一日の間にこんなにため息を吐いているのも久々な気がする。いや、一日の間というより、この短時間で…という言い方の方が正しいのかもしれないけど。
重たい足取りで歩く私の前には、どんどんと先を歩いて行くヒトカゲの背中が見える。「テメェの持つボールなんかに誰が入るかよ!」とモンスターボールを叩き落とされたのはつい先程の話だ。モンスターボールに入らないうえに、トレーナーを置いて自分の行きたいように進むって。こんなのアリなんですか。ちょっと初心者トレーナーにはレベル高いと思います。初心者用ポケモンって、種族的な話だけだよね博士。性格的には絶対上級者向けだよね。
それにしても、ポケモン博士として凄いと言われるオーキド博士がポケモンの育て方を間違えるだなんて誰が思うだろうか。多分トレーナーに渡す初心者用ポケモンって、博士が育ててるんだよね?いやそれにしても…あんな風に育ってしまうもの?
おかしいな、前にテレビで見たヒトカゲはもっと可愛かったはずなのに。目つきがとにかく悪い。怖い。

でも、このまま無言でいるのも辛い。これから一緒に旅をするわけだし…仲直りをしたい。何で嫌われているのかよく分からないけど。とにかくコミュニケーションをとらなければ…!と思うんだけど、話す内容が浮かばない。この状況で趣味聞くのもおかしいよね?
そうだ、お父さんもお母さんも自分のポケモンには名前をつけてあげていたな。そういうのあれば、もっと仲良くなれるかもしれない!


「あのー…ヒトカゲさん?」
「あぁ?」
「な、名前とかつけても…」
「あ゙ぁ?」
「ごめんなさい」


そうだよねトレーナーって認められてないのに名前で呼ばれたくないよね。でしゃばりました。ごめんなさい。


どうしよう、幸先悪すぎでしょう。
「お先真っ暗」っていうのは、きっとこういう時に使う言葉なんだろう。とても彼と二人で旅をしていける自信がありません。もう無理です。お父さんお母さん、マサラタウンに帰って良いでしょうか…。



「…あ、あの」
「?」
「私のいったい何が気に食わないんでしょう」


パートナー相手に敬語を使っていることに我ながら内心またため息を零しつつ、ずっと気になっていたことを勇気を出して聞いてみた。少しだけ振り向いてこちらを見やったヒトカゲは、私の顔を見てすぐに顔を歪めさせる。


「――全部だ!」
「ぜ、ぜんぶって…まだ私達会ったばかりですよ!」
「見て分かんだよ!」


なんと無茶苦茶な。いったい、見て何が分かったというのだろう。全部なんて言われてしまうと、どこを直すべきなのかも分からない。詳しく理由も話してくれなければ、和解しようにも解決策が思いつかない。話してくれないってことは、きっと関わる気がないってことだろうしな…何だか、こうやって誰かにあからさまに拒絶されたことなかったから、結構傷つくなあ。



「!」


私が一人落胆していると、草が揺れる音。何かいるんだとハッとして見れば、草陰にはポッポがいるじゃないか。
ポッポ!ポケモンのことをあまり知らない私でも知っている数少ないポケモン。それがポッポ。何故ってマサラタウンでよく見かけるから。
普段見掛けるポケモンなだけあって、特に緊張したり特別な感情を抱くこともなかった。でも同じく立ち止まってポッポを見ていたヒトカゲをちらりと見てみると――ニヤリと笑っていた。


「丁度いい」
「…え?」
「今だけは指示きいてやるから倒すぞ、あれ」


ヒトカゲの言葉に、私は少しの間固まってしまった。頭が働かなかったのだから、体も口も動かないのは当然だろう。ようやく理解できたのは、これからポケモンバトルが始まるということ。少しだけバトルを見たことはあったけど、自分がやるのは初めてだ。途端にポッポを見る目も変わり、落ち着いていた私の心臓がバクバクと音をたてはじめる。向けられる殺気のようなものを感じとったのか、ポッポもキリッとした表情でこちらを睨みつけていた。

そしてバトルへの緊張と同時に気付いたのが、今ヒトカゲが「今だけは指示きいてやる」と言ったこと。“今だけ”って。“聞いてやる”って。上目線だし、あくまで今のバトルは特例ということらしい…。本当に私と“普通のトレーナーとパートナー”という関係になるつもりはないようだ。
じゃあ逆に何故今だけポケモンバトルをしようと言ったのか、理解は出来なかったけど。


