「美味しい!」


意外にも陽が作った料理は美味しかった。新八は味噌汁の入ったお椀を手に少し驚いた表情でいる。元から材料が少なかったので質素な朝食にはなったが、その中でも輝きを見せたのが味噌汁である。銀時も口には出さないが感心せざるを得なかった。


「うち、出汁になるようなもの無かったですよね?何でいつもの味噌汁とこんなに味が違うんだろう…」
「お醤油とお酒が入ってるんだよ。気に入ってもらえて良かった」


起きた神楽も一緒に食事をするなか、嬉しそうに笑う陽の前には茶碗一つもない。一人だけ食べていないのである。ご飯をかき込みながら神楽は「何で陽は食べてないの」と問いかける。最後に自分の分の食事をよそってくるものだと思っていた新八も、そのままソファに腰掛けてしまった陽に首を傾げた。


「いや、だって万事屋のご飯だし。私は食べられないよ」
「え?いや、遠慮しないでくださいよ!用意してくれたんだから食べて当然ですってば!」
「これはあくまで泊まらせてくれたお礼だから」


全く食べようとする様子も見せず笑顔でソファに座っている陽に新八は尚も食べるよう勧める。図々しく万事屋に置いてほしいと初対面から言ってきたわりに変なところで遠慮するものだと新八も銀時も彼女の扱いに頭を悩ませた。
ふと、銀時はちらりとこちらを見た陽と視線がかち合う。慌てて逸らされたものの様子を窺うような表情に陽が何を気にしているかが分かった。そういえば先程二人の時のやり取りで、うちが裕福でないことや食費が嵩むのに陽を置いておけないようなことを言っていた。…図々しいのか繊細なのか分からない女である。

銀時はため息を吐き出すと、ご飯も途中だというのに席を立つ。至極面倒そうな様子で食べ終わらない状態で事務所を出る銀時に、新八は不思議そうな表情を、陽は気に食わないことをしてしまったのかと不安げな表情でその背中を見た。


「おら」


しかし銀時はすぐ戻ってくると、その手にあった味噌汁とご飯をよそった予備の茶碗をソファの間にあるテーブルに置いた。陽は目の前に用意されたそれらに目を瞬く。不思議そうに見上げる陽の視線を無視するように元の位置に戻ると、視線を合わせることなくぶっきらぼうに言う。


「逆に気ィ遣うんだよコノヤロー。良いから食え」
「……あ…ありがとうございます…」


陽はまさか銀時がそんなことをしてくれると思っていなかったのかぽかんとしたままでお礼を告げる。ゆっくりとご飯に視線を下ろしたあと、手を合わせてしっかりと「いただきます」と呟き、お椀を持つ。味噌汁を一口飲んでから再度視線を上げて万事屋の三人を見る。ご飯を食べている三人に、陽は嬉しそうに笑顔を零していた。その様子に気付いたのは新八で、


「…?どうしました?」
「幸せを噛み締めてるのです」
「そんなに腹減ってたアルか?」
「ううん。私の作ったご飯を万事屋が食べてくれてることと、万事屋と一緒に朝ご飯食べられてることに、幸せだなあって」


その言葉に偽りはないだろう、心底嬉しそうな笑顔に言葉を詰まらせる新八。昨晩確かにファンだと言われて個人情報まで知っている彼女には不気味ささえ覚えたが、純粋にこう好意を向けられると悪い気はしないものだ。
銀時もちらりと嬉しそうな陽を見たが、すぐご飯へ視線を戻して黙々と食事を続けた。


食事を終えて後片付けも進んで行う陽を見て、あまりに家庭的な姿に拍子抜けしてしまう新八。ただの怪しい女としか思っていなかったのに、こんな普遍的な姿を見せられるとギャップが生じる。加えて、向けてくる無邪気な笑顔といい、悪い人ではないのではという考えが浮かんできていた。


