近藤が銀時へ決闘を申し込んだ日の翌日。陽はいつも通りに真選組屯所に出勤してその異変に気付いた。
何か騒がしいと思い隊士に聞いてみると、近藤が決闘に負けたことが見事話題になってしまっていたようだ。幸い陽も当事者であるということは露顕していないようだが、決闘で汚い手を使われたことにお怒りの隊士たちに陽は内心で冷や冷やだった。なんせ相手が身内なのだから。

昨日土方に拉致されて問い詰められたが、隠し事をしていることは気付かれるも何とか相手が誰かは吐かなかった。我ながら鬼の副長の尋問によく耐えたものだと褒め称えたい。
吐きだしてしまえば楽だろうが、陽にとって最早原作展開にどう影響するのかが分からず関与することに不安さえ覚えていた。実際近藤は妙のためではなく自分のために決闘してしまっただけに。今回の件も最終的には土方が銀時を見つけ出してしまうのだが、それを前倒ししていいものか分からないのだ。


「も〜、近藤さんのせいですよ」


近藤の部屋で文句を垂れながら救急箱を開ける陽。正面で座る近藤の左頬は見事なまでに腫れあがっていた。銀時に木刀で殴られた部分である。
湿布を丁度いいサイズに鋏で切り、近藤の左頬にそっと貼ってやる。


「なにが?」
「近藤さんの気持ちは嬉しかったですけど、あそこはお妙さんをめぐって戦うべきだったんです」
「え、そしたらお妙さんは振り向いてくれたの」
「………」
「無言は傷付くからやめてほしいな陽ちゃん」


近藤の問いかけを聞かなかったことにして、陽は湿布が剥がれてしまわないよう医療用テープを取り出して適度な長さに切って丁寧に湿布の上に貼り付けていく。


「でもやっぱり俺は自分の恋路より陽ちゃんのことが心配だよ」
「……」


穏やかな表情の近藤は全く後悔していないという気持ちを表していた。近藤のぶれることはない“自分より周り”という信念に触れ、自分を大事に想ってくれている近藤の気持ちに触れ、陽はテープを貼っていた手を止めて太い首に腕を回して抱きつく。


「ありがとうございます。ぶっちゃけ『余計なことを』って思ったけど、」
「ぶっちゃけたね…」
「でも、嬉しかったのも本当です」


近藤は微笑みを浮かべ陽の頭をぽんぽんと撫でながら、彼女と最初に出会った頃を思い出していた。
帰る場所が、行く当てがないと言い、独りになってしまうのだと訴えていた少女。詳しく素性を聞こうとしたことはないが、嘘をついたり隠し事が苦手な彼女のことだからあれは真実なのだろう。
だからこそ近藤は陽のことを気にかけていた。孤独感など絶対に抱かせないように。一度彼女の笑顔を見てしまったら、あの笑顔を消したくはないと考えてしまうのも当然のように思う。


「でも」


すぐに無くなってしまった温もりと更に続けられた「でも」に、近藤はきょとんとした表情を己の両肩に手を置く陽に向ける。いつもの笑顔ではなく、少しむくれた陽がじっとこちらを見ていた。


「私は銀さんが好きで、それ以外の人を一番に好きになることはないですから!それにあの人はね、本当に素敵な人なんです。近藤さんもいつかそれを知る機会がありますから」
「……陽ちゃんはあの男のどこに惹かれたの?」


自信満々に断言する彼女にそんな疑問がわき上がる。一度は「面白い男」だと思ったが、それは最後の裏切りのための盛大な前振りだったのだと気付かされると、狡猾な男として大分好感度が落ちている。納得しきれない顔の近藤からの質問に、陽は何かを思い出すように一度視線を落とす。


「――…」


何かを思い出し、優しげに嬉しそうに笑みを零すその表情は
今までの馬鹿で子どもっぽい姿とは打って変わった恋する女の表情だった。
絶句しているのか近藤は言葉が出てこず、心の中で「何この子可愛い」という感想しか浮かんでいなかった。


