緑髪の青年と灰の大男
仕掛けを解いて、先へと進む。
大がかりなドアの先は、先ほどの部屋よりもさらに開けた広間のような場所だった。
天井はスノードームのように高く高くなっており、明るい広間の中、細かな光物質がふわりと宙を舞う。
部屋の隅には幾つもの線状コードが張り巡らされ、それらの器具が一点に集中している。
超大型、陣機械《クロムディア》だ。
角張った形状のボールのような球体の前、ふたりの人影ががぴたりと止まったようにこちらを見た。
人影のひとりは、灰髪の大男。
もう一方は、
「わあ。本当に来たんだ」
シュラだ。特徴的な緑の髪に、黄色いゴーグルを頭に装備している研究者が、肩をすくめていた。
隣の大男が、怪訝そうに問うた。
「手前らナニモンだァ? 知り合いか?」
柄の悪い男だ。俺よりも背は高く、そして見た目はディオルよりも年老いて見えた。しかし、この灰の男のエメラルドのような瞳からは、明確な闘志を感じ取ることができる。
そう感じるのはあの男、スローグ以外では久しぶりだなどと考えながら、ルナンは問いに答えるため口を開いた。
「俺は……」
しかし、それをシュラが遮った。
「知り合いだって? とんでもない! 彼らは極悪非道の侵入者だよ」
「そうなンか」
なんだ、というように、強面の大男の眉根が緩む。
反して緊張した面もちのシュラが、右腕を大きく振り払った。
「ああ。拘束してやってくれ!」
「待てまてっ」
さすがに焦ったルナンの手は、戦いに構えるでもなく、あてどなく浮いていた。
俺はお前を、多少なりとも話の通じる奴だと思っていたが。気のせいだったか。
動揺でなにも言葉にならない。
演技掛かった声音でディオルが弁護した。
「そんな! 私とシュラさんの仲じゃあないですかぁ!」
……弁護なのか?
「ハァ? やめろ気持ち悪い」
「いえでもほんとうにぃ、本当なんですッ!」
長身の男は何故かろれつの回っていない上に、右手で顔を覆ってキメキメポーズで佇んでいる。
ディオルの奴、ついに狂ったか……。
ルナンはちょっと、否、正直かなり引いていた。
「そういう、意味をなさない言語の羅列は、辞めて貰えるかな」
同時にシュラも引いている。
聞くに耐えない会話の中、クルミが叫んだ。
「知ってる!」
「えぇ?」
シュラがすっとんきょうな声を出した先に、少女が前へと進み出た。
「そこの……丸いクロムディア? 近くで見てもいい? シュラ、お願い!」
「ええっと……ダメなんだけど」
緑髪の青年は、少々困惑しているようである。隣の柄悪男が一歩出て、口を挟んだ。
「名前をご存じでッと。そンで? こんなただのボールみてえなモン、何で見てェつってんだ?」
ガキのおもちゃじゃねェんだぞ、と、悪い子どもを叱るような口調で語りかける。
「だって、わたしを、思い出せるかもしれないから……やっぱりだめかな……?」
「ハァーン……」
少女もその願いを半分諦め気味のようで、押しが弱い。大男も、首を鳴らして退屈そうに答えている。
しかし、考えてみればこいつらの反応は当然だ。クルミの発言は、正しい説明がなければ意味不明な類のものだろう。例え正しく説明しても、信じるかどうか怪しいほどの。
それでも、今なら話ができそうだ。
四人の前で、青年は手を挙げた。
「俺が話そう」
「ルナン……?」
不安げな瞳が見上げてくる。ルナンはそっと、少女の頭を撫でてやった。
少し長くなるかもしれん。
そう前置きをしてから、ルナンはシュラに向かって問いかけた。
「お前は“レイル古代遺跡”のことを知っているか?」
「さぁ。詳しく」
緑髪の研究者に続きを促され、青年は語った。
「王国のレイルという名の村の近くに、迷いの森がある。その森の中央部に建てられた、地下遺跡だ。俺とクルミはそこで出逢った」
その長台詞の後、シュラの眉は低く潜められていた。
「……ハア? そんな場所に、遺跡なんてなかっただろ?」
ルナンが目を見開いた。
「そんな馬鹿な……」
故郷・レイル村。
俺は確かにレイル村に住んでいて、【あの男】に会ったはずだ。この少女も、例の遺跡も間違いなく実在したのだ。
それを否定した本人が、淡白な説明を始める。
「はぁ。どういう気の迷いか、知らないけどね。王国の研究者として言えることは、この国の遺跡や遺物を、僕は全部知っているつもりだ。でも、西のレイル方面に、そんな目立った遺跡があるなんて、僕は見たことも、聞いたこともない」
感情の薄い声が黒衣の青年に刺さる。
俺はあの日のことを、俺の人生を掛けて、捜し求めている。確かに【あの男】に、復讐をしようと誓いを立てた。見知った少女を救い、憎き教皇も倒してきた。
夢、まぼろしだったのか?
