いにしえの遺跡
「そうだな。一つ一つ意味があるらしい。例えば……」
ルナンは一つの横長の絵に手を伸ばし、指先で静かに辿った。
すると突如、その絵がルナンの体温を待っていたかのように青白く輝き出し、ごごごごと四方の壁が揺れ始める。
「……アールズ掴まれ!」
「にゃんですにゃ!? にゃあああああっ」
アールズは慌ただしくルナンの左脚にしがみ付く。
(罠だったか?)
地鳴りに揺らされ、額から汗が流れ落ちる。
一方の壁が破壊され崩れ落ちてゆく。揺れは深刻さを増し、なんと今居る床が一直線に壁の失せた向こう側へと滑り突き出た。
「ぬあっ!?」
地下空間で音という音が反響し、鈍い轟音が轟いた。
天井と壁全てが消えたかと思うほど、通路の閉塞感がない。
動きが止まり、遺跡は再び静けさを取り戻した。
「これは……」
罠ではない。
ルナンたちは、だだっ広い大広間のような場所に出ていた。
天井は突き抜けて高く、これまでの通路の狭さが嘘のようだ。
「にゃ……デカイにゃ」
ぺたんとアールズが座り込んだ。
下にも道は続いており、柵の向こうに下層の広間が見渡せる。どうやら、自分たちが居るところはまだ上層部だったらしい。
「ほう、古文書の通りか。平面でなく上下に奥があるのだな」
初めて感嘆の声で唸ったルナンに、アールズは意外さを感じた。
「じゃあ、前に来たとき、ご主人様は奥まで行かなかったんですにゃ?」
主の性格を考えると、最後まで見なくては気が済まなさそうな場所なのに。
というアールズの心をまるで読んだかのように、ルナンは冷ややかに言い放つ。
「だから今、来ているんだろうが」
一方、空気の流れが変わったことをルナンは気に掛けていた。大広間に出たからではない、異質な“なにか”が。
「な、成る程にゃ! こんなところボクでも気になっちゃいますにゃー!」
説明をどこか省略するのは、主の悪いくせである。直してくれることは正直期待できない。
しかしこんなところだからこそ、説明をしている暇がない。
ルナンはなにかを察知した。
「……おいアールズ!」
主に叫ばれアールズは動揺する。
「にゃっ!? にゃにゃにゃんですかご主人様! アールズは何も悪い事考えてませんですにゃ!」
「よく見ろ馬鹿猫!」
シッ、とルナンが目配せした先は遥か見下ろす下層だった。今居るところから丁度見える角度である。
闇に紛れて、そいつは居た。
「グルォオオオォオオオオオオーーッ!!」
獣の咆哮。
骸霊《ガイレイ》だ。それも通常サイズの奴ではない。常人から見ればとんでもない大きさの黒い怪物である。
その全長が人間の三倍はあるのを見てから、ルナンはまた“なにか”を奇妙に思った。
「ご主人さま……! ガイレイだけじゃにゃいにゃ!」
「なに?」
落ち着いた、否、血の気の失せたアールズの嗅覚がそう告げる。先ほどからルナンが妙に感じていたのは、あの鈍足な骸霊の気配では無かった。
全身を強張らせながら、鋭く感性を研ぎ澄ます。
「ヒトが居るにゃ!」
「──っ!」
瞬間、ルナンは地を蹴った。
「ルナン様ー!?」
眼前の柵を乗り越え、優に十マーレ(約十メートル)はあろうかという下層へと単身で飛び降りる。
「グォ……ッ」
うっすらと見える人影に迫っていた目を光らせる異形のものも、気配を感知したのだろう。急速に降下するルナンに向かって龍のように首をもたげる。
その間ルナンは、重力に逆らいつつ右脚を引き上げ目線を天井に向けると、無防備に首元をさらけ出した。
『来い……闇よ!』
すると突如、ルナンの周囲に紫電の閃光が纏われたのだ。そこで初めて見下ろす形で真下の巨大生物を一瞥する。
ルナンが右手を掲げるのと、獣が凶暴な牙を剥いたのは同時。
「俺はッ!」
「ギシャアアアアアッ!」
時が止まったように体感する刹那。
霞む速さで肉を抉ったのは、他でもない剣撃だった。
血塗れで硬直した骸霊の巨体が倒れ伏す。周囲にあった石碑が、音を立てて破壊された。
「復讐を、果たしに来たんだ」
反動でゆっくりと降下するルナンの右手には、闇色の大剣が握られていた。
骸霊がその目で大剣を捉えることは出来たのかは、誰も知ることなど出来ないだろう。
なびくマントに煌力を流し込む。ふわり、と屍の上を滑空し、まるで何事も無かったかのように下層へ着地した。 _3/35
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