「――――…」
オーキド研究所を去ってから暫く歩き、あるところで立ち止まる。そこはマサラタウンをざっと見渡せるぐらいに坂道を上った先だった。あまりマサラタウンを出たことが無かった私は、今まで暮らしてきた小さな町を見渡して複雑な心境に陥る。特に将来について考えたこともなかったけど、多分マサラタウンで暮らしたままで人生終わるかもなあとぼんやり思ったりした。
それなのに、今まさに私はそんな慣れ親しんだ町を出ようとしているのだ。大好きだった家族たちに会うことも出来ない一人旅だなんて、不安以外の何ものでもない。
「…はぁ、トレーナーになる気なんて全くなかったのになぁ…」
思わずため息も零れてしまった。
これからどうなるんだろう。野生ポケモンに襲われたりしてしまうのだろうか。ご飯はどうやって用意すればいいのか。寝床はどうするのか。一人で野宿なんて絶対に出来ない。
――私はどんどんと悪い方向へと考えてしまう性格…いわゆるネガティブだった。今まではポジティブの塊みたいなサトシが元気づけてくれていたけど、今はそのサトシも、寧ろ誰もいない。一人ぼっちでは更に悪い方へと考えてしまう。不安で押しつぶされそうだ。
しかしそんな私はふと思いだす。腰元には六つのモンスターボール。…その一つには、私のパートナーがいるんだ。
結局何のポケモンが入っているかも聞かずに出て来てしまった。でも、博士は初心者用って言ってたし、そうだとすればフシギダネ・ゼニガメ・ヒトカゲのどれかってことだよね…。
モンスターボールを一つとり出して見つめる。思えば、自分でボールからポケモンを出すなんて初めてだ。あまり深く考えたこともなかったけど、意外とドキドキするものだな…。
これから一緒に旅をしていく仲間で、パートナーなんだ。挨拶は大事だよね。
親がボールを投げる姿は様になっていたけど、それをマネしても私ではキマらないだろうし、羞恥心の方が勝る。とりあえずは初めてということで、しゃがみこんで軽くボールを投げてみた。もし乱暴に投げてボールが壊れてしまったら、と思うとね。
地面に転がったボールがパカッと開き、そこから強い光が生まれる。思った以上の光を目の前に、目が眩んでしまう。自然と戻ってきたボールを慌てて両手で受け取り、光の場所を見つめていると、やがて光がある姿へと変わった。
「──…」
光が消えて姿を露わした、オレンジ色の体で尻尾に炎を灯すポケモン。流石に私でも、そのポケモンの名前は知っていた。
ヒトカゲ。炎タイプのポケモンだ。
「おおお…」
「………」
こんな私でも流石に感動を覚えて言葉にならない声が出る。だけど落ち着きを取り戻した頃に、私はある異変に気付いた。目の前に立つヒトカゲが、図鑑やテレビで見たヒトカゲより、目つきが悪いということ。――…と、いうより…怒ってる…?いや、でもそういう顔つき、なのかな。分からない…!元からこの顔なら、怒ってるって勘違いは失礼な気がする。謝るのも違うよね。
「………」
「……あー、えーと…私、ソラです。今日から君のトレーナーになります。…宜しくね?ヒトカゲ」
まずは自己紹介をして、様子を窺うようにして手を差し出す。当り障りのない挨拶だと思う。ここで手を握るまでいかなくても、せめて頷いてくれるなら、きっと無愛想でクールなだけなんだって思える。そういう性格なら、お母さんでだいぶ慣れてるから何とかなる。
「!!?」
なのに、私の気持ちを無碍にするかのように、ヒトカゲはそっぽを向いてしまった。ああ…怒っていらっしゃるようです。
今出会ったばかりなのに。何が気にくわなかったのだろう。ボールの投げ方?挨拶の仕方?握手を求めるのがいけなかったのかな。
虚しくも差し出した手はそのままで、私は困り果ててしまい固まっていた。横顔しか見えないヒトカゲを前に、どういう行動をとるのが正解なのかと、大したこともない脳をフル回転させた。
「あの…えぇと、ヒトカゲ?私…何かしたかな?したなら謝るからさ…ご、ごめんね?」
「………」
分からないけど、とりあえず謝る。謝って、理由を話してくれればいいなと思った。なるべく相手のカンに触れないよう、言葉を選びながら慎重に話す。ポケモンに対してトレーナーってこんな情けない感じでいいのかな…。そんな疑問も頭に過ぎったが、今は構っていられない。これから旅をしていく大事な仲間。仲直りしたいのが正直な気持ちだ。
神様に祈るような気持ちでヒトカゲを窺っていると、横を向いていたヒトカゲがチラリとこちらを見る。その後視線を元に戻しため息を吐いたかと思うと、その場で煙が舞い上がる。
突然のことにビクッと肩を揺らした私の正面では、すぐに風に拐われるように煙が消え…そこには人型のヒトカゲが立っていた。
ポケモンが人型になれることも知っているし、人型になる瞬間を見るのも初めてではなかった。でも不意打ちだったので驚いたし、初めて出会うポケモンが人型になった姿を見るのは、久しぶりだった。私の身の周りで人型になるポケモンは親の仲間たちぐらいで、彼らの人型の姿は小さい頃に既に知っていた。それ以上、それ以外を知るつもりもなかったから。
ヒトカゲはオスのようで、濃いめの朱色の短髪と、左耳に金色のピアス。歳は私と同じくらいの少年。寧ろ私より背が低いような気もするけど――そんなことより随分と目つきが悪かった。原型の時のままだった。身長は私の方が上なのに、威圧感が凄い。
その威圧感にあてられ、何も言うことが出来ずしゃがんだまま見上げるしかない私に、ヒトカゲはもの凄く機嫌の悪そうな顔で言う。
「俺ァ認めねえからな」
「…え?」
「テメェが俺のトレーナーだなんて、認めねぇっつってんだよ!!」
彼の言葉に、私はただ硬直するしかない。
目の前で言いたいことを言い切り、フンッと鼻を鳴らしてから原型に姿を戻したヒトカゲ。それはこれ以上話すことはないという気持ちの表れだったのだろう。
私は思わぬ展開に、何も言い返せなかった。
1-2 ヒトカゲと私
(不安すぎるスタート地点)
とにかくチキンなヒロインと不良ヒトカゲでグダグダにやってきます。