※藤堂メイン
※万事屋で暮らす前



「藤堂さーん。洗濯物出してくださーい」


私が洗濯物を回収しに藤堂さんの部屋を尋ねると、いつもなら既に隊服に着替えているはずの藤堂さんが私服姿で部屋から出てきた。相変わらずのしかめっ面だけど。今日はオフなのかな。「ん」とだけ申し訳程度に声を出して私に洗濯物を出す藤堂さん。私服以外にも何か違和感あるな、と一瞬分からなかった私だけど、すぐに気付く。この人いつも鉢巻みたいなの頭に巻いてたけど、寝起きだからかやってないんだ。思えば最初この屯所にやって来た(捕まった)日に一度見て以来じゃないか。

障子が閉められ視界いっぱいが障子になる。何故そのまま私が動かずに障子の前に佇んでいるかというと、私は見たのだ。藤堂さんがいつも鉢巻をしていて見えていなかった額に――中央から眉尻にかけて、左眉を横切るようにして残る刀傷に。

……隠してたのかな?鉢巻で。
寧ろそのまま隠さないでいてくれた方が大して気にしなかったような気がするんだけど。隠されていたら逆に気になってしまうんだけど。隠す程の傷だったとか?
聞きたいけどあの人女嫌いみたいで私に冷たいからなあ。近藤さんとか知ってそうだけど影で聞くのも詮索してるみたいで悪いよなあ。

…と、そんなことを思いながら午前中の仕事を終わらせて昼食の用意をし、隊士の人たちとご飯を食べていた時
意外にもあっさりとその答えを聞けることになった。


「お、藤堂今日はオフか?」
「んー」


私の正面に座っていた原田さんが食堂にやってきた藤堂さんに声をかける。あ、私服のままだけど鉢巻はつけたんだ。
私は食事を中断させて立ち上がると、慌てて台所に立って藤堂さんの配膳をする。おかずはラップをしてそのままカウンターに並んでいるんだけど、味噌汁とご飯は冷めたら美味しくないので食べる直前によそうようにしていた。別に全部セルフ式にしてもいいんだろうけど、お登勢さんのところに行ってるため夜がセルフ式だから、私がいる間はなるべく仕事をしようと思いまして。
おかずの皿を載せたお盆にご飯とみそ汁のお椀を載せてやる。
遅い時間にやってきた藤堂さんはざっと食堂内を見渡し席が結構埋まっているのを確認すると、一席空けて原田さんの隣りに腰かけた。私も元の席に戻って食事を再開する。


「せっかくのオフなのに引きこもりかよ?外で遊べ外で」
「ガキ扱いすんな、読んでない本溜まってんだよ」
「藤堂隊長見た目に反してインテリだよね」
「え、インテリなんですか?」


隣りに座っていた山崎さんの言葉に私は思わず反応してしまった。だって私のイメージするインテリと明らかにかけ離れてるんだけど彼。インテリってもっとこう……あれ?何か改めて考えてみるとインテリってよく分からなくなってきた。藤堂さんのことインテリって言うなら尚更分からなくなる。藤堂さんが私を惑わせる。
微妙な表情を浮かべる私に山崎さんは穏やかな声で答えてくれた。


「インテリだよ。あまりそういう仕事はしないけど、浪士上がりの野郎ばっかな真選組の中では今のとこ三本指には入るぐらい頭良いと思うよ」
「へーっ」
「“意外”って顔してんじゃねえ」


感嘆の声をもらすと藤堂さんに睨まれた。いや、だって藤堂さんにも問題はあると思うよ。見た目がインテリっぽくないし、口調もインテリっぽくない。真選組には会計方とか事務専門の人もいるのに、そういう頭使う仕事もしてないで戦線にたってるわけだからね。
睨まれた私をフォローするように、原田さんはけらけらと笑いながら口を開いた。


「いやー無理もねえって。いつも先陣切って乗り込んでくお前にインテリのイメージはどうやってもつかねーよ」
「“魁先生”だね」
「やめろ山崎」
「さきがけ先生?」
「言いだしたのは八番隊の連中でさ、いつでも危険な戦線に一番に攻め入ることから尊敬の意を込めてそう呼ばれるんだよ」


首を傾げる私に再び山崎さんが説明してくれた。…八番隊の連中ってことは藤堂さんの隊の部下たちってことだよね。真選組最年少の藤堂さんからすれば部下は皆年上の人たちだけど、“先生”とか言われるぐらい尊敬されてるなんて凄いことだ。一番危険なことを隊長なのに買って出てるってことだよね。尊敬されることに納得出来たのと同時に、戦いに積極的にいくところなんかはとてもインテリとは思えないことにも納得。
藤堂さんの顔を見ると、自分の話をされることに居心地が悪いのか微妙な表情でご飯をかっこんでいた。


「魁先生って言やあよ、陽ちゃん知ってる?こいつの額の傷の話!」
「え?」
「!! 原田さん余計なこと言うなっ!!」


やっぱり隠してたんだろう。へらへらと笑いながら口にした傷の話に藤堂さんが今までにない程声を荒げた。…分かりやすい。本当にインテリ?
私としては今朝気になったばかりでタイムリーなことだっただけに、話が聞けるなんて願っても見ない。だって本人からとても聞ける感じじゃなかったし。本人の知らないところで聞くわけでもないから罪悪感もそんなに無いし。