「ほら、さっさとこれ着て出てけ」


昼前には乾ききった制服を陽の側へ放り投げる銀時。相変わらず心変わりが無いのかと陽は制服を手に銀時を見つめる。


「私は諦めたくありません」
「いやいい加減諦めろよ」
「今私は一文無しで宿にも泊まれません」
「後払いがきく宿ぐらいなら紹介出来るぜ」
「これから働き口も見付けてお金ここに入れるので何とかなりませんでしょうか…!!」
「なりません」


銀時は表情一つ変えずに即答すると、陽の腕を引っ張って立たせる。腕を掴まれていることにドキドキしている陽を連れて、そのまま玄関から外へと追い出した。目の前でぴしゃりと閉められた引き戸に、陽は漸く状況を理解出来たようだ。銀時の温もりにときめいている場合ではない。


「銀さん!私諦めませんからね!! ずっとここにいますからねー!!」


その大きな声は勿論安っぽい引き戸の向こう側で銀時も聞こえていたが、答えることなく事務所へと戻った。神楽と新八がその様子を見て声をかける。


「銀さん、なんか強引すぎませんか?」
「せっかくなら昼も陽のご飯食べたかったアル」
「何お前らメシだけで絆されてんの!チョロすぎだろーが!」


不満げな様子の二人に何故自分が悪者扱いされなければいけないのかと銀時も不満げであった。新八に至っては陽の奇行に一緒に怪しんでいたというのに。新八は少し気になるのか玄関の方へ視線を向けたが、今日は良い天気だし体調を崩す心配もないし何れ諦めてくれるだろうと踏んだ。銀時も同じようなことを考えていた。

しかしそんな男二人の予想はあっさりと覆される。



「じゃあ銀さん、また明日」
「おー」


空が暗くなった頃に新八は家へ帰るため身支度を整えて銀時へ声をかける。ひらりと無造作に手を上げるだけで視線も寄越さない銀時。いつも通りの光景である。新八は草履を履いて引き戸を開けて、ふと視界の端に入ったものを見た。


「……………」


ぴしゃっとそのまま引き戸を横へと戻して閉める。新八は引き戸に手を持ってきた状態のまま一人玄関でたっぷり5秒は固まっていたが、漸く草履を脱ぐと事務所へ足早に戻った。


「ちょっと銀さん!! 陽さんまだいましたけど!!」


新八が見たものは引き戸の横で壁に寄り掛かるように座りこみ寝息をたてていた陽であった。
まさか日も落ちたというのに未だに居座っていたことには驚愕であり、彼女が寝ているのを良い事に逃げてきてしまった。鼻をほじりながらジャンプを読んでいた銀時も、新八の言葉を聞くなりぎょっとした表情を見せる。

銀時も連れ立って玄関に戻って引き戸をそっと開けて確認すると、幻でも見間違いでもなく確かにそこには陽がいた。短いスカートからは足が曝け出されており、見るからに寒そうである。彼女は平然と寝てはいるが…このまま放置したら風邪をひいてしまうのではないか。彼女が勝手にしていることではあるが、強引に追い出した手前何故か銀時も責任を感じずにはいられない。


「ど……どうするんですかこれ…」
「どうするったってなぁ…」
「また中に入れますか?」
「いや、そうしたらコイツ調子乗るだろ」


粘れば家に入れてもらえると彼女に判断されるのは銀時として宜しくなかった。陽に対して冷たいような気がする新八だが、新八が何かを言う前に銀時が「仕方ねーな」と呟きながら家へと戻った。放置するつもりではないだろうと最後の言葉で判断した新八は、彼が何をしに行くのかと様子を見ている。と、銀時がいつも着ている白の着物を手に戻ってきた。いつも同じ格好なので分かってはいたが、予備の一枚を持ってきたらしい。銀時はそのまま膝を抱えるようにして眠っている陽に着物をかけてやる。


「よし」
「『よし』って…これだけ!?」
「何言ってんの、早く消え去ってほしい相手にここまでしてやる銀さんの優しさ褒めてほしいぐらいだわ」
「だって…!」
「いいからお前も早く帰れ」


“しっしっ”と邪魔者を除けるように手を払う銀時にそれ以上は言わせてもらえず、新八は昼間のように不満げな表情を浮かべながら家路についた。



─ 続 ─


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