一方、同じく“春雨”を嗅ぎ回っていると勘違いされ陽より先に薬を吸わされた新八と神楽。船に連れて行かれ、神楽の命と引き換えに桂の拠点を問い詰められた新八であったが、そんな二人のもとにも救世主は現れていた。


「こんにちは、坂田銀時です。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取、特技は目ェ開けたまま寝れることです」


「足手まといはごめんだ」と甲板にて身を投げ出した神楽を救い出したのは銀時であった。変装のつもりだろうか、額から鼻筋を斜めに横切るようにしてマジックペンで描かれた傷跡、普段とは違う洋装であるが、いつも通りのふざけた登場に新八も神楽も明るい表情に変わった。

銀時は新八の姿を視界に捉えると、辺りを見渡してからその視線を新八へ戻した。


「おい、陽はどうした」
「え…!? 陽さんは銀さんのとこに行くって言ってあの店で別れた以来ですよ…!? 一緒じゃないんですか!?」
「……っ」


銀時は陽が彼ら“春雨”の下っ端に捕えられた状態でいるのを確認したのが最後だ。新八と神楽と共に捕えられていると思ったのに、何故陽だけこの場にいないのか。僅かに銀時の中に焦りが生まれる。



『逃げろォォ!!』



あの時咄嗟にそうは言ったものの、非力で僅かな怪我でさえ怯えてしまう彼女一人で、あんな状況を脱出出来るわけがない。少し考えれば分かることなのに。

頼むから無事でいてくれ。俺のために護られてくれ。



『銀時、もう――…』



もう、あんな想い御免だ。




「!!」


爆発音が聞こえて銀時に気をとられていた陀絡もハッとする。すぐに下っ端から“転生卿”を爆破されたという報せが入った。桂の仕業であった。用意していた爆弾で下っ端たちを蹴散らす桂のおかげか甲板は騒ぎに包まれる。

その騒ぎに乗じてこっそりと甲板へやって来たのは陽だった。桂に守ってもらいながら何とかここまでやって来れた彼女は、桂が仕掛けた爆発で下っ端たちがパニックになる中で視線を巡らせる。そして隅の方で座りこんでいる新八と神楽を見つけた。


「新八!! 神楽!!」
「陽さ…って ええ!?」


駆け寄ってくる陽に気付いた新八と神楽だったが、新八は彼女の格好を見て目をひん剥いた。銀時が着ていたようなロングコートを着ていることも謎だったが、そのコートの隙間から彼女の肌が露わになっていたからだ。まさかコートの下は上半身裸なのか?新八は顔を真っ赤にしてすぐに視線を逸らした。
そんな思春期らしい反応を見せる新八だったが、「陽!!」と神楽の少し焦ったような声が聞こえてハッと視線を戻した。

陽がふらついたのかその場に膝を崩したのだ。


「だ、大丈夫…!それより二人こそ!! 大丈夫!?」


一瞬のめまいに少し顔を歪ませた陽だが、すぐに真剣な顔で二人を見る。新八と神楽は手錠で両手を拘束されているものの、何とか無傷である。頷く二人にホッとした表情を見せた陽は、そのまま二人に抱きつくようにして両手を回した。


「ちょ…!? 陽さん!?」


陽の今の格好もあり狼狽える新八だが、陽はいつも通り解放などしない。


「ごめんなさい」
「…え?」


普段の明るい声からは想像もつかないような震える声が聞こえて、二人は動きを止めた。


「私…二人がね、危ない目に遭うかもって、思ったんだ……でも、何もしなかった…本当にごめんなさい」
「……陽さん、こそ……どうしてそんな格好なんですか…陽さんの方が、よっぽど怖い目に……」


少しだけ冷静さを取り戻し、陽の格好の意味に予想がついてしまった新八が至極辛そうな表情で言葉を選ぶように続ける。しかし陽は首を横に振ると、二人の顔を見るように少しだけ体を離した。


「私にとって一番怖いことは、万事屋の三人の身に何かあることだよ」


よく見れば頬は腫れていた。目元も赤く泣いた痕が見てとれるし、髪もぼさぼさで、新八の予想が更なる確信へと変わってしまう。故に不安げな表情に変わっていく彼を安心させるように、その格好とは不釣り合いないつも通りの笑顔を見せる陽。言葉が出ない二人から陽はゆっくりと顔の向きを変えて騒ぎの中銀時へ視線を向ける。


(だから…銀さんもちゃんと無事でいてくれて良かった)


建物から落ちたのだ。主人公だし元より戦闘スキルもあるのだから丈夫な体だろうと思ってはいたが、やはり元の世界基準で考えてしまい「打ちどころが悪かったら…」と考えてしまうのだ。

