※暴力表現注意



『ねえ、強盗に家族殺されたのって常磐さんなんでしょ?』

『可哀想だよね…よく学校来れたよ』

『親がいないでこれからどうするんだろ』

『親戚の家で暮らすらしいよ』

『かわいそー…』



うるさいな。

可哀想可哀想って。ただニュースや噂聞いただけのアンタら他人に私の何が分かんの?そうやって遠巻きに私を同情の眼差しで見るしか出来ないくせに。所詮他人のくせに。何も出来ないし何もやろうとする気見せないんなら表っ面で可哀想可哀想言ってんじゃねーよ。良い子ぶりたいわけ?家族殺されて孤独になった私を同情してあげる自分優しい、みたいな?
前は一緒に遊んで話して仲良くしていた奴らも、ずっと無言で無表情でいる私に関わることも恐れてる。友達なんてそんなもんだよね。他人は他人。こんな面倒な存在誰が関わるんだって話。

耳障りだわ。こんな聞きたくもない声が聞こえてくるぐらいなら両耳切り落としてやろうかな。


そうだ。その前に復讐してやろう。

私の大切なものを奪った名前も知らない男を、この手で殺してやろう。幸いにも私は一瞬奴の姿を見ている。手がかりがないわけじゃない。

奴をこの手で葬ることさえ出来れば、もうこんな世界に未練はない。耳切り落とすとかそんなんじゃなくて、全て終わらせてしまおう。

私独りここで生きていたって、しょうがないでしょ。


死んだら、あの世で大切な人たちに逢えるかな。



《 先日○○区の常磐家三人が殺害され、遺体で見つかった事件で、逃亡していた男が本日強盗殺人などの疑いで逮捕されました。男は常磐さんとの関わりはなく、『適当に目に入ったからやった』と供述しており―― 》



『犯人捕まって良かったね陽ちゃん。あ、三日後に荷物運ぶから持って行くものや…遺品も、整理しないとね。子ども部屋の方は一人で大丈夫?』

『……大丈夫です』

『…そう。ご飯はおばちゃん用意してあげるからね』

『…大丈夫です』



復讐という、生きる理由もなくなった私は
また抜け殻のようになっていた。

これはもう死ぬしかないんじゃないかと思った時、ふと目に入ったのは弟の漫画が沢山入っている本棚だった。
漫画が大好きだった弟はお小遣いを全て単行本に注ぎ込み、家ではいつもそればかり読んでいた。そんなん何が面白いんだと全く興味を示さなかった私が、弟がいなくなってしまったことで何となくアイツみたいに面白さを理解出来るのかと考えた。

部屋の整理中にふと目に入ったのはふざけたタイトルのその漫画だった。何となく手にとった二巻の表紙には眼鏡をかけた地味な少年が描かれていて、その絵がまた特に上手くもなくて微妙だと思った。
なのに何となく、パラパラとめくっている時に広告が挟んであったページで止まる。
名前も知らない男二人がぺちゃくちゃと喋っているのを、話を理解する気もなく流し読みしていた。


「仲間が拉致られた。ほっとくわけにはいかねェ」


白い頭の男の台詞を見て、このままこの男二人が助けに行って仲間も無事に助かる…と、簡単に想像がつく。何ともありがちな展開だ。ほとんど漫画を読まなかった私でも想像がつくほどセオリー。逆にこの展開を裏切ってきたりするのだろうか。
白い頭の男にとってメインの仲間が、今一緒に話している長髪の男なのか、拉致られた仲間なのかによるだろう。拉致られた方が大した重要性が無ければ、助けられないってのも有りかな。挫折を経験して主人公はまた強くなる、みたいな。



「“人の一生は重き荷を負うて遠き道を往くが如し”」


「昔なァ…徳川田信秀というおっさんが言った言葉でな…」
「誰だそのミックス大名!家康公だ家康公!」


……。色んな意味で裏切られたわ。


「最初にきいた時は何を辛気くせーことをなんて思ったが、なかなかどーして、年寄りの言うこたァ馬鹿にできねーな…」


「荷物ってんじゃねーが誰でも両手に大事に何か抱えてるもんだ。だが担いでる時にゃ気づきゃしねー」

「その重さに気づくのは全部手元からすべり落ちた時だ。もうこんなもん持たねェと何度思ったかしれねェ」


絵を見れば、男たちが戦争に参加していたのだと察しが付く。そして沢山の仲間を失ってしまったことも。この白髪の男も辛い想いをしたんだろう。それもまた、ありきたりな設定だけど。



