怪しさ全開で奇妙で、けれど家庭的で働き者で、万事屋のファンであると公言してきた一人の少女。
彼女が姿を消してから一ヶ月が経とうとしていた。

当初新八はあまりに行方の分からない陽を心配して銀時に聞いたこともあったが、「あいつァもう居場所見付けたんだよ」と返事が返ってきた。銀時の言い方からしてそれはきっと事実。いい加減なことを言うのなら「知らん」とでも一蹴されているはずだ。それをはっきりと「居場所」と口にするのだから。
居場所……家に帰りたくない、行く当てが無いと万事屋に居候することを願い出ていた彼女が。それは良い事だ。良い事だったのだ。そう考えるのに、脳裏では自分たちと食事をとることに心底嬉しそうにしていた彼女の笑顔が浮かんでいた。いくら居場所を見つけたとしても、全く顔を見せに来ないことには違和感を抱いた。しかし銀時が既に彼女の安全を確認しているのだから、とそれ以上は関与しなかった。

そうして、だんだんと記憶から彼女の存在が薄れてきた頃だった。


ピンポーン


「万事屋銀ちゃん」に響き渡るインターホンの音。雑用係になってしまっていた新八がいつものように玄関へ向かい引き戸を開け、目の前に立つ人物に少し驚いた。


「お登勢さん」
「銀時いるかい」


「万事屋銀ちゃん」の階下で「スナックお登勢」を経営しているママであり、「万事屋銀ちゃん」の大家だ。いつも通り煙草を手に煙を吹かしたお登勢に、新八は嫌な予感を察知しながらも素直に頷いた。


「家賃寄越せって伝えてきな。もしくは家主連れてきな」


ああ、やはり。
そんな気持ちを抱きつつ、新八は自分が巻き込まれるのは御免なので素直に従う。呑気にソファに寝転がりジャンプを読んでいた銀時に用件を伝えると、血相を変えて飛び起きるなり、どこかへ隠れようと動き出した。「銀時ィィィ!! いんのは分かってんだよ!さっさと出てきな!!」と玄関から怒声が飛んできた。勿論そんなもので銀時が出てくるわけはない。デスクの下に隠れて意地でも居留守を使おうとするが、騒ぎを聞いたのか神楽が起きてきて何も考えずにお登勢を中へと通した。神楽も銀時とお登勢のやり取りが長引くのは面倒だったのだろう。
最初から居場所が分かっているのか迷いなく事務所へと向かったお登勢。その姿を確認せずとも、デスクの下に銀時がいると分かるのだろう。お登勢はデスクを見つめながら声をかけた。


「こっちにもね、考えがあるよ」


恒例の大人二人の怒声でのやり取りでも始まるかと思っていた新八と神楽は、いつもとは違うお登勢の切り出しにきょとんとする。銀時もそれに気付きデスクの下に隠れたまま眉を潜めた。


「これ見てみな」


言って、お登勢が茶封筒をデスクへと置いた。しかし居留守を使うつもりの銀時は何か罠でもあるのではないかと息を潜めている。一向に出てくる様子のない銀時にお登勢は溜息を吐き、続けて全く想像もつかなかったことを口にした。


「家賃三ヶ月分が入ってる」
「!?」


家賃回収に来たはずなのに、何故家賃分のお金をお登勢が持ってきているのか。意味が分からず耳を疑う新八と神楽。そして思わずデスクから顔を出してしまう銀時。デスクに置いたままになっていた茶封筒へと視線を向け、一瞬躊躇ったあと恐る恐るそれを手にとった。僅かに厚みのある茶封筒。中を覗けばお登勢が言っていただけのお札が顔を覗かせていた。
何故。何故。何故。
クエスチョンマークが飛び交うと同時に、不気味でならない。


「おいババア…何企んでやがる」
「ある子が必死こいて貯めた金だ。代わりに家賃を支払ってもいいと言ってるんだがね」


――まさか。

お登勢の言葉を聞いて、銀時と新八はすぐさま一人の少女を思い浮かべた。すぐに動き出したのは新八だ。踵を返すなりバタバタと音をたてながら玄関へ駆け戻り、開けっ放しになっていた引き戸から飛び出る。
引き戸の横で壁に寄り掛かるようにして空を見ていた、予想通りの少女が――陽がいた。


「久しぶり!新八」


新八を見るなり嬉しそうに笑った陽が片手をあげて挨拶をする。その姿を見て、何故か胸に広がる安堵感。その感情のままに頬を綻ばせ、新八は頷いた。

彼女を招き入れて事務所へ戻ると、神楽は予想がついていなかったのか意表を突かれた様子で、銀時は何とも形容しがたい複雑な表情を浮かべていた。


「お前…何でババアと一緒に…!!」
「ふふふ……最後に銀さんと会った日に私は見つけてしまったんです、このお方を!!」


悔しげな銀時に優越感を抱いたのか、陽は胸を張るようにしてお登勢に向かって手を伸ばす。

銀時の弱点も知っている陽は勿論、町中でお登勢を見つけてこれを逃す手はないと思ったのだ。しかも真選組の監視下で「万事屋銀ちゃん」に近づくことも出来ないとなれば、「スナックお登勢」にも行けないのだから。
決して頭は良くない陽だが、お登勢の姿を見つけた瞬間すぐさまにある手を思い付いたのだ。