しかし安堵の表情を浮かべる陽と対照に、銀時の表情は凍りついていた。新八と同じように陽の異変に気付いたことに加え、初心な新八が目を逸らしてしまった彼女の体――胸骨部にある縦の切り傷を見つける。



『お前に護れるものなんて何もねーんだよ!!』



夢で言われた言葉を思い出し、銀時は無言で拳を作った。掌に爪が突き刺さり血が滲もうとも構ってやいられない。それは誰に対する怒りか。陽を傷つけた者へか、無力な自分へか――…


「てめーら終わったな。完全に“春雨”を敵にまわしたぞ。今に宇宙中に散らばる“春雨”がてめーらを殺しにくるだろう」


騒ぎのなかでも陀絡の声は聞こえる。剣を手にする陀絡に対抗するように、銀時はゆっくりとした動作で腰に差してある刀の柄を握った。


「知るかよ。終わんのはてめーだ」


発せられた声は普段より数段低く、陀絡を見る赤い瞳には隠しきれない怒りが露わになっていた。鞘から引き抜かれた刀はそのまま真っ直ぐと、陀絡へと突きつけられる。


「いいか…てめーらが宇宙のどこで何しよーとかまわねー。だが俺のこの剣。こいつが届く範囲は――俺の国だ」


場違いにも陽は名台詞の一つを聞いてしまい格好よさに体が痺れていたが、幸い誰も気付いていない。


「無粋に入ってきて俺のモンに触れる奴ァ、将軍だろーが宇宙海賊だろーが隕石だろーが」


「ブッた斬る!!」



二人が同時に斬りかかり腕を振りぬく。一般人の陽には目で追えないスピードであった。背中合わせになる二人は腕を振りぬいた状態のまま一歩も動くことはなかったが、周りの騒ぎが聞こえなくなるほどその場だけが静寂に包まれていた。
と、小さく笑い声。静寂を破ったのは陀絡であった。


「オイてめっ…便所で手ェ洗わねーわりに、けっこうキレイじゃねーか…」


そう言って倒れた陀絡に視線を向けることなく、銀時は静かに刀身を鞘に納めた。



▼△▼



「シャツ、ありがとうございます…」


陀絡を倒し船から降りた万事屋の四人。その空気は事件が一段落ついたにも関わらず少しぎこちないものだった。陽の被害を考えると明るい空気にはなれなかったのだろう。そんななかで当人だけが笑顔を浮かべて銀時たちの無事を喜んでいる姿がまた痛々しく、銀時でさえ神妙な面持ちでいた。
年頃の少女に格好そのままで帰路に着かせるのはあまりに可哀想で、コートとベストを脱いで自分が着ていたシャツを貸した。コンテナの影でシャツと桂から貰ったコートを着ておずおずとした様子で姿を現した彼女に、銀時はどんな顔を向ければいいのか分からなかった。


「銀さんの匂いに包まれてどうにかなってしまいそうです…」
「……ぶれないですねアンタ」


当然成人男性の服は陽には大きくて、余った袖を捲って鼻へと近付ける。うっとりとした表情を浮かべる陽に新八は最早感心さえ覚えてしまった。この状況で、陽は怖い目だって遭っただろうに、銀時の匂いに興奮しているのだから。
けれど陽の足元は危うかった。薬の所為なのか未だ足元がおぼつかず、今にも転んだり倒れてしまいそうだった。新八だけでなく銀時も当然それに気付いており、少し言葉に迷い白銀の頭を掻いたあと、口を開いた。


「おぶってやる、帰んぞ」
「……え」


銀時からそんなことを言われるとは思っておらず、陽は一瞬きょとんとした表情を見せる。そして陽はそのまま動きを停止させたまま何かを考えたあと、ちらりと新八と神楽を見てから首を横に振った。


「いや、私は大丈夫です」
「大丈夫って…」
「そんなふらついてるくせに何が大丈夫だ」


彼女は変なところで遠慮するところがあったので、いつものそれだと銀時と新八は考えたが、実際はそうではない。陽がここで銀時におぶられてしまったら、肝心なシーンが台無しになってしまう。また物語を優先させるのかと誰かに言われてしまいそうだが、これだけは譲るわけにはいかなかった。


「私より!新八と神楽の方がフラフラでしょ!? 神楽は日の光浴びてるし夜兎にはキツイよね!?」
「………」

「陽」


何とか自分より新八と神楽を優先させようとする姿に男二人が何も言えずにいると、今まで黙っていた神楽が口を開いた。


「私、カツカレーが食べたいアル」
「……へ…」
「カツカレー作ってくれたら許してやるネ」


神楽の言いたいことを、伝えたいことをすぐに理解することが出来なかった。


「私たちが危ない目に遭うって思ったのに、陽は構わず銀ちゃんのとこに行った」
「…う…」
「でも、カツカレー作ってくれたら、全部許してあげるネ」


とんかつよりも手間がかかるカツカレーを作れと言っているのは、わざとなのだろうか。神楽は作るより食べる少女なので、そこまで頭が回っているのかは分からないところだ。けれど「食べたいものを作ってくれれば許す」という神楽の発言は、大食らいの彼女らしく同情や気遣いも感じられないほど自然であった。
それが、陽にとって救われた。


