「どうしてこうなった……」
橋の上でフェンスに両手を置きながら、私はそう呟かざるを得なかった。橋の下、河川敷では近藤さんが真剣な顔で立っている。風が吹いて着物がなびいてるのは雰囲気が出ているけど、あの人完璧に空回りしてるだけだからね。何で私のために決闘?違うでしょ近藤さん、お妙さんのためにするんでしょ。どうしてこうなった。
私好きで万事屋にいるのに。銀さん以外に相応しい人がいるかどうかなんて分からないけど、銀さん以外の人好きになるつもりもないから。だからやっぱり近藤さんには悪いけど、これは空回りなのだ。私のために決闘してくれるの、嬉しいけどさ…理由がね…。
「生の銀妙拝もうと思ってたのに……」
「何か言いました?」
「何でも無い…」
私のささやかな願望は叶わなかった。どうもこの世界に来てから二次創作のようなご都合展開になってくれない気がする。私をかけて決闘したって萌え要素になりえないじゃん!だって銀さんにとっては私って鬱陶しいだけだし近藤さんもただ可愛がってくれてるだけだし!
私は!! 銀妙を!! 見たかったのに!!!
「陽さん、あの人いったい何なんですか」
「……うん…」
「よく分からないけど、おかげで私のことはどうでもよくなってくれたかしら、あの人」
「いや、お妙さん、それはまた別の話になるだけだと思います」
新八には何と答えていいか分からなかったけど、お妙さんの呟きには自信をもって答えられた。だってあの近藤さんだもん。お妙さんのことがどうでもよくなるわけがない。ただ、あの人的には自分の幸せでなく私の幸せを願ってくれただけなのだ。しつこいほど言うけど空回りだがな!
「はぁ…あとですっごい銀さんに嫌味言われそう……」
「何でヨ」
このあとのことを思うと気持ちが沈んでしまい自然と溜息が零れる。私の横にいた神楽が視線を寄越してきた。
「だって銀さん完璧に巻き込まれただけだよ。それがよりにもよって私って…決闘の理由からして銀さんが勝つ必要性無いじゃんか」
「?」
「あの人私がいること不本意なんだよ…?負ければ近藤さんが私を連れ出して、体よく私がいなくなってくれるって思うじゃん。思わないわけないじゃん」
「ええ?でも安定した家計の支えですよ、陽さんがいなくなるのはそれなりに痛手だと思いますけど」
「……」
新八くん、それフォローになってないよ…。
いや分かっているけどね、でも私ってやっぱりお金入れて家事もやれてなきゃ存在理由が無いのだと突きつけられた気分だった。何も言えずに内心で落ち込んでいると、私の雰囲気が違うことに気付いたのか新八は慌てて「あくまで銀さんの視点ですよ!? 僕らはそう思ってませんから!!」と手を横に振っていた。
「何言ってるネ新八」
「いやだから僕はそう思ってないから!」
「陽は家計の支えじゃなくて立派な家政婦アル」
「………」
空気を読んでるのか読んでないのか容赦のない神楽の言葉に一瞬言葉を失う私と新八。河川敷を見下ろす神楽の目は真っ直ぐとしている。何だその無駄に淀みのない瞳は。綺麗な青色だなクソ。
「家政婦として頑張ります」
「認めないで陽さん!!」
何でもいいですもう。
一ファンの私はどんな形でも万事屋にいられるだけ幸せ者なんですから。
暫くして厠に行っていた銀さんが河川敷へと現れた。男の人の厠にしては時間がかかっていたから…一応原作と同じ展開になるのだろうか。
「ったくよォそもそも何で俺があんなアホ女のために決闘なんざしなきゃなんねーんだよ。欲しけりゃくれてやるよあんなの」
全く乗り気ではなくて面倒くさそうに頭をがしがしと掻いている銀さんに、私は「ですよねー」と内心で呟く。居た堪れないよ私。無駄にこんな惨めな想いをする羽目になったけど、近藤さんの好意故と思うと恨みきれない。歯がゆい。
