その後沖田に連れられた幾つかの店で陽も食料調達を済ませる。普通なら買ったものを男が持ってくれるだろうが、陽もそれは一瞬考えたが、沖田は全くそんな素振りを見せない。
そもそも奴隷に手を貸してくれるわけはないか、と陽は早々に諦めた。持てない量ではないし、陽も決して甘えたかったわけではない。つくづく自分は普通に扱ってもらえないのだなあと思うだけだった。

そして次に沖田が立ち寄ったのは甘味屋だった。買った食糧にはすぐに冷やさなければいけないものも無いし、大丈夫かと陽は甘味屋の看板を見上げながら自分で結論づける。


「オヤジ、団子と茶」


簡単に注文を済ませると、店の前にある長椅子に腰掛ける沖田。どうしていいのか分からず棒立ちしたまま様子を見ていると、「何してんでィ、さっさと座れよ」とお許しが出たので少しだけ距離を置いて沖田の隣りに腰を下ろした。

暫くして沖田のもとへ注文した団子と茶が届けられる。皿にのせられた数本の三色団子のうち一本を沖田が手に取る。団子を食べる沖田を見つめながら、「あの沖田総悟の隣りにいるんだなあ」とぼんやり考えていた。


「!」


すると沖田の目がこちらへ向く。やはり視線が交わると緊張してしまうのか自然と背筋が伸びた。


「そんなにこれが食べてーか」
「え?いや…大丈夫ですよ」


団子を見せびらかされたが、陽は別に空腹で団子を見つめていたわけではない。物欲しそうな顔をした覚えもない。ただただ沖田総悟を見つめ惚けていただけなのだ。
金一銭も無い陽は恐れ多く沖田に団子をねだる発想など持つわけもなく、沖田にただ気にすることなく食べてほしくて断った。
しかし、沖田からはつまらなそうに舌打ちを返されただけ。沖田を気にかけての返答をしたつもりであった陽は何故そんなに不満そうな態度を見せられたか意味が分からなかった。


「お前まだ俺の奴隷だって自覚が足りねえらしいな」
「え!? 今どこでそんな見せ場がありましたか!?」
「奴隷なら俺を楽しませてみろよ」
「私奴隷になった覚えはあっても道化になった覚えはないんですけど!?」
「奴隷が口応えしてんじゃねえ」
「ぎゃあ!!」


一つだけ団子がささったままの串が真っ直ぐこちらへ突きつけられ、陽は反射的にそれを避ける。額に軽く刺すぐらいのつもりでいた沖田は、意外な陽の反射神経に少しだけ感心した。一方の陽は、沖田の行動に心臓を激しく打ち鳴らせた状態で、混乱する頭を必死に働かせた。


(なに!? 何が不満なの!? 何がお望みなの!? 怖いよマジで!! 沖田さんの奴隷って難しいな!! ただ命令聞いてればいいわけじゃないの!?)


そこで沖田が不満な態度を見せたきっかけを思い出す。先程は陽が団子を要らないと断ったところで舌打ちされた。ならばその逆をついて、食べたいと言えば良かったのだろうか?


「お団子食べたいです!実はめっさ食べたかったです!だって凄くもちもちしてて美味しそうだもの!本当は緑よりピンク色のが良かったけど!!」


一番上にあったために一番最初に沖田の胃袋へと消えたピンク色の団子。次いで白色が消えて、今沖田が持つ串には緑色の団子だけが残った状態だ。
陽が沖田の次の攻撃を警戒しながら勢いよく告げると、沖田は突き出した手を元の位置へ戻し


「えー」


渋るではないか。
そのまま緑色の団子を食べる沖田に、陽は愕然とする。沖田が何をしたかったのかが全く見当がつかなかった。いったいどういう返答が正解だったのか誰か教えてほしいものだ。


「そんなに欲しいんなら態度で示してみなせェ」
(め……めんどくせー…!!)


