ある日新八が相談があるのだと切り出した。いったい何事かと身構える私とは違い真面目に取り合う気はない様子の銀さんと神楽。新八はこめかみに筋を浮かべながら場所を移動しようと提案する。乗り気ではなさそうな二人を私と新八は協力して無理矢理に連れていった。

新八の案内で到着したのは一軒の中華屋さん。壁に面したテーブル席には先客…お妙さんがいた。新八がお妙さんの隣りに座り、私達三人は自然と向かい側に腰掛ける。

銀さんは甘味を頼み、神楽はジャンボラーメンチャレンジを始めようとする。三分以内で食べきれば無料だって。神楽のためにあるようなものじゃないか。沢山食べられて無料!これは食事代を浮かすためにも是非やってもらわなければ。勿論成功前提で。


「神楽、失敗は駄目だからね。成功しか道はないからね」
「私を誰と思ってるアル。ナメんなヨ」
「うん、信じてる!」
「陽さん、アンタ僕の相談の話忘れてませんか?」
「あっ」


余裕綽々の態度でいる神楽に念押しをしていた私は、新八に声をかけられてハッとする。そうだった、思わぬお得なお話にすっかり頭から抜けていた。新八の相談聞きに来たんでした。そういえばどうしてお妙さんまでいるんだろう。


「わ、忘れてないよ!そんなわけないじゃんハハハ!」
「…バレバレだからもう嘘吐くのやめたらどうです?」


新八の呆れたような視線が居た堪れなかった。



▼△▼



「よかったじゃねーか、嫁の貰い手があってよォ」


いざ相談を聞くことになってみれば、相談があったのは新八ではなくお妙さんの方だった。話によれば最近お店のお客さんのゴリラが交際を持ちかけて断っても断っても諦めず付きまとってくるのだという。
その話を聞いて私はすぐにピンときた。近藤さんだ。原作の近藤さん初登場の回だわコレ。


「帯刀してたってこたァ幕臣かなんかか?玉の輿じゃねーか、本性がバレないうちに籍入れとけ籍!」
「それどーゆー意味」


言葉に気をつけずデリカシーも遠慮もない銀さんは、すぐさまお妙さんの手によって甘味のグラスに頭を突っ込む羽目になった。…グラス割れた音したけどこれ誰が弁償するんですかね。
とりあえず見なかったことにしようと視線を逸らし、お妙さんを見やる。少しだけ思いつめたような表情で視線を落としていた。


「最初はね、そのうち諦めるだろうと思ってたいして気にしてなかったんだけど……気が付いたらどこに行ってもあの男の姿がある事に気付いて。ああ異常だって」
「お妙さん、近藤さんは良い人ですよ!周りからの信頼も厚いしすこぶる優しいし」


近藤さんにはこの世界に来た最初の頃に助けてもらったこともあるし、今だって良くしてくれる。いつも豪快に笑って私の頭を撫でてくれる、そんな人。
私は近藤さんが大好きだ。だからこそ幸せになってほしいと思わざるをえない。たとえ今後お妙さんから鉄槌をくらう日々が待っていると分かっていても。
だから私は両手を拳にしてお妙さんに近藤さんのアピールをするのだ。


「でもね陽ちゃん、ストーカーなのよ?」
「ストーカーでもゴリラでもほら、お妙さんは仕事してる時の近藤さん見たことないから。いざという時はやっちゃう人だから!」
「何をやっちゃうの?ドラミング?」
「ど、どらみんぐ?」
「ほら、胸をどんどんと叩くでしょゴリラって。アレ」
「あぁ、アレ!ドラミングっていうんですか!お妙さん物知りですねー!さっすがー!」
「ふふ、陽ちゃんの素直なとこ好きよ」
「私もお妙さん大好き!」
「ねぇちょっと話ズレてるから。どこからツッコミ入れたら良いか分かんないから」


お妙さんと両想いになれて嬉しいなってニコニコしていたら、新八が冷静なトーンで会話に入ってくる。せっかく盛り上がってたのに。ここは空気読んで様子見てくれててよかったんだよ?


