長い長い一日も、やっと空が暗くなり夜になっていた。トキワシティのポケモンセンターでトレーナー登録も終えて、早速トレーナーカードを使って一泊することになった私たち。ベッドが一つ置いてあるだけの簡易な部屋だけど、一晩寝泊まりするだけなら充分だった。これが無料だなんて素晴らしい。トレーナーってそんなに優遇されてるんだな。
「ヒトカゲ、ピカチュウ、ごはんだよー」
部屋に入って落ち着くなり、私が用意したヒトカゲとピカチュウの晩ご飯。それはバッグの中に入っていた、お父さんの作ったポケモンフーズだ。
ピカチュウは嬉しそうにポケモンフーズが入ったお皿へと駆け寄るのに対し、ヒトカゲは部屋の隅っこでそっぽを向いていた。…基本的にはこちらを見てくれない。
私はヒトカゲの分のお皿を手に歩み寄る。側で床に膝をつき、お皿をそっと置いた。
「ヒトカゲ、ご飯食べるでしょ?今日バタバタしててまともにご飯の時間無かったし…」
「……」
「お腹空いちゃうよ」
「……」
無視である。
う、うーん…当分はこういう感じなんだろうか。私打たれ弱いので近いうちに心折れそうです。
思わず先を思いやり苦い表情になっていると、ずっと背中を向けたままでいたヒトカゲが不意に振り向いた。キッと私を睨みつけて、
「俺は!! テメェを認めたわけじゃねぇからな!!」
……悪いのは、私なんだ。
ヒトカゲを無理矢理連れてきているのも、私だ。だから私が我慢しなくちゃ。こんなこと言われて胸は痛むし、プライドも何もあったもんじゃないけど。
でも実際トレーナーとして未熟なのだから、ヒトカゲが文句を垂れるのも当然。だからいつか、彼に認めてもらえるまで――
「うん、分かってるよ。…ご飯、置いておくから食べてね」
なるべく笑顔になるよう努めて、告げるなりすぐにピカチュウのもとへ戻った。ヒトカゲのことが見えないように背中を向けて座ったのは、きっと私が見ていたらヒトカゲは食べてくれないだろうから。
私たちの様子を見ていた人型のピカチュウが迎えてくれて、私のヒトカゲへの対応を見て一言。
「大人になったね」
「ピカチュウに色々教えてもらって考えさせられたので」
別に嫌味とかは無くて素直にそう言ったけど、ピカチュウはどこか苦笑いを交えながらポケモンフーズへと手を伸ばす。色白の綺麗な手がポケモンフーズをつまんで口へと放りこむ様を見るのはどこか奇妙なものだった。パッと見はお菓子を食べる人間だもん。
ボーっと見つめていると、ピカチュウの表情が変わる。
「ん。おいしい」
「でしょ。お父さん、凄腕のブリーダーだから。外れはないと思うよ」
「そうなんだ」
「あ!だからって私は作れないからね!? ストック無くなったら普通にお店で買うから!」
娘だったら作り方も教わってるだろうと思われたら困るので、あらかじめ断っておく。少し声を大にしたものだから、ピカチュウはまた苦笑していた。
「お父さんがブリーダーなら、ポケモンに囲まれて生活してたの?」
「うん。…お母さんもトレーナーだったから、二人のポケモンも私が小さい頃から世話焼いてくれてて。家族同然だよ」
「そっか、お母さんはトレーナー…」
「あ!! お母さんも昔は凄かったらしいけど、私は全然何の才能も受け継いでないからね!?」
「分かったよ…」
本当に私が無能で無才であることをしつこいぐらいに言えば、ピカチュウはそんな私の気持ちを理解してか苦笑いに呆れを交えた様子で返事をしてきた。だって、親のことで期待されるのは本当にうんざりだから。そんなもの期待されるだけ無駄というもので、絶対に私なんかが応えられるわけがないのだから。
背後でヒトカゲの舌打ちが聞こえた気がしたけど…深くは考えないようにします。
「――あ、ピカチュウ」
「ん?」
ふと思い出したことがあってピカチュウを呼べば、彼はポケモンフーズへ落としていた視線を私に向ける。