もう一本の串を手に再び嘲笑を浮かべながら見せびらかす沖田に、陽は漸く答えを見つけた。つまり物乞いをしてほしかったのだ。ドSの沖田なのだから、思えば納得のシチュエーションかもしれないが。


「……」


さて、一度団子を欲しいと言ったものの渋っていた沖田が満足する物乞いとはどれ程のものなのだろう。陽は必死に頭を働かせるが、靴を舐めるぐらいしか浮かんでこない。いくらなんでも流石に靴を舐めるのは気が引けた。沖田の素足なら歓迎だったが町中では流石に人の目もあってそれは出来ないだろう。誰も居ない場所だったら良いのか?勿論である。
…陽が脳内で考えを巡らせるだけでは、誰もツッコミ様がない。

陽は静かに長椅子から立ち上がり、沖田の足元で地面に正座する。土が足に着くことはあまり気にならなかった。そのまま地面に手を付いて頭を下げる。傍から見たらそれは土下座にしか見えなかった。
道行く人達が何事かと彼女へ視線が集中する。


「この奴隷のためにお団子を恵んでください。お願いします」


結果人の目に触れてとても良いものとは思えなかったが、頭の足りない陽は気付きはしない。そして沖田にとっては他人の視線など至極どうでもいいことだ。


「一周回って『ワン』」
(これ以上させるか!)


沖田からの更なる要求に陽は内心で文句を垂れつつも、命令には従う。これでもそう簡単な気持ちで奴隷になると明言したわけではない。
陽は四足でゆっくりとその場を一回りすると、沖田の正面で動きを止めて見上げる。感情の読みとれない冷静な顔で見下ろす彼に向って「ワン」と一吼え。


「俺が躾けた覚えもねぇのにそこまで従順じゃ逆に興醒めだな」
「何なんすか!! 何が正解か分かんないんですけど!! めんどくさいわ!!」


人が黙って従っていれば興醒めだと言われてしまい、流石の陽も黙っていられない。思わず立ち上がって声を荒げるが、沖田は悪びれる様子もなく持っていた串にささる団子を食べていた。彼…ドSにとっての楽しみとは嫌々従う姿を見ることなのだ。喜んで従われても楽しくはないのである。


「意見があるなら言えよ。いずれ――そんな意見も浮かばねえぐらい心酔させてやるから」


にやりと含みのある笑みを浮かべるその姿はとても様になっていて、陽にとってそれは格好良いとしか思えず。何だかんだやはり好きなキャラクターである。ただ先程から翻弄されてばかりなので悔しくて仕方なかったが。
沖田への萌えと苛立ちで陽は悶えるしかなかった。


「ん」
「え?……あ」


声にならない感情を抑え込んでいた陽の耳に届いたのは沖田の静かな一声。視線を向けると、沖田が新しく手にした団子が差しだされていた。一番手前にあるのは、まだ手がつけられていないのでピンク色の団子だ。
もしかして、ピンク色が食べたいという自分の気持ちを汲んでくれたのだろうか?陽にそんな考えが過ぎる。しかし沖田がそこまで優しくしてくれる理由も思い浮かばないし偶然かもしれないが、真相は沖田本人にしか分からない。

何はともあれ、団子をくれるのか。差し出されたままで食べさせてもらうのは少し羞恥心も覚えたが、意地悪ばかりの沖田が少しだけ優しさを見せてくれたようで、嬉しさが勝る。
陽は笑顔でピンク色の団子を食べた。当初食べたいとは思っていなかったが、実際食べてみると見た目通りのもちもちした感触や程良い甘みの餡子に表情が自然と綻ぶ。自然と「ありがとうございます」とお礼が口をついて出た。満足げなその表情を見ながら、沖田は答えることなく残りの団子を食べ始める。

口いっぱいに味わった団子を飲み込んでから、陽は漸く注がれる視線に気づいた。何とも言えない微妙な表情でこちらを見る店主と目が合ったのだ。そしてすぐに振り向いて道を見れば、通りがけの町の者たちが足を止め様子を見ていた。見せ物も良いところである。
しかし陽にはそれ以上の衝撃が走る。

こちらを見る者達の中、人影に隠れながらこちらを見ていた銀時を見つけたから。


「銀さんっ!!」


こちらに目もくれず真っ先に銀時へと駆け出す陽に、沖田が僅かに目を開く。そんな些細な変化に気付く者はおらず、皆駆け出す陽を自然と視線で追う。人混みを掻き分けて銀時の許へ行こうとすれば、銀時はヘルメットを被りスクーターのエンジンをかけて出発しようとしていた。逃げようとしている。
陽はそうはさせまいと素早く銀時の前に回り込み、スクーターの進路を封じた。銀時はすぐさま陽へ苛つきを全面に出した表情を向ける。


「お前の無駄に良い運動神経何なんだ!」
「また会えてよかったです…!聞いてください、私今真選組屯所に拘留されてて、引受人がいないと解放されないらしいんです!身寄りが無い私には銀さんしか頼るアテが――」
「引き取り手があって良かったなァ。随分世話になってるみてーじゃねえの、楽しく宜しくやってたじゃねーか」


