※Aの続き


更に翌日。今日は万事屋で一日過ごす日だ。早起きして朝食を用意し、銀時と神楽を起こして三人で朝食を済ます。片付けた頃に新八もやって来て、仕事が無い今日はいつも通りぐだぐだと過ごすしかない。活発的な神楽が外へと遊びに行き、陽は日課の掃除を始めようと箒を取り出す。


「あー、おい、陽」
「!…何ですか?」


まだ名前で呼ばれ慣れていないためにピクリと反応した陽が、何とか平静を装って自分を呼んだ銀時へ振り向く。ソファに座っていた銀時は視線を向けることなく、少し言葉に迷いながらも続けた。


「おめー、今日掃除いいから付き合え」
「え、でも」
「新八にでもやらせとけよ」
「“新八にでも”って、アンタ何様ですか…」


言われずとも陽の手伝いをするつもりでいた新八だが、銀時の言い回しに呆れた視線を送る。しかしいつもと少し様子の違う彼に何かを感じとったのか、新八は「仕方が無い」という風に笑み混じりに溜息を吐きだしたあと陽を見やった。


「いいですよ陽さん、たまにはゆっくりしてください」
「けど…」
「いいから早く付いて来い!! 行くぞ!!」


未だに躊躇う陽に焦れを切らしたのか、銀時は立ち上がって一人事務所を出ていく。陽は新八と銀時の背中を交互に見たあと、新八にお礼を告げて小走りで銀時を追った。


「銀さん、私どこに付き合えば?何か仕事ありましたっけ」
「とにかく黙って付いて来い」


陽は訳が分からずに言われた通り黙って付いて行く。そうしてやって来たのは予想にもしなかった女物の着物が揃う呉服屋だった。
女性が出入りする店頭で立ち止まり店を見つめる陽に、ずっと一歩前を歩いていた銀時も立ち止まり陽を見た。


「何してんだ早く入れ」
「…え?」
「男が先導きって入れるか。早くしろ」
「は、はーい…」


未だによく分からないまま店に入る。着替えは今まで土方が用意してくれたシャツを着回して制服で済ませていたので、呉服屋に入るのは初めてであった。色とりどりの綺麗な柄模様の着物が並び、女の子の陽も少なからずテンションは上がっていた。きょろきょろと辺りを見ていると、陽に続いて店内に入った銀時から「好きなの一着選べ」と再び命令を受ける。


「す、好きなの…?どうしてですか?何か依頼でも受けたんですか?『若い女の子の着物用意したいから若い子が好きそうなの教えて』みたいなの」
「ちげーよ!お前の着たいのを選べって言ってんの!!」
「…???」


陽は首を傾げるばかりだ。まさか「いい加減その奇妙な服を着るのをやめろ」ということだろうか。動きやすいし着やすいしリボン・ブレザー・カーディガンで少しアレンジが効くし、その割には楽で良かったのだが。
銀時が言うのならば仕方が無い。出費にはなってしまうが安いものでも選ぼうかと値札を見た時、


「ああ、でも限度はあるぞ?銀さんの財布事情知ってるだろ?そこらへんは空気読めよ?」


背後から聞こえた言葉に、振り返る。気まずげな表情を浮かべている銀時を信じられない気持ちで見ると、その視線に銀時も気付いた。


「――…買って…くれるんですか…?」
「…一昨日服駄目にしただろうが、一着ぐらいその変なのやめて着物着てろ」
「………」


まさか。気にかけてくれているのか。
一昨日のことだけで――自分に服を貸してくれて、名前を呼んでくれて、手を握ってくれて、もう充分すぎるほどに幸せだったのに。

陽は最初、嬉しさで胸がいっぱいになり口元をにやつかせた。けれど、すぐに気づいてしまう。自分が一人で危機を脱出できなかったから、危険に遭ってしまったから、銀時に責任を感じさせている。銀時に自分を責めないでほしくて頑張った陽としては、複雑な心境に陥ってしまうのだ。一瞬悲しげな表情を浮かべたことに銀時は気づくも、それを指摘する前に陽は真面目な顔に変わった。


「大丈夫です」
「…あ?」
「私が怪我したのも天人に襲われたのも銀さんの所為じゃないですよ。私が勝手に危険なとこに飛び込んだんです」


それは事実だ。物語の展開を分かっているくせに、脳天気に深く考えずファンとして突っ走った結果だ。だから銀時に会うどころか足手まといになって、そのうえ新八と神楽を危険な目に遭わせて……。こんな待遇を受ける覚えはない。ただでさえ銀時にたくさん幸せを貰ったのに。