「ピカチュウってさ、名前あるの?」
「え」
「ほら、ピカチュウってポケモンの種族としての名前でしょ?その…君だけの名前っていうのかな。ないの?」
説明は難しかったけど、雰囲気で理解してくれた様子のピカチュウ。流石、理解力あるなあと思っていたけど――どこかピカチュウが浮かない表情をしているように思えて、首を傾げた。
「…あれ」
「名前かー…名前は、無いよ」
聞いちゃいけなかったのかな、と思った矢先に質問への返答が来た。相変わらず微妙な表情だったから、ひっかかるところはあったけど…私としては好都合な返答に変わりはなかった。その表情に対して気になるところもあるけど、どこか聞いちゃいけないような気もして、私はそのまま本題へと入ることにする。
「じゃ…じゃあさ!私が…つけても良い?」
その言葉に、ピカチュウは一瞬驚いた表情を見せる。ヒトカゲの時のように、とは思わないけど…嫌だったらやっぱりやんわりとは断られてしまうだろうから、不安なことに変わりはなかった。本当、ヒトカゲはバッサリだった。「名前つけていい?」って最後まで言わせてくれなかったから。
でもそんな私の不安を余所に、ピカチュウは笑顔になって「うん。お願いします」と軽くお辞儀をされた。今この瞬間、私はきっと目に見えて分かるほど笑顔に変わったと思う。
「あ!あのね!実はずっと考えてあったんだ」
「ほうほう」
「キア、ってどうかな」
「…キア?」
馴染みのない響きに首を傾げたピカチュウ。私は横に座っている彼に体を向け、心持ち姿勢を正して由縁から話し始めた。
「昔お母さんから聞いたんだけど、遠い国の言葉で“光”って意味があるんだって。だから雷の光って意味と…」
「うん」
「……ピカチュウと、初めて会った時…私泣いてたでしょ。あの時…もう不安とか後悔とか恐怖で、押し潰されそうで、本当に目の前が真っ暗だったの」
「……」
「そんな時に、ピカチュウに助けてもらって――やっと希望を見いだせたと思った。私にとって、この旅に光を差し込んでくれた存在だった」
だから、私にとって君は“光”だから、キア。
他人が聞けば大袈裟に思えるかもしれないけど、それほど追い込まれていたから…ピカチュウのあの優しさが、どれほど私を救ってくれたことか。それが分かるのは、私だけなのだ。
この話をするのは凄く照れくさかったけど、ちゃんと感謝の想いも込めてこっそりと考えていた名前について話す。
「…ッ」
すると、私を見ていたピカチュウの顔がボッと火を噴いたように真っ赤に染まる。いつもの余裕のある大人な彼からは想像もつかないような表情に、自分の照れくささも忘れてその顔を凝視してしまった。
私からの視線に居た堪れないのか、ピカチュウは片手で顔を覆い俯いてしまう。何と言うか……可愛い。ずっと年上の頼りになるお兄さんのようだと思っていたけど、今だけは同年代の男の子に見えた。
「えーと…そんな、大層な名前貰えるような行いをした覚えは無いんだけど…」
「ううん、めちゃくちゃしてるよ。本当感謝してるもん」
「〜っ…子供ってこういうの素直に言えるからズルイよな…」
「え?」
ボソッと呟いた言葉が聞き取れなくて聞き返したけど、彼は「何でも無い」と簡素に返したあと、少しだけ落ち着きを取り戻したのか、同じように体ごと私へと向き直った。今まで胡坐をかいていたのに、律義に正座までして。
「なんか、恐れ多いけど……君にとって僕がそういう風になれてるなら嬉しいよ。有り難く名前いただくね」
「――うん!」
嬉しくもやっぱり照れくさそうな表情を浮かべる彼に、私は笑顔で大きく頷く。
「じゃあ、改めて宜しくね!キア!」
3 初めての命名
(自分の名前を受け入れてもらうのって、こんなに嬉しいんだな)
キアは基本大人っぽいけど、普通に照れるし振り回されるし狼狽えたりもします。