ああ、またこの部屋に戻って来てしまった。
陽はそんなげんなりとした気持ちで部屋に用意されている椅子に腰掛けた。テーブルを挟んだ向こう側には土方が腰掛け、部屋の隅では沖田が腕を組んで何を考えているか分からない表情でこちらを見ていた。

池田屋での一騒動があり、結果的に捕まってしまった万事屋の四人。ちゃっかりと逃げていた桂に恨み事を言いつつも、必死に自分達は巻き込まれたのだと弁明していた。
しかし話を聞いてもらえなかったのだろう。陽は銀時達と分かれ個人での取り調べを行うことになっていた。


「あのー、銀さん達は?」
「別室できっちり取り調べ受けてもらってる」
「そうですか…」


最初は名前も知らないモブ達に取り調べされていた時の言い様のない恐怖を思い出せば、顔見知りになった土方にされるのは大分マシになったものだ。だがしかし、こちらを見る沖田が怖い。土方曰く大分お怒りのようだし、あまり仕事に真面目ではないくせに寝もせずにジッとこちらを見ているのが何を考えているのか分からずに怖い。


「私ちゃんと部屋から出てきたから奴隷に戻れますよね?テロリストにならないですよね?」


沖田にあの時に選択を迫られ、沖田が考えているような部屋の出方ではなかったが、結果的には自ら部屋を出たのだ。それに新八と銀時に止められていなければ本気で出ていくつもりだったのだ。
しかし、実際にはテロリストを疑われて取り調べを受けている。


「出てきたっつーか爆弾っつー凶器手に出てきてテロリストまんまだったじゃねーかよ」
「爆弾はちゃんと銀さんが処理したじゃないですか!おかげで皆無事だったじゃないですか!!」
「無事も何も事の発端はそっちだろうが」
「桂さんが爆弾用意してたのが悪いんですよ!!」
「桂のこと親しげに呼んでるし」
「初対面でしたよ!! 私自身はあの人をよく知ってますけどね!普通に呼び捨て出来ないから“桂さん”って呼んでるだけですもん!」
「そもそも桂と一緒に行動してんのが怪しまれてんだろうが」
「あれは桂さんが勝手に巻き込んできただけだもん!! 銀さんが旧知の仲だっただけで、今は銀さんだって攘夷だなんてこれっぽっちも考えてないんですから!! あの人が考えてることなんていかに楽して稼げるかとか糖分のこととか結野アナのこととか少年ジャンプのことぐらいですから!! 私も新八も神楽も全くもって桂さんとは関係ないですからね!! 銀さん以上に巻き込まれてますからね!!」


脅して供述をとろうとはしてこずにいつも通りの土方なので、陽もいつも通りにマシンガンの如く勢いで必死に弁明する。何も間違ったことは言っていない。嘘は言っていない。
土方はテーブルに頬杖をつきながら、陽の表情を暫く無言で見つめた後に溜息を吐き出した。


「ったくよォ…こっちだってなァ、攘夷志士下働きに雇ってたなんてことになっちゃ問題なんだよ」


間者と知らずに生活の一端を預けていたとあっては、世間や上司から間抜けやら役立たずやら言われるのは目に見えている。事実部下の隊士たちは一様に陽に対して鼻の下を伸ばしていただけに強く言い返せない。ただでさえ女に浮ついてきているのに、その女が間者だったなんて。とんだ笑いものだ。


「頼むから騒ぎ起こすなよおめー」
「酷い言いがかり!私屯所で働くことに何の下心も無いのに!間者なんて出来ないですから!」


陽の言葉に土方は一瞬口を噤む。思い出すのは彼女の今までの阿呆さ馬鹿さ、そして無垢な笑顔に健気な姿……
初対面の時以降は土方もすっかり陽を疑うこともなくなっていた。疑うのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい彼女は裏表が無かったのだ。
それ含めて全部が間者としてのフェイクだとしたら――うちの監察の山崎よりよっぽど仕事が出来るではないか。うちに欲しいぐらいに使えるではないか。
しかし分かるのだ。そんなこと彼女についてはあり得ないだろうと。


(逃げるの忘れてたレベルの馬鹿だからな…)


