緊張感が無くなっていた屋敷に銃声が響き渡ったのは、近藤が禽夜を追ってすぐのことだった。それが聞こえた陽は顔色を変えて沖田の弁当を縁側に置いてすぐに近藤が向かった先へ駆けだす。沖田も同じように後へ続いた。

そこには既に隊士の人だかりが出来ていた。床に倒れる近藤の左肩には撃たれた痕があり、僅かに床に血が溢れ出ていた。意識を失ってしまったのか動かない近藤に隊士皆が声をかける。

そんななか、立ち竦んだ状態で近藤を見つめる陽がいた。近藤の身を案じる隊士たちは誰も陽の異変には気付かなかったが、小さな肩は僅かに揺れており、息を乱していた。


「っは…はぁ…ッ」


陽の脳裏を過ぎるのは近藤の笑顔。そして、あの日、真っ赤に染められた悪夢の日――


「陽?」


陽の後に到着した沖田は近藤よりも先に陽の異変に気付いた。上下する肩に手を置いて振り向かせると、見開かれていた瞳が沖田を捉える。視線をずらして人集りの中心にいる近藤を見た沖田はすぐに状況を察した。
近藤のことを慕っていた陽のことだから動揺するのも分かる。「この程度で終わる程あの人はヤワじゃねェ」と声をかけて安心させてやろうと思ったが、彼の耳には嘲るような声が届いた。


「フン、猿でも盾代わりにはなったようだな」


その言葉は聞き逃せなかった。

陽の肩に置かれていた手は素早い動きで腰元の刀へと伸び、柄を手にして腕を振りぬこうとする。しかしその沖田の素早い動きを片手で止めたのは、今まで静かに様子を見ていた土方であった。沖田の右上腕を掴んだまま「止めとけ」と冷静に声かけするものの、沖田の禽夜を睨みつける目が変わることはない。咄嗟に動いたとは言え、禽夜への殺意がそう簡単に消えるわけはないと土方もすぐ分かった。ちらりと陽を見やってから、顎でそちらを示す。


「トラウマ残させてェのか」
「…!」


大切な人――銀時が傷付いて酷く動揺した陽を既に見ていた土方は、陽の今の状況にも納得がいった。けれど、動揺しているのは大切な人が傷付いたから…それだけではない気がしていた。そこに関してまだ確証は無いが、トラウマを残させてまで確認することではない。
近藤の想いもあり、陽のことも想い、土方は今沖田に禽夜を斬らせるわけにいかなかった。

沖田も土方の言葉で陽を見やる。あの動揺ぶりを見れば戦いに慣れていないことは分かる。死人どころか傷付いた人さえ、どれ程見てきたかなど高が知れている。彼女は自分たちとは違うのだ。


土方の言葉はやがて沖田の意志を断念させた。



▼△▼



「仕事、サボってしまった…」


暗くなった空を見上げてぽつりと呟く。

近藤が禽夜を庇って撃たれたあと。近藤が目を覚ますのを確認するまで気が気でないという陽の気持ちを汲んで、土方が屋敷に残ることを許してくれた。本当は用も済んでいるので屯所に戻って仕事をしなければいけないのに、土方に気を遣わせてしまった。

メインキャラクターだしきっと大丈夫だろうけれど、やはり以前の銀時が怪我を負った時といい神楽と新八が薬にやられた時といい、まさかということを考えてしまうのだ。自分がいることで僅かに物語が変わっているため、絶対的な展開など無いと思い知らされたから。

そんなわけで近藤を心配して未だ目を覚まさない近藤の傍に先程まで付いていた陽だったが、土方を始めとした隊士たちが真面目な話をしようとしていたので部屋を出たところだった。何を話していたかまでは流石に思い出せない。しかし聞いてしまうのは悪い気がしたので部屋から少し離れた縁側で静かに空を見ていた。


「陽」
「!」


名前を呼ばれて声の聞こえた方へ視線を向けると、一人土方たちの話に加わっていなかった沖田が中庭に立っていた。……気絶した禽夜を引きずって。
その光景には驚きよりも笑いがこみ上げ、陽は吹き出しそうになる口元を押さえて必死に堪える。「ざまあない」と思わずにはいられなかった。近藤を嘲った報いである。

