──そうして沖田の提案で始まった「叩いてかぶってジャンケンポン大会」はルールを守る者がいなかったためろくな結果も出ずに終わった。
原作通りの展開に一頻り楽しんだ陽は、漸く自分のお望み通り真選組も混じって一緒に花見をすることになり満足げだ。
酔い潰れている銀時と土方を放置し、妙に鉄槌をくらって気を失っている近藤を茣蓙に横たえさせ、神楽と沖田が未だピコピコハンマーを手に睨み合っているなか、他の面々は会話を楽しむ。


「皆さん良かったら私の作ってきたお弁当一緒に食べませんかー!少し多めに作ってきたんですけどー!」


陽がそう声を張り上げると、酒を楽しんでいた真選組の隊士たちもテンションを高くして弁当の側へ集まろうとする。しかしずっと争っていた神楽と沖田が陽の声を聞くなり目の色を変え、他の隊士たちを押し退けてしまった。弁当箱を同時に覗き込む二人に「仲良しだなあ」と陽が暢気に思っているが、当の本人たちはお互いを睨みつけ


「陽の手料理は渡さねェ」
「お前何一人で陽の料理食べようとしてるアル。これは元々私たちのために作ってきてくれたネ」
「いつも陽の手料理食えてるやつが何言ってやがる。それになァ、この中には俺のために作ったもんもあるんでィ」
「は?何それ妄想じゃないアルか?キモ〜」
「量はあるから仲良く皆で食べようねー」


神楽が食べる量も考えて多く作ったつもりではあったが、隊士たちにも分けるとなるとあまり多くは食べられなさそうだ。まぁ酒の肴ぐらいになれば良いだろうと考えることにして、陽は再び喧嘩を始めそうな二人の間に入って弁当を広げた。

嬉しそうに食べてくれる面々を見て陽は満足げに表情を緩める。早起きして作った甲斐があったというものだ。
藤堂は食べてくれているのかと視線を向けると、茣蓙の隅で一人お猪口を傾けていた。側には料理の一つもない。やはりというべきか食べてくれていないようだ。
陽は紙皿に料理を何種類か少しずつ盛り付けると、それを手に藤堂へ歩み寄る。


「藤堂さん」


声に気付いて顔を上げた藤堂の端正な顔が、陽に向けられるなりたちまち歪められる。この男反応があからさますぎやしないか。


「ご飯食べてくださいよ、飲み物だけじゃつまらないでしょ」
「はー…余計な世話だわ」


これまた隠すことのない態度で溜息を吐く藤堂。しかしこんな態度、藤堂に絡む度に見せられている陽は最早傷付いたりはしない。藤堂自身その手応えの無さを感じていたのだろう、前髪を掻き上げつつ恨めしげな視線を寄越す。


「つーかお前何なの。俺が女嫌いなのはもうとっくに分かってんだろ、こんだけ冷たくされてんのに何で絡みに来るんだよ。言っとくが俺お前みたいな女恋愛対象にはならねーからな」
「え、自意識過剰ですか?全然藤堂さんのことなんて狙ってません」


まさか藤堂にそんな風に思われていたのかと陽は少し驚きながら口にしたが、藤堂からしてみれば売り言葉に買い言葉も良いところ。陽がただ単に考えが足りず馬鹿正直に嫌味なく口にしただけのことなのだが、藤堂のプライドには確実に傷をつけていた。


「それに冷たくされるのは慣れてるんで。もっとあからさまな態度見せたり暴力振るう人と暮らしてるんで」
「………」


え?何平然としてんだコイツ。頭大丈夫か。

藤堂の視線がそれを物語っていたが、そんな視線も陽は慣れてしまっていた。銀時の悪態の方がよほど当たりがきついのである。


「最初私を脅して捕えてきた時は怖い人なんだって思ってたけど、皆といる時の藤堂さん見るとそんなことないんだなーって思って」


普段無愛想なしかめっ面でいるけれど、時折見せる穏やかな表情や年上の隊士にからかわれて声を荒げる姿は、なんてことない元の世界にいた同級生の男子と同じように見えた。真選組最年少にして八番隊隊長という役職持ちに自分とは違う世界の人間だと思っていた。けれど、違うのだ。


「藤堂さん年上に囲まれてあんまり気楽に話せる人いないんじゃないかなって思って」
「マジで余計な世話なんだけど」
「せっかく同い年なんだし、友達になれたらいいなって思ってるんです!」
「おめーが男だったらな」
「どうせ屯所でよく顔突き合わせるんだから、“嫌いな奴”より“友達”の方がお互い気持ちよくないですか?」
「………」


視線を合わさずお猪口に口をつける藤堂に、陽はにこにこと笑いながら紙皿を藤堂へと近付けた。


「というわけで、私はこれからため口で話すね!よろしく!」
「はっ?」


予想しなかった言葉に思わず聞き返した藤堂だが、視線を向けた時には既に彼女は立ち去っていた。離れていく背中を見ながら藤堂は唖然とするしかない。
藤堂自身年上で役職も上の近藤や土方には普段敬語を使わないし、人を窘められる立場ではないけれども。彼女は無理矢理にでもこうして自分と距離を近付けていこうとしているのかと思うと頭を抱えたたくなった。


