「日曜ですか?」


屯所での仕事中、たまたま通りかかった際に土方から声をかけられた。普段は屯所での仕事が休みだが、日曜日は空いているかと予定を聞かれたのである。土方から予定を聞かれることなんて今までに無かったのできょとんとした表情の陽は、口元に手を持ってきて困惑の瞳を向ける。


「え?な、何ですか、休日出勤ですか?」
「いやそうじゃなくて」
「ま、まさか…!デートとかそういうのですか…!? どうしよう勝負服買わないと!」
「どう考えても違ェだろ!! はっ倒すぞ!!」


「ですよねー」と返す陽はやはり可能性が無いことを問いかけてきたらしい。アホで馬鹿な小娘のくせに良い歳した大人をからかうのはやめてほしいものだ。


「日曜は予定がちょっと…別の日で良ければ」
「あー……そうか、いや、大したことじゃねェんだ」


気を取り直してすまなそうな表情を浮かべた陽からの返事に、土方は煮え切らない様子で頭をかく。あまり見られる姿ではないので首を傾げた。


「土方さん、日曜の買い出しで必要なもん伝えてくれって山崎が」


そこで現れたのは沖田であった。陽は沖田の「買い出し」という単語に更に首を傾げる。
沖田も陽に気付くと、不思議そうにしている彼女に土方を見やる。


「何でィ、言ってないんですかィ?」
「予定があるんだとよ」
「来ねェのか?陽」
「え」


どこに?とは思ったが、どこであろうとも予定があるので行くことが出来ないのは事実だ。そのため陽はよく分からないままに頷いて「すいません」と謝罪する。沖田は視線を逸らすと少しだけトーンの落ちた声で「ふーん」とだけ返した。沖田の様子に土方は僅かに笑んでいたが、その様子には沖田も陽も気付かなかった。



▼△▼



「ハーイ、お弁当ですよー」


そして日曜日。陽の予定とは新八と妙から誘われていた花見であった。
桜が咲き誇る丁度良い時期、周りも皆考えることは同じなのか、どこもかしこもレジャーシートを敷いて酒と料理と会話を楽しんでいる人達がいる。
そんななかで運良く場所を確保出来た万事屋四人と妙は、茣蓙(ござ)を敷いて落ち着くなり弁当を広げていた。五人で食べるとなれば量もそれなりに必要なので、弁当は妙と陽が用意することになっていた。陽としては妙が作ると聞いた時点でオチが分かったので、余分に作ってきたというのはここだけの話である。

それぞれが用意した重箱を置く。まずは口火を切った妙が笑顔で差し出した重箱を見ようと、銀時と神楽は期待した表情で中身を拝見する。
――…一瞬の沈黙が生まれた。


「なんですかコレは?アート?」
「私卵焼きしかつくれないの〜」


ファンにはお決まりとなった妙の作ったダークマター初登場の回である。陽の予想通り重箱の中央に鎮座した黒い物体に銀時と神楽は目を疑ったのか、物を考えるように顎に手を添えている。

結果的に力づくで妙から食べさせられた銀時と、暗示をかけながら無理矢理食べる神楽。陽は苦笑いを浮かべつつも自分が食べることにならなくて良かったと安堵していた。


「ガハハハ 全くしょーがない奴等だな。どれ、俺が食べてやるからこのタッパーに入れておきなさい」


声のした方を見れば、笑顔でタッパーを差し出す近藤がいた。ここにいるはずのない男が、確かにそこにいた。


「何レギュラーみたいな顔して座ってんだゴリラァァ!! どっからわいて出た!!」
「たぱァ!!」


新八を挟んで座っていたはずの妙がいつの間にか素早い動きで近藤にアッパーをかましていた。その後集中的に殴られている近藤を見ながら銀時は冷静に口を開く。


「オイオイまだストーカー被害にあってたのか。町奉行に相談した方がいいって」
「いやあの人が警察らしーんすよ」
「世も末だな」


再び顎に手を添えて暢気に呟く銀時の背後に人影。「悪かったな」と降りかかって来た声に銀時たちの視線はそちらへと向けられた。
そこに立っていたのは、普段の隊服ではなく私服の着物を身に纏った真選組の面々。


