「ヒトカゲ、帰ってこないね」


その夜、キアと話し込んでいた私は雨脚が強くなる一方の外を見つめる。同じように外を見るキアからの言葉の通り、ヒトカゲが散歩に出たきり戻ってきていないのだ。さっきまで月も星も見えるぐらいに晴れた綺麗な夜空だったのに、突然に天気が変わってしまった。ヒトカゲは炎タイプだし水とか大丈夫なのだろうか。それに──…


「……キア、探しに行こう」
「うん」


ヒトカゲとは別で気にかかるのは夕方出くわしたフシギソウだ。あの大怪我でそのまま過ごしているのかな。古傷もあったからその予想だって的外れじゃないはずだ。もしこんな大雨にうたれていたりしたら、もっと具合が悪くなってしまいそうだ。
夕方は拒絶されてしまったけど、だからって私はフシギソウのことを放っておけないらしい。

ジョーイさんから傘を二本借りることが出来、キアとそれぞれ傘をさして外へと出る。傘にうちつける雨の音で、外で見るよりも凄い勢いだと実感する。足元は嫌でも濡れてしまうけど、風が強くないだけマシと思うことにした。
街灯も無く月明かりも無い夜道は正直不気味だった。でもこの雨だからポケモンだってそうそう活動していないはず。キアも一緒に行動していることもあり、恐怖心はそこまで無かった。


「雨宿り出来るところに居るんじゃないかな」


…というキアの提案で、闇雲に探すのはやめて雨を凌げる場所を探した。そうしてポケモンセンターから離れ暫く探しているうちに見つけられたのは、岩山に彫られたような大きな洞窟だった。そこで遠目で見えた人影にハッとして駆け寄った。


「ヒトカゲ!!」


キアの予想通り、ヒトカゲは洞窟で雨宿りしていた。胡坐をかいてつまらなそうな表情でこちらを見上げた後、何故か舌打ちをされて視線を逸らされる。私今君の気に食わないことしましたか…。
ヒトカゲの態度に軽いショックを受けていた私は、ヒトカゲと向かい側で雨宿りしている男の人に気付く。緑色の髪と着物の、大人の男の人。お父さんより幾分か年下に見えるぐらいだ。彼の左腕は怪我をしているのか着物が赤く染まっていて、私はその出血量に一瞬息を止めた。


「あなた……もしかして、夕方のフシギソウ…!?」


傷だらけの体や、髪型や服装の雰囲気からすぐに夕方のフシギソウを思い出した。彼は私の声に俯いていた顔をゆっくりと上げ、私を睨みあげてくる。…あぁ、やっぱりそうだよ。私のこと嫌っていたし。この睨み方夕方のフシギソウと同じだ。でも今はその睨みに委縮する余裕もなかった。だってフシギソウの顔色が夜でも分かる程青くて、冷や汗をかいていたから。思ったよりも具合を悪くしていたようだった。もう拒絶とか何とか言っていられない、何が何でもポケモンセンターに連れていかないと、このままじゃ命に関わってしまいそう。


「あの、歩けますか?ポケモンセンターがすぐそこに…」
「…触るな」


恐る恐る近づけた手はフシギソウに払われてしまった。冷たくて素っ気ない態度…ヒトカゲで耐性ついてきたと思ったけど、やっぱり傷つくものは傷つく。拒絶されることは胸が痛む。でも、そんなことで怖気づいている場合じゃない。このまま放っておいたらフシギソウが危険だから。
どうしたら助けられるかと必死に考える私は、フシギソウの前から動かないまま。私の変わらない意志を感じ取ったのか後ろからヒトカゲの声が飛んできた。



「死にてぇんだと。放っとけ」



その言葉に、耳を疑う。思わずヒトカゲへ振り向いた後、私はフシギソウへ視線を戻した。フシギソウは否定もせずに無言で視線を逸らす。その態度は言葉は無くても肯定しているように思えた。表情も、何も希望を抱かずに"無"の状態で陰りがさしている。
ああ、そうか。だからポケモンからの技をただ無抵抗で受け続けていたんだ。だからポケモンセンターに行くことを嫌がっていたんだ。体中にあるその傷も、きっとそうして同じように放置してきて残ったものなんだ。


