考えてみたが、まぁ多分、あの台詞の理由は前者だろう。そんなにフォンダンショコラが食べたかったとは。やっぱり待たせすぎた感はあったけれど、ちょっと申し訳ない。
「轟そんなにフォンダンショコラ食べたかったんだね……待たせてごめん」
「は? ……まぁそれもあるけど」
「ん、どういうこと?」
「一番は、ミョウジの手作りの物が欲しかったから」
 ぴしりと自分が固まったのがわかった。轟の言った台詞が脳内でリピートされる。私の手作りのものが欲しかったって、どうして。なんかそれって轟が私のこと好きみたいな、そんな言葉じゃないか。理解が追いつかない。ありえない、そんな素振りなかったはずだ。そんなわけない。
 何かと理由をつけて否定しまくる頭に反し、私の身体は素直なようで、ドキドキと主張する鼓動の加速は止まらなかった。どうして、私轟のこと好きではないのに、何でこんなにときめいてんの。今も頭が熱くなってきて、思考が定まらない。なんなのこれは。
 うろうろと視線を彷徨わせていると、こちらを見ていたらしい轟と目が合う。色違いの二つの目とかち合って、思わずひゅっと息を飲んだ。
「お前も結構鈍いよな」
「轟に一番言われたくないそれ」
「どういうことだそれは」
 ムッとしながらも今も見つめてくる轟に、どうすれば良いのかわからない。軽口を叩いてしまったが、これに何を続ければ良いのかわからない。私は、轟のことそういう風に思ってなかったわけで、でも轟は私のことそういう風に思っているみたいで。あれ、でもこれは推測で、本人からちゃんとは聞いていないはずだ。
 聞いても良いのだろうか、私のこと好きなのって。その答えが肯定でも否定でもちょっとパニックになりそうだ。いたたまれなくて。
「お前が何を考えてんのかわかんねぇけど、わかった」
「え、うん」
「俺はミョウジのこと前から好きだ。お前が好きじゃなくともな」
「……うん」
「知っていて欲しかったから言った。好きなやつじゃなきゃ、作ってくれだなんておねだりしねーよ」
「……うん」
 要するに、あの頃から轟は私のこと好きだったっていうことだよねこれは。見つめる二つの目からなんか逃れたくて、目線を下にそらす。確かに私は轟のこと好きではなかったけど、そんなこと言われたら意識してしまう。段々と熱くなって行く顔を隠したく思い、両手で覆った。
 どうしようこれから!