「だから銀さんは自分を責めないでください」
「……」


彼女なりに真摯に告げたつもりだった。銀時もそれは分かっている。が、だからこそ、面倒くさいと思わずにいられない。その目がこちらの提案を受けるつもりがないと語っているからだ。こちらが恥ずかしさやプライドをかなぐり捨ててこの呉服屋まで連れてきたというのに。そこで甘えないあたりが、彼女らしいのかもしれないが。
本当に、面倒くさい。

銀時はこめかみに皺を寄せ、陽の頭を鷲掴みする。有無を言わせないように声を低くして反論した。


「お前なに?そこで俺に華をもたすことも出来ないわけ?人がせっかく買い与えてやるっつってんのに何だその態度はよォ」
「えっ!?」
「だったらてめータイムマシンでも見つけてこいよコノヤロー。俺のこのすっきりしないモヤモヤどうにかさせてみろよ」
「いや、だから、気にしなくて……」
「俺も気にしたくないんでさっさとこのモヤモヤから解放させろよこのアホ女ァァァ!!」
「いだだだだ!!」



――そうして漸く、力尽くで陽を納得させた銀時。未だ文句は言いたげであったが結局彼女は銀時に逆らえないのだ。
なんとか彼女に着物選びを始めさせて、銀時もひとまず安堵する。あとは彼女の選ぶ着物の値段が問題であったが、陽に対してそれを危惧するのは杞憂であった。
店内を見て回る彼女は必ず値札を見ており、その金額に頬を引きつらせていた。着物単体でこの値段、そして襦袢や帯、小物の類を考えると――…下働きで着物を着るようになり、陽も着物を着るにあたってどれだけのものが必要になるか分かるようになった。着物と帯だけ買えばいいものではないのだ。


「銀さん、別のお店ありませんか?」
「あ?」
「ここに欲しいものはありません」
「………」


後を付いて来ていた銀時へ振り向いてそう言えば、銀時は陽の顔をジッと見る。その表情は嘘をついているとは思えなかったのだろうが、俄かにも信じがたい。何せここは江戸で一番大きな呉服屋だ。格式はそこまでの高さもなく、頑張れば買える値段の着物が揃っているのを銀時は予めチェックしていたのだ。品揃いも良く利用する若い女性客も多い人気店なのだが。

いつも同じ服しか着ない銀時が呉服屋に詳しいわけもなく、最初の店で見つかるだろうと踏んでいただけに他の店など探していなかった。店を出て町を歩きながら銀時は困り果てる。下手に入ってそこが高い着物しか置いていなかったらと思うと、気楽に立ち寄ることも出来ない。


「あ、ここ着物屋さんですか?」


陽に言われて視線を向ける。彼女が指差した場所には確かに呉服屋があった──が、そこは陽よりもずっと年齢層が高い女性や男向けの着物を取り扱っている小さな老舗だ。とても陽が着るようなものは置いていない。銀時が返す言葉を考えていると、丁度店先に久しい姿を見る。


「おや、坂田さんじゃないかい」
「顔馴染みですか?」


店を営む初老の女だ。女の反応に陽が銀時を見ると、嘘をつくこともないので肯定する。すると陽は明るい顔になり、「じゃあここ見てみましょう!」と店に入って行った。止める間も無かった。まぁ、店の人とは顔馴染みなので買うものがないとしても断りやすい。


「珍しいねえ、坂田さんが若い女の子連れてくるなんて。好い人かい?」
「そんなんじゃねーよ」
「もっと洒落た店案内しておやりよ」
「したっつーの。あいつが気に入らなかったんだよ」


先程の大きな店と違い男一人が突っ立っていても違和感が無いので、陽の後を付いて行く必要もない銀時は女とのんびり会話を交わす。店の中の着物を見て回る姿を何となく目で追う。しっかりと値段まで見ていて、馬鹿のくせにこういう頭は働くのかと考えた。

真剣な面持ちで着物と、何故か袴まで見ている彼女に女が見かねたように笑顔で歩み寄る。


「気に入るのがあったかい?ごめんねぇ、うちあんまり派手で可愛いのは無いから」
「いえ!とんでもないです!控えなデザインでも、センスがあって素敵なものだっていうのが分かります!」
「おや、変わった格好してるわりによく分かるね」