「内緒です!」


すぐに顔をあげて、恥ずかしそうにはにかみながら答える陽はこれまた「可愛い」としか浮かんでこない。
ああ、彼女をこんなにも可愛い表情にさせてしまうのは、紛れもなくあの男なのか――近藤は敗北感にも似たような気持ちを抱きながら、再開された陽の手当てを大人しく受けていた。



「常磐ー!どこだー」


医療用テープを貼り終えて救急箱にしまっていると、部屋の外から聞こえてきたのは陽を探す土方の声だった。昨日の尋問のこともあり、その声を聞いて陽は決していい表情はしなかったが、隠れている方が後で怖いことは分かるので渋々といった様子で立ち上がる。苦々しい顔の陽を笑いながら近藤は送り出した。



▼△▼



土方に呼び出された陽は何故か土方と沖田と共に市中見廻りに出ていた。といっても陽はバケツを持たされ、土方があちこちで貼ってあるポスターを剥がして丸めたものを受け入れているだけだ。ゴミを持つためだけに連れだされたのかとも考えたが、普段の仕事よりも優先させられることとは思えず首を傾げる。


「土方さん、何故私はここに?」
「近藤さんの一件で隊士どもが敵とるって殺気立ってる。お前も当事者ってのは幸い総悟がバラしちゃいなかったが、お前のことだ、すぐヘマ踏んであいつらにバラしそうだから」
「鬼の副長にも隠し通した私が他の人の問い詰めで白状すると思うんですか!」
「開き直ってんじゃねーよ」


どんな想いで昨日土方の尋問に耐え抜いたと思っているのかと陽は半ば憤慨した様子でいるが、「お前怒れる立場か」と言わんばかりに土方は陽の頭を平手で殴った。


「でけー事になる前に俺が見つけて奴を斬る」


土方が回収していたのはまさに部下たちが勝手に作ったポスターだった。近藤を討った犯人とされる「白髪の侍」に宛てた屯所出頭を命じる文章である。シンプルな文章のみでいかに手早く作り上げたのか、すぐにポスターを貼りだそうとしていたかが窺い知れる。


「そいつが常磐、お前とどういう関係か知らねーしお前も話さねーから、俺は構わず斬るぞ」
「話したって斬りに行くくせに…」
「土方さんは二言目には『斬る』で困りまさァ。古来暗殺で大事を成した人はいませんぜ」
「暗殺じゃねェ、堂々と行って斬ってくる」


小言を言う陽を再び殴ろうかと思ったが、沖田の言葉が続けられその意思は有耶無耶になった。思わぬところで救いがいたが沖田は別に狙ったわけではない。


「マジで殺る気ですかィ?白髪って情報しかこっちにはないってのに」
「近藤さん負かすからにはタダ者じゃねェ。見ればすぐわかるさ。つーか常磐の反応でわかる」
「それもそうだ」
「…!!」


土方と同意する沖田を交互に見て言葉を失う陽。近藤の敵となると沖田も味方にはなってくれないと分かり、陽は二人の間で歩きながら僅かに震えていた。恐怖にかられている陽を見て沖田が密かにほくそ笑んでいたことは誰も気付いていない。


「おーい兄ちゃん危ないよ」
「!」


降りかかる声に気付いたのは声をかけられた土方だけではなく、側にいた沖田と陽も。三人はほぼ同時に声が聞こえた上空を見上げ、屋根から落ちてきている大ぶりな木材の束を目の当たりにする。


「うぉわァアアアァ!!」


建物に一番近い位置にいた土方は避けなければ今頃木材の下敷きになっていたことだろう。沖田も陽も持ち前の反射神経でその場から少し下がったものの、二人には杞憂だったようだ。尻餅をつく情けない土方の姿を見る沖田とは対照的に、陽は声に反応して屋根から梯子を使って下りてくる男に釘付けになっていた。沖田も陽のその輝いた目に気付き男へ視線を向ける。


