「みなさーん、今日はお通のライブに来てくれてありがとうきびウンコ!」
「とうきびウンコォォォ!!」
「今日はみんな浮世の事なんて忘れて楽しんでいってネクロマンサー!!」
「ネクロマンサー!」
「じゃあ一曲目『お前の母ちゃん何人?』!!」


脱獄してまで「特別な日」だと言っていた男。いったい何があるのかと思いつつ男の指示通りにやって来た場所は、なんとライブ会場だった。
決して大きくはないステージに立つ若い女が訳の分からない話し方をすれば、周りにいる観客からも息の合ったような掛け声が返ってきている。
同じように掛け声を出して拳を突き上げる男と、何故か一緒に盛り上がっている神楽と陽。

呆然と立ち尽くしていた銀時は、周りで興奮した様子の熱意あるファン達の間で浮いた存在となっていた。


「…なんだよコレ」
「今人気沸騰中のアイドル寺門通ちゃんの初ライブだ」


銀時は返事を聞くなり華麗な踵落としを男の頭に炸裂させた。


「てめェェェ人生を何だと思ってんだ!!」


アイドル如きのために脱獄をしたのかと、巻き込まれた銀時としては怒り心頭だ。脱獄なんぞした所為で男も更に罪に問われるはずだというのに。
しかし男は銀時の説教を聞いたところで反省する様子は見せない。


「一瞬で人生を棒にふった俺だからこそ、人生には見落としてはならない大事な一瞬があることを知ってるのさ」


尤もらしいことを言って再びライブを楽しむことに集中する男。銀時は名前も知らぬ脱獄犯など放って帰ろうと神楽と陽へ声をかけるが、二人ともライブを見たいのかごねていた。この宗教じみた異質な空間に完璧に影響を受けていた。

子ども二人を置いて帰ることも出来ず、銀時は参った様子で頭を掻く。そして何となく視線を横にやった瞬間、僅かに目を開いた。
通路を挟んだ隣りの一帯の席を陣取るように、法被や鉢巻などで服装を揃えた集団がいたのだが、そこで指揮を執っている男があまりに見慣れた男だったのだ。


「オイそこ何ボケっとしてんだ声張れェェ!!」
「すみません隊長ォォ!!」
「オイいつから隊長になったんだオメーは」
「俺は生まれた時からお通ちゃんの親衛隊隊長だァァ!!」


そこにいたのは先程別れたはずの新八だったのだ。しかも普段の地味な眼鏡キャラでツッコミのために存在しているような男が、隊長を務めているようなのだ。
木刀を構えて親衛隊の者たちに声を張り上げていた新八は、背後からの声に一瞬反応が遅れてしまった。“隊長”として返事をしてから、聞こえてきた声が聞き慣れたものだと気付いて振り向き驚きの声をあげる。


「てめーこんな軟弱なもんに傾倒してやがってたとは。てめーの姉ちゃんに何て謝ればいいんだ」
「僕が何しようと勝手だろ!! ガキじゃねーんだよ!!」
「新八反抗期なの?」


神楽と男と共に盛り上がっていたはずの陽もいつの間に移動したのか、銀時の後ろからひょっこりと顔を出す。さりげなく銀時の腕に手を回すがあっさりと振り払われた。


「陽さんまで!」
「人が何好きだろうと迷惑かけなきゃいいじゃんね?自分だってどっかのお天気お姉さんに現抜かしてるくせにさー」


腕を振り払われたことにつまらなそうな顔をしながら新八に同意を求める陽。若干の非難混じりの視線を向けられるが銀時は意に介さない。


「ちょっとそこのあなた達」


女性の声が聞こえてそちらを見れば、階段を下りてこちらへ向かってくる眼鏡をかけた中年の女がいる。新八は彼女を見るなり素早く敬礼してみせた。


「ライブ中にふらふら歩かないでください。他のお客様のご迷惑になります」
「スンマセンマネージャーさん。俺が締め出しとくんで」
「やってみろやコラ」
「銀さん止めた方がいいよ、新八お通ちゃん関係だと色々怖いから」


陽は漫画で今まで見てきた新八のお通に関する姿を思い出して、ポンと銀時の肩に手を置いた。


「今日はあの娘の初ライブなんだから、必ず成功させなくては…」


そう言って眼鏡のフレームに触れる女…マネージャーは、聞き覚えのある声に振り向いた。
そこには先程まで銀時達がいた客席の方で、未だに「L・O・V・E・お・つ・う!!」と声を張り上げている男がいて。


「……!! あなた…?」


驚きに満ちた表情の女の声が聞こえたのか、気配を感じたのか、熱心にお通を応援していた男の視線が後方で立ちつくすマネージャーへと向けられる。
そこで漸く二人の視線が交わった。

