「しっ…真選組だァっ!!」
「イカン逃げろォ!!」
「一人残らず討ちとれェェ!!」


土方さんの声を合図に刀を握ってこちらへと駆け出してくる隊士の皆。桂さんの仲間たちが刀を交えて隊士を足止めしている間に銀さんが反対側の襖を蹴破って逃げ道を作り、そのあとを続くように万事屋と桂さんが逃げて行く。

うわあ…本物の刀でやり合っている。ていうかこの部屋で戦うって結構危険だよね、ていうか私思わずボーっとやり取り見ちゃって銀さん達見失っちゃったんだけど、逃げるべきだったのかな。思わず乗り込んできた真選組の皆がすっかり顔馴染みで「やべえ」って感覚持てなかったんだけど。

…あれ?私マジでここでボーっとしてて良かったの?

何かまずい気がしてきた。逃げるべきだった気がしてきた。この混乱の中もし皆が私だって気付いてくれなかったら斬られてるかもしれないよね。日々鍛錬してる皆に斬りかかられたらいくら漫画ではモブ扱いでも私は真っ先に死んでしまうぞ。

――やばいよね。


「ぎっ、銀さ――」
「おいてめー」


思わず銀さんに助けを呼ぼうとした時、私の首根っこが掴まれて後ろからドスの利いた低い声が聞こえた。見なくたって分かる。土方さんだ。
きっと土方さんなら私だと気付いてくれる!とホッとしつつ振り向けば…


「お前何テロリストと一緒にいんだ?常磐よォ…」


そこには怒りを露わにした土方さんがいた。一瞬無事を確信した私はすぐに顔が青ざめていくのを感じる。


「てめーみたいな馬鹿が俺達を騙すなんざねェと思いこんじゃいたが、そこまで計算してた間者だってんなら……」
「え!? 土方さん私がそんな器用なことが出来ると思う!? 見慣れた顔に危機感持つのも忘れて逃げることも忘れてた私がそんなこと出来ると思う!!?」


動揺のあまり敬語も忘れて自分の馬鹿さを露呈させている私。馬鹿だアホだと言われていることに否定とかしません。もういいですそれで。何でもいいから誤解されるのは御免だ。


「とにかく事情は屯所でじっくり聞いてやらァ」
「うわーー!! また取調室入るのやだーー!! 誰か私に自由と尊厳をーー!!」
「お前ぜってー尊厳の意味よく分かってねーだろ!!」
「近藤さーん!! 沖田さーん!! ヘルプミー!!」
「近藤さんに会いてーなら大人しく屯所来い!!」
「明日行きます!! いつも通り掃除と洗濯しに行きますから!!」
「お前俺に捕まってることまだマシだと思えよ!」


そんなに怒って怖い顔してるくせに何言ってんだこの人は、と思ったけれど
土方さんが私に顔を近付けて低い声で言ってきたことに 私は呼吸を忘れた。


「総悟は俺よりお怒りだからな」



蘇るは真選組での勤務形態を変えた初日のこと。それまで早朝に出勤して朝ご飯を作っていたけれど、私が万事屋で居座る時間を設けるため配膳係を別で雇ってもらったので配膳はやらなくなったのだ。だから万事屋で朝ご飯を済ませてから今までより遅めに出勤し、仕事に出ていた沖田さんを出迎えたら――何も事情を知らなかった沖田さんは、奴隷のくせに私が何も言わなかったことが気に入らなかったらしく、バズーカをぶっ放してきたのだ。詳しくは第一話の余話Bを読んでください。って私誰に対して言ってんの?コレ

あの時は側に土方さんがいたから、自分が避けるついでに私のことも助けてくれたけれど。土方さん居なかったら完璧にくらっていた自信がある。


「……」


そんなわけで、今回のこともテロリストの間者と勘違いされてしまったのなら
また何で何も言わなかったんだとか、奴隷のくせに主人を騙してたのかとか、絶対そんなこと言われてまたバズーカぶっ放される。

命の危機しか感じない。


「ひええええ誰か助けてェェェ!!」
「うるせェェ!いい加減諦めろテメッ……、!!」


土方さんの言葉が不自然に途切れる。私が状況を把握する暇も無いほど一瞬の出来事だった。
何か物を投げつけられて刀を持つ手で防いだ土方さんの隙をつき、私の首根っこを掴む手を何かで打ち払ったのだろう。拘束が緩んだと思った時には土方さんは懐を蹴り飛ばされていた。

代わって私の側にいたのは、銀さんだった。


「お前いつもの運動神経どこに置いてきてんだ、間抜けに捕まってんじゃねーよアホ女!」
「ぎ、銀さ…っ」


イケメンかよおおおお!!
萌えが止まらず動けない私に銀さんはすぐに逃げ出そうと私の腕を掴む。引っ張られて無理矢理立たされて走りながら私は考えた。銀さん一度は逃げ出したのに、私がいないことに気付いて戻って来てくれたってことだよね。何なのそれ格好良すぎかよ!惚れるわ!! あ、もう惚れてたんだった!!

