屯所を出てから行く当ても決めずに歩く沖田の一歩後ろで辺りを見渡しながら付いて行く陽。挙動不審の彼女をちらりと見て、彼女の身に纏う見慣れない衣服に江戸に住む人間ではないのだろうと予想はしていた。ストーカーとして怪しまれる一因でもあった格好だ。確か取り調べの調書を見た限り“とうきょう”という場所から来たそうな。


「お前の住む“とうきょう”とそんなに違ェのか」


声をかけると陽は沖田を見て一瞬きょとんとした顔をする。何故それを知っているのかという表情だが、沖田ぐらいの幹部であれば情報がいってて当然かと自分で解決させ、彼女は笑顔を浮かべた。


「違いますね。建物も文化も暮らしも人も」
「へェ…」
「私の住むところは天人なんていないんですよ。刀を持ち歩く人なんて誰もいないし」
「警察もか」
「はい。警棒とか銃とか持ってると思います。刀は歴史的文化みたいなもので、飾られたり特別な見せ物として使うぐらいですね。人を斬ることはないです」


その後、町がどう違うか、どういった衣服が主流なのかと、訊いてもいないのに陽からどんどんと“とうきょう”との違いを説明された。しかし沖田にとってもその話はまるで作り話のようで、共通するところもあるのにまるで別世界のような聞いたこともない話に飽きることはなかった。始終無表情なので陽には伝わっていないが。


「で、おめーはそんな遠くからどうしてここに来たって?」
「え?いや…知らないうちに」
「拉致でもされたか」
「え!? そんなヤバい感じじゃないと思うんですけど…いやでも異世界トリップってなるとヤバい感じか…」
「……」


独り言を呟く彼女の口から出てきた単語に沖田は足を止めて振り向く。“異世界”などと真面目な顔をして宣うとは。なるほど確かにこれは怪しさで捕まってもおかしくはない。


「おい、頭のネジ一本外れてんぜお前、どこ落としたんでィ」
「え?……あっ異世界とか言っちゃった。ただでさえ怪しまれてるのに更に怪しまれる…!」
「そーいう自覚だけはあんだな」
「ここ数日で学ばされました」


最初「しまった」という顔で口元を抑えて己の失言に後悔していた様子の陽だったが、反応の薄い沖田に陽も怪しい者扱いされることに慣れてきたのか開き直ることにした。元から嘘をつくのが苦手で隠し事も得意ではない。下手に隠している方が怪しまれる気がしたので、もう口を滑らせてしまったし包み隠さず話してしまおうと思ったようだ。何より自分が隠し通せる自信がないしストレスであった。


「いやね、そもそも皆私のこと怪しい怪しい言ってますけど、天人の方がよっぽどヤバい生物だと思いませんか」
「は」
「江戸に天人が来た時の衝撃は想像するに凄かったと思うんですよね、見た目もステータスも違う人間じゃない喋る生物がこの世にいるなんて思いました?この星が青くて丸かったこととか、他にも星があって生活してる宇宙人がいるなんて想像しました?」
「さぁな。俺が生まれた時には天人が世に蔓延ってたもんで」
「あ、そっか」


沖田の言葉で陽は漫画の初期の内容を思い出す。確か天人がやってきたのは20年前だったはず。18歳の沖田にはその衝撃は分からないだろうとすぐに納得したが、だからと言ってここで話を終わらせることはしない。


「でも、江戸の人たちにとってのそんな衝撃的な事実があったんです。これからだってそういうことが起きる可能性だってありますよね?異世界から人がやってくる可能性だってあると思うんですよね。実際私だって驚いてんですから、ここに来てることに!」


陽は言いたいことを言って満足したのか、やりきった表情でこちらを見ている。相変わらず無表情で話を聞いていた沖田はそんな陽をじっと見つめていた。端正な顔立ちであり好きなキャラクターである沖田に見つめられている状況に陽が恥ずかしさを覚え始めた頃、沖田の表情がふっと緩む。


「ま、違いねぇな」
「…え」
「いいぜィ、お前がそこまで言うんなら認めてやるよ異世界人」
「ほ…ほんとですか!?」
「別に俺が認めても拘留が解けるわけじゃねぇから――」


