回復が終わったヒトカゲとキアをジョーイさんから受け取り、部屋に戻ってから二人をボールから出す。ヒトカゲはすぐに一人でどこかへ行ってしまったけど、正直いつも通りだ。単独行動しても逃げずにちゃんと戻ってくる辺りは、律儀なんだろうなって思う。約束はちゃんと守ってくれている。一方のキアは、私の頬を見て少し驚いた表情を見せた。
「ソラ、その頬っぺどうしたの?」
キアが指差すは、絆創膏が貼られた私の左頬だ。私は指で絆創膏を撫でながら苦笑いを浮かべて答える。
「あはは…散歩に出た時に枝に引っかけちゃったんだ」
本当はフシギソウにやられてしまったんだけど、心配をかけてしまいそうだし何となく言いづらくて思わず嘘を吐いてしまった。何だか申し訳ないな。そもそも嘘吐くの下手なんだけど、バレてないのかな。キアぐらいに鋭いとバレていそうな気もするけど、私の気持ちを汲んでくれたのか深くは聞いてこなかった。
窓の外を見ればもう暗くなっていた。あのフシギソウと出会ってから数時間は経っている。
フシギソウ、大丈夫かな。前足に大きな傷があった。まだ血が流れていたからきっと新しい傷。おそらくあのトレーナー二人にやられたものだ。
気になるのはそれだけじゃない。あのフシギソウは傷だらけだった。でもその傷全てが新しいようには見えなかったのだ。まさか、長い期間であの二人に苛められていた、とか…?
あんなに傷を負って、そのうえ血も流したままだったらどんどん弱ってしまう。傷口だってそのままにしておけば細菌が入ってしまう。傷はすぐに洗い流すものだと小さい頃からお父さんに教わっていたから、それだけは分かる。細菌が入ってしまったら、また違う病気に罹ってしまうかもしれない。
そもそもあのトレーナーたちは何なんだろう。どうしてあんなことが出来るんだろう。同じトレーナーとして恥ずかしい。
捕まえたいわけでもないのに、戦う気のないポケモンを一方的に攻撃するなんて…。トレーナーって、ポケモンと協力するものじゃないの?ポケモンと一緒に成長していくものじゃないの?あの人たちにとっては、痛めつける存在なの…?
勝手で無責任だ。そして、トレーナーって──
「悩んでる?」
「!」
外を見つめたまま色々なことを考えて固まっていた私に、流石に異変を感じずにはいられなかったのだろう。キアに声をかけられてやっと私はハッとした。意識がどこか別の世界に行ってしまったようだ…恥ずかしい。
キアへ視線を向けると、キアは私の頬の傷に気付いた時よりも不安そうな表情を浮かべていた。ああ…心配かけさせちゃったな。さっきの嘘もあり申し訳なくて、私は素直に考えていたことを話すことにした。
「……、トレーナーって何なんだろうね」
「…え?」
きっとキアにとっては予想していなかった私の疑問。聞き返したキアから視線を落として私は続けた。
「私の身近にはトレーナーってお母さんぐらいしかいなかったけど…ポケモンと信頼しあってて、凄く良い関係だって思ってた。ブリーダーのお父さんだって、凄くポケモンを大切にしていたし…そんなお父さんの気持ちに周りのポケモンも応えてた。そういう職業になるからには、ポケモンのこと好きなんだって思ってた」
私はサトシのように“ポケモンだから”好きということはなかった。周りにいるポケモンは皆家族同然の人たちだったから、好きだった。だから家族とは離れたくないし、“ポケモン”が好きだったわけじゃないからトレーナーという役職に興味が無かったのだ。トレーナーになりたいと思う人は、ポケモンが好きでポケモンと関わっていきたいから、そのための第一歩なんだと思っていたのに。
「でも、さ、変だよね。トレーナーって、バトルでポケモン手に入れちゃったりするんだよね。それって野生ポケモンは覚悟の上ってことでバトルしてるのかな。だって、ポケモンにとっては“鎖”なんだよね?そんな、バトルとか…そんなもので決めちゃっていいのかな」
