「…え?」
弱々しい抵抗も空しく、トキワジムへと連行された私であったが、突然のジム戦に心臓が爆発しそうだったところを拍子抜かされる羽目になる。
目前には立派なトキワジムの建物があったけど、その出入り口を塞ぐように立つのは、どこか怖い雰囲気を出すガタイのいい男の人二人。うち一人から告げられたのは、「そんな低レベルのトレーナーがこのトキワジムに挑戦する資格など無い」という言葉だった。馬鹿にするように鼻で笑われたのもおまけして。
呆然とする私とは別に、真っ先に反応したのはヒトカゲだった。相手の態度が気に食わなかったのだろう、身長差がかなりあるにも関わらず距離を詰めて睨みあげる。因みにヒトカゲの身長は相手の男の人の胸元までも届かない。相手の背が高いというのもあるだろうけど。
「あぁ!? テメェ下っ端のくせに何様だよ」
「こらこら、ガンつけない」
すぐにでも喧嘩になりそうだったところを、咄嗟にキアがヒトカゲの首根っこを掴んで引っ張った。眉を下げた笑顔で「すみません」と頭を下げると、ヒトカゲの首根っこを掴んだまま歩き出す。
「行こ」
「え?…あ、うん」
抵抗するヒトカゲを無視して引っ張り歩き続けるキアの姿を見て、まるでさっきまでの私とヒトカゲみたいだ…なんて思ってしまった。
キアを追いかけつつ、一度振り向いてトキワジムを見上げる。
ジムって、あんな感じなの…?それとも新米すぎる私がいけなかったのかな。だけど、それにしても酷い対応だと思うし、トレーナーの実力を見極めるための場所とは思えなかった。
「前はあんな感じじゃなかったんだけどな…」
「え?」
さっさとジムから離れたいのか、歩みを止めないままキアはぽつりと呟く。その声が聞こえてジムからキアへと視線を向けると、神妙というか、納得がいかないような表情を浮かべていた。
「ジムリーダーは若いけど愛想が良くてしっかりした人だったし、それに倣ったようにジムトレーナーも良い人達だったのに。あんな態度悪いボディーガードみたいな男いなかったよ。ジムリーダー、変わっちゃったのかな」
「…トキワジムのこと詳しいの?」
自然と生まれた素朴な疑問に、首を傾げて尋ねる。するとキアは予想外にもハッとした表情を見せた後、少し慌てたように笑顔を向けてきた。
「いや、僕、1番道路の辺りにだけ住んでたわけじゃないんだ。ぶらぶらとカントーを放浪してたから、町のこととかはある程度分かるんだよ」
「え!そうなの?凄いなぁ…!じゃあカントーのことはばっちりなんだね!」
「でも町から町への行き方なんかは分からないよ。思い思いに進んで行きついてただけだからね」
でも町のことが分かるのって凄いと思う。それならジムのことも知ってて当然だろう。町にジムがあれば自然と有名になる施設だし、ジムに関する情報なんてものも自然と手に入るのだろう。ただでさえ心強いキアが、更に心強く思えた。
「キアはやっぱり凄いな」なんて感心していた私は、さっきの不自然なキアの対応のことなどすっかり忘れていたし、少しだけホッとした表情を見せていたことにも気付かなかった。
「それじゃあ、次のジムを目指そうか」
キアがヒトカゲを解放した頃、キアがそう切り出した。ジム戦を免れてホッとしていた私は内心でギクッとする。やっぱりジム戦は遅かれ早かれやることになるんだなあ…今度こそ次のジムに到着するまでに覚悟を決めておかなくてはいけない。
キアに促されて地図を取り出すと、キアもそれを覗き込んできた。綺麗な顔が間近にあってドキドキする。本当に美少年だ。お母さんのポケモンにも美男美女がいたけど、それに劣らない綺麗さだと思う。
「ここから近いところは――ニビシティかな。トキワシティを出て北に真っ直ぐ」
「う、うん」
