「ごめんね神楽…明日の朝ご飯、適当に食べててもらえるかな?一人で大丈夫?」


その後、沖田は気を失っている近藤を起こして陽を屯所に泊めさせる許可をとらせた。一部始終を見ていなかった近藤は訳が分からない様子だったが、わざわざ話してやるような内容ではない。特に本人がいる前では。陽のことを蔑ろにはしない近藤のことなのでわざわざ許可をとることもないかと思ったが、副長も酔い潰れて使い物にならないので代わりに許可は得られないなかで、隊長といえど一介の隊士が勝手に屯所に異性である女を連れ込むわけにはいかないのだ。普段仕事として陽が訪れることとは訳が違う。

陽は屯所に泊まらせてもらうことを有り難く受け入れていたが、大人である銀時が酔い潰れている今、万事屋には神楽一人だけになってしまうことを心配していた。
自分もいっぱいいっぱいのはずなのに、人の心配まで――と周りの者は思うかもしれないが、陽は年上としての建前などではなく本心で神楽を案じていた。神楽も大切で大好きな人だからだ。
だが先程のことを見ていた手前陽から心配されることに居心地の悪さを覚えた神楽は、複雑そうな表情を浮かべている。


「子ども扱いするなヨ。明日は贅沢に卵かけご飯にするネ」
「うん…じゃあ、新鮮な卵から使ってね。扉側にある方のはちょっと日にち経ってて生だと怪しいから」
「……陽さん、明日は…」


新八が気まずそうに口を開く。陽は神楽と視線を合わせるようにやや中腰になっていた姿勢を正して新八を見やった。


「いつも通りお登勢さんのところで働いたら戻るよ。遅くなっちゃうから…ごめん、明日は全くご飯用意出来ないけど」
「そんなの気にしなくていいですから!!」


人のことばかり心配している陽に新八は思わず声を荒げる。そんな言葉をかけてほしかったわけではないのだ。だけど何と言えば良いのか思い浮かばなくて酷く焦れったくなる。それは神楽も同様で。
それでも何か伝えて陽の気持ちを楽にさせてあげたくて、新八は必死に言葉を探して、やがて彷徨わせていた視線を彼女へ戻した。


「あの、無理に明日じゃなくてもいいですから……ゆっくり、気持ち落ち着かせるまで、僕らは大丈夫ですから」
「……ありがとう」

「でも、新八と神楽の顔を見られないのは寂しいから、やっぱり明後日はいつも通り朝ご飯用意させてね」


いつものような明るい笑顔ではない、少し弱々しさの残るものではあったけれど、彼女は作り笑顔が出来る程器用な人間ではない。その笑顔に嘘はないのだ。そして当たり前のように言ってくれた言葉の中に、彼女が大好きなはずの銀時の名前があがらないことに新八は少しだけ悲しい表情に変わった。
そりゃあ、そうだろう、顔なんて見たいわけがない。
けれど自分が認めて慕う人が、同じように慕っていた筈の人間のなかで違う存在になってしまったようで切なかった。

勿論、銀時のしでかしたことは重々承知している。
今頃奴は神楽と二人で鎮めたた状態のまま、そこらで倒れてぴくりとも動かないだろう。

陽がどれほど銀時を大好きでいるかは、新八だって神楽だって、そして誰より銀時自身が分かっていたはずなのに。酔い潰れていたからって、どうしてあんなことしてしまうのか――…



『もう…離れんなよ馬鹿――ちゃんと俺の傍にいろ』



否が応でも傍にいた陽に対して、うざったそうにあしらっていた陽に対して、言う言葉ではないだろう。


「……」


新八は神楽と妙と共に、見慣れない男たちに囲まれながら立ち去っていく陽の背中を静かに見つめるしかなかった。



▼△▼



たとえ酔っていたって、本命からの口付けなら多少なりとも嬉しくはないのか。

陽が銀時に口付けられた場面を見て頭が真っ白になっていた沖田は、その後銀時が発した言葉も耳には届いていなかった。
だから陽がここまで傷付く理由に気付けなかった。少しだけ落ち着きを見せた陽が徐に口を開くまで。


『……“悠月”ですって』
『…?』
『あの人には……誰が見えていたんですかね…』


その言葉を聞いて沖田の顔色が変わった。何故ここまで陽が傷ついているのか漸く理解に及び、すぐさまその原因の男の許へ行こうとする。
沖田の険しい表情に気付いた陽がハッとして彼の腕を掴んで引き止めた。


