こんなことを言うと銀時たちに怒鳴られるかもしれないが、自分だけ定春に相手にされていないようで、疎外感を感じて寂しくなっていた陽。追いかけっこに混ざることは出来ないかと彼らのことを追いかけたものの、公園の周りを囲むように出来ている林を抜けると公道に出た。
そこで目にした光景はまさに事故現場である。

黒塗りの立派な車のルーフ部分には気絶した定春が乗せられており、位置がずれないようにとロープで車体の下を通すようにしてぐるぐると巻きつけている。車の側には道路で倒れたままぴくりとも動かない銀時と新八。十中八九車に轢かれてしまったのだろう。
出血をしてる様子もないしこんなところで死ぬようなモブではないし大丈夫だろうと陽は案外落ち着いていたが、今にも車に乗り込んでどこかへ行こうとする男たちを見て顔を顰めた。陽が大嫌いなキャラクターがそこにいたからだ。


「あ、バカ皇子」


たとえバカであろうと大嫌いであろうと一国の皇子であるハタ。しかしそんなこと陽は気にしない。本人を前にして口走るものの、特に失言を気にする様子もない。
今にも逃げ出そうとしていたハタは陽の無礼な呼び方に思わず反応し、彼女へ振り返りキッと睨みつけた。


「余はハタ皇子じゃ!! 無礼者めが!」
「勝手に人のペット…正式にはまだ認められてないけど、とにかくうちが最初に見つけた動物勝手に連れていこうとしてるくせに、無礼なのはどっちよ。だからバカって言われるんじゃないの?ね!バカ皇子!」


自分も散々人に馬鹿呼ばわりされていたことをこの時の彼女は忘れていたのだろうか。


「ハタって言ってんだろうがァァ!! それにこれは保護じゃ!保護!!」
「じゃあうちで保護するんで返してもらっていいすかバカ皇子」
「バカじゃねーよハタだっつってんだろうがァァ!!」
「バカばっかに反応してないで早く定春返してよバカ皇子」
「貴様がバカバカ言うからじゃろうが!! バカの一つ覚えみたいに!貴様みたいな無礼者に預けられるわけがなかろう!」
「おまわりさーん!人のペット拉致ろうとしてるバカがいまーす!」
「だからバカじゃねーよハタだっつってんだろうがァァァ!!」
「公共の場で猥褻物みたいな風貌のくせに堂々と皇子語って保護と偽って私利私欲のためにペット拉致しようとしてるハタがいまーす!」
「いやだからハタじゃねーよバカだっつってんだろうがァァァ!!!」
「バカって認めたー!」
「なっ!貴様ァァ!! しかもさりげなく更なる暴言を吐いたな!!」


「やっぱりバカだねー」と笑っている陽と、あまりにもナメきった態度と人間の庶民に遊ばれたことで憤慨するハタ。ズンズンと陽に詰め寄り、暢気に笑っていた彼女の腕を掴んだ。突如腕に感じる体温に、今までの笑顔も一瞬で真っ青なものに変わる。この場で銀時の意識が戻っていたならば自業自得だと吐き捨てていたことだろう。


「ギャー!! 触るなー!! 鳥肌立つ!! っていうか蕁麻疹出るから!! 禁断症状出るから!! きーもーいーー!!」
「失礼極まりないぞ貴様ァァ!! 皇子の余になんて暴言を…!」
「だっ、て……無理ー!! きもいィィィ!!」


必死にハタの手を振り払おうとするが、片手が自由であっても自分からハタに触れたくはないのか、引き剥がすことはせず掴まれた腕をぶんぶんと振ることしか出来ていない。それもハタの力があって思うほど動かせていないので、とても解放されそうには見えなかった。


「余の何がきもいというのじゃ!!」
「肌の色と頭の変な物体とその眉毛と髪と唇と服と目と顎と頬と…」
「全否定じゃねーかァァ!!」
「そーだよ全否定だよォォ!! 性格もくそったれで好きになれる要素がないね!! 宇宙から消え去ればいいのに!!!」
「オイィィィ!!」


陽に散々言われたハタはそのままぎゃーぎゃーと騒ぐ彼女を引っ張り、無理矢理車の中に放り込んだ。勢い余って反対側の車窓に頭をぶつけ、陽から可愛くない悲鳴が上がる。痛みに頭を押さえながらも、自分の隣りに座って来たハタを見て頬を引きつらせた。