「………」


少しの沈黙に包まれた後、私は意を決して再びフシギソウへと手を伸ばした。傷を押さえる右腕を掴んで引っ張るけど、大人の男の人は体が重たいようで簡単には動かなかった。フシギソウは私の行動に流石に驚いたような視線を向けたけど、また私の手を振り払おうと力を入れる。でも、今のフシギソウでは私の手さえ振り払えなかった。それほど力が弱まっている証拠だ。きっとその感覚は本人が一番分かっているだろうけど、私を睨みつけることだけは欠かさずに反抗の意を示してきた。


「お前、聞こえなかったのか…!わしなんか放っとけ…っ」
「すみません!! 無理です!!」


はっきりと断言すると、その返答は予想外だったのかまたフシギソウは意表を突かれたような表情をする。私は冷めきってしまったフシギソウに体温を与えるように、しっかりと彼の右腕を掴み続ける。鼻の奥がツンとする感覚がして、目頭が熱くなってきた。


「私のこと嫌いでも、今後恨んでくれてもいいです!でも今は私に助けられてください!」
「ふざけるな…他人の人生勝手に滅茶苦茶にしよって、これだから人間は…っ」
「人間が嫌いなのかもしれないけど、何で死にたいのか分かんないけど…!ここであなたに会った以上、私はあなたを放っておけないんです!!」
「ただの偽善なんぞ、いらん…!わしに恩でも売るつもりか…!!」


ついには痛むであろう左腕も使って私の手を振り解こうとするフシギソウ。その左腕は痛々しくて、私は自分の右手でその左手を掴み動きを制すると、落ちつかせるように手を握り締めた。といっても、彼の手は私よりもずっと大きくてとても包み込める程のものではないんだけど。でも、私の体温を少しでも分けてあげられればいいと思った。


「恩なんて感じなくていい!! 余計なお世話だって思って良い!! ごめんなさい、私の我が侭だって、分かってる……!でも、」


「あなたに絶望したまま人生終わりにしてほしくない!!」



敬語も忘れて声を荒げると、我慢していた涙がついに膜を破って頬を伝い落ちた。何で泣いているのか、何が悲しいのか、自分でもよく分からなかった。フシギソウを含めた三つの視線を感じながらも、私は両手が塞がってるので肩で涙を拭った。すっかり抵抗の力さえ抜けてしまったフシギソウを見兼ね、私は彼の手を掴んだまま体の向きを反転させてその手を自分の首元にまわさせた。力を込めて腕を引っ張ると、漸くフシギソウの体が前のめりに動き、私の背中へともたれかかる。


「ちょっと、ソラ?」


戸惑った様子のキアの声に、私は「傘お願い」とだけ声をかける。左側にあるのはまさに血塗れの腕で、未だに血が滴り落ちている。


「お前みたいな小娘が…わしを、運べるわけないじゃろ……」
「頑張ります…!」
「……、」


弱々しい声が耳元で聞こえてきて、それは尤もな意見だとは思ったけど、全力を尽くすことを伝えるしか今は言葉が思いつかなかった。そのまま何も言わないフシギソウに視線を向けると、ついに彼は気を失ってしまったようだ。
私は大きく息を吸い込むと、精一杯の力を込めて前かがみに立ち上がる。背中に圧し掛かる重みは予想以上だった。意識のない男の人だから当然かもしれない。流石に足を持ち上げることはできないので、申し訳ないが足を引きずる覚悟で袴の腰に巻く紐を掴んで引っ張ることにした。

キアは一つ息を吐き出すと、二本あるうちの一本の傘をヒトカゲへと放り投げる。「それでちゃんと帰ってきなよ」と声をかけた後、残った傘を広げて私とフシギソウの頭上へと持ってきた。私が重みに耐えながら一歩一歩前へ足を踏み出し、洞窟へ出るも、キアのおかげでフシギソウが雨に濡れることはなかった。まぁ、引き摺る足元は別として…。私同様、フシギソウを優先して傘をさしてくれているキアは雨にうちつけられていたけれど、気に留める様子はなかった。


