「爆弾処理の次は屋根の修理か?」


依頼主の男に憎まれ口をたたきながら屋根の修理を行う銀時は、背後から声がかかり振り向いた。そこには梯子を使って屋根に上ってきた土方が立っており、腰に刀を差しているのに右手にはもう一本刀を握っている。先程沖田から借りたものであった。
銀時は土方の姿を改めて見、「爆弾」という単語で漸く池田屋のことを思い出す。彼がその場で刀を突き刺してきた、陽を捕えようとしていた男だということも。


「あ…お前あん時の」
「やっと思い出したか」


ハッとした表情を見せた銀時に土方は呆れ混じりの声を返すも、真剣な表情は崩さないまま立ち上がった銀時へ一歩足を踏み出す。


「あれ以来どうにもお前のことがひっかかってた。あんな無茶する奴ァ真選組(うち)にもいないんでね。近藤さんを負かす奴がいるなんざ信じられなかったが、てめーならありえない話でもねェ」


ここで、陽は梯子から二人の会話を聞くことに成功した。否、本当は屋根に上がってしまいたかったのだが、土方が思ったよりも梯子近くに立っており、このままでは沖田の言う通り邪魔になってしまうのだ。そのため身を潜めているしかないのである。


「近藤さん?」
「見物人の話じゃ女とりあった仲みてェだが……まぁ俺が思うに近藤さんは親心で常磐をお前から引き離したかったんだろう」


…自分が話題に上がったので、やはり隠れていて良かったと思う陽。自分のせいで近藤から決闘を申し込まれ、土方に敵討されそうになって、銀時にとっては迷惑が舞い込んできているだけだ。銀時に合わす顔が無い。

一方、銀時は話の意図が見えずに眉を潜めていたところである物を放られた。それを両手で受け取り、放られたものが刀であると認識する。その重みや柄の握った感触は懐かしさを感じた。真剣だなんて今のご時世そうそう手にすることはない。そんなものを公的に所持できる者は限られているから。――そこで漸く銀時は思い出す。


「お前あのゴリラの知り合いかよ。言っとくがありゃ俺も巻き込まれて…」


その後の言葉は続けられなかった。
始まりの合図もなく突如斬りかかった土方の攻撃を防ぐため歯を食いしばったのだ。反射神経で咄嗟に持っていた刀の鞘で攻撃を受け止める銀時だったが、足場の悪さと不意を突かれたことで踏ん切りが効かず、体は後方へと吹き飛んでしまった。
思った以上の勢いに陽は思わず屋根の影から飛び出たが、屋根の反対側へと吹き飛んだ銀時もそれを追うように移動する土方も彼女の存在には気付かなかった。

屋根の上を転がっていく銀時は、そのまま地面へと落ちてしまわないよう何とか体勢を立て直すなり土方を見上げる。


「何しやがんだてめェ」
「ゴリラだろーがなァ、真選組(オレたち)にとっちゃ大事な大将なんだよ。(こいつ)一本で一緒に真選組つくりあげてきた、オレの戦友なんだよ」


刀を掲げながら土方が銀時へと語る間、陽は屋根移動には邪魔くさいと草履と足袋を脱ぎ捨て、裸足で物音をたてないよう軽やかに移動する。大棟を挟んだ向こう側にいる二人を見るように、姿勢を低くしてそっと顔だけ出す。原作の流れは何となく覚えているものの、やはり銀時に何かあっては困るのか不安を隠しきれない表情だった。ファンによる見物だとかそれどころではなかった。
見る限り銀時が原作通り大した怪我も無さそうでホッとする。


「誰にも俺達の真選組は汚させねェ。その道を遮るものがあるならば(こいつ)で……叩き斬るのみよォォ!!」


再び斬りかかる土方だがそう易々と銀時もくらったりはしない。銀時がくらわずに済んだ攻撃はそのまま屋根に向けられ、振り下ろされた刀で瓦屋根が音を立てて壊される。辺りが一瞬土煙で覆われて銀時の姿を見失う。気配を消して土方の背後へと回り込んだ銀時が飛び蹴りをかましていた。