「え?なに?なにこの状況」
「貴様は余のペットの餌にしてくれるわ!!」


陽が状況を理解する前にハタのお付きであるネスが車を発車させる。ハタの言葉を聞いた頃には既に車もスピードが上がってきている。再び顔を真っ青にさせた陽が勢いよく振り向いて車窓から景色を見れば、めまぐるしく変わっていく景色にそのスピードを理解する。
すぐ側にハタがいる状況が耐えられず、全身に蕁麻疹が出ているうえに同じ狭い空間にいるという状況に吐き気さえ覚え、思わず窓を開ける。新鮮な空気が入り込んで少しだけ気分がましになったような気がする。


(ここから飛び下りれば…)


逃げようと思えば逃げられるかもしれない。が、このスピードだ。一般の公道でありネスもスピードはある程度守っているので馬鹿げた速さではないものの、躊躇いなく降りられる程のスピードでもない。受け身のとり方も知らないのに車から飛び出せば骨折は免れないだろう。打ちどころが悪ければ怪我だけで済むのかさえ分からない。
ああ、しかし、自分だけ逃げるわけにはいかない。定春を置いていくことは出来ない。いくら何やかんやで助かったという原作の記憶があろうとも。


「ギャアアアアアアア!! ゾンビだァァァァ!!」


ネスの悲鳴混じりの声が聞こえてきて陽は振り向く。ルーフ部分に寝転がりネスの視界を遮るようにしてフロントガラスに貼りつく、厭な笑みを浮かべる逆さまな銀時がそこにいた。突如視界にそんなものが現れたら驚くのも無理はないだろう。陽は明るい表情に変わったが。


「オーイ、車止めろボケ。こいつは勘弁したってくれや。アイツ相当気に入ってるみてーなんだ」


フロントガラスを拳で軽く叩きながら声をかける銀時は、その時ネスの斜め後ろ――後部座席でこちらを嬉しそうに見ている陽の存在に気付いた。


「それに……そこのアホ女。馬鹿でアホなストーカーだけどな、そんな奴でもいなくなると悲しむガキ達がいんだよ」
「……銀さん…」


銀時の言葉に嬉しくなっている陽だが、少なからず彼から貶されていることに彼女は気付くべきであろう。悲しむのはあくまで新八と神楽であって自分は含まれていない言い回しも銀時らしい。


「何を訳の分からんことを……どけェ!! 前見えねーんだよチクショッ!」


そんな銀時の言葉にさして聞く耳ももたないネスは、こめかみに筋を浮かべながら銀時を振り落とそうと荒くハンドルをきった。しかしネス達の災難はこれだけではなかった。


「うオオオオオオオ!!」


背後から聞こえてきた声に振り向けば、車に追い付いてしまう程のスピードで追いかけてくる傘を手にした神楽が。定春が連れて行かれそうなところをたまたま見かけたのだろう、普段の愛らしい表情の面影が無くなる程に鬼の形相をしていた。


「定春返せェェェェェ!!」


その姿を認めた銀時は「やべ」と呟き、車を止めさせることを諦める。体勢を変えて腰にさしていた木刀を使い、定春を押さえつけていたロープを斬って解放した。定春が四足で立ち上がったのを確認する暇もないので、すぐに銀時は位置を変えて再び車窓を覗き込む――今度は後部座席、陽がいた方の車窓へ。何も言わずとも窓が開いていたのは時間がない今となっては好都合であった。


「ここ座るようにして体乗り出せ」
「え!? あ…はいっ」


ガラスが仕舞いこんである車窓の淵を示す銀時に、陽はよく分からないが慌てて従った。銀時が寝転がる姿勢から片膝をたてるようにして腰を落とした頃、陽も車から上半身を出すような形で車窓の淵に座る。良い子はマネしてはいけない。
ルーフの上で銀時と定春の存在を視界に捉えた瞬間、差し出される手。


「早く」


状況にそぐわずぼうっとしてしまった陽は、銀時の急かす言葉に慌ててその手に自分の手を重ねる。すぐに銀時がその手を掴んだ。自分よりもずっと大きな手に包まれたことにときめきを感じる間もなく、力強く引っ張られ体は一瞬の浮遊感を感じたあと、太い腕の中に収められていた。そう、銀時の腕の中にだ。


「――!?」


一瞬状況が掴めなかった陽も、体に感じる銀時の温もりや匂いに一瞬にして顔を真っ赤にさせた。抱きしめられた経験も無いうえに、それがまさかあの憧れだった銀時だなんて。陽は銀時の腕の中で赤い顔のまま鼻を押さえた。


(はなっ……鼻血出るぅぅぅ!!)