キアが驚きに息をのむ空気があったけれど、私は話すことにいっぱいでキアの態度を気にする余裕はなかった。
『モンスターボールってさ、人間にとってはポケモンを手軽に持ち歩けて、ポケモンにとっても自分で移動しなくて済むようになる便利なものだけど…悪く言えば、ポケモンにとっては“鎖”だ』
キアと初めて会った日に言われた言葉は、私の中で重く残っていた。ポケモンが人のものになるということの意味合いを、ちゃんとキアに教えてもらった。だから私の中で薄らとだけど考えていたことだ。ポケモンの人生だってあるだろうに、それは私たちの都合で決めちゃっていいものなんだろうか。力が無いポケモンはあっさりと人のものにされてしまうんじゃないか。それこそ、たとえば私がポケモンだったら一瞬でボールに捕まってしまう。
「人間って、勝手だね…。共存してるように見えて、結構人間の都合通りに生活を強いられるポケモンだっているんだよね」
「トレーナーのポケモンが強くなるために、傷つけられる野生ポケモンだって、いるんだよね」
あのフシギソウは、まさにそうだろう。同じように勝手なトレーナーたちに散々やられてきてしまったのだろうか。
──そう思うと、自分の行いを振り返ってしまう。私は同じことしてない…?野生ポケモンとバトルだってした。ほとんどはヒトカゲが喧嘩を吹っ掛けて勝手にやったものが多いけど。ビードルを木から落としてしまってスピアーを怒らせてしまったこともある。勿論、意図的にしたことではないけど、私だってポケモンに迷惑をかけてしまってるんじゃないか。
それに、ヒトカゲは──勝負事で負けたからとはいえ、無理に私に付き合わせてしまっている。
「私も、勝手だよね…。ヒトカゲの自由奪っちゃってるんだ…。キアは色々してくれてるけど、本当に、このままでいいのかな…」
仲良くなりたいと思っているのは私だけ。ヒトカゲは──私のこと、嫌いなままだろうから。約束とはいえ、一緒に旅をさせているのは、まさに鎖に縛り付けた状態じゃないのかな。
俯いた状態でそこまで考えついた頃、絆創膏を貼っていない方の頬を優しくぺちりと叩かれた。その感触で私はハッとして、掌を添えたままでいる正面のキアを見る。キアは眉を八の字にしながらも笑っていた。私にとっては真剣に話したつもりだったのに、おかしそうに破顔してるから拍子抜けする。
「ソラってさ、結構考え込むタイプだよね。しかも悪い方向に」
「……ネガティブなもので…」
「でもね、それが全て悪いとは僕思わないよ。ポケモンにさして興味が無かった君がそうやってポケモンのこと色々考えてることは良いことだし…何より僕の言葉をちゃんと真摯に受け止めて、真剣に考えてくれてることが僕は嬉しかった」
「……」
だって、それは、キアの言うことは正しかったわけだし。“ポケモン”のことが好きというわけではなかったけど…同じ命をもつ存在として、ちゃんとこれからのこと考えなくちゃと思ったのだ。私だったら、気軽にボールに捕まえられてしまったら辛いし悲しい。それが良いトレーナーならともかく、私のような何もできない駄目なトレーナーに捕まえられたらポケモンの方が可哀想だ。…やっぱりヒトカゲが可哀想という考えに行きつく。
「まずヒトカゲだけど」
私の気持ちを知ってか知らずか、私が吐露した不安に対してフォローを入れるためにまずヒトカゲの話を始めたキア。
「賭けをして、あいつは負けたの。だからソラが気に病むことじゃないよ。賭けを受けた時点で自己責任だし、何よりあの賭けまだ有効にしてあげてるんだから、寧ろ待遇良いぐらいだよ」
「まあ、だからと言って負ける気はないけどね」と言うキアに思わず笑みが零れる。確かにあのヒトカゲとの力量差を見る限りは、当分その心配はしていない。ヒトカゲも強いって思っていたけど、キアはその何倍も強い。本当に私には見合わないレベルの高いポケモンが揃ってしまった。
