この世界に来てから体験出来ないようなことばかりが起きている。しかしそれが全て嬉しいこととは限らない。現に今、陽は両手に手錠をかけられたまま取調室の中にいた。部屋の中央に置かれたシンプルな机と椅子。向かいに座る名前も知らない厳つい顔の隊士。せめて名前を知っている隊士ならテンションも上がったというのに、全然楽しい気分になれなかった。刀で脅してきたあの隊長がいないだけマシだと思うべきなのだろうか。


「名前は」
「常磐陽です…」
「どこから来た」
「えーっと……東京、です」
「とうきょう?聞いたことねぇな」
「もうそのくだりやったので良いです…」
「今の住所は」
「住まいはありません…」
「仕事は」
「以前はコンビニとかでアルバイトをしてましたが…ここに来てからは無職ですね…はい」


素直に質問に答えていったあと、覚悟していた質問がやってきた。


「何であんなことしたの」


何でも何も。
陽は勢いよく立ち上がる。


「私行くところが無いんです!帰るところが無いんです!途方に暮れてたところを助けてくれたのがあそこの家で!偶然にも私の大好きな人が住んでるところで!もうこれはここに住むっきゃないだろって思うじゃないっすか!!」
「外にいたってことは断られたんだろ?」
「う…そ、そこはまだ交渉中でして…」
「交渉中で一日中そこに居座るわけね。結局ストーカーだな」
「まだそこまで悪質な存在にはなってないですよ!多分!」


モブに問い詰められても何も楽しくない。真選組の屯所にいるはずなのに見知った面子が出てこないとはどういうことなのか。銀時とのくだりといい、何もかもが二次創作の流れと違う。本来わりと普通に、もしくは多少のいざこざの末に万事屋に置いてもらえる流れではないのか。真選組が出るのなら早々に近藤・土方・沖田が出てくるものではないのか。
銀時にはとことん拒絶され、家の前で一日居座ることになり、終いには誰かにストーカー扱いされ通報され、真選組に刀を突きつけられた挙げ句捕らえられ、モブ隊士に問い詰められ――散々である。

しかも、真選組に連れていかれる時に銀時が貸してくれた着物を落としてしまった。心の拠り所を失ったショックがまた陽を追い詰めてテンションを下げていった。


「反省してもうあの家には近づかないってんなら大目に見てやるぞ」
「え!? あそこに近づいちゃ駄目なんですか!? それは無理です!!」
「そこは反省しろやァァァ!!」
「だって私には頼るアテがあそこしか無いんです!! 万事屋に近付けないとなったら、私本当に孤独になっちゃいます…!」


いくら銀魂の世界といえど、よく知っている世界で知っているキャラクターも沢山いるといえど、関わりを持ったことがあるのは万事屋だけだ。他のキャラクターにとっては自分はただの他人でしかない。流石に頼ろうと思っても頼れない、近づきがたい。


「……っ」


陽はそこまで冷静に考えて、改めて自分のおかれている状況を把握する。自分は独りだ。家族も友人もおらず、自分のことを知っているのは万事屋の三人しかいない。着ている制服の所為で異質に思われ怪しまれ、こんな自分をこの町では雇ってくれるのか。面倒を見てくれるのか。何か困ったことがあったとしても、今の自分が万事屋に関わることが出来なかったら、ファンとしての楽しみ以前に――本当に孤独になってしまうのだ。こうして真選組に捕らえられても、引き取ってくれる人さえいないのだ。

突然に感じた孤立感に陽は言いようのない恐怖を覚え、自然と涙を零していた。陽自身は無意識故に気付かないが、それを目の当たりにした隊士の方がギョッとしていた。そんな隊士に気付いていないのか、陽は力が抜け落ちたかのように椅子に腰かける。


「もういいです……いっそ殺してください…」
「は!?」
「大好きな人と会えただけで悔いはない…って言ったら嘘になるけど…多分、あの人たちに会えたのが私の人生ピークだったんです……これ以上あの人達に関われないならこの世界で生きてく意味も無いので…」

「独りで生きてく方が辛いです……」


現実では早く一人立ちしたいと思っていたくせに。実際は親戚に助けてもらわなければ学校にさえ通えなかったはずだ。学校に友人がいなければ笑って過ごすことは出来なかったはずだ。結局、独りで生きていくことが出来ない程、自分は弱いのだ。


「どうかなるべく痛みを感じないようひと思いにお願いします…」
「……」


ぼろぼろと涙を流す陽に困り果てた隊士が後ろへと振り返る。隊士の背後の壁には大きな窓があるのだが、そこは特殊ガラスで覆われており、取調室の外からだけ中の様子が見えるような仕組みになっていた。隊士がそちらを見るということは、取り調べを聞いている者が他にもいるということ。

暫くして、がちゃ、とドアが開く音がする。


「とりあえずさァ、可哀想だから手錠とってあげよう?」
「いいんですか?」
「まぁ見張りいれば逃げられないでしょ」


聞き慣れた声に陽が顔を上げると、先程まで室内にはいなかったはずの真選組局長の近藤がそこにいた。緩やかに笑みを浮かべる近藤を見て、思わず目を見開く。驚きで涙が引っ込んだものの、頬にその痕を残したままの陽をちらりと見た近藤は、近づいて腰を折る。伸ばされた手が頭にぽんと乗せられた。


