私の涙が落ち着いた頃、ピカチュウは私が半ば迷子状態であることに気付いていたのか、原型のまま「付いて来て」という動作を見せる。周りにいたポケモンは結構人型になることが多かったので、原型のポケモンとコミュニケーションがそうとれるものかと思ったけど、意外と意思疎通は出来るようだ。言われるがままに付いて行く間、前を歩くピカチュウの後ろ姿を見つめる。尻尾や小さな足が可愛いなと思えるあたり、心に余裕が出てきたのかもしれない。


「……ピカチュウ、野生ポケモンなんだよね?」


相手が原型のポケモンであれ、無言のままは何となく居づらいので声をかけてみた。ピカチュウは歩きながらちらりとこちらを振り返ったけど、すぐに正面へと視線を戻して短く肯定の返事を返してきた。原型だと返事だけで終わってしまうのか…コミュニケーションが得意ではない私にはハイレベルな相手だ。


「この森に暮らしてるの?」
「ピカ」
「そっか、だから森のことも詳しいんだね」
「……」


…会話が終わってしまった。まさか返事を返してもらえないとは思わなかった。そりゃ確かに返事しなくても済むようなことしか言えてないけども。
最初に無言でいるうちは意外とシャイなのかと思ったけど、相変わらずな口数の少なさに私の中に嫌な考えが浮かんだ。
――まるで深く関わりたくない、という様子。
そんな、まさか。助けてくれて、今もどこかに案内してくれているのに、そんな考えを持っているわけ…ないよね。



「…じゃ、じゃあ家族とか友達も、この森にいるんだよねっ」


この苦し紛れな私の切り出しに、ピカチュウが足を止めた。合わせるように私も足を止めてピカチュウを窺うけど、ピカチュウは今度振り向くことも無く再び歩き出した。――これは無視、ととるべきだろうか。第一印象とは全然違うそっけない態度に、戸惑いと悲しさで胸が締め付けられる。私、ひどいことしたかな。何か怒らせることをしてしまったのだろうか。聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
せっかく助けてくれた優しいピカチュウにまで、愛想つかされるのかな…。


(ほんと駄目な奴だな…)


そう思うと目頭が熱くなり視界が歪む。気持ちの沈み様に比例するように俯いたら、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。今日は何度泣けばいいのだろうか。こんなに泣き虫だった覚えなかったんだけどな。でも家を出て私は自分の情けなさや無力さ、不甲斐無さ…何もかも駄目な自分を思い知り、後ろ向きな気持ちにばかりなる。歩き出すことなんて出来ず立ち往生のまま、静かに涙だけ流した。


「……ピ!?」


付いて来ない私の気配に気付いたのか、振り向いたピカチュウが泣いている私を見て目を丸くする。ピカチュウが歩き続けて出来た距離も、ピカチュウが駆け寄ってきて無くなる。私の足元で困った様子で見上げてくるピカチュウ。泣いている私に困ってくれるということは、少なくとも嫌われてはいないのかな。そんな考えに行きつく私って性格悪い。


「…ご、ごめんなさい…」
「…ピィカ?」
「私…ッピカチュウに、悪いことしちゃったんだよね…?」
「……」


手で涙を拭う視界の端に、私を見つめるピカチュウの姿が入る。何を思ってるのか分からない表情でこちらを見上げている。そんな表情に更に不安を覚えたのも束の間、ピカチュウは少し呆れたような表情で首を横に振った。その時の鳴き声は穏やかで優しさに包まれていて、愛想をつかしたようには思えなかった。


「…わ、私のせい…じゃないの?」
「ピカ」
「怒って…ない?」
「ピカピカ」


そんなことまるでない、と当たり前だというように頷いてくれるピカチュウに胸中を占めていた不安感が和らいだ。だけど、不安が全部無くなったわけではない。本当はイラッとしたり、うんざりしたのではないだろうか。うじうじしてばかりな私に少なからず面倒だと思ったのではないだろうか。…自分に自信が持てないから、安心しきれない。誰に対しても100%信用出来た試しが無いのだ。家族にも、友達にも、サトシにも…だから出会ったばかりのピカチュウにもそれは同様で。失礼なことだと思いつつ、信頼しきって裏切られるのが怖くて、あとで自分が傷つかないように悪い方向へと考えてしまう。
――嫌な奴だな。本当自分が嫌いだ。


「………うわっ!?」


再びピカチュウに付いて歩いていた私は、一人で悶々と考え事をしていた。そのため足元もろくに見ていなくて、何かに躓いてバランスを崩す。側に木があったので咄嗟に手を伸ばして転ばずに済んだものの、頭に何かが落ちてきた感覚がした。木の実どころではない重さと意味が分からない温もりに驚き、思わず頭上で手を払う。手に何かが当たり、そのまま側に落ちる物体。それはポケモンだった。頭に角をもつ黄色い体に円らな瞳。おそらく虫タイプだろうそのポケモンは、突然のことだらけで困惑と悲しみの表情を浮かべていた。


