先日“春雨”の事件後に珍しく銀時が着物を買ってくれたのだが、陽はその着物を妙やお登勢のように一般的に着ることをしなかった。銀魂の世界ならば着物をミニスカートのように短くして着ている若い女を見かけるのだが、それはそれで動きづらいと陽は真似ることをしない。自分で考えて動きやすいようにアレンジしたのだ。

着物と一緒に買ってもらった袴は膝上まで短くなり、傍から見れば制服のスカートと同じようなシルエットになっている。袂も幅を減らしてたすき掛けをせずともある程度家事が出来るようにした。袴の関係でこちらも丈が短くなった着物は中に着たキャミソールが少し見えるぐらいに緩めに衿を合わせ、袴に入れて腰元で紐を結んで固定する。全体的にいかに簡単に着られて動きやすいかを意識した形になっていた。
ニーハイソックスとショート丈のレースアップブーツも見繕い、なるべく元の世界の格好と近付けるようにした。

「銀魂世界なら洋風が混ざった服装も多いし、これもアリだろう」と考えながら意気揚々と銀時へその姿を見せた陽だったが、返ってきた言葉は「お前自ら変な格好しに行く習性なの?」だった。着流しを半分だけ肩に羽織っている男に言われたくなかった。


(沖田さんは何て言うかなぁ…)


今朝銀時から予想はしていたが冷たい反応をされた陽は、いつも通り朝食の片付けを終えてから真選組屯所へ出勤した。しかし朝から沖田を始めとした真選組のメインメンバーはある男の護衛についているとかで屯所にはいなかった。それは今日に始まったことではなく、ここ数日毎度のことなのだが。残っていた隊士から沖田たちがいないことを聞いた陽は「今日も会えないか」と残念に思う間もなくおつかいを頼まれてしまう。――まさに護衛の任務に出ているという沖田への届け物を託され。

地図を片手に近藤たちがいる屋敷へと向かう陽は、土方が用意してくれた仕事用の着物に着替えるのを後回しにしていた。屯所にいた隊士たちは最初驚いた表情を見せるも「陽ちゃんは何着ても可愛いよ」と言ってくれた。その時は素直に喜んでいたが、後々冷静に考えてみるとそれは着ているもの自体は褒めていないのではないかと考え至る。


「あ、ここか」


屯所と同じぐらいの大きさの門は開いた状態のままになっていた。近づいて中を覗こうとすると、門番として待ち構えていた見慣れた隊士が二人立っていて、陽は明るい表情に変わる。対して隊士二人は驚いた表情で、


「あれ?陽ちゃんどうしてここに」
「沖田さんにお届け者です!」
「今日は屯所いられないから陽ちゃんとは会えないと思ってたよ俺〜ラッキー」


門番とは思えない優しい笑顔で声をかけてくれる隊士二人。他愛ない会話を軽く交わしてから門を通り、お目当ての人物を探した。屋敷の庭を歩くだけでもそこらに隊士がいるが、護衛をしているにしても皆思ったよりも緊張感が無く、先程の門番然り各々無駄話をしたりミントンをする山崎を見かけたりした。やる気が無いのだろうかと陽が考えながら庭を歩くうち、行く先でお目当ての人物を見つける。


「あ…」


沖田だ。
しかし、彼は縁側の床を背もたれにするようにして地面に腰をおろし居眠りをこいている。腕と足を組んでいる彼へそっと近づけば、有名なあの赤いアイマスクをしていて思わずにやけてしまった。携帯の電池が切れていなければ是非写真を撮っておきたかった。

起こさないよう足音をたてずにそっと近づいてしゃがみこむ。居眠りをしている沖田の横にいられるなんてとてもレアな気がした。届け物を渡して自分は屯所に戻るべきかもしれないが、もう少しゆっくりしてもいいだろうか。都合が良いのか悪いのか今日は「スナックお登勢」も定休日で帰りが遅くなっても構わないので、急いで帰って仕事に取り掛かる必要もない。出来れば彼を起こしたくなかった。仕事中なのだが。


「……ふふっ」


仕事中でも構わず寝ているこの堂々っぷり。
思わず笑い声が漏れてしまうと、起こしたくないと思っていた沖田は目を覚ましてしまった。ゆっくりとした動作でアイマスクを上げて声が聞こえた方を見やる。アイマスクから覗くその流し目は整った顔立ちにはよく似合っていた。思わず見惚れてしまい言葉も出ない陽に凝視された沖田は、その姿を捉えて僅かに目を開いた後、すぐに無表情に戻りアイマスクを首元までおろした。