『待って沖田さん!いいですから…っ』


既に新八と神楽から制裁を受けているだろう銀時へと向ける沖田の表情が、恐怖を抱いてしまう程本気に見えたのだ。まだ沖田が銀時のことをそこまで知らないうちに、手元にいた存在を傷つけられたとあっては、優先するものがどちらかなど火を見るより明らかだ。同じ万事屋である新八と神楽からの制裁とでは本気の度合いが違う。下手したらもう銀時の命まで奪わんぐらいに見えた。事実沖田は結果そうなっても良いだろうぐらいに思っていた。

沖田が銀時を慕うようになってくるのはこれからなのだ、それよりも前に自分の所為で関係がおかしくなってしまうのは陽としては嫌だった。何より、好きな人同士で傷つけあうようなことは避けたいに決まっている。


『……何がいいんでィ。お前、あいつ殴る権利があるんだぜ』


陽が引き止めたことに不満げ――という表現では可愛らしい程に苛々した様子の表情で振り返る沖田。沖田の発言はご尤もであろう。確かに酔いの勢いのうえ、別人と間違えて口付けてくるだなんて“最低”以外の何物でもない。
そのうえ、あれは陽にとって初めてのものだった。


『……それ、でも…』


しかし陽は沖田から視線を逸らすように桜の花びらが散る地面を見る。思い出すのは普段の酒が入っていない時の銀時の姿だった。

まだ万事屋に住むことを認めてもらえず追い出された時も、自分が風邪をひかないよう着物を羽織らせてくれた。

寺門通と父の姿に自分の家族を思い出し寂しい気持ちになれば、それに感づいて払拭させるほどに頭を盛大に叩いてきた。

“春雨”の一件の後に手を握り返してくれたり、着物を買い与えてくれた。

普段は冷たくて暴力的で家政婦のようにしか扱わないけれど、彼なりの不器用な優しさに触れてしまったから。
その優しい思い出が、未だ胸の中にあるから。



『それでも……好きなんです…』



だらしなくて駄目な大人だと分かっていても、それを上回るほどに


『………』


だからこそ想ってやまない男から、“別の誰か”と勘違いされて口付けられることが辛くて仕方ないのに。言葉にはしなくとも溢れて止まることのない涙がそれを物語っていた。
沖田はそんな涙見たくはなかった。自分が泣かすのは好きだが、別の男に泣かされることは不愉快極まりないし、誰かに傷付けられることも気に入らなかった。
そして何より、それだけ傷付けられて涙を流しても、一途に彼を想い続ける陽の姿に、何故か胸は締め付けられた。




「おめーの今日の寝床は俺の部屋だから」
「はい……はい!?」


花見から屯所に戻った沖田は、先程のことを思い返しつつ陽を連れて自室へと向かった。当たり前のようにポーカーフェイスで告げられた内容に危うく陽もそのまま聞き流してしまいそうになった。先程より大分落ち着いたようでまともにリアクションがとれるまでには回復したようだ。


「な、何故に…!?」
「お前のためにわざわざ部屋用意してやるわけねーだろ」
「それで沖田さんの部屋にお邪魔出来るんですか!?」


本当は、彼女を一人にしてしまうとまた先程のことで思い悩んでしまうと思ったからだ。だから力づくにでも傍に置いておこうと沖田なりに考えた結果だ。

落ち着かない様子でそわそわしている陽を引き連れて慣れた廊下を渡って自室へと赴く。障子の戸を開ければ、別に何てことは無い畳を敷いた一室が出迎えた。私物もそこまで多くはなく大して変わり映えもない部屋である。しかし、沖田の部屋を見た陽にはそんなこと関係ない。初めて彼の部屋を見たのだ。


「待って、やばい、こんなとこ私心休まらないんですけど」


胸に手を当てて緊張している陽に沖田は何を勘違いしたのか、


「おめーみたいなちんちくりんに手ェ出すほど困ってねーから安心しろ」
「…え…沖田さんモテるとは思ったけど…そ、そういうことをするお相手が…!? まさかうちの神楽じゃ…」
「あ゙ぁ?」
「さーせんっしたあ」

(同人界じゃ当たり前だけどリアルで見ると沖神は無理そうだな…)


眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけてくる沖田に反射的に謝罪した。内心で考えながらもどこかホッとしたような気もする陽。直接神楽と沖田と関わるまでは楽しませてもらったジャンルであったが、今となっては影で二人にそんな関係があると思うと複雑な心境になってしまう。神楽にはあのまま純真でいてほしいし、沖田が誰かと親密になっているのは――


(なんか、嫌だな)
「おい何つっ立ってんでィ。自分の布団ぐらいそこから出せよ」
「あっ、はい!」


沖田に声をかけられてハッとした陽は、彼の指差した先にある押入れへ向かい布団の準備に取り掛かった。



─ 続 ─


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