「刃物プラプラ振り回すんじゃねェェ!!」


その蹴りは土方の振り向きかけた横顔に直撃するも、土方も蹴られた勢いを利用して体を縦に回転させる。銀時に対してニヤリと笑みを浮かべ、体が倒れきる前に持っていた刀を振り上げた。切っ先は狙ったよりも浅かったが、銀時の左胸から肩にかけて赤い鮮血を飛び散らせる。
その攻撃に誰よりも驚いたのは、傷を負った銀時ではなく様子を見ていた陽だった。


「銀さん!!」


銀時と土方が同時に屋根に倒れこむが、二人はほぼ同時にその聞こえてきた声に反応した。大棟から飛び出して駆け寄ってきた陽は、最早隠れることなど頭から抜け落ちていた。体を起こした銀時は駆け寄って来た陽に戸惑いの目を向ける。


「おま、何でここに」
「銀さんと土方さんの決闘を見ようと思って…」
「誰の所為でこうなったと思ってんだてめ…」


いつものように陽を非難しようと思った銀時は、彼女の異変に気付いて言葉を止める。いつも通りの阿呆なことを宣う面倒な女かと思ったのに、目の前の彼女は自分の傷を見て酷く動揺していた。僅かに息が荒れ、手が震えているのだ。


「ごめんなさい…」
「!」
「ごめんなさい…私の所為だ…!」


陽も自分の所為でこうなってしまったとぼろぼろと涙を零す。元から彼女は涙脆いと思っていたが、こんな風に泣かれるとはとても思わなかった銀時。それは土方も同様であった。だって銀時の負った傷は、出血はしているが大したものではないのだ。次の話になれば何事もなかったかのように無くなっていて、話題にも上がらないようなレベルの傷なのだ。
しかし陽にとって、武器は法律上所持が禁止されていた平和な時代で生きてきた彼女にとって、その傷は大怪我に違いなかった。何より、大好きな彼の左肩にあるその鮮血は、“あの日”を思い起こさせて――


「死んじゃやだ…死なないで…!」
「このぐらいで死んでたまるかァァ!! 俺死んだらこの話続かねーわ!! うぜーから泣くなアホ!!」


震える手で服を掴む彼女に焦れを切らしたように声を荒げる銀時。服を掴む一回り小さな手を強く握って自分から離すと、反対の左手で頭を叩く。「見ろ!左手だってお前をいつも通り叩けるぐらいに動かせんだよ!ピンッピンしてんの俺は!ジャンプの主人公ナメんじゃねェ!!」とまるで責め立てるような勢いであるが、土方からすれば不器用ながらに陽の不安を取り除こうとしているのが見て分かった。

陽と“白髪侍”の関係が分からずにいた。陽が口を割らなかったので、他人ではないだろうという認識でしかなかった。陽が慕う男だと聞いていたこと、近藤が“女の取り合い”の決闘に臨んだと周りから見られたことから、陽に男が出来たのかと思わなくもなかったが、あの様子を見る限りとても懇意の間柄には見えない。
だが、陽にとってどれほど特別な人であるかは思い知らされた。相当に想いを寄せており、出会った頃ストーカー紛いのことをする程傍にいたかった男なのだということも。



『そいつが常磐、お前とどういう関係か知らねーしお前も話さねーから、俺は構わず斬るぞ』



奴を斬れば、陽は悲しむことだろう。自分を恨むかもしれない。二度と笑いかけてくれないかもしれない。



『土方さんって本当に近藤さんのこと慕ってるんだなって思いまして』



だが、陽はよく分かっているはずだ。



『汚れ役とか嫌われ役を買って出るのも近藤さんのためなんだよなあって思うと』



近藤のために、真選組のために 自分が色んなものを捨てる覚悟があることを。

こういう役目は自分一人がやればいい。陽を可愛がる他の隊士たちでは、きっとこの太刀筋が揺らいでしまう。陽には悪いが、目的は果たさせてもらう。
近藤や真選組に害を成すものならば、誰が悲しもうと消させてもらう。その信念は揺るがない。



