最初はただ何となく気になっただけだった。
一人で負のオーラを纏いとぼとぼと歩いている女の子を見かけて、あんな状態で大丈夫なのかと一抹の不安を覚えたのがきっかけだ。ため息を吐いてばかりで少しでもポケモンの気配を感じればビクついて、躓いたり木にぶつかりそうになったり……とても一人でこの森を抜けられるように見えなくて、そもそも何であんな状態で森にいるのかが不思議で、思わず放っておけず様子を見るために遠巻きで追っていたら、高い段差に足をとられて落ちてしまうわで――
そっと上から様子を見て、大きな怪我は無さそうだったが、ついに泣きだしてしまった彼女に少し同情を覚えてしまう。何があったかも知らないのに。人やポケモンと深く関わらないようにしていたのに、こういうのを放っておけないから、僕は“お節介”などと言われるのだろう。
自分へのため息を零してから、僕は回り込んで彼女の正面へと姿を現す。
どこにでもいそうな良くも悪くも普通の女の子で、涙と鼻水でグチャグチャの顔は女の子らしくはないけど、子供らしくてありのままだ。友達を探しているらしいその子は、相変わらず浮かない顔。少しでも元気を出せればと近くにあった木の実をあげれば、それを食べながらまた涙を流しだす。でもさっきと違って、悲しみよりも嬉しいという感情によるものだろう。
泣き虫で、素直に感情を表に出せて、何もかもが不安定。
このまま泣きやんでも彼女を一人にしてはまた同じことを繰り返すだけだろうと、せめて森を抜けた町まで案内してやろうと思った。
「……ピカチュウ、野生ポケモンなんだよね?」
ただ、女の子は何を思ったのか僕に何度も質問をしてくる。あくまで僕のお節介で森から抜けようとしているだけで、彼女と仲良くなる気は皆無だった僕は、簡潔に、あえて少し冷たく対応した。けれど彼女の心は思った以上に脆かったのか、相当なネガティブなのか、僕のそんな少しの拒絶を敏感に感じ取る。泣かせてしまって流石に焦ったと同時に、僕はこう思ってしまった。
“厄介”で“面倒”だと。
僕が君の所為で怒ったわけではないと言っても、彼女の不安は拭いきれないのだ。顔を見れば分かる。僕が何一つ偽りのないことを言ったって、彼女は僕に対して“疑念”を持ったままだ。それは多分自分の保身のためのものだったろうけど、人の気持ちを感じ取れる僕としては、その心持ちはとても気持ちが良いものじゃなかった。
森を抜けたらさっさと彼女の前から消えようと、そう思った。
「………うわっ!?」
――けど、彼女がまたボーっとしていた所為で、僕の予定は崩れ去る。
躓いたのか木に手をつくと、木から彼女の頭上へとビードルが落ちてくる。それに驚いたのか咄嗟にビードルを払いのければ、当然地面へと落とされたビードル。…流石に可哀想だった。女の子もすぐに謝ったけど……相手が悪かった。いや、正確に言うと“相手の仲間”が。
ビードルを傷付けられたことでお怒りのスピアーたち。流石に数が多い。全部を相手にするのは楽ではなさそうだ。
仕方がないので人型になり、彼女の腕を引いて逃げ出す。彼女の手持ちポケモンも一緒に戦えば、スピアーを追い払うことは出来そうだろうと、手持ちに誰がいるのか聞いた――のに、
「いないよ…」
「いないってそんな………え!? 一体も!?」
「一体も…」
信じられなかった。ポケモンも連れずに野生ポケモンが沢山いる森に入るなんて、非常識にも程がある。これには流石に呆れた態度を隠すことも忘れて思い切りため息を吐きだしていた。女の子は特別に足が速いわけではないし、足元が不安定な森の中だ。今までのドジっぷりを見る限り、彼女を連れてスピアーから逃げきれるとは思えない。
――僕が足止めするしかないのか。
彼女に逃げるように言えば、最初は躊躇ったけどすぐに逃げてくれた。このタネを撒いたのは彼女だけど、今までのパッとしないところを見ると自力で何とか出来るとは思えない。正直何の期待も出来なかった。自分から彼女に係わったのが悪いんだから、ここはもう自分で戦うしかない。
