「ぷはっ」
「げほッ…ゴホッ」


滝壺に落ちる手前、ピカチュウが人型に変わって私を抱き締めてくれた。つまりピカチュウを助けるために決死の行動をとったのに、結果的にピカチュウに庇われてしまったわけだった。…格好つかないなあ私。
水面から顔を出し、水分を含んで重たい服のまま何とか浅瀬まで泳げば、そこからは歩いて河原まであがれる。今までになかったようなドキドキハラハラと緊張感と恐怖感で精神的な疲れも相まってぜぇぜぇと息を乱す私。側ではピカチュウも流石に疲れたのか人型のまま河原に腰をおろして息を整えていた。


「す……すいませんでした…っ」
「…え?」


多少息が整ってから、私はその場でピカチュウに土下座をする。頭上からは不思議そうなピカチュウの声が聞こえたけど、私は顔をあげられなかった。


「最初に私を助けてくれたのに、また私の所為でトラブル起こして、なのにピカチュウを置いて思わず逃げ出しちゃって……」
「……逃げろって言ったのは僕だよ。それに、君は戻って来たじゃん。その方が僕としては吃驚だったんですが」
「う…やっぱ足手まといだったよね、ごめんなさい…」


ピカチュウがどんな顔をしているのか分からなくて顔をあげられないまま再び謝る私。ピカチュウの指示を無視したわけだからね。そのうえ勝手にピカチュウを連れて逃げだして、滝壺に飛び込むなんて…もっと頭が良い人だったら、良い案だって浮かんだはずだ。私がしたことはとても正解とはいえない。危険には変わりなかったから。


「…って!そういえばピカチュウ!怪我は!?」
「え…大丈夫だけど」


ハッとして顔をあげた私に、ピカチュウは少し驚いた表情で答えた。強がりなんじゃないかとピカチュウの体を見渡してみるけど、確かに目立った傷は無さそうでホッとする。――そういえば、私の所為で危険になったといえばあの虫ポケモンだ。木から落ちて、更に私の頭上から落ちて…痛かったよね。


「……私が傷付けちゃったあの子、大丈夫だったかな…」
「………もしかして、ビードルのこと言ってるの?」
「…びーどる、っていうの?」
「君が木から落としちゃったポケモン」
「そう!」


私の独り言にピカチュウはきょとんとした顔で私に訊ねてくる。どうやらあの虫ポケモン、ビードルというらしい。ピカチュウが私の脳裏に浮かんでいるポケモンを言い当ててくれて大きく頷くと、途端にピカチュウは笑いだした。何故笑われたのか、笑う場面じゃなかったと思うし、意味が分からなくて戸惑う私。――あれ、でも、こんなに思い切り笑った顔見せてくれたの、初めてかも。


「虫ポケモンは見た目より体が丈夫だから、木から落ちたぐらいじゃそうそう怪我はしないよ」
「そ、そうなんだ…よかった」
「…あれだけスピアーに怖い想いさせられても、ビードルの心配が出来るんだね」
「……え?だって…スピアーも私がビードルを傷付けなきゃ、怒らなかったんだよ」


悪いのは私なのだから、スピアーが怒るのは当然のことだ。何も理不尽なことはない。まあ、ちょっと怒り方が凄かったとは思うけど…それほど仲間を大事にしていたってことだよね。良い事だよ、たった一人の仲間のためにあれだけ沢山のスピアーが動いてくれるんだから。素敵で、少しビードルが羨ましいとも思えてしまう。寧ろ私が悪いのに、追い払うためにピカチュウに技を使わせてしまった。スピアーにも申し訳ないぐらいで。

私にとってピカチュウの言葉が少し不思議で、首を傾げながら当たり前のことを言う。けどピカチュウは、何故だか穏やかで優しい瞳を私に向けていた。な、何だろう…今までそんな表情見せなかったのに。ずっとバタバタしていて考える余裕もなかったけど、思えば今初めてピカチュウの人型での顔を見たんだ。年相応なアルトの声と、それほど高くはない背丈の通りの少年。だけどただの少年じゃない。金色の髪と、赤い宝石のような瞳、整った顔立ち――…“美少年”という言葉がぴったりな人だった。大人びた柔らかな笑顔なんて、どれだけの女性を射抜けるのだろうかというほど綺麗だった。