「だがな、初対面のくせに散々悪口言われた身としちゃ黙っていられねー。ただそれだけだからな」
私のために決闘を申し込む近藤さんと、自分のために戦う銀さん。なんとまぁ対照的なことでしょう。
「やっぱり私迷惑なのかな、出てった方がいいのかな」と最初の頃うやむやのまま私のことを置いてくれるようになった経緯を思い出し、私は少し切ない気持ちになっていた。
一方、私の気持ちなど誰も気付かないまま新八たちは静かに銀さんと近藤さんの様子を見守っている。近藤さんの武器は何が良いかという問いに自分の腰元にある木刀を握ってそれを使うと答えた。真剣を使ってもいいと前置きしたにも関わらず銀さんが木刀を選択するので、近藤さんは甘く見られているのかと僅かに眉を潜める。
「ワリーが人の人生賭けて勝負できるほど大層な人間じゃないんでね。代わりと言っちゃ何だが俺の命を賭けよう」
近藤さんの態度にも銀さんは意にも介さず、口元に緩やかな笑みを湛えている。
「俺がどんな理由で戦おうが決闘は決闘だ。俺ァ自分のために戦うからな、賭けるのも俺の命だ。てめーが勝ってもあのアホがうちを出て行くかは知らねーが、少なくとも望み通り俺は消える。あとは説得するなり別の男見付けてやるなり好きにすりゃいい」
「だがあいつも望んでうちにいる限り、俺が勝ったらてめーには手ェ引いてもらう」
…………。
「陽さん?何してるんですか」
本来はお妙さんのための言葉が、賭けごとが私になっているために銀さんの言葉が少し変わっている。このあとの展開を知っているし本心なんて無いんだろうけど、でも、めちゃくちゃ嬉しかった。何だかんだ、勝っても負けても近藤さんに無理矢理万事屋から連れ出されることはないように言っているんだから。
「出てった方がいいのか」と少し本気で考えていた直後の銀さんの発言なだけに、これはあかん。何の心構えもしていなかった私にはかなりの破壊力があり、萌えのあまり両手で顔を覆ってしゃがみこみ必死に気持ちを堪えている。頭上から戸惑い気味の新八の声が聞こえてきたけど何も答えられなかった。
「い〜男だな。お前」
銀さんの発言に近藤さんも口元に笑みを浮かべていた。
せっかくの原作展開を見逃すわけにはいくまいと何とか立ち上がり、ニヤケそうな口元を隠すように両手で覆ったまま二人を見下ろす。そんな私へ神楽が「吐くの?」と純粋に訊いてきたから「だいじょぶ」とだけ答えておいた。
「小僧、お前の木刀を貸せ」
近藤さんが新八の腰にさしてある木刀を借りようと声をかけると、新八が動くより先に銀さんが自分の木刀を近藤さんの足元へ放り投げる。
「てめーもいい男じゃねーか。使えよ、俺の自慢の愛刀だ」
結果新八から放られた木刀を難なく片手でキャッチする銀さんと、拾い上げた銀さんの木刀を手に構える近藤さん。ああ…このあとの展開を思い出すと近藤さんが不憫でならないよ…。
「勝っても負けてもお互い遺恨はなさそーだな」
「ああ。純粋に男として勝負しよう」
純粋に…男として……ね…。
さっきの萌えも消え去ってしまうほど近藤さんへの同情で微妙な表情に変わってしまう。口出ししたいところだけど、銀さんに怒られるのは目に見えてるし。ああ、でも近藤さんは私のために…胸が痛む。銀さんでさえ何も感じてないのに、私のが胸が痛む。
「いざ!!」
「尋常に」
「勝負!!」
二人が木刀を手に一歩踏み込んで斬りかかった時だった。近藤さんは漸く異変に気付いた。――自分の握る木刀の刀身部分が無くなっていることに。
近藤さんの止めも聞かずに容赦なく顔面を木刀で殴り飛ばす銀さん。勢いよく河川敷を吹っ飛ぶ近藤さん。言葉を失う新八たち。
「甘ェ…天津甘栗より甘ェ。敵から得物借りるなんざよォ〜」
「厠で削っといた。ブン回しただけで折れるぐらいに」