「いやさー真選組が出来てすぐの頃だったか?ある宿に攘夷志士が集まってるってんで夜分に攻め入った時があったんだがよ、時期は夏だってのに屋内で戦うことになったからだいぶ暑かったらしいんだ」
「原田さん!」
「そんで、藤堂は先陣として少数で攻め入ったうちの一人だったんだが、多くの志士相手に善戦してたにも関わらず、気が抜けたのかね、」
「マジ勘弁して!」


藤堂さんが止めようとするも、小柄の彼は大柄の原田さんに太刀打ちできていない。口を手で塞ごうとしているけど原田さんに頭を押さえられて近づくことも出来ていない。あれって同じ隊長の立場だから出来ることだよなあ…。凄いあしらい方だ。そして藤堂さんの慌てぶりも中々のものだ。今までのクールな印象がどこかへいってしまうほどに焦っている。その光景を見るのは中々に面白かった。


「汗拭おうとその時つけてた鉢金とった時、斬って死んだと思ってた志士が突如起き上って斬りつけられたってわけだ」
「あああ……」


最後まで話し終えたのか、藤堂さんががっくりと項垂れている。……ん?というか何だこの拍子抜け感は。原田さんが意気揚々と話しだすからどれ程の面白いオチがあるのかとちょっと期待してしまったけど、思った程の笑い話ではない。ていうか原田さんは芸人じゃなかった。必ず話にオチを求めるなんて間違っていた。
因みに“はちかね”にもピンときてなかったんだけど、後々聞いてそれが某忍者漫画で有名になった所謂“額当て”だということを知った。鉢巻の額部分に金属のプレートがあって額を守ってくれるものなんだけど、よりにもよってそれをとった瞬間に藤堂さんは額を斬られたというわけだ。多分藤堂さんは運のない人なんだろう。

「いやー間抜けだったよなー」とニヤニヤしながら語る原田さんを藤堂さんは恨めしげに見ている。一方刀傷についての話を聞けた私だったけど、いまいちどう反応していいか分からずにいた。すると隣りにいた山崎さんがそっと私に耳打ちしてくる。


「藤堂隊長の慌てっぷり、面白いでしょ?本人は自分が気を抜いた汚点だって凄い気にしてるんだよ。話の内容より藤堂隊長の反応が面白くて皆笑いのネタにしてるんだ」
「あぁ、そーいうこと…」


確かに、藤堂さんの反応は見ていて面白かった。貴重なものを見た感じだった。
漸く原田さんが面白がっている理由に納得した私に、山崎さんは顔を離しつつ苦笑いを浮かべて続けた。


「まぁ、といってもその時は出血が酷くて本当に大変だったんだよ。流血で視界が悪くなるまでそんな大怪我したまま一人で戦ってたっていうんだから、藤堂隊長の根性も見上げたものだよ。そういうところに惹かれて付いて行く隊士がいるっていうのも事実」
「へぇ…」


確かに額の怪我って一歩間違えば大変だよね。片目を失っていたかもしれないし、脳を傷付けられれば本当に命は危なかっただろうし…。大怪我をした人が今こうして元気にしているというのは喜ばしいことだ。……うん。本当に良かったと思う。全然仲良くもない人だけど、藤堂さんが今こうして元気にしていることに安心していた。だって彼が死んでしまったら、近藤さんたちだって深い悲しみにくれるはずだから。
それに藤堂さんて本当に凄い人なんだろう。年上の男の人たちが素直に彼に従う理由もよく分かる。


「くっそ……どいつもこいつも俺で笑いやがって」


でも、悔しげな表情を浮かべる今の藤堂さんには、そんなこと思えなくて。


「いいじゃねーか、陽ちゃんも毎日顔合わせてんだから傷のことぐらいいずれ知るさ」
「あんたらが話さなきゃ知らずに済んだ話だっ!」
「そう怒んなよ〜。怒っても可愛いだけだけど」
「ガキ扱いすんなって!! 原田さんの馬鹿!」


拗ねてる。がしがしと原田さんに赤髪を撫でられて、それを鬱陶しそうに払う姿は子どもじみている。
……あれ?この人、初対面で刀向けて私を脅してきた人だよね?何これ、全然同一人物と思えないんだけど。


「……ふふっ」
「てめーは笑うな!!」


ごめん藤堂さん、そう怒鳴られてももう怖く感じられないや。



▼△▼



「藤堂さんおはようございます!!」
「……」

「藤堂さん今日は仕事ですか?頑張ってくださいね!」
「……」

「あ、藤堂さん仕事お疲れ様でした!汚れた服はまた駕籠に入れといてくださいね、明日洗濯するんで!」
「………」

「藤堂さんだ!私お登勢さんところに行ってきますね!今日の晩ご飯はサバ味噌ですよー!」
「………」


あの日以降、見かける度に無駄に声をかける私とそれを不可解な顔になりつつも無視する藤堂さんの光景が屯所内でも有名になっていた。だってやっぱり、毎日顔合わせる人なんだもん。せっかくなら笑顔で挨拶かわせるような間柄になりたいじゃないか。大好きな銀さんに冷たくされたから今更藤堂さんの無視にも私は負ける気がしないのだ!

そんな藤堂さんの無視に傷付くこともない私とは対照的に、影で沖田さんに目をつけられて脅されていた藤堂さんがいたとかいなかったとか。



(あの女何なんだ!やけに絡んでくる所為で総悟さんに妬かれるわ俺も不愉快だわ災難しか持ち込まねーんだけど!!)



藤堂が額を斬られる元ネタですが、銀魂では桂さん初登場の回に当たると思います。しかしあまり壮絶な戦いはしていなかったことや桂さんの手下と殺し合うのは嫌だな、と思いまして、勝手に別の宿でのお話にしました。

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