普段には無い賑やかな食事が終わると陽は自ら食器の片付けを行い、その後も掃除と洗濯を進んで行いだし、とても通報されるような少女とは思えない働きぶりに隊士たちは感心さえしていた。何より料理上手で愛嬌がある陽に、皆可愛い妹が出来た気分で頬は緩むばかり。見張りというのも建前のようになっていて、陽に付く者は他愛ない談笑をして盛り上がったり普段なら嫌々行う掃除洗濯さえ喜んで手伝ってやっていた。
土方は頭を抱えたが、陽も逃げ出さないし隊士もやる気を出しているので煩く言うこともなかった。


「陽ちゃん良い子だなあ、本当にうちで働く気ないかな」
「近藤さんまで……」
「だってトシ、お前も嬉しいだろ?ご飯は美味しいし、あの子が家事してくれた分俺たちは仕事に集中できるわけだからな」
「集中すればの話だがな」


中庭を挟んだ向こう側で廊下の雑巾がけをしている陽を見守る近藤と、その横で煙草を吹かす土方。陽がいることで屯所は和やかな空気になり普段の楽しみを見つけたように隊士は浮かれている。やる気が出るのは良いことだが、浮かれすぎて仕事が疎かになってしまいそうなのが土方の危惧するところだった。だからといって一応拘留人なのに処遇も決めずに屯所から追い出すわけにもいかないし、引き取り手がいれば良いのだが陽の言動からして身寄りが無い状態だ。攘夷浪士との疑いもあったが結局はただのストーカーだったので、すぐに話が終わるはずだったのに……予想とは違う方向でややこしいことになっていた。
頭が痛くなって思わずこめかみに指をあてていると、後ろを通り過ぎる人物に気付いて振り向いた。


「どこ行く総悟」
「どこって、噂のストーカーのもとに。俺の見張りの番なんで」
「あ?隊長クラスは見張り番に入れてねーだろ」
「さてそうでしたっけ」


ひらりと手を上げるだけで土方の問いを適当に流した沖田が陽のもとへと向かう。どうやら自分の仕事を誰かに押しつけて当番を代わらせたようだ。腐っても一番隊隊長なので彼に脅されれば従わざるを得ないだろう。また勝手しやがって、とため息を零したが…奴でも興味を持つ女なのかと改めて陽を見やった。



▼△▼



「すいません、雑巾がけ終わったから休憩し――」


陽が掃除を終わらせ意気揚々と見張りの隊士へ声をかけようとした時、異変に気付いて言葉を失う。歩み寄っていた足も止まり、一瞬呼吸をすることも忘れてしまう。今まで見張りとして居たはずだが、なんやかんや掃除を手伝ってくれていた平隊士が、一番隊隊長の沖田総悟に変わっているからだ。驚愕の表情で固まったままの陽に、沖田が声をかける。


「何でィその反応は。俺が見張りじゃ不満だってのかィ」
「滅相もない!! だ、だって関われる機会なんて早々無いと思っていたので…!! 私の見張りってモブだけじゃないんですか…!?」
「ただの暇つぶし」


そう言われると妙に納得したような気もする。いつも昼寝をしてるイメージなのだが…見張りなどせず昼寝していればいいのに。否、陽としては嬉しいことこの上ないのだが。だが心の準備が全く出来ていなかった。なんせ目の前にいる男は自分史上二番目に好きなキャラクターである。銀時の比ではないが、彼のことも大好きでお気に入りのキャラクター。まともに目を合わすことでさえ心臓に悪かったのに。


「俺ァ掃除やらの手伝いはしねーから。お前が俺に付き合えよ」
「え?付き合う?え?見張りなのでは」
「見張りは側にいねーといけねーだろ、だから俺の側を離れるなって言ってんでィ」
(流石自由だな…!!)


ズボンのポケットに手を突っ込み歩きだす沖田に、雑巾とバケツを手に追いかける。すると「それは片付けろよ」と言われたのですぐに片付けて手を洗う。いったいどこに向かっているのかと思えば屯所の外に出ようとしていた。


「え!? そ、外に出て良いんですか!?」
「お前が逃げ出さなきゃいい話だろ」
「ま、まぁ逃げませんけど……」
「まず俺から逃げられると思えんのか」
「微塵も思えません」


刀で斬られるか、バズーカをぶっ放されるか…どちらにしても一般人の陽では耐えられまい。無表情のままの沖田がどこまで冗談を言っているのか分かりかねるが、彼ならば本気で始末しに来ることも想像ついたので背筋が凍りそうだった。もっと二次創作的な展開になってほしいと願わずにはいられない陽であった。


「あ、外に出るのでしたら…」
「?」


あることを思い付いて立ち止まった陽に、沖田が振り向く。


「ご飯の買い出ししてもいいですか?さっき材料が少なめなのが気になっていたんです」
「……」


拘留人とは思えない程すっかり屯所に馴染んでいる陽に沖田は静かに頷いた。


「すっかりうちの女中だな」
「え?」
「拘留人の肩書きよりァまだ良いんじゃねぇか?せいぜいコキ使われるこった」


沖田が最初何が言いたいのかを理解出来ず瞬きを繰り返していた陽だが、「違いますよ」と手を横に振る。歩きだそうとした沖田はその言葉に動きを止め、再度彼女へ視線を向けた。


「無職なので仕事をいただけるのは凄く有り難いんですけど…私住みたい場所があるんです。住み込みで働くことは難しいかなって思ってて」
「……まさかその住みたい場所が居座ってた家か」
「そうです、そこに私の大好きな人がいるんです!万事屋銀ちゃんってとこ、知ってますか?」


静かに首を横に振る沖田に、どうやら真選組がまだ銀時たちと出会う前…原作で言うだいぶ初期の頃にトリップしてきたようだ、と陽は内心で考える。原作では銀時たちと出会ってからの真選組しか知らないので、その前に出会えたことはある意味ラッキーかもしれないと思えた。通報され捕まったのだが、だいぶポジティブである。


「ストーカーと通報されてる限り一応家に近付けるわけにゃいかねぇんだが」
「うーん、そこが困りどころなんですよねぇ…いっそ真選組として関わる方が良いのかなと思えてきました」


真選組にいればこれから万事屋と関わることも出てくるだろう。しかし真選組の出てこない話ではまるで銀時たちと関われない。原作にはない真選組を知ることが出来るかもしれないが、それならば原作にはない銀時を知りたいのである。出来る限り銀時を見ていたいのである。ただその銀時に許しを貰えないとなると、家もない自分はここで女中をやることが折衷案として良いのかもしれない、と真選組ファンに怒られてしまいそうな失礼なことを考えていた。


「……」


銀時は今頃どうしているだろう。突然自分がいなくなって、きっと新八は心配してくれるだろう。もしくは諦めたのだろうと判断するかもしれない。神楽にはそこまで興味を示してもらえなさそうだ。銀時は――自分が諦めたと踏んで、喜んでいるだろうか。安堵しているのだろうか。
諦めたくない。
また顔を見せてぎゃふんと言わせてやりたい。嫌そうな表情を浮かべられたとしても、自分がどれだけ本気なのかを理解してほしい。そして出来ることなら――あの三人を、傍で見守っていたい。

万事屋を思い出して本人が意識しないうちに寂しそうな表情を浮かべていたことに、沖田は気付いていた。



─ 続 ─


短い…。次回は今回の1.5倍ぐらいあります←

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