そんな二人の様子に気付いたのは陽だ。
新八の生意気な態度にムカついたのか彼の髪を鷲掴みしている銀時を宥めていたものの、会場内で明らかに異質な雰囲気を醸し出す大人二人に視線は釘付けである。


「……あぁ、覚えてる。覚えてるよ」
「何がアル」
「ごめんこっちの話」


会場を出て行く二人の背中を見つめ、それに何かを察したのかただこの場を離れたかっただけなのか、静かに後に続く銀時を見送りながら陽は呟く。神楽がどういうことかと尋ねるが、はぐらかされればそこまでの興味も無かったのか深く聞いてくることはなかった。


「…よし!私はお花集めよっと!」
「…?どく行くネ陽」
「すぐそこ。神楽はここにいるんだよ」


神楽には会場にいるように言い残し、自分の出来ることをしておこうかと陽は先程の銀時たちのようにこっそりと席を離れた。



会場を出て花が咲いていそうなところを探してみる。しかしライブ会場があるような場所にそうそう花など咲いているわけもない。景観を良くするような整備された芝生はあってもお目当ての花までは案外見つからない。


「予想以上に花無いなオイ」


一応幕末の設定なので東京よりは自然もあるだろうと高を括っていた陽だが、会場付近を走りまわり後悔することになった。漸く見つけたのはコンクリートの隙間から根気強く咲いているタンポポである。逆境に負けずに咲いている姿を見ると摘むことに気が引けた。


「罪悪感半端ないんだけど何コレ…!」


タンポポを前にしゃがみこみ、摘み取るべきか頭を悩ませる陽。花屋で買うことも一瞬考えたが、それでは違う気がするし、何よりまだ地理に弱いので近くに花屋があるかも分からない。

陽は掌を合わせてタンポポに向けて頭を下げる。


「ごめんよタンポポ…けどきっと君はお通ちゃんのもとで暫く愛でてもらえるはずだから!花は見てもらってナンボだよね?ね?」
「何やってんのお前」


花に問いかけるというより自分自身への言い訳のように言葉を連ねる陽。傍から見れば花に合掌して語りかける怪しい女でしかない。声をかけた銀時はまさにそれにしか見えず、不快感や不信感を隠すことなく顔を顰めていた。しかし陽はその表情に何も感じないのか声をかけられて嬉しそうに振り向く。


「お花集めようと思って!お花いりますよね!」


陽は元気に素直に質問に返してから、銀時の手元に気付く。なんと彼の手中には既に数本のタンポポが握られていた。


「え、銀さんどこでそれを」
「すぐそこの芝生」
「えっ」


銀時が顎で示した方向へ視線を向けるが、ここからは見えない位置にあるのか芝生がありそうな雰囲気も感じられないコンクリートの道や建物があるだけ。

確か銀時はお通の両親の話を聞いてから花を探していたはずだ。寧ろ会場が騒ぎになって神楽が呼びに行ってから見つけていたはずだが。
あんなに探したのに、と陽は僅かにショックを受ける。


「で?お前何で知ってんの?」
「……」


タンポポのことでショックを受けている場合ではなかった。お通の両親が話している場面に自分がいないのだから、銀時が不思議に思ってもおかしくはない。
陽は一瞬硬直するも、何とか怪しまれないようにと口を開く。


「こ…こっそり私もその場で聞いてたんですよ!お通ちゃんとお父さんの昔の約束!バラ…百本だっけ」
「百万本」
「そう!百万本の花束を持ってお通ちゃんのライブ観に行ってやるっていう約束ですよね!ね!」
「……」


「ね!」じゃねーだろ。目泳ぎ過ぎなんだよ。

銀時は隠し事や嘘が下手らしいどこまでも間抜けな彼女にツッコミたい気持ちはあったものの、会場が騒ぎのなかこのアホ女に構っている時間が勿体無いと思い至る。疑いの眼差しを向けていたが、踵を返して会場へと向かうことにした。


「君が頑張ってここで咲いてること私は忘れないからね!頑張って生きるんだぞタンポポ!」


聞こえてきた声に振り向けば陽は自分で見つけたタンポポに向かって拳を作って声をかけていた。まさに花を鼓舞している。
銀時は無視して会場へと歩を進める。きっと新八なら拾ってツッコミを入れてくれるのであろうが、自分はそこまで優しくない。前回ツッコミ役を買って出たといっても、自分がそこまで働き者でないことは皆もご存じの通りだ。そもそもあれはボケではなく大真面目なのでまた厄介だった。


