「愛だァ?夢だァ?若い時分に必要なのはそんな甘っちょろいもんじゃねーよ」


「そう…カルシウムだ。カルシウムさえとっときゃすべてうまくいくんだよ」


真剣な顔で1000mlのいちご牛乳パックを手に語る銀時を横に、陽は持ってきた林檎を向いてやっていた。


「受験戦争。親との確執。気になるあの娘。とりあえずカルシウムとっときゃ全てうまく…」
「いくわけねーだろ!! 幾らカルシウムとってたってなァ、車にはねられりゃ骨も折れるわ!!」
「ねぇ銀さん、カルシウムとって全てうまくいくんなら、今頃銀さんは億万長者ですよ。大富豪ですよ。ジャンプ読み放題糖分取り放題ですよ」


目の前のベッドで横になり、ギプス包帯で左足を覆われ器具を使って吊るされている新八が銀時へと声を荒げる。傍らで偉そうなことを語りいちご牛乳を飲まれていれば多少腹も立つものだ。

場所は病院。先日ハタの車に轢かれてしまった新八は足を骨折してしまい入院する羽目に遭っていた。同じように災難に遭ったはずの銀時は無傷でピンピンしている。それは毎日牛乳を飲んでいるからだと豪語しているが一般人ならば新八ぐらいの怪我が妥当であろう。

万事屋がいつものようなボケとツッコミを繰り広げているが、ここは一応病院である。本来静かにしていなければならない場所だ。それをすっかり忘れていた銀時たちは別のベッドについていた年増の眼鏡をかけた看護師に静かにしろと怒鳴られる。


「他の患者さんの迷惑なんだよ!! 今まさにデッドオアアライブを彷徨う患者さんだっていんだよボケが!!」
「あ…スンマセン」


そうは言っても看護師も負けず劣らずの声量であるが、その迫力と正論に流石の新八もツッコミは入れられない。
銀時は看護師が視線を戻した先…新八の向かい側のベッドで医師の診察を受けている模様の男を見やった。酸素マスクをつけた白髪の男が目を瞑り静かに横たわっている。新八曰くもう長くはないらしい。


「僕が来てからずっとあの調子なんです」
「そのわりには家族が誰も来てねーな」
「あの歳までずっと独り者だったらしいですよ。相当な遊び人だったって噂です」
「バッカ新八、あの人は一途なんだよずっと。もう泣けるぐらい一途なんだよ」


今までわりと静かに林檎を向いていた陽が、剥き終えた林檎を皿に置いて一つつまみ上げる。しゃりしゃりと音をたてながら食べだす彼女に新八は「この人僕のために林檎剥いてくれてたんじゃないの?」と疑問には思ったが、彼女の言葉に対する疑問についてだけ投げかけることにした。


「アンタあの人の何を知ってんですか」
「何でも知ってるよ、若い日の顔も初恋相手もこの後どーなっちゃうかもチ○コの長さまでも」


今まで黙っていた神楽が林檎を一つとって食べ始めながらも、陽の言葉に反応し漸く口を開いた。


「マジでか。陽チ○コの長さ知ってるアルか。あのじーちゃんのチ○コ見たアルか」
「ごめん盛ったわ、チ○コは知らないです」


見た目は悪くないが中身に問題だらけの十代の女の子二人が、チ○コチ○コと平然とした顔で宣っている。まともな女はいないのだろうか。
銀時は顔を顰めながらも林檎を手にした。


「お前、だからヒロインだって認めたくねーんだよ。しかも俺相手とかいうあり得ない設定」
「とりあえずお前ら林檎食べるのやめろ。僕の見舞いじゃないのかよ」
「大丈夫新八、もう一個あるからね」
「そういう問題じゃねーよ」


どや顔でまだ剥いていない林檎を見せる陽に新八は冷静に返す。普通患者に勧められて遠慮しながら食べるものではないのか。自分らで食べるならわざわざ病室で剥かないでほしいものだ。


「とりあえず俺達そろそろ行くわ。万事屋の仕事もあることだし」


林檎が半分神楽の腹に消えて皿が空になると、銀時は病室を去ろうと席を立った。その時だった。


「万事屋ァァァァァ!!」
「ぎゃああああ!!」


まさに死の間際という具合に動く気配もなかった向かい側のベッドの男が、銀時の言葉に反応したのか血相を変えて勢いよく起きあがったのだ。患者の容体を知っているだけに突如起きあがった男には側に立っていた医師も悲鳴を上げてしまう。
ベッドから出るなり、よろよろとふらつきながらも息を荒げ真っ青な顔で向かってこようとする男に、只ならぬ空気を感じて恐怖さえ覚える銀時と新八。医師と看護師も戸惑っているのか男を止めることが出来ていなかった。