「な」と言葉を続けようとしたが、一度逸らした視線を彼女に戻して口を閉ざしてしまった。彼女が予想以上の嬉しそうな表情で笑っており「それでも嬉しいです」と語ったのだ。


「誰にも信じてもらえないし、頼るアテもないし、あっても追い返されるだけだし……確かに身元も所在も分からない私みたいな怪しい奴の言うこと、信じてくれる方が珍しいんですよね。そこでまさか沖田さんが信じてくださるとは思わなかったんですけど」

「でも、特に沖田さんに信じてもらえるのは嬉しいなって」
「……何でィそりゃァ」


締まりのない笑顔を浮かべる陽はやはりどこか日本語がおかしい。つまり信じてもらえるとは思わなかった自分が信じてくれたから特に嬉しい、ということだろうか。今まで会話もしたことがなかったというのに自分の何を知っているのだろう。頭の中で幾つか予想をたてつつ訊ねると、陽からは思ったよりも短い返事が返って来た。


「沖田さんのこと大好きなので!!」


「――あ、ごめんなさい、でも二番目にって話なんですが…」
「……」


なるほど。異世界云々以前にネジが外れた変な女であることに違いはないらしい。
さてどういう反応を返すのが正解だろうかと一瞬思案する。告白なのかよく分からない告白に照れるのは負けたように感じるし二番目だと言われ嬉しいわけもない。そもそも本気だと言われても気持ちに応える気が皆無なので面倒なだけである。そしてツッコミを入れるのも、リズム的に合わない。この沈黙を打ち破る一言は何だろうか。


「でも沖田さんのお望みを精一杯叶えたいぐらいには大好きですよ!」


笑顔の陽の深くは考えていないだろう発言に、沖田はニヤリと笑った。


「へぇ?じゃあお前、俺の奴隷になれるんだな?」
「え」
「俺の言うこと聞くんだろ?」


沖田の思わぬ発言に陽は表情を一変しぽかんとする。瞬きを繰り返しながら含み笑いを浮かべる沖田の表情が格好良いと思いながら、足りない頭で必死に考えた。まだ本性を露わにしていないが、サディスティック星の王子と謂われたドSの男:沖田だ。彼の奴隷になるということは――さてどれ程恐ろしい目に遭うのか。どんな命令を下されるのか。とりあえず土方のような命の危険に遭うようなことはないだろう。命を狙う相手に奴隷を命じることはないはずだ。とりあえずパシリぐらいであれば金銭が用意出来れば喜んでパシられる気はある。
必死に考える陽は、“望みを叶えたい”から“言う事を聞く”という少し違ったニュアンスに変えられていることには全く気付いていないようだ。
奴隷になれるのかという問いに、普通なら断るところだろうと沖田自身冷静に考える。自分がいないと生きていけないぐらいに躾けているならばまだしも。やっぱネジ外れてるな、と思っていた頃、陽が決意した顔で勢いよく挙手する。


「なれます!」


なれるのか。

面白半分で言ったことだったので思わぬところで奴隷が手に入った沖田。脳内ではゲームでアイテムが手に入った時に流れるBGMが再生される。こんなネジの外れた家事しか取り柄のないだろう異世界人を語る女を奴隷にして、何のメリットがあるのかいささか謎であったが。


「じゃあ土方さん殺せよ」
「え!? 突然ハイレベルな命令ですね…!! 無理ですよ私のが殺されます!!」
「んじゃ土方さんのチ○コ握りつぶしてこい」
「触ったこともないのに手に力が入る気がしません!!」


というか全て土方さん関連なんて無理がある!!
陽なりに決意して奴隷になれると宣言したのに、全然自分が叶えられそうな命令が出てこないことに涙目になってきた。そのうえ沖田からも蔑んだ表情を向けられ「結局口だけかよ、異世界から来たのも俺が好きなのも嘘なんじゃねえかい?」と問い詰められると、流石に何かしてみせたいという想いが強くなる。折角異世界から来たことを信じてくれたのに、そのうえ自分の好意も冗談で終わらせられてしまうなんて。銀時のこともある手前それは避けたかった。


「私戦闘スキルとかそういうのは無いので…!! も、もっと何か平和的な……肩揉みでもしましょうか…!?」
「つまんねェ」
(つまんねェ!?)