銀時は沖田と陽の一部始終を見ていたらしい。陽が最終的に笑顔で団子を食べさせてもらっている姿を見れば、彼女にとって苦痛を強いられている所ではないと判断がつくのだろう。面倒で怪しい少女の体のいい受け取り先が見つかったのだ、銀時としてはもう関わる理由など無かった。


「楽しくしてるように見えましたか!? 銀さん眼科行った方が良いですって!今は真選組の人達にお世話になってるけど、私が一番傍にいたいのは銀さんなんです!!」
「知らん!そんなのお前の都合だろうが!俺にも俺の都合があんの!! 誰かの奴隷になってる女なんか俺が引き取るか!!」
「ええ!? じゃあ銀さんの奴隷にもなれば問題ないですか!? 私喜んでなりますよ!!」
「喜んで奴隷になる女がごめんだって言ってんだよコノヤロー!!」


相変わらずの話の通じない阿呆さに銀時は頭を抱えたくなるが、その暇があればここから逃げ出す方を優先する。


「お前マジでいい加減にしろよ、出るとこ出てもいいんだからな」
「もう既に捕まってます!」
「どーせストーカーとか怪しい奴だって捕まったんだろ、あってるじゃねーか」
「そ、それは…」


ストーカーになり下がったつもりはないのだが……ストーカーとはそういうものだ。異世界の服を着て家の前に居座っていればそりゃあ怪しい者と思われても致し方ないと陽本人でさえ思える。何も言い返せないでいると、銀時がにやりと笑った。


「俺はこれ以上人を置く程金の余裕も無ェし、怪しい奴置く程のお人好しでも無ェんだ。うちに住みたいってんなら宇宙戦艦でも引きつれて出直すんだな!」


言い返す言葉が無く俯く陽に隙を見つけた銀時は、素早くスクーターの向きを変えて走り出す。最後に言うことだけ言い残していった銀時を陽も追いかける気になれず、遠ざかる背中を見つめるしかなかった。
一部始終を見ていた通行人たちも興味が失せたのかそれぞれその場を立ち去って行く。そんななか沖田だけが陽の側に歩み寄った。


「…いってェどこに惚れる要素が」
「……いずれ分かります」
「別に興味無ェんだが」
「いえ、誓っても良いです、絶対あの人の良さをいずれ分かります」


何を根拠をもって、とは思ったが沖田はそれ以上彼女に問い詰める気は起きなかった。最早姿も見えない銀時が去って行った方向を見つめたままの陽は、悲しみを隠しきれない切ない表情を浮かべていたから。
すると、陽は力が抜けたようにその場にしゃがみこみ、膝に顔を埋める。


「迷惑なんですかね…何かあそこまで拒絶されるとしつこくいくのも悪い気がしてきました……」
「へぇ、諦めるのかィ?」
「遠巻きにでもあの人を見られるだけでも…今までに比べれば幸せですし……」
「お前のストーカー体質治さなきゃ拘留は解けそうにねェな」


せっかくの銀魂世界に来られて銀時と関わるのを諦めても流石に拝むことは諦めきれなかった。…否、諦めてもいいのだろうか。大好きなあの坂田銀時が紙面も液晶も挟まずに触れられる次元にいるのに、諦めて拝むだけでいいのか。それでは今までとほぼ変わりがないのではないか。せめて漫画やアニメには無かった生活を垣間見えるぐらいだろう。勿論それも嬉しいが。
だが人として迷惑をかけていることに流石に罪悪感も抱かずにはいられない。しかも大好きな人に対してと思うと…。


「出直していいって言ってたろ」
「…え?」


降りかかる声に顔をあげると、沖田はにやりと笑みを浮かべていた。


「宇宙戦艦探すしかあるめェ」


宇宙戦艦…銀魂は宇宙規模の漫画なので宇宙戦艦は探せばあるかもしれないが、そんなもの我が物に出来る程の金も力も持ち合わせていない。そもそもいくら創造上の世界といえど宇宙戦艦など早々見つかるわけがない。いったいどうしろというのか――


「………」


悶々と考えこんでいた陽が何かを見つけると、ある一点を見つめて徐に両手を使って己の目を擦った。そして再度ある一点を見つめる彼女の異変に気付き、沖田も視線の先…後ろへと振り返った。
そこで彼らが見たものとは――



─ 続 ─


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