「銀ちゃーん、これ外に落ちてた」


神楽の声にソファに寝転がっていた銀時が視線を向けると、外から帰って来たらしい神楽の手には見慣れた白い着物があった。外に落ちていた――という言葉に、思わず上体を起こす。


「あの女は?」
「陽?いなかったネ。うんこでもしてるんじゃないアルか」
「……」


意地でも自分に返そうとしなかった着物を置いて、彼女がどこかへ行くだろうか。用をたすことがあれど、あの彼女であればずっと肌身離さず持っていそうなものなのに。
神楽から着物を受け取り、まぁ戻って来たことは良しとしようと思い至る。

その後少し時間を置いて買い物に出てていた新八が帰って来た。「あれ?陽さん家に入れたんじゃないんですか…?」と不思議そうな表情を浮かべる新八に、彼女がまだ家の前に戻ってきていないということを察する。
――否、戻ってこなくて全然良いのだが。万々歳なのだが。しかしあれだけ粘っていて諦める様子もなかった彼女が、嬉しそうに抱き込んでいた自分の着物を放置してどこかへ消えてしまうということに違和感を覚えずにはいられなかった。

きっとどこか良い住処を見つけたのだろう。
そう結論付け、それを確認だけでもすれば何も心配事は無くなると考え、銀時は徐に町へと出向いたのであった。



▼△▼



「………」


用意された一室で横になって天井と睨めっこしていた陽は、手持無沙汰であるこの状況に落ち着かなかった。今までは学校・バイト・家事と何かしらに時間を奪われて自分の自由時間など僅かなものだった。今は時間が有り余るけれど、趣味の漫画も無ければパソコンも無い。携帯はネットが見られないので意味が無い。何もやることがない。
陽には性に合わなかった。

むくりと体を起こし、襖を開ける。見張りをしていた隊士がこちらに視線を寄越したので、顔をひょっこりと出した状態で問いかけた。


「何か手伝えることはありませんか」
「…は?」
「働かせてください!! 暇で死んでしまいそうです!!」


最初戸惑っていた隊士も陽の勢いに押され、上司に相談すると言ってその場を離れた。そもそも見張りである隊士がその場を離れるべきではないのだろうが、陽は逃げるつもりだったわけではないので大人しく部屋で待っていた。
暫くすると土方がやって来たので、陽は正座して彼を出迎える。


「ここの手伝いしても何の得もねえぞ?」
「そのくだりも散々やったのでもう良いです!ただ私が体動かしたいだけなので!」
「……何が出来る」
「炊事洗濯掃除何でも!!」


挙手してアピールする陽に、土方は少しだけ思案した様子を見せた。


そうして連れてこられたのは台所だった。隊士の人数が多いからか一般家庭よりも規模のある台所には、大きな鍋や籠などが用意されている。土方から何人分用意するのか、使って良い食材を確認してから制服の上着を脱いでワイシャツの袖を折って捲った。今までは数人分しか用意したことがなかったご飯も、何十人もとなると苦労しそうだが、遣り甲斐はある。

今まで隊士の中から炊事係を決めて当番制にしていたらしいが、男が作るものなど高が知れている。掃除や洗濯を任せても良かったが、体力仕事になりそうなのでそれこそ隊士に訓練も兼ねてやらせるべきと判断し、土方は炊事を陽に任せたらしい。


「…何か手伝うか?」


台所の隅で見張りとして様子を見ていた隊士に声をかけられて、陽は笑顔で頷く。女と触れあう機会が少ない隊士としては陽と料理を用意するということにさえ少し気分が浮上していた。陽にてきぱきと指示され、簡単な作業を手伝っていく。
人数が多い分時間がかかったものの、普段食卓に出すレベルの昼食を用意することが出来た。


「…美味い!!」


陽の用意した昼食は隊士たちに概ね好評だった。普段相当質素なご飯を食べていたのだろう、用意された数種類のおかずを見ただけで瞳を輝かせていた男たちが、口を揃えて料理を褒めてくれる。陽は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「そうか、陽ちゃんが用意してくれたのか。手伝いまでしてもらって悪いな」
「いえ!好きでやってることなので!他にも何かあったら手伝わせてください」


近藤にも笑顔で声をかけられ、危機から救い出してくれた恩人からの言葉に思わず笑顔で応える。土方が慕うのも分かるぐらい、人の好い近藤には陽も懐いていた。近藤に感謝されるのは素直に嬉しかった。
そのまま陽はふと少し離れた斜め向かいの席にいる沖田を見やる。未だに会話したことがない真選組メインキャラクターの一人。そして実は陽にとって銀時に次いで好きなキャラクターであった。味噌汁を啜る沖田は陽の視線に気付いたのかお椀に口をつけながら陽を見る。視線がかち合うと陽は恥ずかしさで視線を逸らした。


「こんな美味いメシが食えるなら女中この子にしちゃえばいいじゃないですか」
「そうですよ局長!」
「おいお前ら、一応こいつは拘留人だってこと忘れんじゃねーぞ」


隊士たちからの言葉に土方が釘をさすが、彼の手元にある大量のマヨネーズのせいで威厳は台無しである。陽は思った通りのマヨラーである土方には特に驚きも見せず、隊士たちの言葉に首を傾げた。


「女中?」
「ああ、いや実はな、最近女中を雇おうかって話が出てたとこだったんだ。毎食のご飯の用意の他に洗濯と大まかな掃除なんかも住み込みでやってくれる人をな」
「住み込み…」
「陽ちゃんさえもし良ければ考えてみてくれ」


近藤から説明を受けて、曖昧に頷く。仕事をもらえるのは大歓迎だったが、住み込みとなると話が別だ。それでは万事屋に住むことが出来なくなってしまう。否、現段階で銀時から許可は貰えていないのだけど。真選組に住み込みだなんて、なんとまあ二次創作的展開だろうか。真選組推しのファンなら即座に頷くところだ。

だけど、陽にとっての一番は、あくまで銀時だ。
どれだけ冷たくされても、他の人が優しくしてくれても、ここ数日でそれが揺らぐことは全く無かった。


「近藤さん、女中女中って騒いでるけど別に家事やってくれりゃ女の必要ないんじゃねーの」


どこか聞き覚えのある声が聞こえて視線を向けると、少し離れた位置に座っていた――自分を捕えた隊の隊長である赤髪の少年がそこにいた。今朝見た時と違って額に布を巻きつけてはいないが、あの小柄な体躯といい間違いない。
陽が絶句しているとも露知らず、近藤は彼の問いかけに笑顔を返した。


「ただでさえムサいとこだから花があった方が隊士の士気も上がるだろ?」
「俺は下がる」
「お前も少しは女に慣れた方いいぞ?凹助」


ぼこすけ?

近藤から発せられた名前のような単語に陽は思わず近藤を凝視する。名前と確信を持てないのはあまりに名前として使われないような単語が混ざっていたからだ。
近藤は陽の視線に気付いたのか一度視線を合わせると、にこやかに彼を紹介してくれた。


「あいつは藤堂凹助。真選組最年少にして八番隊の隊長を務めてる。小柄だが腕は確かだぞ」
(あだ名とかじゃなくて本名なんだ……)


最年少で隊長だとかそんなステータスなどどうでもよく感じてしまうほど彼女にとっては名前の衝撃が大きかった。今朝刀を向けられた恐怖も忘れて藤堂を見つめていると、彼は忌々しげに視線を寄越してくる。


「何が言いてェ」
「いえ何も……」


いつか名前の由来を聞こうと密かに決意する陽がいた。



─ 続 ─


藤堂「あまり出張んねェよう頑張りまーす」

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