※大したオチ無し


「………」


流石にやばいな。
私、常磐陽は、銀さんにぎゃふんと言わせるためにお金を貯めようと働きづめの毎日を送り数日……ある問題に直面していた。

それは着替えである。

自分へのお金は使わないようにしようと思っていた私でも、流石に着替えは何とか工面しないと…。下着も何日も使い回せないから、安物を買ったけれども。元の世界で着ていたままの制服はワイシャツ含めそのままだ。元からスカートやカーディガンやブレザーなんかは長期のお休みにクリーニングに出すぐらい滅多に洗濯しないけど、流石にワイシャツは毎日替えていた。
炊事洗濯掃除をやっていると汗も少なからずかくわけで、このワイシャツも汗臭くなってきた。…女子高生としてこれはまずいだろう。運動中とかでもないのに汗臭い女の子なんて嫌われてしまう。あと靴下もいい加減気持ち悪い。

けど銀魂世界って基本は着物だ。ワイシャツと靴下…売ってるのかな?



「――…って思ったけど、真選組の制服って洋服でしたね!!」


迷いながら廊下を歩いていた私は、たまたまはち合わせた土方さんの格好を見てすぐに疑問が解決した。


「人を見るなり何訳分からんこと言いだしてんだテメーは」
「あっ!これ以上近づかないでください!今私汗臭いんで!!」


一歩前に踏み出した土方さんに対して私は慌てて手を前に突き出して拒絶する。「いや俺はそこ通りてーだけなんだけど」という言葉は聞こえないふりをして、何だかんだ優しい土方さんなら教えてくれるだろうと私は質問を投げかけた。


「あの!私ワイシャツと靴下が欲しいんですけど、どこで売ってますか?隊長クラスのその首元豪華な感じのやつじゃなくていいので!」
「………お前、替えの服無えのか?」
「無いですね、身一つで江戸に来てしまったので」
「お前つくづく馬鹿だな」


私だって旅に出たり引っ越しするんならもっとちゃんと準備して出て行くよ…!こっちだって突然トリップしちゃったんだから仕方ないじゃないか。可能ならもっと銀魂の漫画とかグッズとか、あ、あと着替えも持って行きたかったよ。

土方さんは煙草を吹かしながら暫く私を見つめたあと、


「そのぐれーなら用意してやるよ」
「え?おいくらですか?」
「いやだからそのぐれー用意してやるって言ってんだよ」
「……え?給料から天引きとか」
「しつけーな!! タダで用意してやるわ!! 着物買うわけじゃあるめーし!!」


ええええ!! 思わぬ展開にときめきが止まりません。お店教えてもらおうと思っただけなのに、棚からぼた餅ってやつですか?土方さん優しすぎかよ!
そうか普通の女の子は着物を欲しがるのか、確かに着物に比べたらワイシャツは二桁ぐらい違うレベルの値段の差があるよね。現代の価値感だけど。
私、制服着てて良かった!


「ありがとう土方さん!! 大好き!!」
「このぐらいではしゃぐな!鬱陶しい!」


初対面の頃殺されかけたとは思えない程私は土方さんとも打ち解けられた気がします。
抱きつく私を引き剥がしにかかりながらも、鬱陶しいとか言いながらも、ワイシャツと靴下買ってくれる優しさを私は忘れませんよ。


と、いうわけで翌日。


私の目前には予想とは違うものが置かれていた。
土方さんに連れられて以前私が拘留中に使っていた部屋に赴けば、ビニール袋に入れられたワイシャツ数枚と今履いているのと同じような黒のハイソックスが数組――と、一枚の着物。


「…………ん?」


とても元の世界の成人式とかで着るようなものじゃない地味な色で控えめな柄模様の着物と、それよりは少し明るい色の帯と、肩当たりにフリルがあしらわれたエプロン。


「……土方さん」
「何だ」
「私が頼んだ覚えのないものがあります」
「ついでだ」
「え?ついでって…ワイシャツより絶対高くついてますよねコレ」
「着物の中じゃ安物だ、仕事着に丁度いいだろう」
「……え!?」


仕事で着物を着ろと!? 人生で着物なんて成人式とか特別行事じゃないと着ることのない、着慣れてない現代女子高生にこれ着て仕事しろと!? 雑巾がけとか厳しすぎるって絶対!!


「無理無理無理ですコレ無理ですって絶対に」
「そもそもテメーの格好のがよっぽど可笑しいし浮いてるからな。これが普通だからな」
「いいんです私もう浮いてる存在ってことで諦めついてますから」
「一張羅汚したら後がねーだろうが。それ着て思う存分働け」


と、言われましても…。
恐る恐る畳に横たえられた着物に歩み寄る。成人式も迎えていない私は、幼い頃…七五三で着物を着た以来だろう。浴衣を着た記憶も無いし。そもそも小さすぎて七五三の記憶も無いし。つまり着物に触れるのがまるで初めてのような心地なのだ。綺麗に横たえられてるそれを下手に触って形を崩すのさえ恐れ多い。土方さんは安物だって言ってたけど、安物って……着物の安物っていくらぐらいなんだ!