「……っ」
「ソラ!」


寧ろ私の心配をしてくれているぐらいで、泥濘に足をとられて体勢を崩した私を気にかける。両膝と両手、全て使わないとフシギソウの重みを支え切れず、私の背中から横へとずり落ちそうになる体をキアが支えてくれた。


「ソラ、君にも僕にもその人運ぶのは難しいよ。僕がジョーイさんを呼んでくるまで待ってた方がいい」
「でも、結局はポケモンセンターに行かないといけないじゃん…!」
「そうだけど……」


私が諦めることをせずに、何とか再び立ち上がろうとする。だけど一度体勢を崩した状態からまた上体を起こすのも一苦労だった。腰痛めそうだな。
さてどうやって立ち上がろうかと思考を巡らせていると、不意に視界に素足が入り込んでくる。その足の正体が何か分かり思わず見上げれば、眉を寄せた状態でヒトカゲが見下ろしていた。キアから渡された傘を地面に放ると、私の背中にいるフシギソウの両脇に手を差し込んで彼の上体を持ち上げた。一気に背中への重みが無くなる。ヒトカゲはフシギソウの体を向かい合うようにして自分の右肩にもたれかけさせた後、フシギソウの右腕を掴んで己の体を屈めつつ左肩へと回し、フシギソウの体を肩周りを使って担ぎあげる。右腕はフシギソウの足の間を通ってフシギソウの右腕を掴んで固定させる。
…大の大人を軽々と担ぎあげてしまった。筋肉あると思っていたけど、まさかそんなに鍛えていたなんて。

難なく行われていた目の前の光景に呆然としていた私だったけど、無言で歩き始めたヒトカゲにハッとして傘を拾い立ち上がる。先程のキア同様に私もヒトカゲとフシギソウの頭上へと傘を持っていく。


「あ、ありがとう…!ヒトカゲ」
「別にテメェの為じゃねぇ。見てて苛々すんだよ、たいした力も無ぇくせに口だけは立派で」
「……」


そう言われてしまうと反論出来ない。立派って程じゃないけど、勿論それが皮肉とは分かっているけど、言う程私は大したことが言えたわけじゃない。ああ、でも、ヒトカゲに対しては理屈っぽく言い返してた節があると思う。そういうところ、嫌なんだろうな…。言うだけ言って、実行出来ないんだもんな…。自分が情けなくて俯く。


「立派なこと言ったな、ってさ。僕もそう思うよ」


頭上から降りしきる雨が無くなったと思えば柔らかな声が届く。横を見るとキアが笑顔を浮かべて私と自分に対して傘をさしていた。ヒトカゲとは違う素直な褒め言葉に幾分気持ちが楽になった。一方でヒトカゲからは不機嫌そうな声が聞こえてきて、


「…誰が褒めたよ、皮肉も知らねぇのかバーカ」
「力も無い口だけな女の子の行動で動いちゃうんだから、ヒトカゲって本当に優しいね!」


笑顔で皮肉返してきた。
キアってば素晴らしい笑顔のままで……。ヒトカゲも睨みつけるしかない。あぁ、こめかみに皺増えてる…。
何というか、本当にいつだってキアの方が上手だ。私もヒトカゲも彼に敵うことはないだろうなあ。
私はヒトカゲとキアの間で自分だけ何も出来ていないようでこっそりと息を吐き出した。


「ソラ」


すると、キアが私に顔を寄せて小さく声をかけてくる。それは雨のおかげでヒトカゲには届いていないようだった。


「君の一生懸命な行動が無かったらヒトカゲは動かなかったんだ。君のおかげで、フシギソウは助けられるんだよ」


──…ヒトカゲへの皮肉のためだけに、私のことでヒトカゲが動いたのだと言っていたと思っていた。でも、私にだけ向けられたその言葉は同情も慰めも無くて、とても真実味を帯びている。柔らかく微笑むキアに涙腺は緩み、私はただ頷くことしかできなかった。

私、フシギソウを助けられたかな。





7-4  生きて

(フシギソウ、私あなたに生きてほしいの)


ヒトカゲの担ぎ方はファイヤーマンズキャリーというやつです。文章でどんなものか伝わったでしょうか…。分からない方はWiki先生のもとへ←



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