『あの!! お登勢さんですよね…!?』

『?……何だい、見ない顔だね』

『えっと…あなたの、人情に溢れた粋のある格好良いお方と知って、お願いがあるのです!!』


『私、常磐陽といいます!なんやかんやで江戸にやって来てしまって、家族もおらず天涯孤独の身!今ちょっとなんやかんやで真選組に拘留されていて、引受人がいないと解放されないんです!でも、私には頼るアテも無くて困り果ててしまって…!』

『おめー、都合が悪くなりそうなこと「なんやかんや」で済まそうとしてんな』

『お願い沖田さん少し静かにしてて!』


『もし良ければあなたのお店で働かせてください!私家事なら出来るので!寧ろ家事しか出来ないので!別の仕事も可能な限り掛け持ちして頑張ってお金貯めます!そしたら――』


『あなたが手を焼いている未回収の家賃、貢献できると思います』



「まぁ最初は家賃のこと何で知ってんだかと怪しんじゃいたんだが、監視してた真選組の坊主にも働き者だってお墨付きはあったしね」
「それに関しては本当沖田さんにお世話になりました」


この場にいない沖田に感謝の意を表す陽を横に、お登勢はふっと笑みを浮かべて続けた。


「アホだし煩い小娘だけど――中々楽しませてもらったからねェ」


お登勢の言葉に陽は嬉しさを滲みませるように頬を綻ばせる。陽は元よりお登勢を好きでいたが、一ヶ月の間でお登勢からの信頼も得ているようだった。そんな二人の雰囲気を感じ取ったのか、銀時は嫌な汗をだらだらと流していた。


「そんなわけで、銀さん」


気を取り直した陽が、余裕のある笑みを浮かべてそんな銀時へ視線を戻す。


「宇宙戦艦、連れてきましたよ」
「誰がヤマトだ」


お登勢に盛大に頭を叩かれる陽を見ながら、銀時は激しく一ヶ月前の自分の言動を後悔していた。あんなもの言葉の綾でしかなかったのに、まさか本当に宇宙戦艦並の強敵を引き連れてくるなど誰が思うだろうか。そもそも何故お登勢には敵わないと知って――ああ、万事屋の設定を何故か彼女は知っているのだったと思い出す。
まだ本題には触れてこないが、この状況では容易にこのあとの展開が予測できた。


「さて、」


来た。

茶封筒を奪い返した陽が、それを見せびらかすようにして軽く振る。十代の年下ににやりと笑われ、デスクから顔を出した状態のままだった銀時は見下ろされる形となる。


「前にお話した通り炊事洗濯掃除何でもやります。そのうえ、掛け持ちで稼いで最低限の生活の保障はします。ここに置いてくれるのなら、このお金お登勢さんにお支払いしますよ」
「陽の稼ぎ頼りにしなくとも家賃ちゃんと払えるってんなら私ゃ何も言わないが……まぁ、今までのこと思い出すと口も挟みたくなるよ」


脅されている。この場で家賃を払えないと、陽を受け入れたお登勢なら自分を追い出しかねない迫力があった。こんな条件では敵うはずがない。何とか追い出したはずの小娘に、今度は追い出される危機にまで追いやられるとは。悔しいといったらなかった。
今の銀時にはこの条件を呑むしか術がなかったが、悔しさやプライド故に中々それを口に出せずにいると、正面にいた陽がデスクに両手を置いて屈んできた。


「でも、銀さんが私を嫌いなら――…このお金は置いて、素直に諦めます…」


その言葉に目を丸める。

この女、本当に馬鹿なのだろうか。それでは条件を出した意味が無いではないか。死ぬ気で金を絞り出すか陽を置くかの二択を迫られていたはずなのに、まさかの三つ目の選択肢。それでは自分が「嫌い」と彼女に言えば、家賃三ヶ月分も手に入るうえに怪しいこの女と一緒に暮らす必要は無くなる。

そう、思うのに

先程まで優位に立ち勝ち誇った笑みを浮かべていたはずの彼女が、不安に揺れる双眼を向けてくるのだ。



『まぁ、帰れなくても良いかな、みたいな』

『だって私銀さんが好きだから!!』

『私の作ったご飯を万事屋が食べてくれてることと、万事屋と一緒に朝ご飯食べられてることに、幸せだなあって』




「あーーーもーーー何なのお前!!」
「!?」


お登勢と新八と神楽が何も言わず静かに様子を見ているなかで、突如立ち上がり大声を上げる銀時。肩をビクつかせたあとに驚いた表情を向ける陽に、銀時は苛々した様子で勢いよく人差し指を突きつけた。