「えと…えぇと……」
「早くしろ!」
「た、“体当たり”!?」
「やらねぇよ!! テメェ最低限の使う技も覚えてねぇのか!!」


ごめんなさいポケモンがどんな技使うかなんて全然分かんないよ。“体当たり”って結構みんな出来そうだと思ったんだけど。ヒトカゲの体格からも出来ると思ったんだけど。おかしいな…フシギダネは出来た気がしたけどな。ゼニガメは…分からないけど。


「じゃあ……うーん…“引っかく”?」


適当に、また初歩的な技を言ってみると、ようやくヒトカゲが原型へと戻って攻撃を仕掛けてくれた。どうやら“引っかく”という技は覚えていたらしい。

地面を強く蹴ってポッポへと向かう姿は、素人目から見ても素早いのだと分かる。呆然としているうちに、ヒトカゲはポッポへと第一撃を与えていた。一度怯んだポッポは、逃げだすためだろう技を出してきた。翼を大きく動かして風を起こし、辺りに土埃が舞って視界が悪くなった。
かろうじて見えたヒトカゲを確認すると、ヒトカゲへと…“体当たり”かな?を仕掛けるポッポが。ヒトカゲもポッポに気付いた様子だったので「あ、大丈夫」と咄嗟に思った。


「っ…」
「ヒトカゲ!」


なのに、モロに攻撃をくらったヒトカゲに目を丸める。あれ?向かってくるポッポに気付いたはずなのに、私の勘違いだったのかな。
ヒトカゲへのダメージを心配したけど、ヒトカゲには大したものではなかったらしい。少しだけ体勢を崩しただけで、再び人型に戻ってこちらを睨んできた。


「テメェ…『避けろ』とかの指示も出来ねぇのか!?」
「え!? だって危険だったら自分で避けません!?」
「俺は指示をきくっつっただろうが!!」
「そんな無茶苦茶な!」


ポケモンバトルって、そこまで指示しなければいけないのだろうか。きっと私よりもヒトカゲの方が目が良いから、今みたいに視界が悪ければ私が気付く前にヒトカゲが攻撃を避けられることだってあるわけだよね。そんな、動き一つ一つまで考えて指示出すとか、私無理です。

私とヒトカゲが言い争いのようなものをしているうちに、ポッポは飛んで空へと逃げ出そうとした。だけどヒトカゲはそれを見逃したりはしなかった。ポッポへ視線を向けて原型に戻ると、私へ指示を出すように促した。
もう飛びたっているポッポに、“引っかく”は届かないかもしれないよね。そうしたら遠距離とまで言わずとも、中距離ぐらいの技が何かないのかな。



「えっと………か、“火炎放射”?」



炎タイプだしね!
炎タイプの技の代名詞みたいな技を口に出してみれば、ヒトカゲは素直に口から勢いよく炎を出してくれて見事飛んでいるポッポに命中。“火炎放射”の威力は相当なものらしく、ポッポを倒すことができた。
人生初の、バトル…緊張感が解けて思わずその場で腰を落とす私。慣れないことをしてるうえヒトカゲに気を遣うため、どっと疲れが出てきてしまった。


「予想通りだ」
「?」


自然と斜め下を見ていた私の視界に、布が巻かれた素足が二本入ってくる。視線を上げれば、腕を組み睨むように私を見下ろす仁王立ちした人型のヒトカゲがいた。眼力と見下ろされることへの威圧感で自然と息を呑む。
本当、私より身長は低い筈なのに、全然私が上手になれることはない。まあ性格的にも到底敵う気はしないけど。


「手持ちポケモンの使える技も把握してないで指示も遅ぇ。それに――…やる気が感じられねぇ」
「――!」
「ポケモンとしての基礎知識が無い時点で勉強もしてねぇってことだろ。トレーナーになる気無かったっつってたな」
「………」


ヒトカゲの言葉に、私は何も言い返せなかった。「やる気が感じられない」…事実だ。そんなもの、微塵もなかった。だから知識だって無いのだ。きっとヒトカゲは先程私が呟いた独り言を、モンスターボールの中から聞いていたのだろう。私が何となく言った「トレーナーになる気は無かったのに」という言葉を。


「……ご、ごめん…なさい…」
「…………」


怒るのも当然だと思って、素直に謝った。間違ったことはしていないと思うのに、何故だかヒトカゲは更に眉間に皺を寄せるのだ。



「だから嫌いなんだよ」
「……」
「テメェみたいな奴、大っ嫌ぇだ!」





1-3  泣いても良いですか

(やっていける自信がありません)


人型でないと喋れません。



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