「今…万事屋って…言ったな…それ何?なんでも…して…くれんの?」
「いや…何でもって言っても死者の蘇生は無理よ!! ちょっ…こっち来んな!! のわァァァ!!」


しゃらん


身構える銀時の目の前に出されたのは、一本の簪であった。


「コ…コレ。コイツの持ち主捜してくれんか?」



▼△▼



男に聞くには簪は団子屋「かんざし」という店にいた「綾乃」という看板娘のものらしい。昔…五十年前に店があったという場所を教えてもらい向かってみたものの、その団子屋は閉めてしまったようで付近で情報を集めようとしても誰も存在を知らなかった。
新八だけを病院に置いて簪の持ち主「綾乃」を探しに出た銀時、神楽、陽は当てもなく町を歩く。


「銀ちゃん、綾乃さんてどんな人だったアルか」
「俺が知るかコノヤロー」
「もう別嬪だったよあれは!やばいねあれは」
「え、何でお前知ってんの」
「今の姿見たらもう吃驚だの何のって」


銀時の問いが聞こえていないのか神楽の問いに対してだけ勝手に誰かを思い浮かべて話す陽。そんな陽の頭をいつものようにバシンと叩いてから銀時は詰め寄った。


「おいお前…まさか綾乃さん知ってんのか」
「……んー、まぁ」
「何で早く言わねーんだコラ」
「あだっ」


視線を逸らして言葉を濁らせる彼女の頭を先程よりも力を籠めて叩く。人が困っていたというのに彼女は何も言わずしらばっくれていたというのか。嘘がつけない馬鹿正直者のくせして生意気である。
陽が殴られた頭を押さえ少しだけ考える素振りを見せると、一丁前に考えてから発言しようとしているのかと更に頭を殴った。この短時間で何度も頭を叩かれるなんて漫才でもなければ無いだろう。


「だっ……うー…信じますか?」
「はぁ?」
「陽、早く教えろヨ」
「…怒りません?」
「怒るような人なのか」
「………うーん」
「いいから早く連れてけ!!」


煮え切らない様子に焦れをきらした銀時から四度目の叩きをくらった陽は、渋々といった様子で歩きだした。銀時と神楽もその後を続く。


「ていうかさ、銀さん達も定春に簪の匂い嗅がせてやるとか、ちょっと頭使いましょうよ」
「お前に馬鹿扱いされるの腹立つな」
「私だって頭使うこと出来ますから!!」
「五十年も経ってんのに匂いなんか残ってるわけねーだろ、使っても役に立たない頭だな」
「ひでぇ…」
「分からないアルヨ。綾乃さんもしかして体臭きつかったかもしれないアル」


普段通りの銀時の刺々しい言葉に陽はだんだんと耐性がついてしまったのかそこまでのショックを受けてはいなかった。しかしひどいものはひどいと言わせてもらいたい。たとえ本人が傷付いていなくとも。
思わぬところで神楽が自分の意見に賛同するようなことを言ってくれたが、銀時は相変わらずの冷静ぶりだ。


「バカ、別嬪さんってのは理屈抜きで良い匂いがするものなの。いや…でも別嬪のくせに体臭きついってのも完璧な女より逆になんかこう燃えるものが…」
「銀さん今の言葉忘れないでくださいね?」
「あ?」


銀時のマニアックな呟きに引かないのは一度漫画を読んで引いているからである。これもまた耐性がついた陽。性癖については何もツッコミを入れず、陽は足を止めて振り向いた。その表情はニヤリと笑っていて、銀時がその顔を見てから彼女の指差す方向へ視線を向けると――見慣れた我が家があった。


「おま…家戻って来てんじゃねーか!!」
「違うこっち!!」


銀時が再び陽を責めようとするが、今度は陽も大人しく殴られたりはしない。すぐさまに銀時に負けない程の声量で主張し指差したのは、普段帰る二階の「万事屋銀ちゃん」ではなく一階にある「スナックお登勢」であった。意図してここにやって来たようだが、この店から捜すとなれば常連客か店員しかいない。ましてや女とあれば、店員ぐらいしか――…


「オイ…まさか…」


嫌な予感を抱いた銀時が頬を引きつらせると、その表情に陽が勝ち誇ったように笑みを浮かべた。



「なんだい陽、今日は出勤じゃないだろ」


出てきたのは思った通りの人物、店の主であるお登勢に他ならない。これまた見慣れた顔だ。最初に視界に入った陽にすぐに仕事に来たのかと勘違いした様子だったお登勢に、陽は首を横に振る。


「ちょっと用があったんです」
「用?こちとら夜の蝶だからよォ、昼間は活動停止してるっつったろ。来るなら夜来なよ」
「急ぎだったんです!」


煙草を吹かし眉間を寄せながら話すその姿はどう見ても強面の婆でしかない。勿論よく知っている面であるが、思い浮かべていたような人ではない。いくら五十年前の別嬪といっても、別嬪は五十年経っても婆の中で別嬪であると思っていたからだ。