流石に彼の服を自分の鼻血で汚したくはなかったし、彼女なりに状況を読んで鼻血を出す場面ではないと思ったので必死に堪える。そんな葛藤に気付いているのかいないのか、銀時は何も言わず定春と一緒に丁度近くにあった木へと飛び移った。


「ほァちゃアアアア!!」


寸でのところで神楽の車への攻撃に巻き込まれずに済んだ銀時達であったが、頭に血が上っていた神楽本人はそのことに気付いていない。傘を振り抜いてから定春が乗っていたことを思い出し、吹っ飛んで近くにあった湖へと落ちて行く車がまるでスローモーションのように見えていた。


「定春ゥゥゥゥゥゥ!!」


神楽が声を張り上げたと同時に車は湖へと盛大に落ちた。湖のおかげで爆発しなかった車体は不幸中の幸いといったところだろうか。煙をあげている車体を見ながら銀時は暢気に考えた。

巨体の定春が乗ってもびくともしない枝の上で車が落ちるのを見ていた銀時。陽を抱いて脱出した流れからの、足場の悪い場所に着地したこともあり、銀時は己の大腿に陽の体を下ろしていた。無理に隣りに座らせることも出来なくはなかったが、運動神経の良い彼女でも人に抱えられた状態から枝に座り直すことは難しいだろう。つまり成り行きであり自然な流れであり、他意は微塵も無いのだが、自分の上で大人しく座っている陽が鼻と口元を押さえて真っ赤な顔のまま視線も合わせられていない状態に溜息を吐いた。
一つ彼女の頭を叩いてから、膝をついて自分の過ちに涙を流す神楽へ視線を落とした。


「お嬢さん」
「!」


陽を叩いた手を隣りに座っていた定春へと伸ばし、白い毛を撫でてやろうとする。


「何がそんなに悲しいんだィ」


格好付けようとする銀時を阻止するかのように定春は己へと伸ばされた手に咬みついた。
悲鳴をあげる銀時を気に留めることもなく定春が無事だったことに明るい表情を見せる神楽。木から飛び下りてきた定春を笑顔で抱きしめるも、定春はその神楽の腕にさえ咬みついてきた。効いていないのか嬉しさのあまり気付いていないのか不明であるが、痛がる様子もなく神楽は喜んでいた。

銀時も陽の脇に手を差し入れるようにして抱えたまま木から飛び下りる。銀時が陽に回していた手から力を抜き解放しようとすると、それを上回る俊敏さで陽が銀時から距離を置いた。流石に少し驚いたものの、陽の顔を見て相変わらずな真っ赤な顔にどこか拍子抜けにも似た感覚を覚えた。
人に散々好きだと言ってきてアピールするわりには、こういうことは恥ずかしがるのかと。そういえば最初は見つめあっただけで顔を赤くしていたのを思い出す。
同世代の男が同じような態度をとられれば確実に惚れていたのだろうと暢気に考えた。勿論銀時には響いていない。


「銀ちゃん、飼うの反対してたのに何で」


声をかけられて一瞬神楽を見やれば、今度は定春から頭に咬みつかれている。しかしそれに対してノーリアクションのまま真剣な表情で神楽は銀時を見つめていた。
銀時は背を向けて徐に歩きだす。


「俺ァ知らねーよ。面倒見んならテメーで見な。オメーの給料からそいつの餌代きっちり引いとくからな」


立ち去る銀時の背中を見つめながら神楽は穏やかな表情で応えた。



「…アリガト銀ちゃん。給料なんてもらったことないけど」



素直な人間?そんなモンいるかァァァ!!




じいはじいなんですが、一応本名が公表されてるので地の文ではネスで行きます。原作の銀さんは木刀を持っていなかったんですがどうやって定春をロープから解放したんでしょう。

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