池田屋に乗り込んだ時アホ面丸出しで仲間に置いてかれても気付かずボーっとしていた彼女を思い出すと、そんな詮索する方が時間の無駄に思えるのだった。


「……まぁ、おめーの馬鹿っぷりは分かってるつもりだ。伊達に一ヶ月見ちゃいねェ」
「でしょ!? もう何か馬鹿キャラ定着しつつあるけどそれでいいです!私も万事屋も無罪ですよ!」
「ただそれを証明するもんがねーと」
「………」
「………」
「……無理ですよ…それは」


途端に勢いが無くなる陽。心なしか瞳から光も消え失せていた。


「なに?証拠って……私が馬鹿ってこと証明すれば私の仲間にあたる万事屋三人も裏が無いってことになります?」
「何言ってるか分かんねーよ、もう馬鹿っぷり俺に晒さなくていいから。もうお前が馬鹿なのは分かったから」


防犯カメラでも仕掛けて経緯を録っていない限り証明するなんぞ無理な話だ。漫画では何だかんだで誤解は解けて無事に万事屋は釈放されたはずだが…一体どうやったのか。
陽は解決法が浮かばずに思わずテーブルに突っ伏す。


「もうほんと…やっぱあの小包届けなきゃ良かったんだよ……もっと必死に止め――ああ、でも桂さんイベントは外せないか……」
「何だその趣味悪そうなイベント」


後悔による独り言さえ拾ってツッコミを入れてくれる土方はやはり優しいのではないかと陽は頭の片隅で考える。


「そもそもねぇ、桂さんの仲間になってテロするぐらいなら私は真選組の許にいますよ!! 真選組の皆大好きですから!」
「何だ突然」
「でもそれ以上に大好きな人がいるから私は万事屋にいるだけなんですよ!それで巻き込まれただけなんですよ!?」


第三者として漫画で読む限りでは桂のことも普通に好きだったけれど、こうして働き口を失くしかねない状況にさせられるならば話が変わってくる。桂に対して怒りにも似た感情が込み上げてきた陽は、顔を上げて土方に愚痴を垂れる。


「…つまりおめーは好きな男がテロするんなら喜んで手を貸すってことだな?」
「え?」


今まで静かだった沖田が口を開き、陽と土方はほぼ同時に彼を見た。相変わらず何を考えているのか分からない無表情である。
陽は突然の質問に一瞬きょとんとするも、その問いに対して顎に手を添えながら考える。


「うーん……まぁ、銀さんのすることなら出来る限り力になりたいと思いますけど、」
「おいおいおい」


テロをする可能性があると自分で認めてしまえば無罪の証明どころではなくなる。そんなことも分からずに思ったことをそのまま発言しているのだろう陽は、やはり馬鹿で彼女らしいとは思うものの、土方は頭を抱えてしまいそうだった。
しかしそんな土方の心境も露知らず、陽は平然とした顔で続ける。


「土方さんも沖田さんも同じようなもんじゃないですか?ぶっちゃけお二人は国のためにとか立派な理由で働いてないですよね。命じられれば幕府のために動くんでしょうけど、根本的には国のためにと頑張る近藤さんのために、真選組を想う近藤さんのために頑張ってるんですもんね」
「………」


漫画を読んでいたから故に土方と沖田の真選組を護っている理由が分かるのだが、土方と沖田にとっては彼女に話したこともないことを言い当てられたようなものだった。
彼女には同じ武州出身だったことも近藤をそこまで慕っていることも伝えていない。特に沖田がそれを行動で示すような場面に彼女が居合わせたこともない。
何で知っている。何で分かる。そんな疑問も浮かんだが、


「慕ってる人のためだもん。動く理由なんてそれだけで充分でしょ?」


にこりと笑って言い切る彼女の言葉には、物凄い説得力があった。なんせ自分らがまさに同じ立場だったから。
つい先程まで馬鹿な発言をしていた少女と同一人物とは思えない雰囲気を纏う陽に、土方は言い知れぬ戸惑いを覚えた。


「……それじゃお前、その男の疑いが晴れねーとお前も道連れだぞ」
「銀さんの傍にいられるなら何でもいいんですけど、あの人の為に言いますね。あの人はテロとかしませんよ」
「何だその自信」