「なのに…またいつの間にか背負いこんでんだ」



ページの半分にも満たない1コマには、真っ白な背景にぽつんとあるベンチ。そこで座る白髪男と二人のキャラクター。誰もお互いを見ていない、それぞれが好きなことをしているまるで日常の1コマを切り取ったようなもの。
決して絵は上手くないのに、そのコマに私の胸は鷲掴みされたような衝動を覚えたのだ。


「いっそ捨てちまえば楽になれるんだろうが、どーにもそーゆ気になれねー」


この男の言葉と、三人がベンチに座るコマを見て、私の脳裏には大切な人達の笑顔がチラついていた。



荷物(あいつら)がいねーと、歩いててもあんま面白くなくなっちまったからよォ」



重なっていたんだ。
当たり前のように、最初からあった家族の存在。私はその有難みを全く分かっていなかった。こうして失ってから気付いたってもう遅いのに。もう戻ってくることはないのに。

きっとこの人は、同じことを思ったんだ。でもそんな人がまた大切な仲間を作っていた。
生きていたからこそ、見付けた“荷”なんだ。


『…ッねぇ…お兄さん』


次々と溢れ出る涙が白黒印刷された漫画へと落ちて滲む。
どこの誰かも知らない作者が描いた、それだけの絵に――答えてくれるわけもない絵に、名前も知らないその白髪男に向かって、私は話しかけていた。



『生きていたら…私も、またそんな大切な人が出来るかな…?』




▼△▼



「ん…」


意識を取り戻した時、陽の瞳は虚ろであった。新八と神楽が連れていかれ、銀時が陀絡にやられ、一人になってしまった陽に状況を打破できる力があるわけもなく。あの後“春雨”が地球に売りつけている非合法薬物“転生郷”を嗅がされて意識を手放したため、今も薬の所為で頭がろくに回らないのだろう。
床に横たえられて覆いかぶさるように自分を見下ろす数人の天人の男たちが下卑た笑みを浮かべている。
ここは“春雨”の所有する船の一室であるが、今の陽にはそれを把握できるほどの処理能力は無かった。


「おい目ェ覚ましちまったぜ」
「へへっ、問題ねェよ。女一人じゃ何も出来ねェ」
「そうだな…」
「お嬢ちゃん、たっぷり楽しませてもらうぜ」


言われている言葉が耳を通り抜けていき、その言葉の意味を理解することまでは出来ない。一人の男が陽の普段着となっている制服のシャツを脱がしにかかる。ボタンを一つずつ外されていくが、陽は未だに大人しく上の空であった。しかし、面倒くさくなったのだろう。別の男が剣を抜いてシャツの下にある下着を斬ったのだが、その切っ先が僅かに陽の肌に触れた。乳房の間から鳩尾あたりまでに赤い筋が浮かびあがり、陽はその痛みで漸く覚醒した。


「…ッ!?」


自分を見下ろす男たちに陽は咄嗟に肌から滑り落ちそうになっていたシャツと下着を手繰り寄せる。体を翻してすぐにその場を逃げ出そうとしたが、薬の所為か体が思うように動かずめまいに襲われる。一度床に手をついた隙に一人の男は陽の足を掴み引き寄せた。バランスを崩した陽は片足のみでは力を入れることも出来ず、ずるずると男たちの許へ戻される。別の男が陽の上に跨り、彼女の頭を掴んで床に押し付けた。頬に痛みが走るが必死に抵抗する。


「おいとっとと脱がせ!」


シャツを背後から引っ張るようにして肌蹴させる。力づくの行為にシャツは悲鳴をあげており、もう使い物にはならなかった。背中が外気に晒されて更なる恐怖を覚えた陽は涙を流す。


「やだ…!! やだ!! 離して!!」
「観念しろよ、誰も助けにゃ来ねー」


そんなことを言われてすぐ諦められるわけもない。経験もないのに、こんな訳も分からないうちに名前も知らないような悪人に犯されるだなんて。
うつ伏せ状態のため下半身が見えなかったが、スカートを捲られ下着をはぎ取ろうとした手の動きに感づいて陽は足を暴れさせた。功を奏してそれは男の腕にヒットし、一度下着から手が離れる。
しかし、これに男も火がついた。


「おい小娘」
「…ッ」


正面に回り込んだ一人が乱暴に髪を鷲掴み顔をあげさせ拳を振るう。銀時から普段頭にくらうそれがある程度加減されていたのではないかと思える程、頬に走る衝撃は凄まじい。漫画やドラマで見たことがあったが、実際にくらうと予想以上の痛みだった。恐怖と混乱で息を乱す陽に対して追い討ちをかけるように目の前に迫るのは剣の切っ先。鈍く光るそれの存在に気付いた陽は息を呑んだ。