「行くところ無いんだろ?とりあえずうちの屯所にいなさい」
「……っ」


知ってはいたものの、近藤のお人好しと言われるような無差別な優しさにいざ触れると、再び視界が涙で歪んでしまう。近藤がいる限り、きっと自分が理不尽に酷い目に遭うことはない。彼はそんなことする人ではない。それをよく分かっているからこそ、漸くこの場で安心感を覚えることが出来た。


「おい近藤さん、甘過ぎやしねーか?」
「まぁまぁトシ。まだ若い女の子だから」
「!!」


次いで取調室に入ってきたのは土方だった。ずっとモブしかいないと思っていたのに、まさか自分の取り調べの様子を局長と副長が見ていただなんて。納得のいかなそうな顔でいる土方だが、彼は最終的には近藤に従う男だ。仕方が無さそうに溜息を吐く姿も、様になっている。漫画で見た通りの二枚目であった。

ああ、漸く二次創作っぽくなってきた気がする。
陽の異世界生活に少しだけ光が見えてきたようだ。



▼△▼



「とりあえず今日はここで寝ろ」


モブの隊士より簡単に屯所を案内されたあと、土方に用意された部屋へと連れられた。何も置いていないこじんまりとした畳を敷いた一室である。しかしここ最近ソファで寝たり野宿していた陽にとってはとてつもなく有り難いおもてなしを受けた気分であった。牢屋に入れられる覚悟もしていたからだ。


「へ、部屋を用意していただけるなんて……!ありがとうございます…っ」
「男しかいねー屯所で隊士の部屋に放り込むわけにいかねーだけだ。言っとくが部屋はあっても廊下では一人見張りの隊士配置させるからな」
「嬉しいです!一人は寂しいのでお話相手がいてくれると!」
「見張りのためだからな!!」


軟禁状態であるという自覚が無いのだろうか。先程の涙を流し「殺してくれ」と言いだした女と同一人物だとは思えない。そこまで考えて土方はハッとする。


「お前まさか、演技じゃねーだろうな…?」
「…え?演技?」
「女の涙に近藤さんがすこぶる弱いと知って泣いたフリしたっつーなら…」
「え!?」


目つきを鋭くさせて刀に手をかける土方に陽はさっと顔を青くする。すっかり命の危機から逃れたのかと思っていたのに、突然状況が変わってしまうから付いて行けない。陽は土方が何を考えているか理解すると、慌てて両手を横に振った。


「私あの時近藤さんや土方さんが取り調べ見てるなんて知りませんでしたよ!それに泣いたフリなんて出来ません!」
「言うだけなら簡単だ」
「私誰にも信用してもらえない辛い!!」


未だに敵意を見せる土方には流石に恐怖を感じる。あの副長に狙われれば命など有りはしないだろう。数歩後退りをしてから尻もちをついた陽は、ごくりと息を呑みこんで姿勢を正した。正座した足の上に両手を置いて口を開く。


「…まだこの世界でやり残したことはあったけど…どうせこのまま捕まったままなら生きていく意味がないのも同然ですし……あの時殺してほしいって言ったのは本心ですよ」
「……そうか。なら覚悟決めろ」


刀を鞘から抜いた土方が、陽の首元へ切っ先を向ける。目の前で鋭く光る刀を見下ろした陽に何も言わず、土方が腕を振り上げる。迫ってくる刀に陽は静かに目を閉じた。風を切る音と、僅かに感じる空気の震え。陽が再び目を開けると、刀は先程のように首元の寸前で止まっていた。
動揺一つ見せず、抵抗せずにいた陽に、彼女の覚悟が本物だと土方も感じ取る。


「――私ね、家族が皆天国にいるんです。ここで死んだら、私も会いに行けるかなって思ったんですが」


ああ、そうか。だからそこまで“死”に抵抗が無いのか。帰るところが無いのも、孤独になってしまうと涙を流したのも、嘘ではないらしい。
土方は刀を鞘に収めながら陽の言葉に対して「知るか」と吐き捨てた。だが陽は彼の素っ気ない態度を気に留める様子もなく、小さく笑みを零す。その反応は予想外で思わず訝しげに眉を寄せた。


「なんだ」
「いえ、土方さんって本当に近藤さんのこと慕ってるんだなって思いまして」
「あぁ?」


出会ったばかりのくせに何を知っているのかと眉間の皺を増やす。


「だって、近藤さんの好意を無下にしたんじゃないかって思ってすぐに怒りを露わにするんですもん。汚れ役とか嫌われ役を買って出るのも近藤さんのためなんだよなあって思うと」
「………、」


出会って間もない何歳も年下の少女に全てを見透かされているようであった。気味悪さやむず痒い感覚を覚え微妙な表情を浮かべていたが、陽は気付いていないのか少し寂しさを交えた笑みを浮かべ視線を落とした。


「いいなあ、私もそういう人の傍にいたいです」
「――…」


ああ、そういう人の傍にいたくて、ストーカー紛いのことをしていたのか。



─ 続 ─


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