※オチなし


よし。もうそろそろ良い気がする。
私はついに覚悟を決めた。いや、ずっとやりたいと思っていたんだけど、多少の常識や遠慮があって後回しにしていたのだ。
だけどもう万事屋で暮らすようになり数週間――もう良いだろう。

だから私は今日ついに実行するのだ。

銀さんへの夜這いを!


(緊張するなあ…)


いつもなら大人しく事務所にあるソファで寝るんだけど、今日はそのソファを背に襖の前で深呼吸を繰り返す。ドキドキと煩い胸に手をあてて何とか落ち着かせようとするけど、あまり効果はない。
そりゃそうだ。あの大好きな銀さんに夜這いするんだもの。緊張しない方が無理だ。

もうドキドキを抑えるのは諦めてそっと襖を開けることにする。銀さんを起こさないよう音をたてずに気を遣って。
わりと広い和室の中央に布団が敷いてあり、こんもりと盛り上がっている掛け布団は銀さんが寝ていることを示している。
足音をたてないように近付いて布団の側で腰を下ろす。


「わ…」


掛け布団から顔だけ出している銀さんの寝顔がばっちりと拝めてしまった。感動のあまり思わず声が漏れてしまった。
だって漫画やアニメでは寝顔見たことあるけど、ファンの方々が描いたイラストで見たことはあるけど、生は見たことなかったから。昼寝の時はジャンプで顔覆っちゃって見れなかったから。

やばい。可愛い。

年上の男の人に可愛いって変なのかな。でもこの人は駄目なところが可愛いんだよね。
銀さんの寝息を聞いていられるだけでも個人的には幸せだ。
ああ、携帯の電池が切れてなかったら写真撮るのに!

まぁそれはね、いずれ何とか撮影出来る媒体を手に入れるとして、とりあえず今からが本番だ。
夜這いといっても手を出すわけじゃありません。寧ろ何していいのかよく分からないし。ただ添い寝が出来ればいいんですよ。銀さんの体温をもっとじっくり感じていたいんですよ!それだけでいいんですよ!


(いざ!!)


気持ちを固めてから私はついに銀さんの布団へ手を伸ばす。そっと捲ってから自分の体を滑り込ませる。目の前に甚平からさらけ出された銀さんの鎖骨やちらりと見える胸板があり、むわっと一気に匂ってくる銀さんの香り。


「……っ!!」


待って!やばい!! 思った以上にやばい!!
少しだけ銀さんから離れるためにその場で四つん這いの状態になりながら、私は奇声をあげてしまいそうな口を押さえて必死に悶える。

定春登場回で事故で抱っこしてもらえたから、一度体験してるから、まだ耐性がついてると思っていたんだ。
でも、甚平だし、鎖骨だし、胸板だし、寝息だし、寝てるから僅かに汗かいてるのか匂いがするし、ていうか多分定春回の時は頭パーン!ってなっててそれどころじゃなかったからなんだけど、兎にも角にもあの時よりやばい!(語彙力がやばい)


「………おめー、何してんの」
「!」


声が聞こえて視線を向ければ寝起きで少し声が掠れた銀さんがこちらを訝しげに見ていた。寝起きの声セクシーでまたやばい。ていうか寝起きの顔もやばい。何もかもやばい!!
誰か私に語彙力与えて!!


「お、おはようございます…」
「まだ日も昇ってねーんだけど」
「どうぞ私に構わず二度寝していただいて結構ですよ。私この興奮を収めたら勝手に再チャレンジしてますから」
「何を」
「銀さんへの夜這いを」
「素直にそんなこと言われて二度寝出来るわけないよね」
「あ、夜這いと言っても添い寝するぐらいですよ。あとは体温と匂いなんかを堪能するぐらいなんで…」
「余裕でアウトだからなテメー。今出ていかないと蹴り入れて追い出すぞ」


「馬鹿なことしてねーで大人しく寝ろ」と言いながら体の向きを変えて布団を被り直す銀さん。寝顔が見えなくなってしまった。ふわふわの銀髪を見ているのも中々に眼福だけども。どうせなら触りたいなあ、触っていいかな。そのぐらいなら起きないかな。
寝息が聞こえてきた頃に私はそっと手を伸ばしてその銀髪に触れた。見た目通りふわふわで癒される。顔はにやけてる。


「!」


だけど少し撫でていると私の手は突如動いた銀さんの手に掴まれた。それだけできゅんと来ていた私は、苛々した様子で睨みつけてくる銀さんに恐怖も何も抱くことなくて。


「女の子が夜這いなんてするんじゃありませんんん!!」


銀さんに首根っこを掴まれ寝室から追い出されてしまった。

まぁ、最初から上手くいくとは思っていなかったし…また明日頑張ろう。



そんなわけで、この日から私の夜這いチャレンジが始まるのである。銀さんはすぐに起きてしまって今のところ毎回追い出されてしまっているけど、最近の銀さんは寝不足気味だった。



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