(……何だ、アイツ)
人気のない林。すっかり日が暮れて頭上で月が輝いている時間帯ではあるが、ヒトカゲは行く当てもないので適当に辺りを歩き回っていた。普段からソラとキアと一緒にいたくはないので、明るい時間帯はよく散歩に出ている。しかし夜にでもなれば、野宿なら少し離れたところには行けど、ポケモンセンターでは借りた部屋は一つしかないのでそこで寝るしか術が無い。時間的にも大人しく部屋に居るつもりで、回復を終えた後は用を足してすぐに部屋へ戻ったのだ。
『でも、さ、変だよね。トレーナーって、バトルでポケモン手に入れちゃったりするんだよね。それって野生ポケモンは覚悟の上ってことでバトルしてるのかな。だって、ポケモンにとっては“鎖”なんだよね?そんな、バトルとか…そんなもので決めちゃっていいのかな』
しかしキアと真面目に話しこんでいるソラの声をドア越しに聞いて、ドアを開けようとした手が止まった。別に話を聞きたくて聞き耳を立てたわけではないが、ドアは薄い作りなのか意図せずとも容易に室内からの声が聞こえてしまっていた。
『人間って、勝手だね…。共存してるように見えて、結構人間の都合通りに生活を強いられるポケモンだっているんだよね』
それはまさに自分のことだろう。そのまま奴に返してやりたい言葉だ。──と、ソラ一人の所為にはしているが、キアに賭けで負けてしまっている時点でヒトカゲは彼女を責めきることはできないのである。約束を守る云々ではないが、キアに負けたまま逃げるのは自分の性格上許されなかっただけだ。もし逃げ出しでもすれば、キアに鼻で笑われるのが目に見えている。
『トレーナーのポケモンが強くなるために、傷つけられる野生ポケモンだって、いるんだよね』
「……ケッ、甘ぇんだよアイツは」
全く関わりもなかったような野生ポケモンを案じて
そんな野生ポケモンを庇って
そのくせ自分の非について謝りはしても、反省して何か行動に起こそうとするわけではない。
他人にも自分にも甘く、優柔不断なくせに時折頑固で歯向かってきて、見ていて苛々する。
だから、嫌いなんだ。
舌打ちをしながら闇雲に歩き続けていると、足元であるものを見つけて足を止めた。辺りに街灯などの灯りが無いため判別しにくいが、しゃがんで注視すると、わずかに差し込む月明かりの甲斐もあってそれが何か分かった。
「…血…?」
血痕はある一方へ向かって幾つも滴り落ちるように痕が残っていた。血を流したまま、誰かがその方向へ向かって歩いていたということだ。血なんて珍しいわけでもなかったが、その先にあるものが少し気になったヒトカゲは、時間潰しがてら血痕を辿って歩き出した。
「──…」
そうして辿りついたのは、ポケモンセンターから少し離れた場所にあった洞窟だった。木が生い茂っているためポケモンセンター以外は何も目立っておらず気付かなかった。そこまで広くはなさそうだが、大人が立っても頭上に余裕があるぐらいの大きさではある。その洞窟には既に先客がいて、緑の着物を着た成人男性を視界に捉える。頭部にある耳のような触覚に人型になったポケモンだということはすぐに分かった。男は誰かに襲われたのかボロボロで、地面に座り込み岩壁に背中を預けた状態で息を荒くしている。右腕でおさえる左腕から血が流れ落ちているのを見つけ、血痕の正体だとすぐに察した。
ヒトカゲはニヤリと笑い、男へと無言で歩み寄る。
「よぉ、死にかけてんな」
「……何じゃ、お前」
視界に入ったヒトカゲの素足に、俯いていた顔を漸く上げた男と視線が交わる。出血量が多いのか顔色は悪く冷や汗が噴き出していた。遠目で見たよりも具合が悪そうだったが、そんな状態でもヒトカゲを睨みつける辺りは他人に気を許していない証拠だろう。
「野生か?情けねぇザマだな」
「…お前、ろくな育て方をされんかったようじゃな。性格悪いのう」
「まぁな。ろくな大人にもトレーナーにも出会えなかったもんで」
ああ、博士はマシな方だった。
思い浮かべる関わりのあった者たちの中で、オーキドだけはそこから除外しても良いと思えた。まあ、ソラに自分を譲ったことは許せないが。
ヒトカゲは顔を顰めながらも、男と視線を合わせるように正面で腰を落とした。
「つーかお前、怪我したんならポケモンセンターにでも行けよ。まぁ、歩けねぇってんならおぶってやんねぇこともねぇ」
「坊主が、何を…。余計な世話じゃ」
「あぁ?そのままじゃ死ぬだけだぞ」
「それで良い」
子供だと馬鹿にされて眉間の皺を増やしたヒトカゲだが、その後に返ってきた言葉に一瞬口を閉ざす。人がせっかく親切で言ってやっているのに、治療を受けず怪我を放置し、死ぬと告げても「それで良い」と言うのなら、
「…お前死にてぇのか」
低い声で静かに導き出した答えを呟くが、男は何も言わなかった。否定をしなかったということは、肯定の意と捉えて間違いないだろう。
「陰気くせぇ野郎だな。まぁ死にたきゃ勝手にどうぞ」
そこはお人好しで甘い考えを持つソラとは違うので、食い下がらずあっさりと引く。別につい数分前に会ったばかりの男がどうなろうと知ったことじゃない。動けずにポケモンセンターにも行けない状態なのであれば流石に助けてやろうかとも思ったが、本人がそれをお望みではないのだ。そこから事情を聞いたり説得するのは自分の仕事ではない。
ヒトカゲは肩を竦めて立ち上がり、流石にそろそろ部屋に戻ろうかと洞窟を去ることに。しかし、
「……マジかよ…」
先程まで存在を主張していた月が雲に姿を隠し、雨が降って地面を濡らしていた。小雨ならまだしも、中々勢いのある雨だ。
ヒトカゲという種族は水が天敵だ。尻尾の炎が水により消えてしまえば命の灯が消えてしまうことになる。勿論人型なら尻尾も炎も無いのでその心配はいらないのだが、水にうたれることで倦怠感が身体を襲う。重く鉛がついたような体に何もやる気が起きなくなる。他の炎タイプのポケモンがどうかは知らないが、少なくともヒトカゲにとって水は人型であろうと苦手だった。
ポケモンセンターまで帰れないこともないが、そこまでして帰る程あそこに価値があるわけではない。どうせ待っているのも嫌いな二人だけだ。だったらこのまま雨が止むまで待つのが得策だろうと、ヒトカゲは溜息を吐き出して男の向かい側で腰を落とした。
7-3 血痕の先で
(死を待つ男と、雨が止むのを待つ男)
タイトル浮かびません。