「ピィィカァァア……チュ〜〜〜〜〜!!!」
原型に戻り渾身の"10万ボルト"をかます。結構な数に大ダメージを与えたけど、スピアーはまだ仲間がいるようだ。それに一体一体が粘り強いのか簡単には倒れることも逃げることもしてくれない。レベルは僕の方が明らかに上だろうけど、流石に数が多すぎる。…これは少し苦労しそうだ。
スピアーからの攻撃を避けつつも攻撃を仕掛ける。中々"10万ボルト"を出す暇を与えないあたりは、スピアーも頭を使って戦っているようだ。僕が出した技の威力でレベル差があることに気付いているからだろう。質よりも量で押し切るような戦い方に、こちらは体力だけが削られていく。流石に一人で相手するのはきつかったかな。でも…状況からして仕方なかった。
『ありがとう…ありがとう、ピカチュウ…ッ!』
何の期待もできない、“厄介”で“面倒”で、見た目からしても特に秀でたところを見いだせないような子だったけど――悪い子ではなかったからなあ。
あの子を放って自分だけ助かろうとは、思えなかった。
「ピカチュウ!!」
――ここではもう聞くはずはないと思っていた声に 目を丸める。
振り向けば、息を切らした彼女がそこにいた。さっき確かに逃げ出したのに。まさか、スピアーが沢山いるここに戻ってくるなんて。
僕が駆け寄るよりも先に、スピアーが元凶である彼女を見つけて真っ先に襲いかかる。足が竦んでいるのか逃げ出すことも出来ない彼女に、僕は駆け寄るのは間に合わないので襲いかかるスピアーに向かって"10万ボルト"。至近距離で技をくらうポケモンを目の当たりにしたことが無かったのか、そのまま腰を抜かしてしまう女の子。…いったい何しに来たんだ。
「ピカピィカ!?」
原型のまま駆け寄ってどうしてここにいるのか聞けば、何となく僕の言いたいことが分かったのか、彼女は体中を震わせながら答えた。
「だ……だって…私のせいで、こうなったのに…自分だけ助かるなんて、無責任なこと…っしたくない」
「……」
「それに……ピカチュウが、傷つくのは…嫌だ!」
顔も真っ青で、恐怖で動かない体を必死に奮い立たせて、彼女は立ちあがって僕の体を抱きあげる。驚く僕はその腕から逃げ出すことも出来ず、そのまま彼女がスピアーから逃げ出した。これじゃあさっきと変わりないのに。僕を抱く腕は未だに震えてるのに。この子、何のためにここまで
「この旅に出て、初めてだったの!!」
「…?」
「怖くて、不安で、押し潰されそうだった……でもピカチュウの優しさに触れて、初めてホッとできた!凄く救われたの!!」
不意に振動が無くなって立ち止まったことに気付き、彼女の顔から正面に視線を向ければ、そこは行き止まりだった。足元は崖で、下を見下ろせばそれなりに大きな滝壺……ゲームオーバーだろうか。ここはやっぱり、僕が何とかするしかない。腕から抜けだそうと身動きすれば、彼女は僕を抱く腕に力を込める。咄嗟に顔を上げて、滝壺を見つめる彼女の表情を見た瞬間――言葉を失った。
「私は、何も出来ない駄目なトレーナーだけど……!私を救い出してくれたピカチュウに、何かお返しが出来るように なりたい!!」
言って、バッと飛びだした彼女に目を丸めた。風を受け、崖からスピードを増して滝壺へと向かっていく僕と彼女の体。なのに僕はこんな状況にも関わらず、崖を飛び降りる間際の彼女の表情を思い出していた。
何をするにも眉を八の字にして、不安に満ちた自信のない顔で、ネガティブな方向に考えてはため息を零し涙を零し、ボーっとしているから躓いて段差で足をとられ、スピアーたちを怒らせ……頼りなさしか感じられなかった彼女の、決意を秘めた強い瞳。――そんな顔も出来たのかと思った。
僕のこと、信用しきってもいないくせに
そんな僕のために ひどく臆病だった彼女は
危険を省みず滝壺に飛び込めるのか。
2-3 はじめて
(彼女に 興味を抱いた)
夢主が思っている以上に、ピカチュウは愛想つかしてました←