Blog 日常と創作
▼2016/05/24『作品を見る目…』
とは、なんなのでしょうか。ちょっと不思議に思えてきました。物凄く偏った個人の感じ方なので追記に振り分けておきます。
こんなことは初めて吐露しますが、若者の戯言と聞き流してください。
私はいつも作品のいろんな部分にワクワクします。と、同時に「これは無いな」と思う部分の数が、大概それを上回っています。我ながらひどい。
もちろんそんなことは一切口に出しませんけれど、例えば登場人物のとった行動や言動であったり、へんてこに奇跡的な展開であったり、文章のリズムの乱れや話の流れに不釣合いな語彙であったり、ふつうに誤字脱字であったりします。最後くらいは覚えていれば伝えますね。
ですが、そんな風に感じても私はその作品が好きです。
というか、超絶上手い作品でもないと、私はそういった「プチ突っ込み」なしには読めないようになってしまっています。自分の作品すらも例外じゃありません。とんでもなく小煩いお客様を脳髄に抱えているようなものです。
もしかすると、私は見る目がないのかも知れません。ですがそんなことは自分で分かるはずがありません。堂々めぐりをしているだけです、はい。
見る目、なんていうのは読み手の好みによっても異なります。
読者って、きまぐれで勝手なものです。私自身が読者側であることが多いので、読者としての経験談です。
どう繕おうが読むのは一種の暇潰しに過ぎませんし、期待と違えば無言でぽいです。ズレまくったいちゃもんつけないだけ優しいですね。多くの読者は、当然のように無言なんです。
その、所詮暇潰しで読みに来ている人々を「どこまでこちら側の世界に連れ込めるか」が作者側の見せ所だと私は思っています。好みに関係なく。読み終わったときに、旅行に行ってきたみたいな気持ちになれる本は素敵です。
暇で終わるかもしれなかった時間に新しい思い出ができる。それが読書。
……そんなことができたら、作者はもはやプロの端くれなんですよね。多くの人はただ文字を連ねることは出来ても、文字を律して紙の上で躍らせることはできないはずです。プロレベルの作者はまるで魔法のようにそれを可能にするんです。私たちを紙の奥の別世界へと誘う超級魔法を。
さて、話が二転三転しました。
そんな私も文章を書いています。そして騒ぎ出した脳内のお客様がいらっしゃいました。私は過去の作品に大きな欠陥を見出したから、一度目の改稿を決めたわけですね。
(何が言いたいのかわからなくなってきた…)
何がどうなろうと私は続きを書きます。
今作へ「改稿」を二度と言わないためです。
考察語り記(2016/05/24 19:46)