「あっ…危ねーだろーがァァ!!」
「だから危ねーっつったろ」
「もっとテンションあげて言えや!分かるか!!」


「集英建設」と文字の入ったヘルメットをかぶり、首からタオルをかけて普段とは違う格好でいるが、陽には声だけで誰か分かっていた。


「うるせーな。他人からテンションの駄目だしまでされる覚えはねーよ」


ヘルメットを外して現れたのはふわふわの銀髪――銀時である。その顔を見て土方と沖田もすぐに池田屋の時の男であると気付いたようだ。
一方の陽は、原作の展開になってくれたことで、必死こいて近藤を討った相手が銀時であることを隠す必要もなくなり、肩の荷がおりたかのように安堵していた。「銀さんありがとう」と謎の感謝までして。


「そぉか…そういやてめーも銀髪だったな」
「…えーと、君誰?」


以前池田屋で刀を交えている土方は銀時の腕もそれなりのものだと分かっているうえに、陽と知り合いだということで何か合点がついているような口ぶりである。しかし銀時は土方に対して何も合点がついていないようだ。彼らと共に居る陽を見ても全くもって。


「あ…もしかして多串君か?アララすっかり立派になっちゃって。なに?まだあの金魚デカくなってんの?」


本気なのか誤魔化しなのかも判断がつかないことを言って土方の肩に手をおく銀時に、陽は思わず苦笑いを浮かべる。ただ自分がいても順調に原作通りに進んでいる気がして安堵もしていた。

一方、素っ頓狂なことを宣う銀時に土方が言葉を失くしているうちに、当の本人は今回の仕事の雇い主から声をかけられて再び梯子を上って仕事へと戻っていく。流石のマイペースぶりである。


「行っちゃいましたよ、どーしやす多串君」
「誰が多串君だ」


沖田の髪を一度鷲掴みしてから隣りに立つ陽を見る。一度銀時と出会えた嬉しさや様々な安堵ですっきりした表情の陽は、既に土方から視線を向けられている意味も分かっていないようである。つい先程のことをもう忘れたのか。


「あいつだろ」
「えっ」


陽の表情が固まる。まさかここで自分に確認をしてくるとは思わなかったからだ。既に銀時と遭遇しているしもう言っていいような気もするが、まだ土方は確信を得ているわけではないのだろうか、と考えてしまうと…陽はすぐに混乱してしまい、言っていいのか分からなくなってしまう。
逃げるように、自分の存在を忘れてくれと言わんばかりに、無言で沖田の背後へと身を隠す陽に、土方は銀時で間違いないと結果的に確信を得るのであった。


「総悟、ちょっと刀貸せ」
「?」


大人しく差し出した沖田の刀を受け取り、土方は銀時を追って梯子を上っていく。その意図は先程の会話からして沖田も予想がつき、無言でそれを見送っていた…が。更に土方の後を追うように梯子を上りだした陽に気付いて声をかける。


「何してんでィお前」
「え?」


声をかけられて振り向いた陽は一度梯子を上る動きを止めるも、何故問われたのか分からないとでも言うような表情で「何って、見に行こうと…」…喧嘩も出来ないくせに何故わざわざ危ない場所に行こうとしているのか。


「邪魔になるだろーが」
「だって銀さんと土方さんの戦いですよ!これは見ておかなきゃいけないでしょファンとして!!」
「ファンとしてかよ」


本音を隠すのも忘れて無駄に真剣な表情で言いきる陽に対して沖田は冷静に返す。そこは「仲間として」とか言い様があるだろう。…そもそも仲間なのか?
陽があの白髪侍が好きなのは分かっているが、同じ屋根の下暮らしているといえど二人の関係は何なのか。土方と陽の関係もただの職場仲間…というと違和感がある。なんせ副長と一介の下働きに過ぎないからだ。
沖田がそんなことを考えている隙をみて、陽はさっさと梯子を上っていく。着物で足元は動かしづらいはずなのに、そんなことお構いなしの行動力である。彼女が軒先の影になる場所に到着したところで沖田も漸く気付いたが、土方が邪魔されようと陽が土方に怒鳴られようと自分にはどうでもいいことなので放っておくことにした。



─ 続 ─


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