沖田を面白がらせることをしないといけないのか、と陽は更に頭を悩ませる。ギャグセンスが無いので中々プレッシャーのかかるお題を出された気分であったが、そんな陽の悩みは一瞬で消え去ることになる。何か思いついた様子の沖田が無表情で陽を見て、とんでもない発言をしたから。


「じゃあ俺に口付けてみせろよ」


陽は今までにないアホ面を沖田に晒したことだろう。沖田にとっても冗談で言ったことなので陽のそのアホ面を見て最早満足であったが、次いで顔を真っ赤に染めて目に見えて狼狽える陽に、ここからどう反応を見せるのかとサディズムの血が僅かに騒ぎだす。


「え、と…あの……は、はじめてなんですが…」
「へぇ……で?」
「ッ!! は、初めてを捧げたい人が…いるのです…が…!!」
「あぁ、二番目なんだっけ?俺は。そりゃあ一番目のために残すもん残しときてーよなァ」
「……!!!」


ここで軽々と口付けてくるような軽い女なら沖田としても遠ざけたいぐらい鬱陶しいだけだ。しかし一番目の男のために家の前に居座りストーカー呼ばわりされてもめげずにいた程だ。陽がどれ程その男を好いているかは何となく分かる。一番目に全てを捧げたいだろうに、奴隷宣言した手前何とか命令を聞こうとしているのか葛藤している陽に内心でほくそ笑む。大分楽しめたことだし、元より口付けなど期待していないしお望みではないのでそろそろ解放してやろうかと、何事もなかったように「行くぞ」と声をかけて歩き出す。しかし後ろから腕を掴まれて引き止められる。足を止めて振り向けば予想通り陽がいて、視線が合うと咄嗟に掴んでしまったのだろう沖田の手を慌てて離した。沖田に触れたことさえ貴重だからかそのことに既に顔が真っ赤だ。視線を右往左往させる陽が何も言わないのに焦れを切らし、「何でィ」と訊ねる。


「…わ、私…沖田さんが私が異世界から来たこと信じてくれて、本当に嬉しかったんです」
「そりゃさっき聞いた」
「一番好きな人とファーストキスっていうのは、私の単なる我が侭であり…願いではあるんですが……」

「大好きな沖田さんが命令するのであれば、私の願いぐらい、捨てられるなって思って」


頬は未だに赤みを帯びていたが、今までにない真剣な表情と真っ直ぐ見つめてくる瞳に、彼女の本気を感じ取る。けれど視線を少し落とせばぐっと手を握り締めて震えを堪える姿も見てとれる。覚悟を決めたはずなのに震えたままの手をそのままに、陽は踵を地面から離しつま先立ちになるようにしてこちらへと顔を近付けてきた。

――そこで脳裏を過ぎったのは、先程彼女が浮かべた寂しげな表情。



「い゙!?」


ごつん、と鈍い音をたてて陽の額に沖田の前頭部がぶつかる。これは決して陽が慣れないキスに失敗したのではなく、沖田が意図してやったことだ。訳が分からず痛む額を押さえながら沖田を見る陽だが、対しての沖田は何食わぬ表情。


「別にてめーから口付けられても俺に何のメリットもねェや」
「!? ちょっとあんまりじゃないですか…!」
「奴隷としての敬意表すんなら、口付けんのはこっちでしょうよ」


と言って差し出されたのは沖田の左手。手の甲を見せられれば、陽でもその意図はすぐに理解した。よくおとぎ話で見るような王子様がお姫様にするそれを意味していた。手の甲にキス…確かに敬意を表しているように思えるが。これって男がするものではないのか?と陽は首を傾げたくなった。しかし唇から手の甲、だいぶ難易度が下がった。二番目に好きとはいえ突然の展開から拍子抜けしたような、ホッとしたような…――
唇へのキスを覚悟していた陽にとって手の甲はそこまでの抵抗も感じず、ただただ疑問ともやもやとした気持ちを抱いたまま、沖田の手を恐る恐る握り唇を落としたのだった。



─ 続 ─


上手く区切れなかった。あと沖田に「キス」と言わせるのは違う気がするがしっくりくる言い方が思いつかない。

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