「こんにちは皆さん!」


陽は嬉しそうに笑って真選組に向かって掌を挙げる。すると土方の視線が陽へと向けられ、煙草を咥えながら口を開いた。


「…お前、予定って」
「はい、お花見に誘われてました」


陽は先日土方から今日の予定を聞かれた時にはピンと来なかったが、後になって考えてみて予想がついていた。妙と万事屋で花見をする日に、土方が何か誘おうとしてくれていたことを考えれば、その日に真選組も花見をするのではないかと。そういう話が原作であったことを思い出していたのだ。
――実はそれも考え、多めに弁当を用意してきたのはここだけの話である。


「何だよ陽ちゃんが参加しないって聞いてがっかりしてたのに、まさか別の花見に参加してたなんてよォ」
「俺達だって陽ちゃんという花のもと酒楽しみたいのに」
「じゃあ皆さんで花見しましょうよ」
「するかボケ」


陽を可愛がっていた隊士たちが一様に残念がるので、陽は笑顔で提案する――が、即座に土方に切り捨てられた。まぁ土方としては銀時と顔を合わせて花見をするのも、本来真選組が使うはずだった場所にいる銀時たちの仲に加えさせてもらうという形もお断りだったのだろう。土方の後ろでウンウンと頷いている藤堂に関しては単に女と花見などしたくないだけなのだろうが。

陽は履きやすい新八の草履を拝借して、睨みあう銀時と土方の横を通ると沖田の許へ歩み寄る。視線を寄越してきた沖田の耳元に口を寄せて掌で隠すと、そっと耳打ちする。


「あのね、前に沖田さんが食べたいって言ってたから白和え作ってきたんです。良ければあとで食べてください」
「――…」


それを聞いて沖田の目が開かれる。無言で陽を見れば、彼女はにこにこと笑顔を向けてきている。
先日の禽夜護衛の際に何となく口にしただけのことだったのに、まさか覚えていて作って来てくれるなんて。しかも自分のためだけに。

――これは、ずるいだろう。嬉しくないわけがない。

しかも彼女は狙いも策も無く、ただ純粋に食べてもらいたいという厚意だけで作ってくれているから困る。

沖田は今までに感じたことのない胸中のむずがゆさに無視を決め込み、視線を逸らしながら口を開く。


「何で俺が花見に来るって分かってんだよ」
「えへへ〜それは異世界人の能力です!」


「秘密ですよ」と口元に人差し指を持ってくる彼女の悪戯っぽい笑顔をちらりと見てから沖田は再び視線を逸らす。何故だか直視出来なかった。

銀時は陽が楽しそうに真選組隊士の一人と会話するのを見て、改めて彼女の勤め先の男たちなのかと認識する。だからって別に「お世話になってます」のようなテンプレートな保護者の挨拶をする気にはならない。ただ陽はどうやら彼らに可愛がってもらっているというのは察したので、体よく彼女を押しつけられると考えた。


「そのアホ女くれてやるからどっか行ってくれないかな、せっかくの花見がムサい面で台無しだから」
「マジですかィ旦那。俺ァそれならどこでもいいですぜ」
「え!? 私の意見無視!? 銀さん酷くない!? 私がいなくなるんならもれなくお弁当も無くなりますからね!!」
「俺等の花見のために用意した弁当だろうが。大好きな銀さんに食べてもらいたいんじゃないのお前」
「ッ食べてもらいたいけども!! それを見ていられないなら意味も無いというか!!」


勝手に人を売ろうとする銀時に悔しそうな表情を浮かべている陽。惚れた方が負けとはよく言うが、厭味ったらしく笑顔を浮かべる銀時が己への好意を試すようなことを言ってくると陽は何も言えないのである。ずるい大人だ。


「いらねーよ女なんざ…」
「おめーは黙ってろィ凹助」
「さーせん」


真選組の中で唯一陽が花見に混ざることに気持ちを隠さず顔を顰めて呟く藤堂。沖田から睨まれるとすぐさまに謝る彼の姿に陽はどこか同じ匂いを感じてしまった。
藤堂が女嫌いのため近寄らせてくれないのだが、親近感に似たものを抱いたのだ。あの沖田に逆らえない感じが。
近藤曰く同い年らしいし、同じ職場にいるのだし、せっかくなら仲良くしたいと思っているのだが…道のりは中々遠い。


「常磐とか弁当とかどうでもいいからそこをどけ。そこは毎年真選組が花見をする際に使う特別席だ」
「どーゆー言いがかりだ?こんなもんどこでも同じだろーが。チンピラ警察24時かオメーら!」
「同じじゃねぇ。そこから見える桜は格別なんだよ。なァみんな?」