ドキドキのあまり頷くことしか出来ない。トレーナーなのに、ポケモンに行き先決めてもらってるってどうなんだろうか。でもキアは私よりもカントーのこと詳しいみたいだし、任せても大丈夫だろう。生まれてからずっとマサラタウンで暮らしてきた私には全然分からないし。
顔をあげたキアと目の前で視線がぶつかる。こんな美形を近距離で見ることのない私には耐えられなくて一歩後ずさるけど、対してのキアはそんな私の態度に首を傾げていただけ。
「おい!! 行き先決めたんならとっとと出るぞ!!」
ヒトカゲはキアの言葉を聞いていたのか、既に少し離れたところまで移動していてこちらに声を張り上げていた。ヒトカゲってせっかちなのかな…。キアも同じことを思ったのか、視線が交わると二人で苦笑いを浮かべた。
小走りでヒトカゲへと駆け寄る私達を確認し、ヒトカゲは背を向けて歩き出す。
「ちょっとヒトカゲ、一人でどんどん行かないでよ」
「テメェらが遅いんだろ」
「そもそも道分かるの?」
「この辺りは来たことがある」
ヒトカゲの背中に向けて声をかけていたキアも、その隣りで歩いていた私も、思わぬ彼からの返答にまた顔を見合わせた。
ヒトカゲはオーキド博士から譲ってもらったポケモンだ。そのことはキアにも喧嘩別れした経緯を説明する時に一緒に話していたので覚えているはず。そんな私たちからしてみれば、マサラタウンで生活していて遠出することがあまりないオーキド博士の許に居たヒトカゲが、多少なりとも地理に明るかったなんてとても意外だった。
オーキド研究所には大きな牧場のような庭があり、基本的にはポケモンが放し飼いされているのを知っている。だから、たとえ博士が旅行に行ったとしても、ポケモンをわざわざ連れてくることなんて滅多に無いわけで、ポケモン達はマサラタウンで自由気ままに生活するのだ。ましてやヒトカゲはトレーナーに選ばれる前だったポケモンなわけで、マサラタウンで生まれ育ったとばかり思っていたんだけど…
「……家出でもしたことあるの?」
「!! …ンなことするかバーカ!!」
(あ、あるんだ)
キアに対しての問いかけにヒトカゲは否定する。だったらどうしてここら辺のことを知っているのかと私は更に首を傾げるばかりだ。10年間生きていた私だって、マサラタウンしかろくに知らないのに。
横でキアは「昔からやんちゃだったんだねえ」とどこか納得したような表情で呟いていた。いったい何に納得したんだろう。
「俺ァ博士んとこで生まれたんじゃねぇよ!強くなるために一人でそこらじゅう回ってただけだ」
「ふうん。そんなに強さ求めて何がしたいわけ?」
それは、何となく、話の流れで特に深い意味も無く尋ねた質問だったのだろう。
「――テメェには関係ねぇ」
その時、ヒトカゲの纏う空気の違いに、私でも気付いた。元から低めではあった声を更にどん底にまで低くさせ、何かを思い出しているだろうその表情は、怒りに加え冷たさが混じっているように見えた。今までの苛ついたり怒鳴っている時とは違う、静かな怒り。――いや…恨み…?いったい、何を思い出してそんな表情をしているのか。今までとは比べ物にならないほどの恐怖に背筋が凍りつくのを感じた。足が竦んでしまって、立ち止まってしまう。
「…そう。触れられたくなかったんなら以後気をつけるよ」
キアはそんな私の頭をぽんぽんと撫でたあと、肩を抱いて歩き出す。キアに半ば体重を預けるようにしたおかげで体に感じたキアの体温に、安心感が広がって私も歩けるようになる。顔をあげてキアの表情を見れば、私みたいに恐怖を覚えることはなかったようだけど、何かを考えるような神妙な顔つきで数歩先を歩くヒトカゲを見つめていた。
4-2 垣間見えた闇
(ただの単純バカだと思ってたけど、あいつも何か背負いこんでるんだな)
ヒトカゲ、キアそれぞれ違和感がありましたが、その謎が解けるのは大分先でs(ry