「はァー…勝手な女…」


深く溜息を吐きだしながら、足元に置いてある紙皿の上の料理をつまんだ。



藤堂の許を離れた陽が次に向かうのは銀時の許だった。万事屋と妙だけでなく、真選組にも料理を食べてもらっている。普段自分を避けている藤堂にも押し付けてきたところだし、どうせなら銀時と土方にも食べてもらいたいと陽は酔い潰れたはずの二人にも勧めようと考えたのだ。
意識がしっかりするのかは分からなかったがとりあえず声だけかけてみようかと、陽はまず手前でうつ伏せに倒れていた銀時へ歩み寄ってしゃがみこむ。声をかけるが反応が無いので寝ているのだろう。「起こすため」という口実のもとふわふわの銀髪へ手を伸ばす。意識がしっかりしている彼の頭を触ることは出来ないのでこういう時しかチャンスは無い。


(ふわふわ…可愛い…萌え)


当初の目的も忘れてにやけた顔のまま頭を撫でていると、流石に銀時も目を覚ましたらしい。頭が動いたことで陽も気付き、撫でていた手を引っ込める。
上体を起こした銀時が陽を見る。その赤い目は普段よりも虚ろになっており、ボーっとした様子で陽をジッと見つめていた。


「おー…悠月じゃねーか……」
「え」


悠月?

陽は突如銀時の口から出てきた聞き覚えのない言葉にきょとんとする。…否、覚えが無いわけではない。どこかで聞いた気がするのだが、それを思い出せなかった。脳を回転させてどこで聞いたのか思い出そうとしているうちに、銀時はどこか嬉しそうに緩みきった表情でこちらに体を向ける。


「久しぶりだなーオイ。あれ、なんかお前雰囲気変わった?イメチェン?」
「え…ぎ、銀さん…?」


そのまま銀時がゆっくりと近付いてくる。陽は彼の異変に戸惑い、周りの騒がしい声が聞こえなくなる程に焦っていた。頬は引きつったまま、近づく銀時に比例して後退りする。しかし逃すまいというように腕を掴まれ引き寄せられ、バランスを崩してしまった。前のめりになる体を逞しい腕が支えながらも、瞬時に近づいてきた顔に陽は何も反応することが出来なかった。


「――…」


そうして、合わさる唇。


初めての感触に一瞬陽は何が何だか分からなかった。しかし視界いっぱいに広がる目を瞑った銀時の顔に、かろうじて口付けられたことだけは理解した。

その場面を陽が作った白和えを食べていた沖田もたまたま見ていた。動きが止まる沖田に気付いて神楽も同じように視線を向け、伝染するように周りも二人の様子に気付いていく。


状況についていけず呆然とする陽に構わず、銀時は唇を離すなりその体を引き寄せる。ぎゅっと、もう手放すまいというように力強く抱きしめて



「もう…離れんなよ馬鹿――ちゃんと俺の傍にいろ」



その言葉が、酒の入っていない銀時から言われればどれ程嬉しかったことか。
自分の肩に顔を埋める銀時からの言葉を聞いて、陽は漸く気付いた。


ああ、彼は“陽”ではなく“悠月”を見ているのだと。


微動だにせずされるがままだった陽の頬に涙が伝う。呆然と見ていた沖田がそれを見るなり目を細めて立ち上がると、ずんずんと歩み寄って力づくで陽と銀時を引き離した。酔っているとは思えない程の力で陽を抱きしめているのでやや乱暴に引き剥がしたものの、それでも陽は無反応で静かに涙を流していた。誰を見るわけでもどこを見るわけでもなく。涙を流している自覚さえないようで、魂でも抜き取られてしまったかのように動かなかった。
沖田は陽の肩を掴んで無理矢理に自分へ顔を向けさせる。


「俺を見ろ、陽」
「……お…きた…さん」


焦点の合っていなかった瞳が、漸く沖田を捉えた。


「銀さん!! アンタ何やってんですか!!!」
「いくら陽が惚れこんでるからって酔った勢いは最低ヨ!!」


新八と神楽が銀時へと制裁を加えているようだ。しかし沖田は今銀時の姿など見たくはなかったし、制裁されようと知ったことではない。陽の方がよっぽど大事である。
新八と神楽の声で自然と騒ぎがある方へ視線を向けようとした陽に銀時を見させないよう、頬を押さえて顔の向きを自分へ戻させる。


「何も聞かず俺だけ見てろ」


まだろくに何も考えられないのだろう陽は、ただ主人である沖田からの命令に対して素直に従うことしか出来なかった。

ぼうっとしたままの陽の手を引いて沖田は立ち上がると、とりあえず銀時が見えない場所まで移動する。どこもかしこも花見の所為で人がいたが、なるべく人が少ないところを見つけて漸く立ち止まった。
普段の騒がしさが嘘のように何も言葉を発しない陽へ振り向く。彼女は命令通りに自分のことをずっと見ていたのか、振り向けばすぐに視線が交わった。先程までの笑顔はなく、虚ろな表情で未だに涙を流している。


「……なにがそんなに悲しいんでィ」


その涙を見ていられず、沖田は頬に手を伸ばしてなるべく優しく拭ってやる。


「本命に口付けられたってのに」
「……そう、ですよね」


事故でもこういったハプニングは大歓迎だったはずなのに。



「何で…こんなに辛いのかな……」



ぼろぼろと溢れ出る涙を止められない陽に、沖田はどうしたらいいのか分からずその体を引き寄せた。――先程、銀時が抱きしめていたその体を。


(……胸糞悪ィ)


何故自分がここまで苛ついているのかもよく分からず、行き場のない怒りを誤魔化そうと陽の頭に手を回して撫でていた。



─ 続 ─


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