「というより、陽さんその例の人の顔見ましたっけ?何で名前……知り合いですか?」


新八の問いかけに私は一瞬固まる。
顔、見てないけど…これから嫌という程見るやりとりなんだから、分かるに決まってる。お妙さんに結婚を申し込んでる人なんて原作で二人しか知らないぞ私は。
そのうちの一人が私の勤め先で局長やってるんだから、そりゃあ名前も知っていて当然だ。そもそも警察がストーカーやってるってどうかとは思うけど、そこまでは私が気にしなくてもいいかな?だから別に「職場にいる人だ」って言えば普通――…


「………」
「え?何考えこんでんですか」


あれ?そうか、顔見てないのに職場の人って分かっちゃまずいか。顔も見てないのに名前分かっちゃまずいか。
そういや今までの会話で近藤さんの名前出てなかったんだ。


「……ソンナ気ガシタダケダヨ!!」
「だから陽さん…」


新八のその呆れた視線やめて!! 居た堪れないんだってば!言いたいことは分かってるけど正直にどう言えっていうんだよ!
いやな汗を流す私は新八の視線に併せて銀さんからの何考えてるか分からない視線が向けられて一種の恐怖を覚える。視線合わせられない。絶対怪しまれてるよねコレ。ああでも初っ端から怪しまれてたんだっけ、じゃあ今更か。


「ハイ、あと30秒」
「ハイハイラストスパート。飲まないで飲み込め神楽。頼むぞ金持ってきてねーんだから」
「きーてんのかアンタらは!!」


テーブルの側でストップウォッチを見つめる店のおじさんの言葉で、銀さんと新八の視線から同時に解放される。ありがとうおじさん…!
大きな器を両手に持って残りを胃に流しこんでいる神楽もグッジョブ!そのままクリアしてくれるって信じてるよ!


「んだよ俺にどーしろっての。仕事の依頼なら出すもん出してもわらにゃ」
「銀さん、僕もう2ヶ月給料もらってないんスけど。出るとこ出てもいいんですよ」
「ストーカーめェェ!! どこだァァァ!! 成敗してくれるわっ!!」


面倒そうな顔をしていた銀さんは新八からの言葉で態度を一変。扱いやすい大人…16歳に良いように使われてる20代の大人ってどうかと思いますがね。私はそんな銀さんでも好きだからいいんですけど。


「なんだァァァ!! やれるものならやってみろ!!」
「ホントにいたよ」


銀さんの声に正直に応えて近くのテーブルの下から姿を現す私服姿の近藤さん。そのテーブル使っていたお客さんに同情さえ覚える。流石に他人に迷惑かけちゃ駄目だよ近藤さん…。


「ストーカーと呼ばれて出てくるとはバカな野郎だ。己がストーカーであることを認めたか?」
「人は皆愛を求め追い続けるストーカーよ」


対峙する二人を見て私はどうしようかと考える。私ここで近藤さんに挨拶をすべきかな、と。傍観しているのは楽だけど一応上司だ。…でもさっきの疑いの目を思い出すと下手に喋ると口を滑らせ墓穴を掘る可能性がある……出来れば影薄くしておきたいかなあ。近藤さんとも今のとこ目が合ってないし、さてはお妙さんと銀さんしか見えてないんだろう。


「ときに貴様。先程よりお妙さんと親しげに話しているが一体どーゆー関係だ。うらやましいこと山の如しだ」

「そのうえ何故陽ちゃんが一緒にいるんだ」


普通に私に気付いてた!!

飲もうと思っていたお水が驚きで気管に入ってしまい咳き込む羽目に。そ、そうだよねさっきまで貴方の大好きなお妙さんとお話してたんだから視界に入らない方がおかしいよね。


「え…?陽さんやっぱり知り合い…」
「あー…」


戸惑いの視線が新八から向けられるけど、私はどう答えるべきか悩む。今この場で警察だってばらしていいのかな。職場の人だって言ったら絶対分かるよね、だって私の勤め先の一つは「スナックお登勢」で従業員は限られてるし万事屋に顔バレしてるし。そこにいなかった近藤さんが、私のもう一つの勤め先である真選組の人って分かるよね。お話の展開的に真選組とバレて大丈夫なのかな。


「まさか陽ちゃんが今世話になっているのは…この男の許だというのか!?」


近藤さん、話がややこしくなるから今は私のこと放っておいてほしいです。

そんなことを口に出したくても出せずにいる私。悲しいかな、今の近藤さんに私の気持ちを汲む余裕があるわけもなく、信じられないとでもいうように銀さんを足元から顔まで見上げるように視線を動かした。


「こんなだらしない目にだらしない頭にだらしない格好をした男と暮らしてるというのか…!?」
「なんだてめー天パナメんじゃねーぞ」
「うちだって男所帯だけどきちんと規律のもとで暮らしてるんだぞ!そんななかで陽ちゃんという光に皆がどれほど癒されてきたことか――毎日いてくれた陽ちゃんが今じゃいない時間も増えて、俺仕事のせいですれ違うことだってあるのにさァ!」
「アンタ姉上が好きなんですか、陽さんが好きなんですか」