しかも冷静になれ陽!私は今銀さんに腕掴んでもらっているぞ!! 大きくて男らしい手が私の腕を掴んでいる!!

真選組に勘違いされてショックだったり焦ったり、命の危機感じたり、かと思えば萌えたり
もう色んな感情に襲われてしまって頭の中がごちゃごちゃでカオス状態だった。


「オイ」


聞こえてきたのは土方さんの声だ。声に反応して振り向いた銀さんはすぐに襲いかかってきた切っ先を避けるように体を倒した。土方さんの狙いは銀さんのようだったけど、銀さんに腕を掴まれていた私も引っ張られるようにして膝をついて屈む体勢になった。視線を上げれば壁に突き刺さる土方さんの真剣。……え、土方さん私のこと狙ってなかったよね…?初対面の銀さんにだけ…だよね…?実は優しい人だって分かってはいても、この人士道不覚悟で切腹命じたりしてくるからなあ…!自信無くなってきた。


「逃げるこたァねーだろ。せっかくの喧嘩だ、楽しもうや」
「オイオイおめーホントに役人か。よく面接通ったな、瞳孔が開いてんぞ」
「人のこと言えた義理かてめー!死んだ魚のよーな瞳ェしやがって」
「いいんだよいざという時はキラめくから」


立ち上がった銀さんに対して土方さんが真剣を構える。銀さんも持っていた木刀を構えつつ私を後ろへと追いやった。銀さんと土方さんの初絡みをこんな間近で拝めるとは…!ていうか銀さん一応私のこと守ろうとしてくれてるんだよね、普段の扱い酷いけど!そーいうところも好きです。


「土方さん危ないですぜ」


二人の絡みを目に焼き付けておこうと思っていたところで、聞こえてきたのは――ああ、一瞬だけ忘れてました。我がご主人さまの声だ。
すぐに何が起きるか思い出した私は後方へと跳ぶ。背後ではバズーカの撃ち込まれる音が聞こえてきた。危なかった、沖田さん容赦ないわ…!絶対私も土方さんもいることお構いなく撃ってきたよアレ!!

私よりも素晴らしい反射神経の二人もバズーカを避けたものの、辺りは煙に包まれてしまい私は二人の姿を見失ってしまった。土方さんと沖田さんからは何とか逃げ延びたい…!銀さんどこに行ってしまったの!? と焦って視線を凝らしていると、煙から突如出てきた銀さんが私の腕を掴んで走った。慌てて転ばないよう姿勢を保って後に続くと、新八が手招きをするのが見えて私達はその部屋へと滑りこむ。待ってましたと言わんばかりに控えていた桂さんの仲間達が襖を幾つもの家具で出入りを封じた。


「オイッ出てきやがれ!無駄な抵抗は止めな!ここは十五階だ、逃げ場なんてないんだよ!」


少しして飛び込んでくるのは土方さんの声。だけどそれに誰も素直に答えたりはせず、私も皆も視線は銀さんの髪へと集中していた。さっきのバズーカによる爆発でボンバーヘッドになった銀さんの髪を。
「髪増えてない?」と新八の静かな指摘通り、普段の1.5倍はありそうな頭。可愛いけどね。毎週その髪型だったらちょっと嫌かな。


「おォい、メス豚。おめーもここにいるんだろィ」
「!!!」


襖越しに聞こえてきたのは沖田さんの声だ。あからさまに、過剰なほどに反応した私に、今度は皆の視線が私に集中した。


「どっちか選べ。ここから出てきて俺の奴隷に戻るか、そのまま引きこもってテロリストの一員として俺に粛清されるか」


な、何その究極の選択肢!!!
素直に出てきたって絶対怖い目に遭うじゃんか!!


「何ですか奴隷って…妙な言いがかりを」
「……」
「…え?陽さん覚えがあるんですか?」


新八の視線がどこか軽蔑に満ちたものに感じる。え?素直に出てきても私は奴隷を認めることになり、新八から今後軽蔑されることになるの?何なのそれもっと辛い。


「そーいや真選組ってどこかで聞いた気がすると思ってたけど…もしかして陽さんのもう一つの出稼ぎ先って…」


前に「真選組って何?」って聞いていた新八が漸く気付く。私が沖田さんの脅しに冷や汗を流しながら頷くと、引きつった表情で新八は「何そのややこしい関係性…」と同情にも似た視線を送る。