「僕はクリームコロッケ食べたいですね」
「クリームコロッケじゃカレーに合わないアル」


空気を読んだかのように新八がこれまた手間のかかるものをリクエストすると、神楽が瞬時に反論してくる。その様子に陽はくすくすと笑ってから、


「次の晩ご飯で…いいかな?」
「…しょうがないですねー。それで許してあげますよ」
「……新八…」


笑みを浮かべる新八に「これ以上自分を責めるな」と言われているようであった。


「だから陽は今日カツカレー作るために大人しく銀ちゃんにおぶられるネ!」


神楽と新八の気持ちに陽も嬉しさで笑みが浮かんでいたが、気を取り直したように明るい声で発言した神楽に、一瞬表情が固まる。
新八と神楽への罪悪感でおんぶを遠慮しているのだと勘違いされていたことに、この時陽は漸く気付いたのだった。


「いや…!それとこれとは話が違うから!! 歩いて帰ってカツカレー作るから!二人こそ薬嗅がされてフラフラしてるでしょ!? ほらっ銀さん!」
「ちょっと待て俺はガキ二人もおぶるなんざ言ってねーぞ」


陽をおぶるかどうかの話だったはずが、陽本人は未だに新八と神楽をおんぶしてもらおうとしている。銀時本人はそんな気毛頭なかったので口を挟まずにいられなかった。おぶるのは自分なのだ、黙っていられなかった。そこで次に口を開くのは、名案と言わんばかりに明るい表情で提案した新八だ。


「あ、じゃあ三人ともおぶってもらえばいいんですよ!」
「何言ってんの!? 新八君こういう時はまともなキャラじゃなかったっけ!? 三人担ぐなんざ物理的に無理だっつーの!知ってる!? 銀さん左腕動かないからね!?」


銀時は建物から落ちた時に公子を庇ったため左腕が使い物にならなくなっていた。それに肋骨も負傷しており、こんななか海賊船に乗り込んで助け出したことを褒めてもらいたいぐらいだ。
しかし新八の目は冷たいものだった。


「え?カルシウムとってれば全て上手くいくんですよね?三人おんぶも上手くいきますよ」
「おまっ、前回の俺の台詞持ってきてんじゃねーぞ!」
「ジャンプの主人公ならそれぐらいやってみせるアル」


神楽も容赦が無かった。


「ジャンプの主人公でも出来ないことってあんの!海賊王目指す男が泳げないように!」
「それはあまりにも主人公が強かったからハンデをつけたアルヨ。銀ちゃんなら大丈夫」
「何が大丈夫?俺の心砕きにきといて何が大丈夫!? 二日酔いで体もボロボロだってのに頑張った銀さんに対して何この仕打ち!?」


陽は三人のやり取りを見て苦笑いを浮かべる。なんとか原作の流れに戻ろうとしている――だろうか?
ともかく自分のことを忘れてくれていいので、銀時に新八と神楽を担いで行く流れを失くしてほしくはなかったのだ。陽は下手なことは言わずに事の行く末を見守る。


「もう知らねー、付き合ってられるか。俺先帰るからな」


誰も折れてはくれないので話は一向に進まず、焦れを切らした銀時が投げやりに捨て台詞を吐いて踵を返す。一人歩いて行く背中を陽は新八と神楽と一緒に黙って見つめた。その姿が、かろうじてシルエットが見えるというぐらいに距離が離れた頃、銀時が足を止める。


「いい加減にしろよコラァァァ!! 上等だおんぶでも何でもしたらァ!!」


振り向いた銀時からの言葉を聞いた途端、目の色を変えて素早く立ち上がった新八と神楽が同時にスタートダッシュをきる。その時神楽に腕を引かれた陽も少しよろけながら何とか付いて行く。


「元気爆発じゃねーかおめーら!!」


駆け足でこちらへとやってくる新八と神楽に怒鳴る銀時。陽は神楽に引っ張られながらもその光景に笑顔が零れた。

――結果。
新八を背中におぶり、自由がきく右腕で神楽を脇に抱えた銀時。陽は意地でも銀時に甘えはせず、その横を満足げな表情で歩いていた。


「陽さん遠慮なんかしちゃダメですよ。陽さんが一番大変な目に遭ったんですから」
「いいよ私はー。今度おんぶしてもらうから」
「しないからね俺。絶対しないからね」
「何ヨ銀ちゃん冷たい男アル。さっきはするって言ってたくせに」
「つーか陽をおぶってもらおうと思うんならお前ら歩けコノヤロー!!」