「オメー、何でここに」
「沖田さん、お弁当忘れたでしょ?」


差し出されたのは落ち着いた色合いの小風呂敷に包まれた弁当箱。数日この屋敷で護衛の任務をしていたが、沖田は毎日弁当を持って来ていない。初日は本当に忘れてしまったのだが、配膳係やたまたま見廻りに出ていた隊士が届けてくれたことに味を占めたのだ。そして今日も今日とてわざと弁当を置いてきていた。しかしまさか掃除洗濯しかしていない陽が届けに来てくれるとは思っていなかった。


「…陽が作ったのか」
「いえ、配膳のお姉さんですよ。今日一人風邪引いちゃって休みを貰ったらしく、屯所の配膳をもう一人がやってくれてるんですけどね、昼食の仕込みがあって届けられないからって任されたんです」
「……何でィ、久しぶりにお前の料理が食えるかと思ったが」
「えっ」


思わぬ言葉に陽は顔を赤くさせる。確かに配膳係が屯所で雇われるようになってから陽が真選組の食事を用意することはなくなった。近藤や他の隊士からも時折言われることはあるが、まさか沖田からそのような発言が出るとは思わなかった。


「白和えが食いてェ」
「沖田さん、白和えが好きなんですか?」
「いや、気分」
「そうですか…」
「オメーが作るのは味が良いから」


そういえば以前食事の副菜として出したことがあった。料理を褒めてもらえるのは素直に嬉しいが、あまり優しい言葉はかけてこない沖田が言ってくれるものだから顔は真っ赤だ。かろうじて感謝の言葉を述べると、視線を下に落としているこちらへ視線を向けて沖田が軽く笑うように息を零した。


「分かりやす」
「だっ、だって…!! 今日の沖田さん変じゃないですか!?」
「四六時中変人のテメーには言われたくねェや」
「ひどい!」


「でも悔しいけどいつも通りでホッとする!!」と言いながらもまだ顔に集まった熱が冷めないのか着物の袖で顔を覆う。その時、沖田の視界に入った柄の着物により、いつもの作業用の着物でも奇妙な洋服でもなく初めて見る格好でいることに気付いた。


「何でィその着物。そんな奇妙なの売ってたか」
「奇妙って…着物と袴をちょっとアレンジしたんです。動きやすく着やすくを重視して!」


着物に気付いてくれた沖田だが、早速出てきた「奇妙」という単語に少し心が折れてしまいそうになる。しかし頑張って裁縫したのだから是非見てもらいたくて、陽は立ち上がってくるりとその場で回ってみせた。


「どうですか?」
「異世界人には丁度いいんじゃねーの」
「何ですかそれ!」
「オメーは浮世離れしてるぐらいが丁度いいってことでィ」
「……」


やはり褒められている気はしない。けれど何が面白いのか口元が僅かに笑んでいるのを見ると何も言い返せなかった。笑顔も様になる。それに好きな人が上機嫌なのはこちらも嬉しい。


「ケチなオメーが着物買うたァな」
「あ!それがですね!!」


沖田から続いた言葉に陽は表情を変え、沖田の側で再びしゃがみこむ。着物を見せるように裾を掴んでバッと横に広げた。


「銀さんが買ってくれたんです!!」


嬉しそうに報告してきた陽に対して、沖田の表情からは笑みが消えた。しかし陽はそんなことに気付いていないのか、銀時に買ってもらえた日を思い出して綻ぶ頬をそのままに袖を持ってきて胸元で両手を重ねる。


「だからね、これは宝物なんです」


今日…否、沖田が見たなかで一番ではないかと思う程に締まりのない嬉しそうな笑顔。沖田は無表情でそれをジッと眺めた後、首元のアイマスクで再び目を覆わせた。


「弁当休憩室に頼まァ。俺ァもうひと眠りする」
「え?あ、はい…」


先程まで上機嫌に見えたし、沖田からもよく話してくれていたと思っただけに、突然昼寝を再開させてしまった彼に陽は戸惑った。寝ようとしているのかもう寝てしまったのかアイマスクの所為で分からないけれど、次起こしてしまうと怒られてしまいそうな気がした。
しかし、彼を起こさないにしても肝心の休憩室がどこか陽は分からない。誰か別の隊士に聞こうかと視線を巡らせると、今度は土方の姿を視界に捉えた。丁度向こうも陽に気付いたようで、やはり彼女がここにいることは意外だったのか少し驚いた表情に変わる。


「常磐、お前何で」
「沖田さんのお弁当を届けに来たんです」
「また持って行かなかったのか総悟の奴…って」


陽の言葉に呆れたように溜息を吐きだした土方は、陽の後ろで居眠りしている沖田を見つける。彼がつけているふざけたアイマスクに土方は頬を引きつらせると、腰にさげた刀を鞘から引き抜いて沖田へ切っ先を向けた。