一人勝手に暴走している近藤さんの言動に、銀さんはこめかみに筋を浮かべ新八は冷静にツッコミを入れている。
どうしよう、収集つかなくなってしまう。話が進まなくなってしまう。このままじゃ今後に色々と影響が出てしまうのは目に見えていた。だけど頭の悪い私にはこの状況をどうすればいいのか全く思い浮かばない。


「こ、近藤さん、私のことはいいから。あなたが今テーブルの下に潜んでいた目的を思い出してください」
「それは勿論お妙さんのためだ!! けど!! 良い子の陽ちゃんがこんなだらしなさそうな男と同じ屋根の下にいるなんて…!!」
「おいふざけんなよゴリラ、俺だってなァ嫌々こいつ置いてんだよ。そこまで言われるのは心外だコノヤロー」
「近藤さん待ってェェ!私も好きで一緒に暮らしてるから!! 望んでしてることだから!」


私が万事屋にいることが不本意な銀さんは、そんな私の所為で見ず知らずの男に自分を貶されて怒りを露わにしている。せっかく生活にも慣れて万事屋の一員としてやれてる気がしてたのに、これでは全て駄目になってしまいそうだ。
必死に暴走してる近藤さんを止めようとするけれど、近藤さんはがしりと私の両肩を掴んで声を荒げる。


「俺には分からないよ陽ちゃん!何でこんな男の許に!? 特に金も権力も無さそうだしろくに働いてもなさそうだし寧ろ金使いもだらしなさそうなのに!!」
「何で俺アホ女のためにここまで貶されなきゃいけないわけ」
「銀さん、貶されるっていうか丸ごと全部真実なんですけど」


苛々した様子の銀さんの横で新八は非常に冷静だった。
確かに近藤さんの言ったことについては全部当たっている。見た目だけでそこまでばれてしまうって相当だらしなく見えるんだな、銀さんって。私もまだ万事屋で暮らすようになって少しだけど既に何度かこの人のだらしなさに苦労させられている。…だけどね、近藤さん


「何でって、そんなの好きだからに決まってるじゃないですか!!」


迷いのない目で近藤さんの声量に負けないよう声を張った。思えば店内で他人が沢山いたけど、もう時既に遅し。別に銀さんが好きなこと隠すつもりなんてないし、寧ろかぶき町で「坂田銀時が好きな女」として有名になるなんてある意味名誉な気がしてきた。
と、少し考えがずれてきていた私とは対照的に、近藤さんは私の言葉で衝撃に目を見開いていた。かと思えば一度何かに耐えるように俯いてしまい、私の肩を掴む手に僅かに力が増す。


「……そうだな…陽ちゃんはそんな上っ面のところ見ちゃいないんだよな……でもな、お父さんとしてはもっとまともな人と幸せになってほしいんだよ…」
「お父さんじゃないでしょ近藤さん。私の幸せじゃなくて自分の幸せのために動いてください、私はいいから」


私のこと心配してくれてるのは正直凄く嬉しい。可愛がってくれてる自覚はあったけどそこまで…娘みたいに大切に想ってくれてるなんて思いもしなかった。そんな近藤さんに私は更に大好きだなって思うわけなんだけど(勿論銀さんの好きには遠く及ばないんだけど)今大事なのはこの線路から外れてしまったストーリーを軌道修正することなのだ。だからってどうしたらいいんだ。お妙さんが銀さんを「許嫁だ」っていうタイミングが無くなってしまった。


「俺のことはいい!! 陽ちゃんの未来の方がずっと大事だ!!」


勢いよく顔をあげた近藤さんから、さっきの私の銀さんへの想いにも負けないほど迷いのない眼差しを返されてしまう。躊躇いもなくそんなことを言う近藤さんに私は思わず両手で顔を覆ってしまった。そうだった、この人はそういう人だった。自分よりも周りを大切にする人。周りの幸せを強く願える人。真っ直ぐで優しい心の持ち主だ。
そんな近藤さんが眩しく見える私は最早何も言い返せない。お妙さん見て、近藤さん滅茶苦茶良い人でしょ…。


「オイ白髪パーマ!!」


近藤さんは片手を私の肩に置いたまま、もう片手で銀さんに人差し指を突きつける。


「陽ちゃんにはもっと相応しい男がいる!! なのにお前がいる所為でこの子は前に進めないままだ!陽ちゃんのためにもお前には姿を消してもらう!!」


ん?何を言ってるんだこの人は。また変なことを言いだしてる近藤さんを止めようと思った私だったけど、近藤さんの勢いを止める暇も無く、思わぬ発言を聞くこととなった。



「決闘しろ!! 陽ちゃんをかけて!!」



………んん?



─ 続 ─


こんなはずでは……。

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