近藤さんの手中からすり抜けた自分の“愛刀”を拾い上げて仰向けに倒れたままの近藤さんへと見せつける。銀さんの一発はやっぱり中々だったのか、苦しげに「そこまでやるか」という近藤さんに、銀さんは憎たらしいしたり顔で答える。
「こんなことのために誰かが何かを失うのはバカげてるぜ。全て丸くおさめるにゃコイツが一番だろ」
「コレ…丸いか?…」
悪気が全く見られない銀さんにそれ以上は言えず、近藤さんは気を失ってしまった。
鼻を高くしてどや顔の銀さんが橋へと歩み寄ってくると、漫画通りに橋から飛び降りた新八と神楽の蹴りを食らっていた。うん、何故どや顔なのか私も問い質したいところだ。あんな卑怯な手、そりゃ怒るよね普通。近藤さんのこと知りもしない新八と神楽でさえ、銀さんの人間性に怒っているのだ。私は何とも複雑な気持ちだったけどね。
怒ったままの新八と神楽が帰っていくのを見ながら、お妙さんは小さく笑い、やがて自分もその場を去って行った。
橋に残された私は新八と神楽みたいに橋から降りる勇気はないので、土手から回り込んで河川敷にいる二人に駆け寄った。
「なんでこんなに惨めな気分?」
気絶までしてるわけじゃないから、先に体を起こしたのは当然銀さん。私は銀さんの許へ行って視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「何だかんだで銀さんが一番泥被っちゃいましたね」
「おめー、誰のために俺がこうなったと」
「え?自分のために戦ったんですよね?」
「生意気なこと言うのはこの口か」
「あだだだだ!」
すぐさま私の頬を片手で鷲掴みする銀さん、全然手加減していない。最近私が正論言うと暴力に出るようになった気がするこの人。大人げない!
「元はと言えばおめーの所為で巻き込まれたんだからな俺ァ」
「わかってましゅって、しょれはしゅいましぇんでひた」
でも結果的に決闘する羽目になったけどね銀さんは。
そう思いつつも謝っておくと、私が舌足らずな所為か銀さんは顔を顰める。
「逆に腹立つな」
「理不尽!」
頬を押さえられてる所為で喋りづらいのに!そんななか謝ったのに、腹立つとか言われる私。めげません。銀さんの手から解放された私は、立ち上がって帰ろうとする銀さんをその場にしゃがんだまま見上げて声をかける。
「ありがとうございました」
「……だからお前のためじゃねーから」
「私、万事屋にいていいんですよね。銀さん勝ってくれましたもんね」
「…別にお前が嫌ならいつでも出てってくれていいからね、銀さん止めねーから」
「大丈夫です、私これからどんなイケメンに口説かれようと大金積まれようと命の危険があろうと、絶対万事屋にいますから!」
「……大丈夫じゃねーけど」
全く嬉しくなさそうな銀さんの反応は予想通りだ。そのまま立ち去ろうとした銀さんを見送ろうと、しゃがみこんだまま背中を見つめていると、ついてこない私の気配に気付いたのか銀さんは再度振り返ってくれた。そんな些細なことで嬉しくなってしまう。
「先に帰っててください。私…あの人置いて帰れません」
ちらりと見やったのは未だに気絶している近藤さん。大きく足を広げていて着物がずれて褌が丸見えだ。正直目のやり場に困る。そんな格好悪い姿を晒しているけれど、私にとってはあの人も大切で大好きな人の一人なのだ。
「空回りだったけど、私のためを想って戦ってくれたから」
近藤さんの側に移動して着物を少しだけ直してとりあえず褌だけは隠すようにすると、私は近くの草が生えているところで腰をおろす。そんな私に銀さんは「晩飯前には帰れよ」とだけ声をかけて去って行った。
……晩ご飯作る時間も考えて帰ってこいってことなんだろうなあ。まぁいいです、家政婦貫いてやるよ!
傍にいられるんなら何でもいいです