言い負かされている気がして、苦し紛れにも似た反論を土方がする。しかし陽は動揺一つ見せずにきっぱりとそう言いきった。
彼女が万事屋で暮らすようになってまだ一週間程だ。そこまで一人の男を知りつくすにはあまりに時間が短い。


「あの人がテロ紛いのことをする時があるなら、それは自分の護りたいものに危機が迫った時。あの人が護りたいのは国とか大層なものじゃなくて、手の届くところにいる大切な人たちなんです」

「思うに、あの人は誰にどう思われようと構わないんですよね。たとえ悪者と思われたって関係ない。護りたい人さえ無事だったら」


少し視線を下げて今まで紙面や画面を通して見て来た銀時に対する考察を述べた陽は、論文を締めるかのように晴れやかな表情を土方と沖田へ見せた。


「だから銀さんは旧知の友達に唆されようと攘夷活動なんてしません。あの人の信念はちょっとやそっとじゃ曲がりませんから」
「………」


「私が好きになった人はね、そういう男なんです」



自慢げに、嬉しそうに、
大好きだという男のことを話す陽。

土方はそんな彼女を正面にして一瞬言葉を失ってしまった。先程の自分と沖田の根本に気付いていたところといい、付き合いも長くない男をよく理解していたところといい、その男のことを猜疑心の欠片も無く「好き」と言いきってしまうところといい──
ただの馬鹿で阿呆の少女だと思っていたのに。その筈なのに。

あの男と似ている。
自分が護っていきたいと思えた唯一の男と、この目の前の少女が。

そして同時に思ってしまうのだ――…彼女には敵わない気がすると。



「副長」


一瞬の沈黙が生まれるも、それを破ったのは部屋に入って来た隊士だった。ドアの横にいる沖田の存在は予想外だったのか一瞬怯むも、すぐに土方の許へ歩み寄り耳打ちする。土方は話を聞いて頷くと、すぐに立ちあがる。静かに様子を見ていた陽は立ち上がった土方を見上げるも、彼は陽を一瞥することなく部屋の隅に立ったままの沖田を見やった。


「総悟、俺は席を外すからコイツ見張っとけ」
「逃げるんですかィ?」
「別件だ!! 何で俺が逃げんだよ!」
「怯んでたくせに」


馬鹿にするように笑う沖田に図星をつかれた土方は「おめーこそ可愛さあまりに苛めすぎんじゃねーぞ」と陽には聞こえない小声で釘をさし、隊士の後に続いて部屋を出て行った。バタン、と閉められたドアに視線をやりつつ「可愛がってんのはどっちでィ」と心の中で呟く。誰も聞いていない反論だ。

一方よく分からないやり取りを見ていた陽は冷や汗をかき始めていた。部屋に沖田と二人きりになってしまったからだ。好きなキャラクターといえども近藤や土方のように何も考えずに接することが出来るわけではない。万事屋でいえば銀時も同じだ。新八と神楽にはいつも通りの自分でいられるが、銀時相手には好きすぎてこれでも一応緊張してしまうのだ。
こちらの世界に来て日も経ってきたが、未だに慣れることはない。特に銀時を見る時は「これは現実なのか」と夢見心地の気分である。
沖田にも似た症状を起こすうえ、土方から怒っていると聞かされている。そのため気まずさが凄まじかったのだ。

先程まで土方が座っていた正面の椅子に腰かける沖田に、何を言われるのかと身構える陽。


「………」


しかし、沖田は陽に何も言うことなく徐にイヤホンを取り出した。両耳にそれを装着させて聴き始めたのは彼の好きな落語である。そのまま話に集中してしまい陽のことなど見ることもない。
目の前にいるというのに視線も寄越さず話を聞こうともしない姿勢に、陽は最初呆気にとられていた。だが今までのことを考えると、やはり沖田は怒っているのではないかと不安にかられる。もう愛想をつかされたのか。もう構ってもらえないのか。奴隷としてだけど、中々当たりはきつかったけど、嫌われてはいないだろうと思えていたのに。