一応陽のことを気にかけているらしい新八と神楽だが、現に自分が楽をしたいのか銀時から下ろしてもらおうとはしていない。
そこで、まるで自分が悪者のように扱われていることに怒りを露わにしている銀時の口から、何とも自然に発せられた「陽」という単語。――唯一陽だけが、胸を高鳴らせていた。

そういえば、初めて名前を呼んでもらえた。
陽自身この時初めて気付いたのだ。「こいつ」やら「アホ女」やらと呼ばれており、あまりにそれが普通になってしまっていて。だから名前を呼ばれていないことも、時が経つにつれ忘れてしまっていた。

しかしあの声で、特徴があって最初は違和感があったけれど、アニメを見るうちにどんどんと虜になってしまった あの声でいざ呼ばれると
自分がこの世界に確かに存在していると、漸く実感させてくれたようだった。


「――…」


やはり、いいなと思う。羨ましい関係だと思う。何もかも失った時に心の底から銀時を羨ましいと思った。また大切なものを見つけられた彼を。
きっとあの日からずっと、自分はこの万事屋の一員に加わりたいと思っていたのだ。

そしてきっとあの日から――この白髪の男に 惹かれていたのかもしれない。


「……銀さん」
「あんだよ」
「手、繋いで良いですか?」
「あ?」


陽の思わぬ発言に銀時は立ち止まり彼女へ振り向いた。一歩後ろで三人の様子を見ていた陽は銀時と目が合うと少し照れくさそうに笑い、手を差し出す。



「――私は、銀さんの荷物にはなれてないんですかね?」
「……」



『またいつの間にか背負いこんでんだ』

『いっそ捨てちまえば楽になれるんだろうが、どーにもそーゆ気になれねー』

荷物(あいつら)がいねーと、歩いててもあんま面白くなくなっちまったからよォ』



まるであの時、桂に救われて海賊船へと乗り込む前に己が言った言葉を、陽が知っているような口ぶりだった。面食らった銀時は、もう「何で知ってるんだ」というツッコミもしない。そんなこと何度思ったかしれないのだ。彼女が突飛な発言をするのは今に始まったことではない。


「………左手開いてるから勝手に掴んでろ」


視線を外して再び歩き出すと、やがてだらんとぶら下がっている左手にそっと温もりが触れる。思ったよりも小さくて、いつも家事をしているから決して綺麗とはいえない荒れたその手だった。褒められた手ではないのに、その手に愛しさに似た感情を抱いていた。

これもまた、離したくない一つなんだと気付いて
小さく、自分を嗤ってやる。

馬鹿だなあ。ただの馬鹿なアホ女なのに。しつこくて変態じみてて訳の分からないことばかり言う、何者かも分からない女なのに。


横目で嬉しそうにはにかんでいる陽を見て「参ったな」と思ってしまう。一方的に掴まれている自分の手。どこか儚くて消えてしまいそうな小さな掌を、力の入らない指で少しだけ握ってやった。


「――…!」


その変化に気付くのは、陽だけである。驚いた表情で銀時を見るも、既に銀時は正面を向いていた。

視線も寄越してくれない、何も言ってくれない。けれど陽にとって、右手に感じる温もりだけで充分であった。銀時にとって必要な“荷”として、認めてもらえたようであった。
涙が溢れてしまいそうになるのをグッと堪えるも、口元は言いようのない感情で笑んでいた。視界が涙で歪んでいる彼女は、想ってやまない男から再び視線を寄越されていることに気付く余裕もない。


「銀ちゃん、私ラーメンも食べたくなってきたヨ」
「僕寿司でいいですよ」
「バカヤロー誕生日以外にそんなもん食えると思うなよ!!」
「時間かかってよければ頑張るよ、私」
「一日でどんだけ食費使う気だマジにとらえんじゃねーアホ!」


いつも通りの会話。一人も欠けてはならない。

だから 今度こそ護り通してやるのだ。誰も失わない 今度は。


そう、あの時のように。



「…ったくよ〜、重てーなチクショッ」




どれだけ変で駄目で救い様が無い奴でも気付いたら大事になってるもの



実は8-2の銀さんの逃げろ発言のところ、最初少し違った言い方でして。銀さんらしくないと書き直すと夢主の行動も変わってきて、読み直すと新八と神楽が拉致られた理由ごっそり書けてないとか気づいたりして、更新直前にかなり書き直したエピソードとなりました。またこっそりと直したりしてるかもしれません←

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