「脅してーんだか泣き落してーんだかどっちなんだよ!! どっちにしろすっごい腹立つけどな!!」
「な、泣いてないです」
「似たようなもんだろ!! 卑怯に変わりねーんだよそんなに俺を悪者にしたいかコノヤロー!」
「そんなっ…」
「あーはいはい置いてやればいいんだろどうぞお好きに居座ってくださいこれで満足ですか!!」


怒涛のマシンガントークに陽が反論する隙も与えないまま、勢いのまま居候を許可する。とても大人の対応とは思えない姿に新八と神楽は冷めた視線を送っているが、本人は気付いていない。
まあ、兎にも角にもこれで漸く陽の願いも叶うのだ。新八は気を取り直して陽へ歓迎の言葉でも送ろうかと一歩を踏み出した――のだが。
銀時の勢いに負けない力強さで陽が立ち上がり、持っていた茶封筒を投げつけるではないか。突然の行動に銀時も反応出来ず、茶封筒は彼の胸板に当たりデスクへと落ちた。


「あげますよ、こんなの…!私を置こうが置くまいが好きに使ってください」

「私が嫌いなら、はっきりそう言ってよ……!」


長い時間をかけて、更に想いを募らせてしまうぐらいなら
早いうちに諦めさせてほしかったのだ。本当に嫌われているのなら、一緒にいて迷惑に思われるなら、その場から消えてしまいたかった。

“こんなの”だなんて
新八は息を呑む。毎日通っているこの家の家賃は、銀時ははっきりと言わないけれど何となく分かっていた。それを三ヶ月分、一ヶ月で稼いだのだ。彼女一人で稼ぐのがどれ程大変なのか想像もつく。
“こんなの”と簡単に切り捨てていいほどの額ではない、汗水たらして稼いだ彼女の成果なのに。


「………」


一瞬の沈黙が生まれる。眉を寄せ不安と恐怖に揺れる瞳を向けてくる陽から、手元へと視線を僅かに落とす。茶封筒を投げつけた状態のままだった手は微かに震えていた。
阿呆で馬鹿で怪しくて、諦めが悪くしぶとくて、気が強くて恐れ知らずで――…ああ、また変なのが増えるな。

長く付き合いのあるお登勢にしか分からない程の、柔らかい雰囲気が微かに銀時から感じられた。


「ごちゃごちゃとうるせーな」
「っ!?」


銀時の大きな手がゆっくりと陽へ伸ばされ、何が来るのかと身構えた彼女の予想を容易く裏切るように、彼女の鼻を摘まんだ。目を丸めてろくに反応も出来ない陽に、銀時は表情を変えずに続ける。


「大人がいいって言ってんだからガキは素直に聞いときゃいいんだよ」


最後に軽く手を揺すられて鼻に痛みを感じてすぐ、銀時の手が離れていく。一瞬呆けてしまった陽は言葉を失くしていたが、銀時が背を向けて歩き出そうとした頃にハッとする。茶封筒を手にする銀時の背中に向けて声を張った。


「はっきり言ってって言ってるじゃないですか!うやむやにしないでください!!」
「これだからガキは!何でもそうやって白黒つけようとする!! 俺は大人だから何もせず貰うもん貰ったりはしねーんだよ!! 仕方なァァァく置いてやるっつってんだろーが!!」
「“仕方なく”ってことはやっぱ嫌いってこと…」
「うるせェェェ!! いいか俺はこれからこいつを倍にしてくるから部屋の掃除を――」
「それが大人のすることかァァ!!」


逃げるように茶封筒を手にパチンコへ行こうとした銀時を最終的に仕留めたのはお登勢であった。華麗な飛び蹴りを頭にくらった銀時は床へと倒れ伏せ、そのまま動かなくなる。持っていた茶封筒は再びお登勢が手にした。「本当に家賃に入れていいのかィ?」と最後に確認するお登勢に対して、陽は迷うことなく頷く。

一部始終を見ていた新八と神楽は動かないままの銀時を見て呟いた。


「……銀さんの負けだね」
「何もかも負けてるアル」


少女一人に稼ぎで劣っていることにも、少女に生活の保障をされることにも、少女の万事屋への執念を甘く見ていたことにも、散々鬱陶しそうにあしらいながらも「嫌いか」と聞かれると何も言えないことにも、真っ直ぐと気持ちをぶつけてくる少女相手にひねくれた大人は素直に言葉を口に出来ないことにも


(嫌いなわけないのに)


陽に対する分かりづらい銀時の優しさに気付いていた新八は、思わず笑みを零していた。



諦める言い訳なんてクソくらえ




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