《 ――――え〜続いてのニュースです。先日来日した央国星のハタ皇子ですが、新設された大江戸動物園を訪れ〜 》

「あの動物好きのバカ皇子またこっち来たんだ…陽さんハタ皇子のこと知ってます?」


陽と共に万事屋の掃除を行っていた新八が、点けっぱなしにしていたテレビから聞こえてきたアナウンサーの話に反応し、モップがけしていた手を止める。画面を見やれば無愛想というか不快を露わにした表情のコアラを満足そうに抱っこする異国の皇子が映っていた。以前そんなテレビの向こうの人物とちょっとした関わりがあった新八はその時一緒だった銀時がソファに横になりジャンプで顔を覆って昼寝しているため、陽へと声をかける。
しかし視線を向ければ、そこには普段見せることのないような忌々しそうな表情を浮かべテレビのリモコンを手にしている陽がいた。新八の声掛けに反応もせず、無言でチャンネルをかえている。明らかに様子がおかしい彼女に新八は戸惑いを隠せない。


「…え?」
「私がこの世で嫌いなもの。私の好きな人を傷つける奴。根っからの悪者。最後にハタ皇子」
「凄いシビアな顔してきっぱり言ったよこの人」
「チッ、どこの局もこんな馬鹿皇子取り上げやがって…」
「僕たまに貴女が分からなくなります」


いくらチャンネルを変えても件のハタ皇子が画面いっぱいに映し出されており陽の機嫌は下がる一方である。終いにはテレビの電源を落とす彼女に一定の距離を置いて声をかけることしか出来ない新八。


「キャラを生み出した先生にも生命を吹き込んだアニメーターさんにも声優さんにも悪いんだけど、あの声も顔も肌の色も性格も!もう全っっっ部が嫌で!! あいつの良いとこ何!? ある!? 私の心も体も初めて見た時からあいつを全力で拒絶するの!鳥肌が立つの!」
「……相当嫌いなんですね、とりあえず落ち着きましょうか」
「…新八!! 好き!!」


先生?アニメーター?声優?
彼女の言っている言葉の意味を問いたいところであった新八だが、とりあえず彼女を落ち着かせようと肩をぽんぽんと叩いてやる。しかしその優しさは逆効果となり、陽はハタ皇子に対して文句を言うことをやめるも、今度は新八に抱きついてきた。女性との経験が皆無の新八は当然の如くこれに顔を真っ赤にさせて狼狽した。


「なななな何でそーなるんだよ!! アンタが好きなのは銀さんでしょーが!! 何で僕に…!!」


必死に冷静にツッコミを入れようとしているが、その明らかな態度の違いは鈍感に分類される陽から見ても明らかであった。愛着のあるキャラクターたちと過ごすようになれて、何度か人に「好き」だと言ってきたが、ここまで反応してくれたのは新八が初めてだ。相手にされなかったり真面目に受け取ってもらえなかったり反応が薄かったりばかりだったので、陽は何だか嬉しい気持ちになってだらしない程に頬を綻ばせた。


「そーいう初心なところも好きだよ新八君」
「アンタ何なんだよ本当分かんねーよ!!」
「ただいまヨ〜」


おつかいへと出ていた神楽が帰ってきた声が聞こえて、新八はややこしい言いがかりをされても嫌なので慌てて陽の体を引っぺがす。それに対して陽は不満げな表情だったが、言い訳する間もなく神楽が事務所へと入ってきたので構わずに視線を事務所の出入口へと向ける。


「おおおかえり神楽ちゃんっ!と…トイレットペーパー買ってきてくれた?」
「はいヨ」


吃る新八を気にすることもなく、歩み寄って来た彼に持っていたものを渡す神楽。思わず差し出した手にのせられた一つのトイレットペーパーに、新八は一瞬言葉を失った。明らかに予想していたものとは違ったからだ。


