「――…ま、それじゃ賭けは僕の勝ちだし、ちゃんとソラと旅してね?」
「……」


にっこりと笑ったピカチュウにポンッと肩に手を置かれ、ヒトカゲは不服そうにその手を振り払った。そんな冷たい態度にもピカチュウは特に気にする様子もなく、すっとヒトカゲに顔を近づける。


「ソラのことまだ何も分かってないくせに。“嫌い”って言うには早いと思うけど?」
「……」


ピカチュウが何を言ったのかは私にまで聞こえなかったけど、ヒトカゲの表情が明らかに険しくなったのが見えたので、多分カンに触れることを言ったんだと思う。それでもピカチュウは笑顔を崩さずにいるから、きっと力量の差を分かりきってるからだろうな…と思わざるを得なかった。


そのままピカチュウの案内のもと、私はやっと森を抜けた。辿り着いたのはトキワシティという、マサラタウンの隣にある大きな町。マサラタウンには何も無いから、特別なものを買うためにトキワシティまで出向く大人もいるらしい。大人は簡単に「行っている」と語っていたけど、実際体験してみると全然簡単じゃなかった。確かトキワシティまでそう遠くはなかったはずなのに…もの凄く長い時間に感じるのは、単に私が慣れてないからなのだろうか。


「まずはポケモンセンターに行って、トレーナー登録とヒトカゲの回復をしたらいいと思うよ。宿泊もトレーナー登録した時に貰うトレーナーカードがあれば、無料でポケモンセンターに泊まらせてくれるからね」
「うん、じゃあ最初にポケモンセンターだね」


どうやらただ旅をすれば良いだけではないらしい。トレーナー登録をすると宿泊も出来るんだったら、たとえ手間でもした方が良さそうだ。野宿なんて絶対に嫌だもん。
あと少しで休めるかな、と思いつつ歩き出したけど、ふと今まで隣にあった気配が無くなっていることに気付いて振り向く。ずっと横にいたはずのピカチュウが、その場に立ったままでいた。



「じゃあ、僕はこの辺で」



――それは僅かに抱いていた不安だけど、考えないようにしていたことだった。
やっぱり、ピカチュウは行ってしまうんだ。せっかく、少しは分かり合えた気がしていたのに…いや、私だけそう思っていたのかもしれないけど。

立ち止まったまま何も言えずにピカチュウを見つめる私。「ありがとう」と言えばいいのかもしれない、けど、お礼を言ったら本当にこれが最後になってしまう気がした。それが、遠回しにお別れの言葉になってしまうような気がした。じゃあ、今ここで私が言うべきことって…?


私が何も言わないうちに、ピカチュウはその反応に困ったように笑顔を浮かべ肩を竦めてから背を向ける。ついに歩き出してしまい、少しずつ小さくなっていく背中。あ…行っちゃう、


「待って!!」


言うべきことも分からないまま、思わず引き止めていた。
ピカチュウは立ち止まり振り向いてくれたけど、結局何も考えていなかった私は言葉に詰まるだけで、困った挙句視線を彷徨わせる。




『君の“良い所”、やっと知れたよ』

『君と旅をしていきたいと思うポケモンが、絶対現れるよ』




「――…ピカチュウ」


脳裏を過ぎる、優しい表情を浮かべて言ってくれたピカチュウの言葉が、私の背中を押してくれる。


「私と一緒に、旅しませんか」


後ろで「何言ってんだテメェ!」と声を荒げるヒトカゲがいたけれど、正直構ってるほどの余裕はなかった。ヒトカゲの意見をここで素直に聞いていたら、私の決意は崩れ落ちてしまう。ヒトカゲを説得する力も無いし、ヒトカゲを言い負かす力も持ち合わせていない私には、聞こえなかったフリをするのが精一杯だった。


「知っての通り知識無いし取り柄も無い駄目なトレーナーなので…あの、多分、ぐだぐだしちゃしちゃうかも…しれないんだけど……ピカチュウさえ良ければ…いや、寧ろお願いしたいです…!!」


誘い文句としてはとても褒められたものじゃない。きっと漫画の主人公なんかは、シンプルかつもっとグッとくるようなことを言って仲間にしちゃうんだろうな。私にはそんな能力ないし、基本受け身だった人生なので人を誘ったことがあまり思い出せないのだ。


「……いいの?」
「!! はい!勿論!ていうか大歓迎!旅してください!お願いします!」


ピカチュウの戸惑ったような返答に私は勢いよく頷きラストスパートをかける。とても格好のつかない誘い方に、ピカチュウはクスクスと笑っていた。…本当格好つかない。


「――…」


けど、やがてピカチュウは目を細めて優しげな――嬉しげな?笑みを浮かべる。
美少年のそんな表情に、流石にドキッとしてしまったのも束の間、原型に変わったピカチュウがこちらに駆け寄ってきたから更に驚く。何事!? と思えば、身軽にジャンプして飛びついてきたピカチュウを、私は反射的に受け止めていた。




2-9  ようこそピカチュウ!

(君とはやっていけそうな気がするよ)


かなり長引きましたが、やっと仲間入り。



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