過去も、すべて。
ルナンは突然、己の足下がゆらりとグラついたように感じ、前のめりになって懇願した。
「嘘ではない、信じてくれ。そうでなければ、俺は今、ここにはいない……!」
己の言葉端が掠れていた。
シュラの表情が、揺れる。
小柄な青年は、気を持ち直すように腕を組んだ。
「ああ、信じた訳じゃないよ? 同時に、愚かな嘘だとも思わない」
「本当か?」
「今度調べてみる。サイフェルの資料作者もだけど、王国議会でも問いつめてやるよ」
シュラの目が黒々と光っていた。本気の人間の目である。
王都もそうだったが、自分の身の置かれている国は、想像以上に腐っているのかもしれん。
ルナンは重ね重ね、そう感じていた。
「で、本題だが、クルミには過去の記憶が……」
言いかけたところで、シュラの奥側でおとなしく聞いていた男が、合点のいったように笑った。大声で。
「ハーーン、わぁったぜ。手前らここまで、伝承にある宝でも探しに来たんじゃねェの?」
「宝」
でかい口振りでまともに喋ったかと思えばこの男、何を言い出すんだ。
男は続けた。
「この陣機械《クロムディア》には、古代の人類が何らかの宝を閉じこめたんだと言われてンだ。まだ誰も開けちゃいねえけどよ」
ルナンは呆れたように答えた。
「何だそれは。初耳だぞ」
なぁ、と同意を求めるように仲間の方を見ると、相変わらず少し怯えた様子のクルミのそばで、ディオルが眼鏡を押さえたまま下を向いていた。
急に静かになったな、あの眼鏡。
男の残念そうな声が落ちた。
「……ンだ。違うのかァ」
「違うな……」
振り向いて、一瞬の沈黙が落ちる。
大男がニカッと破顔した。
「ま、んなワケで、出てって貰うぜ?」
「は!?」
今度はルナンが面食らった。
文脈が全くつながってない。
「なんで? それが、宝だから? わたし……イヤなこと言ったから?」
クルミが小さな両手で胸を押さえる。
また太い首を鳴らした男が、緩やかに首を振った。
「宝の話も単なるジョークだ。わりィが、ココはオレらが“調査権限”を買ってやってンだ。組織以外の人間には、元々出てって貰う決まりになってンだよ」
「だから待て! これを見てもか?」
ルナンは黒ズボンのポケットから、薄紫色の笛を出した。警備に見せろと言われていたのだから、これを見れば、あるいは。
しかし、大男は口角をあげて言い放った。
「そりゃ、王国騎士に渡しといたパチモンだろ?」
「クソが」
ルナンは悪態をついた。
まさかとは思ったが、騎士に笛を渡したのもこいつときた。つまるところ——何者かは知らんが、この大男は現在のマーキナ遺跡の権利者と言ったが、あるいは管理者そのものに近いかもしれん。
権利者相手に情報戦は、分が悪すぎる。
「そういう……」
口元を押さえたディオルを、灰の髪の男が見た。鋼鉄の指でさして、
「オイ……、手前は」
細い目を丸くして発された言葉に、ディオルが台詞を被せた。
「うわーこっわいですねぇ! 私みたいな子羊は今すぐ、ケウノハナまで逃げた方が良いですかね? あっはっはっ」
「――ハッ! その方がいいンじゃねえか? 腰抜けの小鳥がよォ!」
互いに意味不明な応報を投げかけている。
というかディオル、全くもって知らん地名だが、どこに逃げる気なんだ。
「あ、ではお言葉に甘えて。クルミさん行きますよ〜」
「ぴゃう!」
眼鏡の男はクルミを横抱きにして、走り出した。
「お前ら、何処へゆく!?」 _32/35
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