会場に戻ると、新八が率いる寺門通親衛隊のなかにいた天人“食恋族”の男がお通を捕食しようとして騒ぎになっていた。熱心に掛け声を出していたファンの男達もすっかり逃げ出しており、お通を護ろうと新八や親衛隊の男たちが天人の動きを封じているところだった。
遅れて登場した神楽と銀時があっさりと天人を伸すと、一歩離れたところにいた陽がステージに近づく。銀時から託されていた小さなタンポポの花束を、ステージ上で尻餅をついている件の男へと放り投げる。彼は正体を隠すためか、目の部分に穴を開けたビニール袋をマスクの代用として頭に被っていた。


「そんなもんしか見つからなかった。百万本には及ばねーが後は愛情で誤魔化して」


片手を挙げて会場から去っていく銀時。陽は出入口に向かい階段を上っていく銀時を一度見てから男へ視線を戻した。


「おじさん!大丈夫だからね!」


グッと親指をたててサムズアップした陽。何が大丈夫なんだとか何を知ってるんだとか、そもそも何で知ってるんだとか……男には幾つも疑問が浮かんだことだろう。
そんなこと構いやしない陽は軽快に階段を上って銀時の後を追う。最後、ビニール袋で顔を隠したまま無言で花束をお通へ差し出す男を確認してから、会場の出入口にある重い扉を開けた。


事情を知らない新八と神楽は既に去っていたが、銀時だけは会場を出たすぐの廊下で男を待ち構えていた。陽は一瞬だけその姿を視界に捉えると、すぐに視線を落として口を開く。


「…凄いですよね、脱獄してまで約束護りに来るなんて」
「おかげで迷惑被った奴もいるがな。『良い子はマネしちゃいけません』ってテロップがそこらへんに出てんじゃねーの」
「良い子は捕まりませんよ」
「あ。…アホ女のくせに生意気な」


いつもみたいに言い返してくるかと思ったが、その後返って来たのは沈黙だった。銀時は視線を向けて漸く気付く。俯いた陽が悲しげな表情を浮かべていたことに。

何なんだ、ついさっきまでいつも通りだったではないか。花に声までかけて阿呆丸出しだったではないか。何故突然そんな顔をするのか。
銀時が彼女へ声をかける前に、会場の扉が再び開いた。そこから出てきた男を見やり、銀時はそちらへと声をかける。


「よォ。涙のお別れは済んだか?」


頭に被っていたビニール袋を取り去り溢れる感情を抑え込むようにギュッと握りしめる男は、年甲斐もなく涙と鼻水を流しており


「バカヤローお別れなんかじゃねェ。また必ず会いにくるさ…今度は胸張ってな」


娘が顔を隠していても自分に気付いてくれたことや、約束を覚えてくれていたことに涙を隠しきれない一人の親父。
そんな親子の絆を見て、陽は己の家族を思い出し涙を流していた。



『姉ちゃん、いつ帰ってくんの?』

『金曜日!』

『ほら、準備出来たんならさっさと寝なさい!明日早いんでしょ?』

『父さんにお土産宜しくなー』

『ちゃんと買ってこいよなっ!約束だぞ』

『任しといてっ!』



(私も…ちゃんと護ってあげたかったな…――)


お通達の約束に比べれば何てことはない日常にありふれたようなものかもしれない。陽自身も当時は大したものとは思わなかった。だけどそれを叶えられなかったのだ。
娘を想い涙を流す男を見ると、陽も家族を想い、家族が恋しくなってしまう。

会いたい。


「!?」


脳裏に思い浮かべた家族の顔が吹き飛んでしまうような、思わぬ衝撃が頭に走る。犯人は銀時だった。彼を見ると視線も合わせず前を向いて歩いていたけれど、自分の頭を叩いたのは正真正銘この男だろう。他にこの場に目ぼしい人はいない。

銀時自身何故陽が泣いているかなど分かりはしない。だけどその前に見せた悲しげな表情を思い出せば、ただの貰い泣きではないと分かるから。
頭を撫でることも肩を抱いてやることも出来たろうが、そんな優しさ彼女の涙腺を崩壊させるだけだと予想がつく。だから「泣くな」と想いを込めて頭を叩くぐらいの方が丁度いいのだ。


「――…」


事実彼女は過去となってしまった“会いたい人”ではなく、夢が叶って傍にいてくれている“会いたかった人”を見ることが出来たから。


先を歩いていた自分に小走りで追い付き腕に抱きつこうとした陽を軽々とかわしながら、表情を変えずに銀時は呟く。


「ドM」
「何でですか」
「頭叩かれてにやついてる女にはぴったりだろ」
「に…にやついてないもん」
「本当嘘下手だな、お前」



大事なことっていくつになっても忘れないモンだ



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