「…神楽ちゃんあのさァ…普通何ロールか入った奴買ってくるんじゃないの。これじゃあ誰かお腹壊したら対応しきれないよ」
「便所紙くらいでガタガタうるさいアル。姑か、お前!世の中には新聞紙をトイレットペーパーと呼んで暮らす貧しい侍だっているアル」
「そんな過激派いないよ!誰にきいたの?」
「銀ちゃんが言ってたヨ」
「経験談だったりするのかなー」


陽と新八と神楽が一つのトイレットペーパーを挟み会話するなか、今までぐっすりと寝ていた銀時が漸く目を覚ましていた。子どもたちの会話が聞こえたからか後ろ首を掻きながら上体を起こした銀時は、声のする方へ視線をやった。
視界に飛び込んでくるのは、陽と新八と神楽と犬。……犬?


「駄目だよあの人の言う事信じちゃ……ん?」


銀時が幻でも見ているのかと自分の目を疑い何度も手で擦っていることに気付き、新八も銀時の視線を追うように己の右手側を見やった。そして当然の如くそこに佇む真っ白で自分よりも大きな犬の存在に気付き、大声をあげた。ただの犬ならまだしも、サイズがあまりに規定外だった。新八が「なにこれ」と思わず言ってしまうのも頷ける。
しかし新八の驚愕の声に対して非常に冷静な神楽は、件の犬の顎を撫でてやっている。


「表に落ちてたアル。可愛いでしょ?」


神楽の手の動きに気持ち良さそうに目を瞑っている姿は確かに可愛い。しかしそれは一般的なサイズの犬なら、という話である。


「落ちてたじゃねーよ。お前拾ってくんならせめて名称のわかるもん拾ってこいや」
「定春」
「今つけたろ!明らかに今つけたろ!!」


大きな犬――定春の登場に陽は声には出さずともテンションが上がっていて、それは表情を見れば一目瞭然であった。皆定春に視線を奪われ気付きはしないが。恐る恐る近づきつつも大人しい定春にそっと手を伸ばし、ふさふさしていそうな頬のあたりを撫でてやる。これに対しても気持ち良さそうな表情に変わってくれた定春に、陽はぱっと明るい表情に変わった。
一方の神楽は定春に関して難色を示している男二人に対して、首輪に挟まっていたという一枚の紙を差し出した。


「えーと…万事屋さんへ。申し訳ありませんがウチのペットもらってください」
「………それだけか?」
「(笑)と書いてあります」


読みあげた新八に対して銀時は手を振り上げる。


「笑えるかァァァァァァ!! (怒)」


そしてこめかみに筋を寄せて怒りを露わにし、新八が持っていた紙を鷲掴み破り捨てた。



▼△▼



場所は変わり公園。
傘を差しながら楽しげに定春と追いかけっこをする神楽。一瞬微笑ましい光景に思えなくもないが、少女を追いかけるのはあの巨大犬。サイズがサイズなだけあり、恐ろしい足音をたてながら駆け寄っている姿に、普通の子どもなら泣いて逃げるところだろうとベンチに腰掛けていた銀時も新八も、ついでに陽までもが考えていた。
夜兎とは恐ろしい。このぐらいでは恐れを一片も感じないのか。


「……いや〜すっかり懐いちゃって。微笑ましい限りだね新八君」
「そーっすね。女の子にはやっぱり大きな犬が似合いますよ銀さん」


心にもないことを言っている男二人は上半身から頭まで包帯でぐるぐる巻きになっていた。何故彼らが怪我を負っているのかというと、定春のことを追い出そうとして奴に手酷く咬まれたからである。普通の犬なら可愛いものだが、ここまで来ると化け物である。


「僕らには何で懐かないんだろうか新八君」
「なんとか捨てようとしているのが野生の勘で分かるんですよ銀さん」
「何でアイツには懐くんだろう新八君」
「懐いていませんよ銀さん。襲われてるけど神楽ちゃんがものともしてないんですよ銀さん」
「なるほどそーなのか新八君」


神楽は血相をかえて犬歯もむき出しにして襲いかかってくる定春を、笑顔で片手で止めていた。あんなに敵意むき出しの表情をされてもじゃれていると思っているのだ。夜兎とはやはり恐ろしい。
その光景と今までの神楽の腕力を思い出した銀時は素直に納得したものの、自分と新八の間で座っている無傷の陽をちらりと見やった。