「ぶへっ」
「いい加減泣きやめうぜーから」


一方の銀時は先程まで首にかけていたタオルを涙に濡れた陽の顔に押し付けて乱暴に拭いている。ある程度全体を拭いてからタオルを離してやると、目と鼻を赤くしながらも涙はすっかり止まった様子の陽がいた。「不細工だなーお前」とだけ暴言を吐くが、いつもなら反論してくる陽は未だにしおらしくて、


「病院行きましょう、病院…」
「言われるまでもねェよ、これじゃ仕事にならねェ」


握ったままでいた手に震えがなくなったことを確認し、銀時は漸くその手を離す。陽の涙を拭ったタオルを血が滲む左肩に置いて、徐に立ち上がった。


「ただ、大人しく行かせてくれそうにねェから、これ片付けてからな」


未だに不安げな表情で見上げる陽に「早く病院行かせてーならここ離れて大人しく見とけ」と視線も向けずに言う。陽は大人しく立ち上がり銀時から距離をとる。土方としてもそれは有り難かった。彼女に嫌われる覚悟があっても斬るつもりは毛頭ない。

陽が一定の距離を保った場所で立ち止まると、銀時も漸く刀を鞘から引き抜き臨戦態勢に入る。それが再戦の合図となった。



「うらァァァァァ!!」



土方が勢いよく踏みこんで銀時へ斬りかかる。上段から力強く振り下ろし、土方は確かに斬った手応えを感じた。しかし目の前に残ったものが無残に真っ二つになったタオルであったことに目を見開く。銀時の左肩にあったはずの、血が付着した其れだった。

それを認識した瞬間には、銀時は土方の横へと回り込んでいた。

“かわされた”…その事実に気付くのに精一杯で、自分が体を翻す程の余裕はなかった。それ程のスピードだったのだ。
振り上げた銀時の持つ刀は先程の土方同様上段から振り下ろされ――その一刀により、土方の刀は見事に折られていた。カラン、と音をたてて屋根に落ちる刃の片割れ。土方は驚愕に満ちた表情で男を見やった。


「はァい終了ォ」


怪我を負った左肩をおさえて緊張感のない口調で銀時が戦いを終わらせると、行く末を見守っていた陽はこれ以上の怪我が二人に無いことにホッと安堵の息を吐きだした。一方、こちらを気に留めることなく振り返って歩き出した銀時が雇い主へ声をかけて病院へ行こうとすると、土方は慌てて引き止める。


「…てめェ情けでもかけたつもりか」


土方には未だ戸惑いの表情が浮かんでいる。自分は殺しにいくつもりで実際に怪我まで負わせたというのに、向こうは仕返してくる様子も見せないから。


「情けだァ?そんなもんお前にかける位ならご飯にかけるわ」
「美味しくなさそう…」
「黙れアホ女」


ぼそっと呟いた独り言に、話を邪魔された銀時がぴしゃりと言い放つ。陽は素直に従って口を閉ざした。


「喧嘩ってのはよォ、何か護るためにやるもんだろが。お前が真選組を護ろうとしたようによ」
「…護るって。お前は何護ったってんだ?」


その問いに一度立ち止まった銀時が、ゆっくりと振り向く。口元に笑みを浮かべてこちらを見るその瞳は、今までのだらしないという印象とは少し違って土方には見えていた。



「俺の武士道(ルール)だ」



「じゃーな」と自分を恨むこともせずに軽く声をかけて去っていく銀時を、土方は暫く黙って見つめることしか出来なかった。しかし彼の姿が見えなくなった頃、漸く土方の口元も緩やかに笑んでいて、懐から取り出した煙草を口にくわえ、火を灯した。


「ワリぃ近藤さん。俺も負けちまったよ」


その表情は清々しくも見えたことだろう。



「土方さん!」


声をかけられて視線を向ける。誰だったか考えることもなく、そこにはずっと様子を見ていた陽が立っていた。好いている男を斬った自分を怒るだろうか、はたまた殴るだろうか…と予想する土方の目の前に、トンカチが突き出された。