「約束守って逃げ出してないし、そこらへんはヒトカゲも不満はあれど覚悟決めてると思う」
「…ふ、不満……覚悟…」
嫌々突き合わせているという現実をキアからも付きつけられた気分である。そうか…ヒトカゲは覚悟決めて私のところにいるのか。…胸が痛い。
「やっぱ…早く、一人前のトレーナーにならないと駄目だよね」
「…そういうことじゃないと思うな」
知識を身につけてバトル中でも立派に指示を出せるぐらいな、一人前のトレーナーにならないと。そうすればヒトカゲにも認めてもらえる、そう思ったけど。キアからは緩く首を横に振られた。思わぬ返答に少し驚き目を瞬かせる。
「……ソラの、トレーナーの在り方の話になるけど」
「前にも話した通り、人間もポケモンも色々な性格があって相性だってある。考え方の違いもあるしぶつかることだってある。だから世の中には悪がいる。人間やポケモンに害を与える存在がいる。そういう存在が全ていなくなるっていうのは、正直な話難しい」
「……そっか、なんか…悲しいな」
「でもよく考えてよ。悪がいるから、ヒーローはいるんだよ」
「…!」
キアのその言葉は劇的なものだった。単に皆が平和に、という考えはある意味浅い考えだったのかもしれない。皆が平和なら悪いことを払い除けるヒーローの存在は必要ない。ヒーローなんて言葉も存在していないのだ。ヒーローなんて言うと、マントをつけた子供の憧れのキャラクターが浮かぶかもしれないけど──キアの言いたいヒーローは、そういうものとは別だろう。ヒーローはもっと身近にもいる。些細なことからでも助けてくれるような…私にとっては、サトシがそれだ。困った時に現れては助けてくれるヒーローそのもの。私にとってのサトシのように、他の人にだってそれぞれのヒーローがいるのだ。
そういう、大切な存在も──いなくなってしまうのだ。
「悪を認めるわけじゃないけど、悪を全て失くすのはほぼ不可能。だったら…ソラにも出来ることで悪から誰かを助けてあげればいい」
今キアの言う“悪”とは、きっとさっき私が話したポケモンを不幸にするトレーナーのことを指すのだろう。それは分かるのだけど、私が出来ることなんて大分限られている。いや寧ろ私に何が出来るというのか…。昔からサトシに、今だってキアに助けてもらってばかりの私に。
「君の考える正義を貫ければ、きっとヒトカゲはその姿勢を見てくれるようになるよ」
私の考える、“正義”──…?
そんな立派な言葉を胸に抱いて生きたことなど無かった。私は“正義”にも“悪”にも無縁な、ただの一般人だとしか思っていなかったから。でも一般人だからどうこうというわけじゃないんだ。今までのキアの話からすれば。一般人の私でも、誰かを救えることがあるって、そういうことだ。
「少なくとも僕は、君の“正義”を垣間見たから、君に付いて行きたいって思ったんだよ」
言って笑顔を浮かべてくれるキアに嬉しさと疑問が生まれる。嬉しさとはキアから「付いて行きたい」という言葉を言ってもらえ。私から旅のお誘いしたわけだし…嫌々ではなかったと思うけど、ちゃんとキアからもそういう風に思ってくれているのが嬉しかった。だけど私、キアに対して“正義”とやらを見せた記憶がない。そんな立派なこと、したかな…?
「人間にもポケモンにも相性があるから合う合わないはあると思うけど、君とヒトカゲはそれ以前だからね。まずお互いをよく知らないと」
私が内心で首を傾げていることには気付いていないのか、キアは話を戻す。キアの言う通り、私はヒトカゲのこと全然知らない。そもそもヒトカゲは自分のことを話してはくれないし、私から話すような特別なことは──特に思い浮かばないけど。いつかヒトカゲの色んなこと、知っていくことが出来るのかな。
今この場にはいないヒトカゲのことを思い出してふと窓の外へ視線を向けると、夜空で輝いていた月は姿を隠し雨が降り始めていた。
7-2 私の正義
(私に出来ること、何だろう)
中々上手くまとめられない…。