「手伝え」と命じる沖田に奴隷の陽は従うほかなく、素直にどこかへ向かう沖田へ付いて行く。昼間突然機嫌を悪くさせたように見えたので、少しだけ気まずい想いをしていた陽がちらちらと視線を寄越す。沖田はその視線に気付いていたが、隣りを歩く彼女を見ることなく口を開いた。


「おめーよォ」
「!はい…?」
「人が殺されるとこなんざ…見たことねェよな」
「………」


平和ボケしているこのアホ女が、そんなところ見たことあるわけがないか。きっと土方もそう考えたから、誰であれ殺されるところを見せたくないと止めてきたのだろう。

沖田は可能性など無いだろうと踏んでそんな質問を投げかけていた。だから彼女から無言の返事が返ってくるとは思わず、漸く視線を寄越す。そこには視線を落として己の右腕を掴み必死に震えを抑えようとする陽がいた。


「…一度、殺されたあとの……現場は…」
「……」
「血が、飛び散ってて……真っ赤で……変な、臭いがして……」


そんなもの腐るほど見てきた沖田は無表情で容易に過去のそんな映像を思い出すことが出来る。けれど彼女は、たった一度のその記憶で体が竦んでしまうほどに震えてしまう。震える彼女を見て、沖田は場違いにも彼女が「異世界から来た」と話してきた日を思い出していた。
刀は持たず、限られた人間だけが限られた武器を扱うだけの世界。その話を聞けばここ江戸よりも平和な世界であることは予想がつく。事実彼女は平和ボケしていたのだ。
――本当に、世界の違う人間なのだ。江戸だとか“とうきょう”だとかではなくて。生きる世界が 違うのだ。


「…ッ?」


咄嗟に震える彼女の腕を掴んで引き寄せていた。傾いてきた彼女の頭目掛けて、己の頭を勢いよくぶつける。


「〜〜!!?」


突然の痛みに言葉も出ず頭を押さえる陽。沖田も思ったより力が入ってしまい一瞬言葉を失ってしまった。禽夜を捕えていない方の手で痛む頭を一度押さえてから、未だ痛みに悶え混乱している陽を見ずに声をかける。


「…悪ィ。思い出させるつもりァなかった」
「………」


まさかあの沖田が謝ってくるとは思わず、陽は驚きで目を瞬いた。照れているのか分からないが顔も見ずに再び禽夜を引きずって歩き出す沖田に気付き、慌てて後を追う。


「…謝る人は頭突きなんてしませんよ」
「奴隷のくせに生意気でィ。もう一発くらいてェらしいな」
「さーせんっしたあ」


即座に謝ってから陽はちらりと横を歩く沖田を見やる。こちらを見ることはなく真っ直ぐと正面を見ている整った横顔を見つめ、小さく笑みが零れた。

お通のライブを見に行った時、家族を思い出して寂しくなった時に銀時から頭を叩かれたことを思い出す。あの時も銀時は視線も寄越してはくれなかったけれど、自分のためにやってくれたことなのだと分かった。
暴力的なことでしか自分の悲しみや恐怖を払拭させられない不器用な優しさがどこか二人とも似ているようだった。


(好きだなあ)


銀時は勿論のこと、彼に劣るとしても、やはり沖田のことも。
こうして関わるようになって少しずつ知ることが出来て、気持ちを再認識するのである。


屋敷の門の近くで既にセッティングされていた丸太の磔に二人で協力して禽夜を縛り付ける。足元に薪を置いて予め沖田が用意していたマッチで火をつけた。薪に上手い事火が行き渡った頃、誰かがこちらへと近付いてくる気配に気付いて陽は振り向く。そこには話が済んだのか土方が立っていた。いつものクールな顔つきが一瞬で変わる。


「何してんのォォォォォ!! お前等!!」
「大丈夫大丈夫。死んでませんぜ」


汗を垂れ流して怒鳴る土方に対して視線を向けた沖田は冷静に返す。確かに生きているかも大事なことではあるが、それ以外にも問題がある気はする。陽はそう思わずにいられなかったが、近藤を嘲った禽夜を決して許す気はないので何も口にせず薪を追加していくだけだ。