「……?」
「銀さんが帰ってくるまでに私たちで仕事しますよ!仕事進まなくなったどころか仕事増やしたんですからね、これでお金下りないと私も困るんで!」


意味が分からず瞬きを繰り返す土方に陽は少し憤慨した様子で告げる。「こことか!壊したの紛れもなく土方さんですよね!公務員が市民の建物壊してそのままなわけないですよね!」と足元にある部分を指差す。見下ろせば粉々になったり亀裂が入っている瓦や、下地の木材が露わになっている無残な屋根の一部が視界に飛び込んだ。確かにそこは銀時へ斬りかかった時に勢い余って土方が破壊した部分である。珍しく陽に対して何も言い返せなかった。

大人しくトンカチを受け取った土方を見て、陽は裸足のまま屋根の上を動き少し離れた位置にいた雇い主の男へ声をかける。もう一本のトンカチを借り、銀時の代わりをやるから仕事を教えてくれと言いだしている。着物で裸足姿の少女が屋根修理を手伝うと言いだすちぐはぐだらけな状況に、男は最初きょとんとしていたが、陽の熱意や勢いに押されるままに仕事内容を教えていた。
呆然と様子を見ていた土方の許へ意気込んだ様子の陽が戻ってくると、陽は慣れない手つきながらも仕事に取り掛かっていた。陽一人にやらせるわけにはいかず、土方も静かにしゃがみこんで作業に取り掛かる。


「……お前よォ」
「はい?」


使い物にならなくなった瓦を剥がしていくなか、土方は静かに陽へ声をかける。


「俺を恨まねェのか」
「………」


一度土方の顔を見上げた陽は、すぐに視線を落として作業を再開させた。


「理不尽に傷つけたってなれば恨むかもしれないけど、今回は違いますから。だから銀さんだって土方さんに手を出さなかったんだと思います」
「俺が真っ当な理由で、もしあのまま奴を殺していてもか」
「……恨みたいけど…恨めませんよ……土方さん達にも恩がありますから」


一度銀時のいない世界を想像したのだろう、悲しげな表情に変わった陽はそれでも「恨まない」と言う。綺麗事にも聞こえるかもしれないが、その複雑な表情からは葛藤があったうえでの言葉だと判断がつく。「恨みたいけど」という前置きが土方の胸にずしりと重く圧し掛かった。



「…でも、銀さんのいない世界は、私も生きる意味がないんで、その時は死にます」



その迷いのない双眼に、彼女の本気さも男への想いの強さも思い知る。
そうして土方は気付いてしまう。真選組のためを想って戦ったけれど、もしあの男を殺めていれば陽は己の命を捨てていた。間接的に彼女の命を奪ったことで、自分が護りたかった真選組も彼女という心の拠り所を失うことになる。一番に大切な存在である近藤にいたっては、決闘に負けてしまった自分がいけないのだと己を責めるに違いない。
自分が護りたかったものたちから、自分が確実に何かを奪う結果になっていたのだ。


「………お前厄介だな」
「重たいって思いました!? 私にとってはそれほどの存在なんですよ銀さんはー!私のあの人への愛語りましょうか!? ざっと一日使いますよ!」
「口より手ェ動かせよ」
「最初に話題出したの土方さんのくせに!ひどい!」


「でも銀さんのために仕事も頑張りますよ私は!」と、不満顔からすぐにきりっと表情を改めて作業を再開させる陽。「厄介」という言葉に対して完璧に勘違いしたままの陽はやはり阿呆で馬鹿だ。煩いし疲れるし面倒事も持ってくるくせに、この明るい空気は悔しいけれど心地いい。
――この心地よさを、失いかけていたのか。


(――…やっぱ敵わねェらしいな、こいつには)


先程といい負けを認めた土方はどこか穏やかな表情だった。




ダークホースここに在り




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