「こんの野郎は…寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって。オイ起きろコラ。警備中に惰眠をむさぼるたァどーゆー了見だ」


折角寝ようとしていたのに。沖田は不満そうに上げたばかりのアイマスクをおろす。


「なんだよ母ちゃん、今日は日曜だぜィ。ったくおっちょこちょいなんだから〜」
「今日は水曜だ!!」


土方は一度声を荒げたあと、沖田の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。三白眼がギロリと向けられるものの、沖田は怯むわけもなく変わらない無表情だ。


「てめーこうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどーすんだ?仕事なめんなよコラ」
「俺がいつ仕事なめたってんです?俺がなめてんのは土方さんだけでさァ」
「よーし!! 勝負だ剣を抜けェェェェ!!」


名言(迷言)出た。

陽はその印象に残る沖田の台詞を聞いて、全く気付かなかったが漸く今が原作のストーリーの最中なのだと自覚する。
しかしこの台詞が出たのが何の話だったのか思い出せない。今の状況や真選組の仕事内容などを思い返して脳内で必死にパズルのピースを当てはめていく。


「仕事中に何遊んでんだァァァ!! お前らは何か!? 修学旅行気分か!? 枕投げかコノヤロー!!」


土方と沖田が近藤の拳骨をくらった場面を見ながらも陽は我関せずに考える。しかしすぐに近藤の頭に拳骨を振るった男を見て、すぐにパズルは完成した。


「お前が一番うるさいわァァァ!! ただでさえ気が立っているというのに!」
「あ、スンマセン」


近藤を殴ったカエル頭の天人。立派な外套で身を包むその姿に誰でもただの天人ではないと察することができるだろう。そう、この男こそが今回真選組が護衛している幕府の高官なのだ。
そしてこのインパクトのある頭を陽もよく覚えていた。奴が先日の“春雨”の件で裏で関わっていることも、“春雨篇”のストーリーを何度も読んでいた陽は当然覚えているのだ。


(こいつ、悪い奴だ。でも、このあとってどうなったっけ)


ただ銀時に関する部分を読みこんだだけであり、真選組がカエル――禽夜を護衛する話の記憶もあるが、事細かなことまでは覚えていない。立ち去っていく禽夜の後ろ姿を目で追いながら陽は必死に脳を働かせる。


「幕府の高官だかなんだか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃイカンのですか?」


護衛についてくれている真選組たちを猿と吐き捨てていく禽夜に沖田も不満は募る。文句を垂れながら縁側に腰をおろした沖田に続いて近藤と土方も隣りに腰かけた。


「総悟、俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺達はない。恩に報い忠義を尽くすは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護るためにある」
「だって海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや。ねェ土方さん?」
「俺はいつもノリノリだよ」


しかし隊士の大半は沖田と同じ意見なのだろう、やる気が見られずに談笑する者やミントンをする者――とても仕事中とは思えない。素人の陽から見ても普段より緊張感が無いように見えたが、護衛対象を考えれば納得出来た。

土方がラケットで素振りする山崎に気付いて怒鳴りに駆けだしたあと、近藤は真面目な表情でその場に残る沖田を見やる。


「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ。目の前で命狙われてる奴がいたら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ」


腕を組んで目を伏せながら笑みを浮かべるその表情は迷いなど全く見られない。陽も攘夷志士と疑われ取り調べを受けていた時に近藤に助けられたことがあるため、思わず笑みが浮かんでしまう。しかし、勝手に縁側を歩いてどこかへ行ってしまう禽夜に気付いた近藤がその姿を追おうとした時、すぐに嫌な予感を感じ取って笑顔を消した。靴を脱いで縁側を歩いて禽夜を追おうとする近藤の隊服を咄嗟に掴む。引っ張られる感覚に気付いた近藤が振り向き、酷く不安げな表情の陽に首を傾げた。


「陽ちゃん?」
「……あ…」


まだストーリーを思い出せたわけではないが、何故かここで近藤を行かせたくないと思ったのだ。しかし何と言えばいいのかも分からず言葉が出ない陽に、近藤は何を心配しているのかまで気付けないものの、その不安げな表情を消してやりたいと笑顔を浮かべた。自分の隊服を掴む小さい手をとって武骨な手で包み込む。


「今日も会えないと思ってたから、陽ちゃんと会えてラッキーだな俺は。せっかくだから笑顔を見せてくれる方が俺は嬉しいんだけど」


けれど陽は器用な人間ではない。そこで笑顔を作れるほどの心の余裕もない。未だ変わらぬ表情に近藤は苦笑いを浮かべるも、禽夜を放っておくことが出来ないため陽の頭を撫でてから立ち上がった。
小走りで禽夜を追いかける背中を黙って見つめる陽を、沖田は不思議そうに眺めていた。



─ 続 ─


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