漫画の展開的には紆余曲折しながらもテロリストと誤解されずに済むと分かる。けれど私ってどうなるんだ。今ここで素直に出て行かないと…沖田さんの機嫌を更に損ねる気がする。言う事聞くとか言っておいて、こういう時素直に指示聞かないのはいけない気がする。
ていうかこれから真選組の下働きをさせてもらえるかも関わってくる。大事な働き先を失うわけにはいかない。


「陽?」


混乱した頭でも、とにかく私がすべきことは何なのか答えを導き出し立ち上がる私に、神楽が不思議そうに見上げてくる。
きっと顔も真っ青で冷や汗もだらだらかいている私は皆を見た。


「わ、私出るね……」
「え!? 陽さん早まらないで!」
「でも、言う事聞かないと…私奴隷だから…」
「やばいよ精神病んでるよこの人!! 奴隷としての性根植え付けられてるよ!!」


新八が必死に私を止めてくれるけど、じゃあ私はどうしたらいいの?このままここに居座ってたらテロリストって判断されちゃうんだよ。まだ、素直に出てった方がさ…希望があるじゃん…。


「おめー分かんねーのか、ここ開けた時点で奴らにまた乗り込まれるだけだと。さっきみたいに逃げ場もねーのに無闇に行動すんな」


銀さんのド正論に私のやれるべきことを見失う。そんなこと言われても…じゃあどうしたら良いんだ!こっちは信用がかかってるのに!!

成す術がなくどうしたものかと再び重い空気に包まれる。私の胃もキリキリと痛みだす。誰も何も言わなくなってしまったなかで、行動に起こしたのは桂さんだった。
懐から取り出したのはターミナルを爆破するためにと用意しておいた時限爆弾。それを真選組に対して使おうとするので、私はハッとした。あの立派なターミナルを爆破させるということはそれなりの威力だ。そんなものを真選組に使わないでほしい。怪我を負わせたくはないから。
だけど私が何かを言う前に銀さんが桂さんの胸倉を掴み、桂さんの手中にあった時限爆弾は畳に転がった。


「……桂ァ、もうしまいにしよーや」

「てめーがどんだけ手ェ汚そうと死んでった仲間は喜ばねーし時代も変わらねェ。これ以上薄汚れんな」
「薄汚れたのは貴様だ銀時。時代が変わると共にふわふわと変節しおって。武士たるもの己の信じた一念を貫き通すものだ」


桂さんも胸倉を掴んでいる銀さんの腕を掴んで睨みながら反論する。
だけど銀さんの心の中にある一本の柱は…崩れることはない。真っ直ぐで、折れることを知らない、銀さんの決意の柱。


「お膳立てされた武士道貫いてどーするよ。そんなもんのためにまた大事な仲間失うつもりか」


「俺ァもうそんなの御免だ。どうせ命張るなら俺は俺の武士道貫く。俺の美しいと思った生き方をし、俺の護りてェもん護る」



…ああ、格好良いなあ。


「銀ちゃん」


重い空気を打ち破るようないつも通りの声で銀さんを呼んだのは神楽だった。皆が視線を向けると、神楽はさっき畳に転がった時限爆弾を手にてへへと笑いながら言うのだ。


「コレ…いじくってたらスイッチ押しちゃったヨ」




襖を蹴破って飛び出して行った銀さん、新八、神楽をとりあえず追いかける。
銀さんが爆弾を手にしていると知るなり逃げて行く隊士の皆のなかから、平然としている土方さんと沖田さんを見付ける。
沖田さんとばっちり目があって、私はこの騒ぎのなかでも聞こえるぐらいに声を張った。


「私…嘘下手だから騙すなんてこと出来ないし、騙す気もありません!! 沖田さんが好きなのはホントですから!!」
「――…」


その後爆発音が聞こえ、ハッとして銀さん達が走って行った方を見る。記憶通り、部屋から直線上にあった少し先の窓が破られている。そこから下を見下ろす新八と神楽がいて慌てて駆け寄った。
大丈夫のはずだけど、もしも…と考えると不安になるわけだ。

だけど、そんな私の不安を一瞬で消すように、銀さんは漫画通り隣接するビルに広告として垂れさがっていた垂れ幕にしがみついていた。



『美しく最後を飾りつける暇があったら、最後まで美しく生きようじゃねーか』



それは漫画の回想シーンにあった銀さんの名台詞の一つだ。
確かに…美しい生き方とは言えないけど、でもあれが銀さんだもん。銀さんらしい。

桂さんがきっと今頃、相変わらずの友達に安心感を覚えているように
私も漫画通りの銀さんとこうして過ごせているんだと思えて、安心していた。ああ嘘じゃないんだよなあ、って。そしてやっぱり、私は何度も思うことがあるんだ。


やっぱ私、銀さんが一番好きだなあ。



再会がみんな感動シーンだと思ったら大間違い



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