土方が振り向いて隊士たちに同意を求めるが、


「別に俺達ゃ陽ちゃんがいて酒飲めりゃどこでもいいっすわ〜」
「アスファルトの上だろーとどこだろーと構いませんぜ。酒のためならアスファルトに咲く花のよーになれますぜ!」


気だるそうな隊士たちは場所など至極どうでも良さそうだった。勿論土方だって何が何でもこの場所に拘りがあるわけではないが、銀時のために場所を変更することが敗北を感じて嫌なのである。
というかこの流れ、本当に真選組の花見に引き抜かれてしまいそうではないか?と陽は内心少し冷や冷やしている。弁当は銀時たちのためにも作ったし、沖田のために作った白和えだってある。皆が仲良く花見をしてくれるのが一番良いのだ。


「まァとにかくそーゆうことなんだ。こちらも毎年恒例の行事なんでおいそれと変更できん。お妙さんだけ残して去ってもらおーか」
「いやお妙さんごと去ってもらおーか」
「いやお妙さんは駄目だってば」
「陽と弁当は残して帰ってもらおーかィ」
「いや常磐も一緒に帰ってもらおーか」
「何でィ土方さんも誘おうとしてたくせに」
「それとこれとは話が違うんだよ!!」
「土方さん、俺はアンタを応援してるぜ」


いつの間に復活したのかボロボロの状態で真剣な顔をしている近藤と、コントを繰り広げる土方と沖田。そしてさりげなく真選組のみで飲もうとしている土方を応援する藤堂。陽は一度様子を見ようかとそっと茣蓙の上に戻り銀時たちの動向を見守る。
銀時たちからしても折角見付けた場所を譲るわけがなかった。ここを逃せば最早場所など見つかりそうにない。こちらも真剣な顔で立ち上がり真選組を睨みつけた。


「何勝手ぬかしてんだ。幕臣だかなんだか知らねーがなァ、俺たちをどかしてーならブルドーザーでも持ってこいよ」
「ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ」
「フライドチキンの皮持ってこいよ」
「フシュー」
「案外お前ら簡単に動くな」
「お金ってまとめて言えば良いのに」
「陽さんそれもどうかと思う」


どんどんとレベルが下がっていく条件に新八は冷静にツッコミを入れている。定春まで乗り気なのか犬歯を向きだしにしているが、さて一体何が欲しいのか人間には理解出来なかった。
最後にぼそりと呟く陽の発言も拾ってくれる新八は丁寧である。


「面白ェ、幕府に逆らう気か?」
「今年は桜じゃなくて血の舞う花見になりそーだな…」


血気盛んな真選組も喧嘩を売られて黙っているわけがなく、並んでこちらを睨みつけてくる銀時たちを睨み返した。厳つい顔つきの連中なので迫力がある。


「てめーとは毎回こうなる運命のよーだ。こないだの借りは返させてもらうぜ!」
「待ちなせェ!!」


土方までもが腰に差してある刀に手を伸ばして今にも抜こうとしていたが、そこで待ったの声がかかる。普段ならば共にバズーカなど取り出して応戦してしまいそうな沖田であった。この場で戦いが始まってしまうのかと更に冷や冷やしていた陽はその声に沖田を見る。


「堅気の皆さんがまったりこいてる場でチャンバラたァいただけねーや。ここはひとつ花見らしく決着つけましょーや」


思わぬ待ったに土方も少し驚いたように見ていた。視線を向けた先で沖田は、いつの間にか取り出したヘルメットを被りピコピコハンマーを手に持っており、



「第一回陣地争奪…叩いてかぶってジャンケンポン大会ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「花見関係ねーじゃん!!」



ツッコミを入れる皆の影で、陽はそっと安堵の息を吐きだす。好きな人たち同士が争うところなど見たくないのが正直なところ。そこで本当に血が舞ってしまうようなことはあってほしくない。
偶然かもしれないが沖田が止めに入ったことに感謝した。否、原作でもそんな流れがあったな、と思い出せるのだけど。
ちらりと視線を沖田へやると、ちょうど沖田もこちらを見ていた。


(…え?まさか)


先日自分が人が傷付く現場に怯えていたことを踏まえて、刀が出るような争いを止めさせたのか。普段なら冷静な土方も銀時のこととなると頭に血が上ってしまっているようだったから。
もし、そうであるなら


(やだ。好き。格好良い)


陽はときめく胸をそのままに笑顔で掌を合わせる。この感謝が伝われば良いと。
その姿を見た沖田は僅かに笑みを浮かべていた。



─ 続 ─


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