「要は護ればいいんでしょ?これで敵おびき出してパパッと一掃。攻めの護りでさァ」
「貴様らァこんなことしてタダですむと…もぺ!!」


いつの間に目を覚ましたのか騒ぎだそうとする禽夜の口へ、すかさず陽は黙らせようと薪を突っ込む。普段の姿からは想像がつかない、ドSの部下が増えたのかと思うほどに冷徹な陽の姿に土方は戸惑いが隠せなかった。
陽と同じように薪を禽夜の口に詰め込みながら沖田は土方へ口を開いた。


「土方さん、俺もアンタと同じでさァ。早い話、真選組にいるのは近藤さんが好きだからでしてねぇ。でも何分(なにぶん)あの人ァ人が良すぎらァ。他人のイイところ見付けるのは得意だが悪いところを見ようとしねェ」


「俺や土方さんみてーな性悪がいて、それで丁度いいんですよ、真選組は」


目を伏せて口元に僅かに笑みを浮かべる沖田を見て、陽も微笑む。土方も沖田の言葉を聞いて止める気も失せたのか、一度鼻を鳴らしたあと徐に「今夜は冷える」と言いながら歩み寄ってきた。


「薪をもっと焚け総悟、常磐」
「はいよっ!!」
「いえっさー!!」


土方も乗り気になったところで沖田と陽も磔の足元にある薪を増やす。禽夜が薪が詰め込まれた口で必死に何かを訴えかけているが、土方も何食わぬ顔で火元で手を温めようとしているだけ。誰も禽夜の訴えなど聞くわけがなかった。
しかし禽夜の声を聞いてきたのか、門から乗り込んできたのは厳つい顔つきの男たちだった。


「天誅ぅぅぅ!! 奸賊めェェ!! 成敗に参った!!」


物騒にもそれぞれに武器をもった攘夷志士たちだ。禽夜を仕留めるのが目的らしい。真正面から乗り込んでくるのは馬鹿だからなのか、奴らなりの正義のつもりなのか。
土方と立ち上がった沖田が鞘から刀を抜きとる。陽は邪魔にならない方が良いだろうかと一歩下がると、沖田の視線がこちらへと向けられた。まさかこちらを見てくるとは思わず陽はきょとんとしてしまう。


「耳塞いで目ェ瞑ってろ」
「え…?」
「おめーは嫌なもん見なくても聞かなくてもいい。自分(てめー)の奴隷一人ぐらい俺が護ってやらァ」


陽は何も反応することが出来なかった。
沖田のあまりに男前な姿に言葉が出てこなかったのだ。ずっと前から知っていたけれど、


(何この人。格好良すぎるんですけど)


これ以上惚れさせないでほしいものだ。


「…それとも俺が信用ならねェってのか」


反応が無いことに少し眉を寄せた沖田にハッとして、陽は慌てて首をブンブンと横に振る。すると満足げな表情に変わって沖田の視線は再び攘夷志士たちへと向けられた。


「まったく、喧嘩っ早い奴等よ」
「!」


聞こえてきた声に気付き、屋敷の出入口へと振り向く。胸元に包帯を巻き付けたまま着流し姿の近藤が刀を持っており、側には隊士たちが構えていた。



「トシと総悟に遅れをとるな!! バカガエルを護れェェェェ!!」



いつものように頼もしい姿に陽は安堵したような笑みが浮かぶ。土方と沖田もその姿を視界に捉え僅かに口元を緩めた後、すぐに攘夷志士たちへ厳しい視線をやった。


「いくぞォォォ!!」



一斉に駆けだす土方を始めとした隊士たちに陽は慌てて耳に両手をあてて目をギュッと瞑る。視覚も聴覚も遮断されて陽自身から得られる情報は何も無くなってしまったが、それでも彼女は不安を微塵も抱かなかった。
運動神経には自信があるけれど、そんなものよりずっと沖田のことを信じられたから。



ストーカーでありゴリラであり我らが愛するボス



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