「あ……ご、ごめんね!?」


私が木に衝撃を与えたから落ちてしまったうえに、私に払われて地面に落とされて…災難としか言い様がない。申し訳なくて側で腰をおろしてポケモンの様子を見ようとすれば、


「…ピ、ピカ!!」


背後からのピカチュウの声に一度振り向いて、ピカチュウの視線の先を追うように私の正面にいるポケモンの頭上あたりを見上げる。

――そこには、数えきれないほどの飛んでいる虫ポケモンたち。
表情に変化が見られないけど、放ってくる殺気を私でも感じとれた。怒っていらっしゃる。きっと私が傷付けてしまったポケモンの仲間なんだ。怒って当然だ、悪いのは私なのだから。恐怖で体が竦んでしまうけど、何とか口を動かして謝る。それしか出来なかった。


「ご…ごめんなさ……わざとじゃ、!?」


なんとか謝って許してもらえないかと思っていると、突然腕を引かれて後ろへと引っ張られた。体勢を崩しながらもそのまま引かれるままに、立ちあがって駆けだす私は目を疑う。私の腕を引くのは、見覚えのない少年だった。前を走る彼の背中しか見えない。金色の髪と、耳には黄色の耳、腰には見覚えのある尻尾――


「ぴ、ピカチュウ…!?」
「スピアーは怒ると話聞こえないから謝っても無駄だよ!」


特に否定はされなかったので、おそらく今まで一緒にいたピカチュウが人型になったらしい。なんだ、人型、なれるんだ。ずっと原型のままだし、ポケモンが人型で生活する環境に慣れていた私にとっては、ピカチュウが人型にならないことの方が違和感があったぐらいで。だから人型にはなりたくないのだと思っていた。顔、ちゃんと見えないけど、私より少し年上に見える。


「君、ポケモンは!?」
「…え?」
「手持ちポケモン!いるでしょ!?」


お怒りのポケモン…ピカチュウはスピアーと言っていた。スピアーから逃げながらピカチュウに問われ、私はすぐにヒトカゲのことを思い出した。同時に思い出す、喧嘩のことややりきれない想い。自然と気持ちが沈んでいくのを感じながら、私は首を横に振る。


「いないよ…」
「いないってそんな………え!? 一体も!?」
「一体も…」


私の言葉には流石にピカチュウも驚いた様子だった。一体もポケモンを連れてないで、野生ポケモンがいる森の中にいるのはやっぱりおかしいよね…。
ピカチュウは走りながらも片手で頭を押さえため息を吐く。バタバタしていて聞こえないけど、背中がため息を吐いているのを物語っていた。呆れているのだと思うと居た堪れなくなる。私の所為でピカチュウまで巻き込んでしまったし…今日は散々だ。今度こそ愛想つかしたかもしれない。
自分でもため息を零そうとしたところで、更に強く腕を引かれたあとに手を離された。立ち止まりスピアーに振り返ったピカチュウが私を自分の後ろへと追いやったのだ。


「え…」
「ここは僕が何とかするから、君は逃げて」


再び背中しか見えないピカチュウは、追いかけてくるスピアーを見据えながら私へと声をかける。でも、その言葉を理解するなり私は眉を寄せた。


「で…出来ないよそんなこと!私の所為でこうなったのに」
「いいから!ここにいても何も出来ないでしょ」
「……っ」
「僕なら大丈夫だから」


ろくに顔も見れないけど、ピカチュウの最後の声は穏やかで余裕さえ感じられた。彼にとっては切羽詰まった状況ではないのかもしれない。それほど、バトルが強いのかもしれない。


「……っごめんね」


最後、私はピカチュウに謝ってから駆け出した。後ろを気にしていたら遅くなってしまうので、振りきるようにして足をめいっぱい動かす。少しして背後から強い光と大きな音が聞こえて振り向けば、先程ピカチュウと別れた場所あたりで強い雷の光が放たれているのが見えた。今となっては見えないあの黄色い小さな体を思い出し、不釣り合いな威力の技に驚く。確かに、本人が言うように大丈夫そうだ。ピカチュウは強いのだろう。私がいても、逆に足手まといになってしまうだけだった。私がいるとスピアーに狙われて守るのも大変だろうし、いない方がピカチュウにとってやりやすいはずだ。手持ちポケモンもいない私なんて、本当に何も出来ないし――…


「…………」


少し前に出会ったばかりの私なんかを
名前も知らないような私なんかを
駄目ばっかりな 私なんかを

助けてくれるんだな、あのピカチュウは





2-2  私は

(なにも できないのに)


次回はピカチュウ目線です。



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