もう、嫌われてしまったのだろうか。

一人そう考えが行き着いてしまうと、陽は押し寄せる悲しみに視線を落としてしまう。気まずさどころか話もしてもらえないなんて思いもしなかった。
これからどうなってしまうのだろう。仕事に行けば、否万事屋として暮らす限り沖田と会う機会は少なくないのに。そのたびに無視されてしまうのだろうか。そもそも仕事だって続けさせてもらえるのかまだ分からないけれど。
時間にしてみれば数分の沈黙だったが、不安により陽にはとても長い時間に感じた。そしてその間にどんどんと悪い方向へと考えてしまっていた。

沖田は小噺が終わったところで陽へ視線を向ける。そこで漸く、陽の沈んだ表情に気付いた。


「……」


思い出したのは出会ったばかりの頃、大好きな男に拒絶されて落ち込んだ陽の姿だった。思えば状況はその時と同じ。つまり彼女は自分に拒絶されたと思いこみ悲しんでいるということ。

――こいつ、本気で俺を好いてんのか

今までの行動を思い返して、そして銀時の時と同じように悲しむ彼女に、改めてそう実感する。


「……おい」
「!」


静かな短い呼びかけにハッと反応して顔をあげる陽。その表情は驚きと不安と期待が入り混じったような複雑な表情をしていた。


「おめー、そんなに俺の奴隷やりてーのか?」
「………え?」


予想していた質問とは大分違っていたのだろう。突飛な発言をすることが珍しくない流石の陽でも思わず聞き返したが、沖田からはそれ以上何も言ってこない。陽は深読みすることは得意ではないので、素直に質問に対しての返答を考える。
先程のように顎に手を添えて少し考えた様子を見せ、はっきりとした答えは出ないものの口を開いた。


「うーん…?奴隷をやりたいかと言われると別に奴隷をやりたいわけではない…?ですかね?」


奴隷をやれるのかどうかと聞かれて「やれる」と答えただけであって、別に進んで奴隷になったわけではない。だけどはっきりと言い切れずに疑問符が飛んでしまうのは一つのひっかかりがあったから。
煮え切らない様子の陽に沖田も何も言わない。陽の中にひっかかりがあることに気付いており、口にした返答に満足していないということだ。
陽もその沖田の無言の圧力を本能で察したのか分からないが、ひっかかりについて口に出す。迷いに彷徨っていた視線を真っ直ぐ沖田へと向けて。


「奴隷がやりたいわけではないです。けど、それを辞めることで沖田さんが遠い存在になってしまうのなら、その方が嫌です」


気持ちが良い程に想いをはっきりと伝えてくれるものだ。その言葉に嘘が無いことは、彼女の瞳を見れば明白である。――本当に、間者と疑うことを馬鹿馬鹿しく思うほどに、彼女は自分を好いてくれているのだ。


「――…」


女から好意を寄せられたからと舞い上がるような男ではないが、沖田の表情は僅かに柔らかくなっていた。


「おめーよォ、」
「はい?」
「本当に馬鹿らしいな」
「………皆私のこと馬鹿って言い過ぎなんですけど……確かにテストの平均点超えられる気配は無かったけどさ…」


「でも赤点はとらなかったのに」と唇を尖らせながら独り言を呟く陽を見て、沖田は自然と口元に笑みを浮かべていた。


(本当に、馬鹿正直な奴)


頬杖をついて沖田は、正面で視線を落としぶつぶつと呟いている陽を見て漸く自覚する。
彼女に出来ないことは沢山ある。対して自分になら出来ることがある。ただその逆があることも確かなのだ。真っ直ぐに思ったことを人に伝えられて、幼い子供どものように無邪気な笑顔を見せる。馬鹿で阿呆で煩わしいけれど、それだけではない人を惹きこむ力がある。

そして沖田自身も、それに魅了されて彼女を気に入っている――そう、自覚してしまったのだ。



「まぁ、俺の近くにいてーってんなら、好きにすりゃいい」
「!い…いていいんですか?」


沖田からの言葉に顔を上げた陽の表情は期待に満ちていた。何ともまあ、分かりやすい女である。そこがまた可笑しくて自然と口角が上がっていた。



「だっておめー、俺の奴隷だろ。――陽」



─ 続 ─


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