「じゃあ何でこのアホ女には咬み付かないんだろうか新八君」
「陽さんは反対してないからですよ銀さん」
「神楽は襲われてるのにか新八君」
「『一応ヒロインだし…』みたいな感じできっと作者にも都合があったんですよ銀さん」
「一応って何スか新八」
「偽ヒロインのくせに女扱いされてるあたり腹立たしいな新八君」
「え、何それ」
「しょーがないですよ読者逃げていったら駄目ですから銀さん」
「ちょ、新八…?否定してよそこ。何これイジメ?」


普通のヒロインでもないくせにこんなところでヒロイン扱いされていることが気に食わない二人。仕方が無い、現代人の彼女が定春に咬まれればそれだけで大怪我ものだ。生死を彷徨いかねない。そんな事情まで知る由もない新八は、自分も襲われた手前、普段とは違い陽に対して散々な言い様である。
陽からの抗議も虚しくスルーされ、男二人はこちらに駆け寄ってきた神楽へ視線を向けた。爽やかに運動してきたような「いい汗をかいた」と言わんばかりの表情で満足げにベンチへ腰掛ける神楽に、銀時は声をかける。


「楽しそーだなオイ」
「ウン、私動物好きネ。女の子はみんなカワイイもの好きヨ。そこに理由イラナイ」
「…アレカワイイか?」


定春を見れば今度は神楽目掛けてだろう、こちらに向かって駆け寄ってきているではないか。すぐに神楽を狙っていると気付いた銀時、新八、陽の三人はベンチから立ち上がって神楽と一歩距離を置く。
そのまま定春に頭突きされた神楽を視線で追った。


「カワイイヨ!こんなに動物に懐かれたの初めて」
「神楽ちゃんいい加減気づいたら?」


神楽は一度吹っ飛ばされるも、軽やかに体勢を立て直して今度は定春に飛び蹴りをくらわす。定春はそれに怯んでいるが、これでも神楽の蹴りは大分力を抜いているようであり、そこから未だ戯れているつもりなのだと窺い知れる。


「私昔ペット飼ってたアル。定春一号」


神楽はそのまま過去に飼っていた兎のことについて話す。とても可愛がっていた兎だけれど、可愛がるあまり一緒に寝たのだが、寝苦しかったようで悪夢を見てしまい、朝起きたら更なる悪夢が待っていたらしい。
涙ぐむ神楽に対して話を聞いていた銀時と新八はどんな反応をすべきか分からず言葉も出ない。陽だけが静かに掌を合わせていた。


「あれから私動物に触れるの自ら禁じたネ。力のコントロール下手な私じゃみんな不幸にしてしまう。でもこの定春なら私とでもつり合いがとれるかもしれない…コレ、神様のプレゼントアル、きっと…」


嬉しそうに、愛おしげに定春を見つめ頭を撫でる神楽。彼女の心境を知り、最初定春のことを猛反対していた銀時と新八はジッとそんな一人と一頭を見つめていた。


「あ、酢昆布きれてるの忘れてたネ。ちょっと買ってくるヨ。定春のことヨロシクアル」
「オイちょっと待っ…」


こちらの止めも聞きやせず、酢昆布を買いに公園をさっさと出て行ってしまった神楽。最早頭の中は酢昆布でいっぱいなのだろう、“神様からのプレゼント”を置いていってしまうほどに。銀時たちには手に負えない件のプレゼントをどうしてやればいいのか。
背後から聞こえる浅く荒い息はまさに犬独特のそれである。


「ぎゃあああああ!!」


弾かれたように同時にスタートダッシュをかける銀時と新八に、本能なのか迷わず追いかける定春。定春も先程大分神楽と動きまわっていたというのに体力が有り余っているのだろうか。
幸いにも定春から標的にされることはなかった陽は、暢気に笑いながら彼らの後を追いかけた。


─ 続 ─



別に書いてる人はハタ皇子嫌いじゃありません。

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