「――…正直な話、君のことあまり良くは思ってなかったんだけど」
「…え」
「君の“良い所”、やっと知れたよ」


一瞬どん底に落ちたような気持ちになったけど、ニコッと笑って続けた言葉にぽかんとする。…んと…少なくとも今は、良く思ってくれたということでいいのだろうか。でもさっきまでは印象悪かったってこと。…それは確実にショックである。ヒトカゲの「大嫌い」よりはマシだけど…。


「そういえば、君の名前聞いてなかったね。…教えて、くれるかな?」


少しだけ不安そうな表情で窺ってくるピカチュウに、私はその表情の意味を考えることもなく慌てて答えた。


「も!勿論!私ソラっていいます!」
「うん、ソラだね」


そうだ、今やっと自己紹介をしたのか。色々なことがあって、最初も挨拶も出来てなかったのだ。名乗りもしなかったような、印象も良くなかった私なんかを助けてくれていたのだから、ピカチュウは本当に優しい人だと思える。こんな人に出会えただけ、私の旅にも希望が見えた気がした。安心した様子で再びにこりと笑い私の名前を口にするピカチュウを見て、少しだけ前向きになれた。


「じゃあ、ソラ。助けに来てくれてありがとうね」
「……え!? 何でピカチュウがお礼言うの?それは私の台詞だよ…!」
「ううん。結構数多いから大変だったんだ、あんな格好つけてたけど。最終的にはスピアーをまけたし、結果オーライだったなって。君が来てくれたおかげだよ」
「………」


大したことが出来たとは思っていないし、今までだって大したことが出来た試しの無い私。それでもこうして素直に感謝を伝えられて、熱いものが私の胸をいっぱいにした。お礼を言われることが、こんなに嬉しいなんて。きっとそれは、私がピカチュウの役に立ちたいって強く思ったからだろうな。卑屈的な性格だと自覚していたけど、してもらった恩を返したいという想いを私でも抱けたようだ。多分それは、一度色んなものを失って周りの人達の有難みを身に染みるほど分かったからだろう。今度サトシに会えたら、家族と会えたら、恩返しをしたいなあ。
自然と綻ぶ顔を隠すのも忘れて嬉しさを噛み締める私に、ピカチュウは小さく笑っていた。


「――あ、でもねソラ」
「え?」
「ああいう危険なマネはそう起こしちゃ駄目だよ」


真剣な顔で人差し指を立てつつそう言うピカチュウ。優しい言い方はまるでお兄ちゃんのような感じにも思えたけど、お説教に変わりはないと思うと少し体を小さくさせた。


「いくら水面だといっても、遠くからじゃ見えない岩が水に隠れてたりする。打ち所が悪かったら怪我だけじゃ済まなかったかもしれないんだよ。モロに水面に体を打ちつけるだけでも、今頃体中痛かっただろうし」
「………ぁ…」


言われて、先程崖から見た光景を思い出す。高いところは得意な方じゃなかったから、崖から滝壺を見下ろした時は足が竦んだ。でも本気で襲いかかってくるスピアーも怖かった。生身の人間がポケモンの技をくらって、無事でいれる保障もない。後退しても前進しても危険に変わりはなかった。可能性を信じて滝壺に飛び込んだけど、滝の高さも結構あったし――ピカチュウの言う通り、打ち所が悪かったら、私今頃…
そうだ、そんな危険なことをしていた。私、ピカチュウを助けたいことで頭がいっぱいだった。あの時も崖に行きついて怖かったけど、振りきるようにして滝壺に飛び込んでいたっけ。
忘れていた恐怖心が一気に蘇って、そんな恐怖から脱出できた安堵感からか、途端に涙が溢れだす。怖かった。本当に怖かった。ああ、私今無事なんだな。


「…ふッ…ううぅ…っ…!」
「……怖かったよね」


俯いて涙を拭う私に、ピカチュウは優しい声で語りかける。伸ばされたピカチュウの右手は私の頭を撫でたあとにそっと引き寄せてきた。ピカチュウの胸に顔を寄せて泣き続ける私の頭を、ピカチュウはぽんぽんと優しく撫で続けてくれた。



「そんなに怖い想いをしてまで――僕のもとに戻ってきてくれて、ありがとう」





2-4  ピカチュウと私

(傍にいてくれてありがとう…ピカチュウ)


ピカチュウが夢主の名前を自ら聞いてきたこと、全開の笑顔を見せたことに
意味があるのです。



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