――だけどね、大事なことは着物を買ってくれたことではないのだ。
土方さんが私に気を利かせて着物やエプロンを買ってきてくれたという心遣いが、とてつもなく嬉しかった。


「こんな、こんな……私はここにお世話になってばかりなのに……こんなものまで…私頭が上がりません…」
「おや、何やってんですかィ土方さん」


出入口で立ったままの土方さんに頭を下げて額を畳に擦りつけていると、聞こえてきたのは愛しの沖田さんの声だった。私が顔を上げると、出入口からこちらを見る沖田さんと目が合う。この人の奴隷になって数日経ったけど、やっぱり目を合わせるのはまだ少し緊張してしまう。


「へぇ…土方さんもこいつ飼い慣らしたかったんですか。まさかそんな趣味がおありとは」
「意味深に言ってんじゃねーよ!! ただの気紛れだ!!」
「いや〜女物の着物買いに行ってるだけ滑稽ですぜ」


人を奴隷にしておいて何故か土方さんを蔑むような目で見る沖田さん。あなたの趣味も中々のものだよって言いたいけど怖くて言えない。


「で?着ねえのか?」
「え?」


ボーっと二人のやりとりを見ているつもりだったのに、思ったよりも早くに沖田さんがこちらを見てきた。声をかけられてハッとした私は、側にある着物を見下ろす。…せっかく土方さんが買ってきてくれたんだから、着た方がきっと喜んでくれるよね。このまま着ないのは失礼だもんね。

そう思い至った私はついに横たわっていた着物を手にとり……固まった。


「……待って!私着方が分かりません!!」


そうだよ女物の着物ってことは帯という宿敵がいるじゃないか!! 他は羽織って体に巻きつける感覚だけど、帯って背中で何かややこしいことになってるじゃないか!
まだ袴のがとっつきやすいよ!! 何となく出来そうだよ!でも女物の帯は無理!!


「全く、無能な奴隷でィ、着物一つも着られないなんざ」
「だ、だって…!」


沖田さんに呆れられるけれど、こればかりはどうしようもない。反論はしたいけど「異世界では洋服が普通だったんだもん!」と言って納得してもらえるのだろうか。ていうか土方さんには異世界のこと言ってない気がするからここで言うのはいけない気がする。馬鹿の私でも珍しく口にする前に留まれたぞ。

言い返す言葉が出てこずにいると、沖田さんが私へと近づいて徐にしゃがみこんだ。


「世話の焼けるメス豚が」
「………」


言われた言葉も中々なもので一瞬沖田さんに何されているのか理解に及ばなかった。固まっている間に沖田さんは涼しい顔で私の制服を脱がしにかかっていた。
ブレザーを脱がされ、中に着ていたカーディガンのボタンを着々と外されていく。


「……え!? ちょ、ま、沖田さん!? 何してるんですか!?」
「何って着物着せてやるんだろーが」
「それは有り難いですけど流石にこの状況私耐えられません!!」
「ただ着物着るだけで何をそんな赤くなってんだ?いやらしい女だな」


男性に服脱がされてる状況なんて初めてのことで指摘された通り顔が真っ赤である。いやいや下心無くても流石にこれは恥ずかしいだろ。え?何、私がおかしいのか?
しかも沖田さんにお見せするには恥ずかしい安物の下着しか着けてない!! そういう状況じゃないにしろやっぱり女としてそこは気を遣いたい!

私が沖田さんの手を掴んでも(沖田さんの手触ってしまったふおおおお)私の力ではビクともせず普通に続行されるボタンが外されていく行為。カーディガンのボタンが外し終わった時点で流石に危機感を覚え、私はすぐに出入口で立ったままの土方さんの元へ駆け寄った。背中へと身を隠し、恐る恐る沖田さんを見やる。つまらなそうな顔をした沖田さんがこちらを見ていた。


「おい奴隷のくせに反抗する気かテメーは?主人の好意を無下にするってわけなんだな」
「…!!」
「勝手にいやらしい妄想してんのはそっちだってのに、俺が悪者扱いってわけかィ」


あかん、沖田さんを怒らせるわけにはいかない。奴隷として言う事聞くと断言したくせに反抗するなんて……え?何なの大人しく脱がされてるのが正解なの?何か訳わかんなくなってきたよ。
私の小さな脳では対処法が思い浮かばずパンクしてしまいそうだった。悩みのままに土方さんの服をぎゅっと握りしめると、頭上から溜息が聞こえる。


「おい総悟、常磐で遊ぶな」
「土方さん、こいつは俺の奴隷なんですぜ、言う事聞くのが当然でしょう」
「そもそもオメー女物の帯の結び方知らねーだろうが」
「……え!?」
「常磐も普通に気付け馬鹿」



結局お登勢さんに着付けを教わりました。
基本的だという帯の結び方さえ面倒くさかった。洋服って本当に便利だなあ。

けれど着物を着て少しテンションが上がってしまうのは現代人故致し方ないと思っておく。



─ 了 ─


X i c a