陽の素直な感想に女は嬉しそうに笑ったあと、「少し待ってな」と声をかけて店の裏へと入った。どうしたのかと不思議そうに銀時と陽が顔を見合わせていると、少しして女が帰ってくる。その手に、幾つかの着物を用意して。


「わ…」


それらは店に並ぶのとは違って、控えめな花柄をあしらった明るい色の着物たちだった。


「あんたみたいな若い子が来ないから需要が無くて店に並べてないんだけどね、少しはこういうのあるんだよ。気に入るのがあるといいんだけど」
「……私、これがいいです!」


陽はすぐさまに一着の着物を指差した。指差してからハッとした様子で「あれ?お店に出てるのより高いとか…」と不安にかられて恐る恐る女を見上げる。その表情ににこやかな笑顔を向け「坂田さんの連れならまけてあげないと」と言えば、陽だけでなく銀時も明るい表情に変わる。


「帯とか長襦袢とかあるのかい?合いそうな帯選んであげようか」
「あ、いえ、帯は大丈夫です」
「あ?お前そんなの持ってねーだろ」


女の提案を断る陽に銀時が眉を潜める。一瞬予め持っている帯を合わせるのかと思った女も不思議そうな表情で陽を見た。


「その代わり、この着物に合う袴を選んでほしいんですが……」


袴?
銀時と女の表情は同じだった。袴は男が穿くものである。しかも女ものの着物に何故袴が必要になるのか全く意図が理解出来なかった。


「職場で着物を着るので、だいぶ着物で動くのも慣れてきたんですが…私にはこっちの方が合うんですよね」


そう言って制服のスカートに触れた陽は、恐る恐る顔をあげて女を見た。


「私、大切にこの着物を着ていくので…鋏、入れさせてください」



▼△▼



結果、女が見繕ってくれた袴と一緒に着物を購入した。女が割引いてくれたのもあるが、そうでなくとも先程の店よりは元から安い着物と袴だった。おかげさまで思った以上に安い買い物になったので、銀時は少し拍子抜けである。


「…お前、本当にそれでいいのか」
「はい!本当にありがとうございます」


まさかまだ自分の所為だからと根に持って遠慮しているのかと思わずにはいられなかったが、陽の表情は晴れやかなものだった。


「家に帰ったら私なりにアレンジして、自分の着やすい和服にしてみせます!」


裁縫も出来たのか、と考えながら意気込んでいる陽を見る。風呂敷に包まれた着物と袴を手にする彼女は周りの若い女が着るような可愛らしい着物を買ってもらえたわけでもないのに、心底嬉しそうに笑っている。


「……本当に…ありがとうございます…」


風呂敷を愛おしそうに見つめる陽が今日何度目か分からない感謝を告げる。銀時は「聞き飽きた」と冷めた返事を返すが、彼女はそんな態度気にも留めない。


「私、こんな幸せでいいんですかね…明日死ぬのかな…」
「せっかく買ってやったのに無駄遣いになるからやめろ」
「そうですね…」

「私、前は死ぬことにそんなに抵抗なかったんですけど」


陽のその言葉に銀時は横目で彼女を見る。いつだって明るく振る舞っていた彼女だから、“死”についてまるで普段から考えていたような発言が出ると思わなかったのだ。


「でも…今は生きていたいな……万事屋で、銀さんの傍で…」


しかし、嬉しそうに穏やかに笑っている陽の表情を見て、銀時はまた正面を見た。横から「ふふ」と小さな笑い声が聞こえる。


「私、銀さんに救われてばかり。生きようって思う時も、生きたいって思う時も、いつも銀さんのおかげですね」


“生きようと思った”――つまり死のうとしていたのか?そんな暗い影、全く見てとれなかったのに。こんなに明るく笑う彼女がそこまで追い詰められるなんて、いったい何があったというのか。そもそも死のうとしていた時を自分は知らないのに、彼女は自分のおかげだという。

まさか、あの雨にうたれていた時か…?

銀時が自分と最初に出会った時のことを思い出しているなど知りもせず、陽は上機嫌で銀時に一歩だけ距離を詰める。


「私、やっぱり銀さんが好きです」
「それも聞き飽きた」
「えっと、じゃあもっと好きになりました!」
「あぁそう」
「興味無さそうに…」
「事実興味ねーよお前からの好意なんて」
「ひどい!」


正直これは本編にしときゃ良かったと後悔してるがもう余話用に書き上げてしまったのでそのまま更新します。

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