「別に俺たちゃ死体でもいいんだぜ?」


海賊であり天人であり男である彼らの手ならば簡単に殺すことが出来るのだと言われていた。そして人を殺めることに抵抗が無いということも。
陽が勝てる相手ではない。体も取り押さえられたこの状況では何もしようがない。手を出されるぐらいなら死んでやろうと思えるのだが、死んだ後に手を出されるのでは命の無駄遣いだ。

それに、約束したのだ。今日は晩ご飯にとんかつを作ってやると。

嬉しそうにしていた神楽の顔を思い出し、陽は恐怖とは別の涙を流した。
きっと天罰が下ったのだ。新八と神楽に危機が迫っていると知っていたのに、物語の展開を優先させたことで。虚ろな瞳で連れて行かれる新八と神楽を見て胸が引きちぎられる想いだった。あんな想いするぐらいなら、物語が滅茶苦茶になってしまおうとも、二人が襲われないよう誘導すれば良かった。


(謝りたい。穢れちゃって、二人を助けることも出来なかった私を、二人はどう思うんだろう)

(きっと優しいから許してくれちゃうんだろうな……居た堪れないや)

(でも、また二人の笑顔が見たいな)


願うことならば、また笑いあっていたい。


男たちに良いようにされる決意を固めた。天罰ならば受けて立とう。怖いけれどどんな目に遭っても良い。
けれど、またあの家に戻ることだけは願わずにはいられなかった。


「!」


陽に跨っていた男が大人しくなった彼女の背中に舌を這わそうとした時、薄暗かった部屋に光が差し込む。光の出元を見るように陽も男たちも視線を向ければ、部屋の扉が開かれたことが分かった。逆光の所為でそこに誰が立っているのか、陽は一瞬判断出来なかった。


「ほぉ…か弱い少女を捕まえて随分趣味の悪いことを」


その声を聞いて、陽の瞳に光が差し込む。


「男として恥ずかしいな。俺がその恥ずかしい人生にケリをつけてやろう。――あまり、楽に逝けると思うなよ」


そこに立つは海賊に扮した桂であった。声だけで誰なのか判断ついた陽だったが、その表情を見ることが出来て少し驚きに目を丸くする。――あまりに彼が怒りで表情を歪めさせていたから。

陽の周りにいた男から桂へ攻撃を仕掛けていくが、その力の差は歴然である。名もついていないような下っ端たちが攘夷戦争の伝説の一人に敵うわけがないのだ。
怒り故なのか、桂は喉元を一突きしたり眼球から狙ったりと本人が宣言した通り制裁が中々に惨い。おかげで男の悲鳴もあがり陽は見ていられるわけもなく視線を逸らした。最後陽に跨っていた男が桂へと襲いかかり、両手が自由になるとすぐさま耳を塞いだ。出来ることならば耳をつんざくような悲鳴だって聞いていたくはないのだ。



「…遅くなってすまない」


少しの間を置いて優しく肩を叩かれる。そっと耳から手を離し見上げると、桂は着ていた上着を脱いでいた。キャプテンを名乗るためのロングコートを陽の体を覆わせるように乗せてやると、陽はゆっくりとした動きで床に手をついて上体を起こした。羽織ってくれたコートを手繰り寄せてお礼を言おうと再度桂を見上げると、頬に掌がそっと触れられる。先程天人の一人に殴られた頬だった。


「せっかくの整った顔が台無しだな。後でちゃんと冷やしておけ、腫れがマシになる」
「………はい…」
「触れられてはいないか?」
「………大丈夫、です…」
「そうか」


かろうじて応える彼女に桂は一度頷くと、頬に触れていた手を後頭部へ回した。引き寄せられるままに桂の胸元に飛び込む。頭に感じる温もりがぽんぽん、と優しく撫でられているのを感じ取れた。


「怖かったな」
「……ッ」


その言葉で堰を切ったように再び溢れだす涙。体を包む温もりは先程まで自分を捕えていた不快な体温とは違って、ひどく安心させる。幼い頃した以来、久しぶりに声をあげてわんわんと泣いた。



─ 続 ─


「またいつの間にか背負いこんでんだ」のコマが凄く素敵だと思います。ただこの素晴らしさ上手く言葉で伝えられない。感覚ですよね、読んでる時「うわああ(感涙)」ってなる感じ。

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