「……いやいや。これはないよな」
「ナイナイ」
「綾乃ってツラじゃねーもんな」


確認もせずに否定して、まるで現実逃避でもするかのように笑いだした銀時と神楽。しかしそんな二人に追い打ちをかけるかのように、何も知らないお登勢が口を開いた。


「なんで私の本名知ってんだィ?」


一瞬の沈黙。


「嘘吐くんじゃねェェェババァ!! おめーが綾乃のわけねーだろ!! 百歩譲っても上に『宇宙船艦』がつくよ!!」
「オイぃぃぃ!! おめーもメカ扱いかァァァ!!」


そういえば私も最初宇宙戦艦としてお登勢さん連れて銀さんのところに行ったなあ。

…と、一人少し前の自分の行動をしみじみと思い出している陽。何がきっかけでお登勢が宇宙戦艦扱いされていたかまでは覚えていなかった陽だが、きっとこの話であろうと結びついた。
そんな少しすっきりした表情の陽には気付かず、お登勢は周りから呼ばれているのが源氏名であり、本名が「寺田綾乃」だということを話した。
それを聞いて興醒めだというように一気にやる気を失くす銀時と神楽。用件も言わずにとても失礼な連中である。

しかし彼らのだらけたような空気は一本の電話で変わることになる。



「なんかジーさんがもうヤバイとか言ってるけど」



「スナックお登勢」にかかってきた新八からの電話、お登勢の口から出た内容に、銀時たちの表情は変わった。
神楽が万事屋から留守番していた定春を連れ出し、訳が分からないお登勢に「説明は向かいながらする」と言って半ば無理矢理に定春の背中へ乗せる。四人が乗るには少し厳しいものがあったが、定春には頑張ってもらった。

ドシンドシンと音を立てながらも犬らしいスピードで町を走り抜ける定春の背の上で、銀時は預かっていた簪をお登勢へ渡した。それを無言で見つめるお登勢の表情は窺えず、陽は後ろから声をかける。


「あるおじいさんがね、五十年前にお登勢さんが働いてた団子屋でそれ思わず盗っちゃってたみたいなんです。返したかったんですって」
「陽いつの間にそんなん聞いてたアル?」


陽の声が聞こえたのか、お登勢の前に座っていた神楽が不思議そうな表情で振り返る。それを見て陽は内心で「あ」と呟いた。そういえばこの過去の話、陽は実際に男の口から聞いていない。漫画とアニメで得た知識である。細かなところまで覚えていなかったが、きっと新八が一人の時に男から聞きだしていたのだろうと考える。


「だから…何でも知ってるって言ったじゃん」


苦し紛れにそう言うも、神楽はそこまで興味がなかったのか深くは聞いて来なかった。これが銀時だとまた疑りの視線を向けられていただろうと簡単に想像がつき、陽はそっと安堵の息を吐いた。
一方のお登勢は何も言わずにじっと簪を見つめていたままだったが、


「……フン」


小さく鼻を鳴らし、その簪を髪に差し込んだ。

陽はその後ろ姿を見つめて「あれ?」と一つ気付いてしまう。おそらく原作でのお登勢は銀時と神楽からは簪の経緯を聞いておらず、ただ渡されただけなのだ。そのまま流れと勢いのままに男に会ったのだ。自分が今したようなフォローは無かったはずなのだ。だけど――



「簪はきっちり返したからな…見えるかジーさん?」


定春に窓を割って病室に突入してもらい、何とか男の許へ辿り着く。再び酸素マスクをつけてベッドに横たわる男は心なしか先程よりも顔色が悪く見える。意識が無かったのか今やうっすらと瞼を押し上げることしか出来ない男は、側に立つ銀時と“彼女”を見た。



「…綾乃さん」

「アンタやっぱ…簪よく似合うなァ…」



マスクを外して歯を見せる男の目尻には涙が浮かんでいた。五十年忘れることの出来なかった憧れの女性にまた会うことが出来た男は、死を間近にしてひどく嬉しそうに笑っていたのだ。
“彼女”は男に対して変わらぬ笑顔を浮かべると、マスクを掴んだ男の手を両手で包みこんだ。


「ありがとう」




きっと、男は最期に幸せな想いを抱けたことだろう。独りだと周りから同情までされていた男は、五十年思い焦がれた人に看取ってもらえたのだから。

陽は病院からの帰り道に一人そう考えて茜空を見上げる。


「…バーさんよォ、アンタひょっとして覚えてたってことはねーよな?」
「フン、さあね」


本人はそう躱すだけだが、陽は一緒に歩きながら静かに笑みを浮かべていた。


(凄いなあ、お登勢さんは)


きっと覚えている。それは陽の願望も少なからず含まれていたけれど、そうだろうと思わずにはいられなかった。
しゃらん、と簪の音をたてながら振り返った女。いつもと変わらず男勝りな話し方で団子屋へと誘う姿に、銀時は何を見たのか戸惑い気味に目を擦っていた。
原作で銀時と同じようにその姿を一度見ていた陽は思うのだ。

きっと本人が“その時”を思い出していなければ、簪をつけたあの頃の姿と見間違うような“魔法”はかからないから。




過去の栄光にすがる奴ほどろくでもない



ネットで実際お登勢さんが覚えてるかどうか他の人の意見を見たいと思いましたが書いてあるのを見つけられず。私は覚えていると思うんですが、皆さんはどうですかね。

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